去る春、君の声だけが在る
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「ハコガク受けろよ」
遠くの学校に行ってる隼人くんがわざわざうちに来た。ママが「隼人くんきてるわよ」と言った時には既に、この幼馴染は「久しぶり」と言って私の部屋のドアに手をかけていた。
中学3年の春、学校はほとんど行ってなかった。私は無理して中学から通い始めた横浜のお嬢様学校に馴染めず不登校だった。今日だってパジャマのまま、ボサボサの頭、顔も洗っていない。ただでさえ高校生活は忙しいのに、隼人くんは強豪運動部で、わざわざうちまでやって来た。口を開こうともしない私に隼人くんは顔色も変えずに言い放つ。
「きっと楽しいからさ」
隼人くんのせいだ。今までずっとそうやって隼人くんに唆されて生きてきた。隼人くんには勝てない。血を分けない「他人」にはとことん優しい、隼人くんが言うなら、きっとそうなのだと思った。
内申の加点ゼロ、勉強もラインスレスレの成績で入試を突破して、なんとかハコガクに入学できた。入学して2週間が経つが、共学特有の元気な空気についていけず友達はゼロ。でも、1年前を思えば毎日学校に行けてるだけでもえらい。受けるかわからないけど大学入試は内申が関係しないから、部活も入るつもりはない。推薦ははなから諦めている。ほとんど人と関わらず毎日4つ授業受けるだけの暮らしは、気持ちの面では思ったより余裕がある。毎日教室に行って、宿題出して、ひとりでもお弁当はちゃんと食べてる。えらい。ママは褒めてくれないから私が私を褒める。
お昼ご飯を片付けて、机に突っ伏す。窓が開いてて風が吹くたびカーテンが揺れる。こっちは4月でもまだ寒い、でも勝手に閉めてクラスメイトに嫌な顔をされると困るから窓には触りたくない。イヤホン突っ込んで、再生ボタンを押す。ランダム再生を飛ばして、飛ばして、飛ばして、ようやく「まあこれでいいかな」って曲に辿り着いて。
ケータイはパケット通信がかさむとママに怒られるからあまり使わないようにして、3年前入学祝いに買ってもらったiPodばかり。洋楽、クラシック、KPOPの繰り返し。頑張って入学した中学は、好きな音楽の時点で周りに馴染めなかった。洋楽好きな子はクラシックが嫌いで、クラシックを好きな子はKPOPはバカにしてて、KPOPを好きな子は洋楽を好きじゃなくて……そんな少しずつの違和感とかちょっとしたすれ違いや勘違いが重なって、「名前ちゃんってどの子にも良い顔するのね」「他の子に私の悪口言ってたでしょう」なんて有る事無い事言われてどんどんクラスにいづらくなって、そのまま学校に行けなくなった。ママは学校に行かなくなった私に「学校行かなくてもいいけど、家で勉強して、パパにはちゃんと自分で説明するのよ」とため息をついた。せっかくいい学校に入れたのに、と電話でおばあちゃん相手に嘆いていた。おばあちゃんは電話の度に「学校に行きなさい。そんな風に甘えてるのは名前ちゃんだけよ」と繰り返すから、電話に出るのをやめた。パパは「好きにしなさい」って言って、単身赴任先から帰ってこない。
あーヤなこと思い出した。中学みたいなお嬢様学校ではないけど、高校は普通に通えるようになって家族がホッとしてるのはわかっている。最悪の雰囲気だった一時期よりはずいぶんマシだ。最悪よりはマシ、私の気分もどん底よりは多少浮上している……
「頼みがあるんだ」
後頭部にあたたかいペットボトルの感触。この学校で唯一わかる声にのろのろと身を起こす。自販機で買えるミルクティー、悪くないセンスだ。しかし教科書借りようにも学年が違う、いったい何の用で。顔を上げると隼人くんと連れ立ってもう1人が立っていた。いつもの通り仁王立ちである。
「寿一くん」
別に親しくはないが、隼人くん経由で知り合って顔見知りではある。いつもの顔だ。怒ってないのは知ってる、やる気ない高校生活を送る知り合いをわざわざ叱りに来るような人でもない。端的に。
「自転車部に入らないか」
聞けば代表メンバー選考のために部員は皆練習に打ち込みたい時期で、となると雑務担当が手薄になり部の運営が困難、今年のインターハイまで手伝ってくれたら、という話だった。勿論1人ではなく怪我などを理由に裏方転向した先輩もいて、それの手伝いをしてほしいと。来年以降の体制づくりはもう引退の先を見据えた寿一くんや他の3年生が密かに裏で手を回しているから、夏までやって隼人くん達にくっついて辞めればいい。
「そうは言っても、なんでまたそんなことに」
「人手が足りないからだ」
それはそうでしょうよ!!それはもう聞いた。裏の事情が知りたかったのであって……なんとなく隼人くんがやる気のない私を見かねたというのは察しているけど……
「大丈夫だ。他の3年は黙らせてある」
随分乱暴な言い方だ。それってつまり、これは2人の独断で、周りの人達は……最高学年で主戦力たる3年生は反対してるってことでしょう。寿一くんは正直者なので、そのあたりはうまく言いくるめて〜みたいなことはできない。し、考えていない。隼人くんが呆れて笑い、「夏まで頼むよ。最後なんだ」と私を言いくるめにきた。やけに言葉は重く、それを聞いた私の息が詰まる。
最後の夏。隼人くんは去年の夏、インターハイに出なかった。何があったのかは聞かなかったが、この飄々とした男がずいぶんと打ちのめされて、一時期は全然自転車に乗るどころではなかった。隼人くんの話の端々から寿一くんも、何やら大変だったと察せられる。最後、最後か。
「いいよ……よろしくお願いします」
「やったな」
寿一くんは表情を変えずに頷いた。運動部、それも強豪の手伝いだ。きっと楽ではないだろう。でも、わざわざ誘いに乗ってハコガクまで来たのだ。これくらいは。寿一くんはよろしく頼むと一言、それから握手を求めた。戸惑いつつ応じて、そして周囲の好奇の目に気づく。昼休みの教室、この一部始終を皆が見ていた。
遠くの学校に行ってる隼人くんがわざわざうちに来た。ママが「隼人くんきてるわよ」と言った時には既に、この幼馴染は「久しぶり」と言って私の部屋のドアに手をかけていた。
中学3年の春、学校はほとんど行ってなかった。私は無理して中学から通い始めた横浜のお嬢様学校に馴染めず不登校だった。今日だってパジャマのまま、ボサボサの頭、顔も洗っていない。ただでさえ高校生活は忙しいのに、隼人くんは強豪運動部で、わざわざうちまでやって来た。口を開こうともしない私に隼人くんは顔色も変えずに言い放つ。
「きっと楽しいからさ」
隼人くんのせいだ。今までずっとそうやって隼人くんに唆されて生きてきた。隼人くんには勝てない。血を分けない「他人」にはとことん優しい、隼人くんが言うなら、きっとそうなのだと思った。
内申の加点ゼロ、勉強もラインスレスレの成績で入試を突破して、なんとかハコガクに入学できた。入学して2週間が経つが、共学特有の元気な空気についていけず友達はゼロ。でも、1年前を思えば毎日学校に行けてるだけでもえらい。受けるかわからないけど大学入試は内申が関係しないから、部活も入るつもりはない。推薦ははなから諦めている。ほとんど人と関わらず毎日4つ授業受けるだけの暮らしは、気持ちの面では思ったより余裕がある。毎日教室に行って、宿題出して、ひとりでもお弁当はちゃんと食べてる。えらい。ママは褒めてくれないから私が私を褒める。
お昼ご飯を片付けて、机に突っ伏す。窓が開いてて風が吹くたびカーテンが揺れる。こっちは4月でもまだ寒い、でも勝手に閉めてクラスメイトに嫌な顔をされると困るから窓には触りたくない。イヤホン突っ込んで、再生ボタンを押す。ランダム再生を飛ばして、飛ばして、飛ばして、ようやく「まあこれでいいかな」って曲に辿り着いて。
ケータイはパケット通信がかさむとママに怒られるからあまり使わないようにして、3年前入学祝いに買ってもらったiPodばかり。洋楽、クラシック、KPOPの繰り返し。頑張って入学した中学は、好きな音楽の時点で周りに馴染めなかった。洋楽好きな子はクラシックが嫌いで、クラシックを好きな子はKPOPはバカにしてて、KPOPを好きな子は洋楽を好きじゃなくて……そんな少しずつの違和感とかちょっとしたすれ違いや勘違いが重なって、「名前ちゃんってどの子にも良い顔するのね」「他の子に私の悪口言ってたでしょう」なんて有る事無い事言われてどんどんクラスにいづらくなって、そのまま学校に行けなくなった。ママは学校に行かなくなった私に「学校行かなくてもいいけど、家で勉強して、パパにはちゃんと自分で説明するのよ」とため息をついた。せっかくいい学校に入れたのに、と電話でおばあちゃん相手に嘆いていた。おばあちゃんは電話の度に「学校に行きなさい。そんな風に甘えてるのは名前ちゃんだけよ」と繰り返すから、電話に出るのをやめた。パパは「好きにしなさい」って言って、単身赴任先から帰ってこない。
あーヤなこと思い出した。中学みたいなお嬢様学校ではないけど、高校は普通に通えるようになって家族がホッとしてるのはわかっている。最悪の雰囲気だった一時期よりはずいぶんマシだ。最悪よりはマシ、私の気分もどん底よりは多少浮上している……
「頼みがあるんだ」
後頭部にあたたかいペットボトルの感触。この学校で唯一わかる声にのろのろと身を起こす。自販機で買えるミルクティー、悪くないセンスだ。しかし教科書借りようにも学年が違う、いったい何の用で。顔を上げると隼人くんと連れ立ってもう1人が立っていた。いつもの通り仁王立ちである。
「寿一くん」
別に親しくはないが、隼人くん経由で知り合って顔見知りではある。いつもの顔だ。怒ってないのは知ってる、やる気ない高校生活を送る知り合いをわざわざ叱りに来るような人でもない。端的に。
「自転車部に入らないか」
聞けば代表メンバー選考のために部員は皆練習に打ち込みたい時期で、となると雑務担当が手薄になり部の運営が困難、今年のインターハイまで手伝ってくれたら、という話だった。勿論1人ではなく怪我などを理由に裏方転向した先輩もいて、それの手伝いをしてほしいと。来年以降の体制づくりはもう引退の先を見据えた寿一くんや他の3年生が密かに裏で手を回しているから、夏までやって隼人くん達にくっついて辞めればいい。
「そうは言っても、なんでまたそんなことに」
「人手が足りないからだ」
それはそうでしょうよ!!それはもう聞いた。裏の事情が知りたかったのであって……なんとなく隼人くんがやる気のない私を見かねたというのは察しているけど……
「大丈夫だ。他の3年は黙らせてある」
随分乱暴な言い方だ。それってつまり、これは2人の独断で、周りの人達は……最高学年で主戦力たる3年生は反対してるってことでしょう。寿一くんは正直者なので、そのあたりはうまく言いくるめて〜みたいなことはできない。し、考えていない。隼人くんが呆れて笑い、「夏まで頼むよ。最後なんだ」と私を言いくるめにきた。やけに言葉は重く、それを聞いた私の息が詰まる。
最後の夏。隼人くんは去年の夏、インターハイに出なかった。何があったのかは聞かなかったが、この飄々とした男がずいぶんと打ちのめされて、一時期は全然自転車に乗るどころではなかった。隼人くんの話の端々から寿一くんも、何やら大変だったと察せられる。最後、最後か。
「いいよ……よろしくお願いします」
「やったな」
寿一くんは表情を変えずに頷いた。運動部、それも強豪の手伝いだ。きっと楽ではないだろう。でも、わざわざ誘いに乗ってハコガクまで来たのだ。これくらいは。寿一くんはよろしく頼むと一言、それから握手を求めた。戸惑いつつ応じて、そして周囲の好奇の目に気づく。昼休みの教室、この一部始終を皆が見ていた。
