青く光っている
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弓射くんの誕生日、お家に招かれることになった。私たちは一応小学生の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染というものだが、こんなことは初めてだった。家族ぐるみの付き合いだし、私は日頃から弓射くんのパパに大変お世話になっているけど、お誕生日の夜に招き招かれるような関係ではなかった。な、なんだかすごく嫌な予感がする……
「ごめんちゃい、バレちった」
「やっぱりーーっ!」
ぺろっと舌を出しても可愛いんだから、弓射くんはずるい。身長がめきめき伸びて顔を寄せないと話しづらいくらいの大男になっちゃったのに、まだ可愛いなんて、本当にずるい。
しかし「交際のことはおじさんたちには秘密にしておいてね」とお願いした時、あんまりわかってない顔でわかったヨンって言ったから、いつかはこうなるだろうと思っていたのだけど……!どんな顔していけばいいのよ……普通の顔?普通の顔って何?っていうかやっぱり付き合ってますってお家の人に言ったほうが良かった?今更遅い!?ど、どうしよう……
◻︎
楽しいディナーの後、リビングに2人きり。ごはんは全部美味しかった。弓射くんが「うちはいつもコレ」っていう地元のお店のショートケーキも美味しかったし、私が「よく知っている仲とはいえ、彼氏の家にお呼ばれ」という状況を鑑みて悩みに悩んだ手土産……うちの近所の店のパテのパイ包(私はちょっと苦手なんだけど、ここの家の人はみんなコレが好きだ)もうまいうまいって食べてくれて、よかった。
夕食の後、明日もお仕事の雉くんの家族は早々に引き上げてしまった。最後の期末テストを終えた私たちはほとんど自由登校のようなものだから、今日くらいは夜更かししてもいいかもしれない……
「よ、よくないよ!お邪魔しました!私帰るねっ!!」」
まずい、このままだとふたりきりになるっ!私は慌ててソファから立ち上がったけど、弓射くんに手を引かれてソファに逆戻りした。
「外見た?」
「外……」
外は真っ暗……ではなく少し明るくて、これは雪がちらほら降っているからだ。時計を見れば、とっくに終バスの出てる時間。群馬の終バスは全体的に早く、電車に乗ろうにもここから駅まで徒歩1時間どころじゃなくかかる。現実的な案じゃないのは、口にした瞬間にわかって……私たち田舎の子どもはどこに行くにも親頼みだ。免許と車がないとどこにも行けない。
私が言葉を失った一方、弓射くんはニコッと笑って「ダイジョブ、おばさんには言ってあるから」と言い放つ。え?聞き間違いじゃなければ、うちの親には根回し済みだって言った?う、嘘でしょう!?
「だから、今夜は帰らなくていいヨン」
弓射くんは昔やったお泊まり会と同じくらいの軽さで、本当になんてことない風に言った。しかし私の手に重ねた指先は冷え切っている。私は沈黙した。弓射くんの家にお泊まり。幼馴染だけど、彼氏。は、初めてのお泊まり……彼氏の家にお泊まり……
「ダイジョブじゃないよ!全然!全っ然ダイジョブじゃないっ!」
「えー」
悲鳴をあげて思いっきり肩を揺さぶっても、弓射くんは呑気に笑っている。カワイイものでも見るみたいに、身長差をいいことにこちらを見下ろして。最近の弓射くんは……ロードのインハイ を経た弓射くんは、ギラギラするだけじゃなくてこういう顔するから、困る。「全部わかってるヨン」って感じでなんだか大人っぽくて、意地を張ってる自分だけが子どもみたいで恥ずかしくなる。
◻︎
それからしばらく、私たちは薪ストーブをぼんやり眺めて、他愛もないおしゃべりに興じた。しかしそのうち話題も尽きて。というかあまりにも普段通りの弓射くんに、初めてのお泊まりだとか色々考えたのが恥ずかしいというか、なんかだんだん気まずくなってしまって……弓射くんも沈黙が苦じゃないタイプなので、会話をリードしてくれる気はないみたいだった。私たちはソファに並んで座って手だけ繋いで、黙ったままでいる。
多分色々ぐるぐる考えているのは私だけだ。弓射くんは最初に「泊まっていって」と言った時こそ指先はつめたく冷えていたけど、隙があったのはその一瞬だけだった。あとはずっと、いつもの通り。
「付き合ってること秘密にして」「外でキスはだめ」「手繋ぐのも家の近くは嫌」私のつけた注文、無理難題を弓射くんはそういうものだと思って受け入れている。そう、「私はいつも弓射くんに振り回されてる」なんて被害者面してきたけど、いざ付き合ってみたら「彼氏の弓射くん」は非常に物分かりよく無理強いしない「いいやつ」だった。キスは好きみたいだけど……っていうか男の子だったら普通にそれ以上のことしたいって気持ちにならないのかな。そういう目で見るには私がちんちくりんすぎる?待ってよ、小学生の頃よりは多少……あんまり身長が伸びなかったけど多少はお姉さんになったつもりなんだけど……私の方はどう頑張ってもこれ以上の進化は見込めないっていうのに、弓射くんときたらメンタルフィジカル共に未だ超成長中。昔はすらっと細くてはにかむ笑顔がかわいい美少年だったのに!今はゴリゴリだし笑顔の効果音はニカッだし、態度もデカい。儚い少年期だったな……
ずっと暖かい部屋にいたせいで、頭もなんかぼーーっとする。一回外出て頭冷やそうかな。私の家は滅多に雪が降らないので(数年に一度降って大騒ぎするのが恒例だ)、しんしんと雪が降り積もる景色はやっぱり心が躍る。そうしよう。いっぱい積もってたら、ふたりで雪だるまでも拵えてもいいかもしれない……ふたりで雪遊びなんて小学生以来?楽しそう。
そう考えてソファから立ち上がると、弓射くんはすかさず私の手首を掴んだ。惚れ惚れする反射神経。今夏ロードのインハイでも、やっぱり周りはこの反射神経と飛び出しの勘の良さには手こずらされたようだ。強豪校を翻弄する群馬の雉 の活躍に観客は大いに盛り上がって、さすがの私も後方腕組み彼氏面しちゃった。同じくらいかそれ以上に、ヒヤヒヤハラハラもさせられたけど。
私の手首を握る指先に力が込められる。
「ちょっと雉くん、何するの」
「また雉くんって言った」
「……弓射くん」
ああ、またやっちゃった。だってみんな雉くん雉くんって言うから。坂道くんがアニメのあの声で、「雉くん」って呼ぶんだもの、当然それが正しいのねって認識になってそっちに流されるでしょう。平板アクセントの「きじくん」……出会った時に一度呼んだだけのそれは、高校2年生になってから坂道くんと出会って、彼がそう呼んだことで妙に耳に馴染みがよく、そして「しっくりくる」呼び方になった。それにロードのインハイをこの目で見たことで、彼こそが主人公なのだと確信させられて……
「また他のこと考えてる」
「うっ」
弓射くんはそう言ったけど怒ってたり責めるような口調ではない。呆れたみたいな、名前ちゃんは仕方ないな、みたいな。
そしてそのまま指先が私に触れて、視線を合わせるようにして。青い瞳はきらきら光って、真っ直ぐこちらを見た。……あ、キスされる。
「待って、ダメダメ今日はだめ!」
「なんで」
「こ、ここではだめ」
「じゃあどこならいい?外?部屋?」
「へへへ部屋って……」
べべべ別にやらしいこと考えてる訳ではない。……ないってば!!
「いつもしてるのに今日は嫌?」
「うっ」
悲しそうな声、じっとりとこちらを見る視線、しょんぼりの耳と尻尾が見える。例えるならそう、ゴールデンレトリーバー。金色でふわふわで優しくて、大きな犬。巨大台風の接近を理由に散歩を断られてしょんぼりしている時の顔をしている。弓射くんも台風接近で休校になった時「せっかく休みなのに……」と恨めしそうに窓の外を見ていることがあるから、ほとんど同じようなものだ。まあ、これは小学生の頃の話だけど。
「だ、だめなものはだめ。今日はだめ。お誕生日だけどだめなの」
「なんで?」
「なんでって……えっとその……」
「大丈夫、”今日は”誰も見てないヨン」
「あっあれは……」
大真面目に強調するような言い方は、こないだ人気が無いのをいいことに家の近所でイチャイチャしてたら、うちの母に見られた時のことを言っているのだろう。私はその時のことを思い出して顔が熱くなった。
「安心した?」
「んなわけ……!……んっ」
これ以上のやり取りは無意味と判断したのか、弓射くんは私の唇に触れた。ああ、まずい。さっきまでのじっとりしょんぼりから打って変わって真剣な目がこちらを見下ろしている。青い瞳、ちらちらひかる、不思議な色。この目で射抜かれることの恐ろしさと高揚を当の本人だけが知らない。
ここが弓射くんの家のリビングで、おじさんたちの出入りだってあるかもしれなくて、もし見られたら恥ずかしすぎて死ねる。でも、この人がこうやって私だけを見つめる時、私に逃げ場はない。背筋がゾクゾクするのは、多分快感じゃなくて圧倒的強者のプレッシャーと「見られたらどうしよう」っていうスリルのせいだ。
弓射くんが泥だらけのバンクに突っ込んでいくのを見下ろすのとも、4者競り合う緊迫したゴール前で祈るように手を握りしめるのとも違う。弓射くんの心臓は鋼の如き強靭さだから、ヒヤヒヤドキドキなんてしてないみたいで、身を屈めて口づける。弓射くんは背が高いから、私に触れる時、いつもこうして背中を丸めて上から押さえつけるみたいに、する。下に逃げようにも大きな手のひらで腰を掴まれては、それもできない。苦しいのに気持ちよくて、頭おかしくなる……
その時急に大きな家鳴り がして、わたしはびくっと体を震わせた。階段の軋みとは明らかに違うそれはあくまで自然現象で、珍しいことじゃない。でも、酸素が足りなくってぼうっとするような気持ち良さから勢いよく現実に引き戻されるような、大きな音だった。
「……びっくりした?」
弓射くんは家鳴りよりも急に体を跳ねさせたわたしの方に驚いたみたいで、そうっと私を解放した。こちらを見下ろして尋ねる表情は揶揄うみたいにイタズラっぽく、それでいてこちらを窺う瞳は至極当然のように熱をはらんだまま。
「前にも言ったけど、うちの納屋にお化けはいないからね」
「……いつの話してるの。今のは、びっくりしただけ」
この家の納屋が暗くて怖かったのは小学生の頃の話だ。うそ、中学生の時もちょっと怖かったかも。今は怖くないと思う。多分。
「そんなに怯えなくてもいいのに。大丈夫、誰も来ないヨン」
「そんなの、わかんないでしょ…っあ」
文句はなぜか自信満々な様子の弓射くんに封じ込められる。弓射くんは飽きずに私の唇を舐めて、私は高校生MTB覇者の肺活量に追いつくのに必死になった。息は浅く、次第に余裕は無くなってされるがまま、ぼんやりした頭の隅で溺れそうだと思った。比喩じゃなくて、弓射くんのキスは、本当にいつも、酸素が足りない。私が抵抗もままならないのをいいことに、弓射くんの悪い手は私の腰に触れて、セーターの裾から中に侵入する。
「ひっ、あ」
「……かわいい」
肌を滑る冷たい手に思わず体が跳ねる。我慢できなかった恥ずかしい声を弓射くんが笑った。もう一回小さく家鳴りがしたけれど、それを無視して今度は私から触れる。弓射くんはくすぐったそうに身を捩って、「もっと?」と囁く。見慣れた不思議な色の目が、今夜はひときわ光って私を見下ろしていた。
「ごめんちゃい、バレちった」
「やっぱりーーっ!」
ぺろっと舌を出しても可愛いんだから、弓射くんはずるい。身長がめきめき伸びて顔を寄せないと話しづらいくらいの大男になっちゃったのに、まだ可愛いなんて、本当にずるい。
しかし「交際のことはおじさんたちには秘密にしておいてね」とお願いした時、あんまりわかってない顔でわかったヨンって言ったから、いつかはこうなるだろうと思っていたのだけど……!どんな顔していけばいいのよ……普通の顔?普通の顔って何?っていうかやっぱり付き合ってますってお家の人に言ったほうが良かった?今更遅い!?ど、どうしよう……
◻︎
楽しいディナーの後、リビングに2人きり。ごはんは全部美味しかった。弓射くんが「うちはいつもコレ」っていう地元のお店のショートケーキも美味しかったし、私が「よく知っている仲とはいえ、彼氏の家にお呼ばれ」という状況を鑑みて悩みに悩んだ手土産……うちの近所の店のパテのパイ包(私はちょっと苦手なんだけど、ここの家の人はみんなコレが好きだ)もうまいうまいって食べてくれて、よかった。
夕食の後、明日もお仕事の雉くんの家族は早々に引き上げてしまった。最後の期末テストを終えた私たちはほとんど自由登校のようなものだから、今日くらいは夜更かししてもいいかもしれない……
「よ、よくないよ!お邪魔しました!私帰るねっ!!」」
まずい、このままだとふたりきりになるっ!私は慌ててソファから立ち上がったけど、弓射くんに手を引かれてソファに逆戻りした。
「外見た?」
「外……」
外は真っ暗……ではなく少し明るくて、これは雪がちらほら降っているからだ。時計を見れば、とっくに終バスの出てる時間。群馬の終バスは全体的に早く、電車に乗ろうにもここから駅まで徒歩1時間どころじゃなくかかる。現実的な案じゃないのは、口にした瞬間にわかって……私たち田舎の子どもはどこに行くにも親頼みだ。免許と車がないとどこにも行けない。
私が言葉を失った一方、弓射くんはニコッと笑って「ダイジョブ、おばさんには言ってあるから」と言い放つ。え?聞き間違いじゃなければ、うちの親には根回し済みだって言った?う、嘘でしょう!?
「だから、今夜は帰らなくていいヨン」
弓射くんは昔やったお泊まり会と同じくらいの軽さで、本当になんてことない風に言った。しかし私の手に重ねた指先は冷え切っている。私は沈黙した。弓射くんの家にお泊まり。幼馴染だけど、彼氏。は、初めてのお泊まり……彼氏の家にお泊まり……
「ダイジョブじゃないよ!全然!全っ然ダイジョブじゃないっ!」
「えー」
悲鳴をあげて思いっきり肩を揺さぶっても、弓射くんは呑気に笑っている。カワイイものでも見るみたいに、身長差をいいことにこちらを見下ろして。最近の弓射くんは……
◻︎
それからしばらく、私たちは薪ストーブをぼんやり眺めて、他愛もないおしゃべりに興じた。しかしそのうち話題も尽きて。というかあまりにも普段通りの弓射くんに、初めてのお泊まりだとか色々考えたのが恥ずかしいというか、なんかだんだん気まずくなってしまって……弓射くんも沈黙が苦じゃないタイプなので、会話をリードしてくれる気はないみたいだった。私たちはソファに並んで座って手だけ繋いで、黙ったままでいる。
多分色々ぐるぐる考えているのは私だけだ。弓射くんは最初に「泊まっていって」と言った時こそ指先はつめたく冷えていたけど、隙があったのはその一瞬だけだった。あとはずっと、いつもの通り。
「付き合ってること秘密にして」「外でキスはだめ」「手繋ぐのも家の近くは嫌」私のつけた注文、無理難題を弓射くんはそういうものだと思って受け入れている。そう、「私はいつも弓射くんに振り回されてる」なんて被害者面してきたけど、いざ付き合ってみたら「彼氏の弓射くん」は非常に物分かりよく無理強いしない「いいやつ」だった。キスは好きみたいだけど……っていうか男の子だったら普通にそれ以上のことしたいって気持ちにならないのかな。そういう目で見るには私がちんちくりんすぎる?待ってよ、小学生の頃よりは多少……あんまり身長が伸びなかったけど多少はお姉さんになったつもりなんだけど……私の方はどう頑張ってもこれ以上の進化は見込めないっていうのに、弓射くんときたらメンタルフィジカル共に未だ超成長中。昔はすらっと細くてはにかむ笑顔がかわいい美少年だったのに!今はゴリゴリだし笑顔の効果音はニカッだし、態度もデカい。儚い少年期だったな……
ずっと暖かい部屋にいたせいで、頭もなんかぼーーっとする。一回外出て頭冷やそうかな。私の家は滅多に雪が降らないので(数年に一度降って大騒ぎするのが恒例だ)、しんしんと雪が降り積もる景色はやっぱり心が躍る。そうしよう。いっぱい積もってたら、ふたりで雪だるまでも拵えてもいいかもしれない……ふたりで雪遊びなんて小学生以来?楽しそう。
そう考えてソファから立ち上がると、弓射くんはすかさず私の手首を掴んだ。惚れ惚れする反射神経。今夏ロードのインハイでも、やっぱり周りはこの反射神経と飛び出しの勘の良さには手こずらされたようだ。強豪校を翻弄する
私の手首を握る指先に力が込められる。
「ちょっと雉くん、何するの」
「また雉くんって言った」
「……弓射くん」
ああ、またやっちゃった。だってみんな雉くん雉くんって言うから。坂道くんがアニメのあの声で、「雉くん」って呼ぶんだもの、当然それが正しいのねって認識になってそっちに流されるでしょう。平板アクセントの「きじくん」……出会った時に一度呼んだだけのそれは、高校2年生になってから坂道くんと出会って、彼がそう呼んだことで妙に耳に馴染みがよく、そして「しっくりくる」呼び方になった。それにロードのインハイをこの目で見たことで、彼こそが主人公なのだと確信させられて……
「また他のこと考えてる」
「うっ」
弓射くんはそう言ったけど怒ってたり責めるような口調ではない。呆れたみたいな、名前ちゃんは仕方ないな、みたいな。
そしてそのまま指先が私に触れて、視線を合わせるようにして。青い瞳はきらきら光って、真っ直ぐこちらを見た。……あ、キスされる。
「待って、ダメダメ今日はだめ!」
「なんで」
「こ、ここではだめ」
「じゃあどこならいい?外?部屋?」
「へへへ部屋って……」
べべべ別にやらしいこと考えてる訳ではない。……ないってば!!
「いつもしてるのに今日は嫌?」
「うっ」
悲しそうな声、じっとりとこちらを見る視線、しょんぼりの耳と尻尾が見える。例えるならそう、ゴールデンレトリーバー。金色でふわふわで優しくて、大きな犬。巨大台風の接近を理由に散歩を断られてしょんぼりしている時の顔をしている。弓射くんも台風接近で休校になった時「せっかく休みなのに……」と恨めしそうに窓の外を見ていることがあるから、ほとんど同じようなものだ。まあ、これは小学生の頃の話だけど。
「だ、だめなものはだめ。今日はだめ。お誕生日だけどだめなの」
「なんで?」
「なんでって……えっとその……」
「大丈夫、”今日は”誰も見てないヨン」
「あっあれは……」
大真面目に強調するような言い方は、こないだ人気が無いのをいいことに家の近所でイチャイチャしてたら、うちの母に見られた時のことを言っているのだろう。私はその時のことを思い出して顔が熱くなった。
「安心した?」
「んなわけ……!……んっ」
これ以上のやり取りは無意味と判断したのか、弓射くんは私の唇に触れた。ああ、まずい。さっきまでのじっとりしょんぼりから打って変わって真剣な目がこちらを見下ろしている。青い瞳、ちらちらひかる、不思議な色。この目で射抜かれることの恐ろしさと高揚を当の本人だけが知らない。
ここが弓射くんの家のリビングで、おじさんたちの出入りだってあるかもしれなくて、もし見られたら恥ずかしすぎて死ねる。でも、この人がこうやって私だけを見つめる時、私に逃げ場はない。背筋がゾクゾクするのは、多分快感じゃなくて圧倒的強者のプレッシャーと「見られたらどうしよう」っていうスリルのせいだ。
弓射くんが泥だらけのバンクに突っ込んでいくのを見下ろすのとも、4者競り合う緊迫したゴール前で祈るように手を握りしめるのとも違う。弓射くんの心臓は鋼の如き強靭さだから、ヒヤヒヤドキドキなんてしてないみたいで、身を屈めて口づける。弓射くんは背が高いから、私に触れる時、いつもこうして背中を丸めて上から押さえつけるみたいに、する。下に逃げようにも大きな手のひらで腰を掴まれては、それもできない。苦しいのに気持ちよくて、頭おかしくなる……
その時急に大きな
「……びっくりした?」
弓射くんは家鳴りよりも急に体を跳ねさせたわたしの方に驚いたみたいで、そうっと私を解放した。こちらを見下ろして尋ねる表情は揶揄うみたいにイタズラっぽく、それでいてこちらを窺う瞳は至極当然のように熱をはらんだまま。
「前にも言ったけど、うちの納屋にお化けはいないからね」
「……いつの話してるの。今のは、びっくりしただけ」
この家の納屋が暗くて怖かったのは小学生の頃の話だ。うそ、中学生の時もちょっと怖かったかも。今は怖くないと思う。多分。
「そんなに怯えなくてもいいのに。大丈夫、誰も来ないヨン」
「そんなの、わかんないでしょ…っあ」
文句はなぜか自信満々な様子の弓射くんに封じ込められる。弓射くんは飽きずに私の唇を舐めて、私は高校生MTB覇者の肺活量に追いつくのに必死になった。息は浅く、次第に余裕は無くなってされるがまま、ぼんやりした頭の隅で溺れそうだと思った。比喩じゃなくて、弓射くんのキスは、本当にいつも、酸素が足りない。私が抵抗もままならないのをいいことに、弓射くんの悪い手は私の腰に触れて、セーターの裾から中に侵入する。
「ひっ、あ」
「……かわいい」
肌を滑る冷たい手に思わず体が跳ねる。我慢できなかった恥ずかしい声を弓射くんが笑った。もう一回小さく家鳴りがしたけれど、それを無視して今度は私から触れる。弓射くんはくすぐったそうに身を捩って、「もっと?」と囁く。見慣れた不思議な色の目が、今夜はひときわ光って私を見下ろしていた。
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