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学内自販機は陵成生にとってのオアシス。衣替えより少し遅れて待望のホットドリンクが入荷して、陵成生達は暖を求めて自販機に群がっている。
私もそのひとり”だった”のだが。廊下をトボトボ歩いていると、聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。
「名前さん?」
「ゲッ丹貴くん……」
いつもだったら、少し話せるだけで嬉しいのに。今日だけはちょっと複雑。
「大丈夫すか?なんか元気ないっていうか……」
「あ、うん……大丈夫だよ」
丹貴くんは学ランの前を留めつつ裾からシャツ全出しという、秋の陵成ヤンチャスタイル。一方私は上は体操着の半袖、下は長ジャージというやる気満々体育スタイル。好きな男の子にはあんまり見られたくない格好だ。
丹貴くんは上から下までマジマジと私を見た。
「マラソンですか?」
「雉と同じこと言わないでよ……」
「エッ」
大好きな「雉さん」とお揃いと知って、丹貴くんはぱあっと明るい表情に、それから声のトーンも上がった。一方私は「今日マラソンだっけ?やる気入ってるねー」とヘラヘラ笑う雉の顔を思い出して不機嫌まっしぐら、ちょっと背伸びして丹貴くんのほっぺを引っ張る。朝から不幸な目にあった八つ当たりだ。私が不機嫌なことに気づいた丹貴くんの顔色はサッと青ざめた。
「ふ、ふみまへん……」
「理由は聞いてくれないの」
「ほうひはんれすか」
「……朝からココアこぼしたから、コレなの」
「ほほあ?」
つい先日、陵成の自販機には冬の三大王者、ココア・おしるこ・コーンスープが投入された。朝の冷え込みが厳しくなりつつある10月末、缶で手を温めながら登校する生徒は少なくない。私もそのひとり。
しかし今日はその買ったばかりの缶ココアを半分以上こぼしてしまって、衣替えしたばかりの冬制服は見事にびしょ濡れ、何よりあの、あま〜い匂い……とてもじゃないけどそのまま授業を受ける気分にはなれなかった。慌てて体操着に着替えて濡れた制服は家庭科室で洗って、ギリギリ1時間目に間に合った。私の冬制服はきっと今頃家庭科室のベランダで秋の風を受けてひらひら揺れていることだろう。帰るまでに多少乾くといいんだけど……
そんな騒ぎで、朝から疲れちゃった。寒いし、可愛くない格好も丹貴くんに見られるし、今日はツイてない日。ちょっと心配してほしくて、ため息ついてみせる。
「大変だった、もう下半身ココアまみれだよ」
「大丈夫でしたか」
「うん……」
丹貴くんは今度は心配そうに上から下までじろじろ見て、異変がないか探すように呟いた。
「火傷とか……」
「大丈夫だよ、ちょっとこの辺赤くなっただけ。それより匂いがすごかった」
「この辺」と太ももの辺りを叩いてみせると、丹貴くんはサッと視線を逸らす。丹貴くんの心配そうな顔と気まずいものでも見たみたいな態度は、私に「彼女として扱ってくれてる」って感じさせる。おかげで機嫌はちょっと回復した。
本当はスカートとその下のオーバーパンツを貫通して、パンツまで濡れたんだけど、これは別に言わなくていいこと。ああ、もう少しコンビニが近ければパンツ買いに行けたのに……長袖ジャージも持ってくればよかった……しかし無い物ねだりしても仕方ない。陵成の周りに店がないのは入学した時からわかってたことだ。
換気のために開けた窓から冷たい風が吹き込んで身震い、オマケにくしゃみが出た。やっぱりパンツが濡れたのがよくなかったんだ……それを見た丹貴くんが大声を出す。
「あ、ジャージ!オレ、今日長袖持ってきたんで貸しますよ」
「ほんと?いいの?」
思わず声が上擦った。寒くて震えてるところに好きな男の子が上着を貸してくれるなんて、またとない幸運。丹貴くんは頼もしく頷く。
「今日、授業振替で使わないんで。すぐ取ってきますから!名前さん、それまでちょっとコレ着て待っといてください!」
「えっ寒そう!丹貴くん、コレは返すよ」
丹貴くんはその場で学ランを脱いで私に押し付けた。真っ白なシャツが目に眩しいが、同時に寒々しい。丹貴くんは小さい声で呟く。
「大丈夫です」
「何が?」
丹貴くんの顔を見上げる。気合の入った顔でこちらを見ていた。初めてMTBのレースに誘ってくれた時と同じ顔をしている。
「大丈夫す、名前さんが元気ない日はオレが、この壱藤丹貴が!名前さんを笑顔にしますから!!」
「えっ」
「そういうことなんで!」
「に、丹貴くん……!」
丹貴くんは踵を返し、フォウフォウ吠えながら廊下を元気よくバタバタ走っていった。そして少し先でフォウ!という一際ご機嫌な掛け声と共に見えなくなった……多分ロッカー室に飛び込んだんだと思う。
行き場をなくした右手を下ろして私はありがたく借り物の学ランを羽織る。びっくりしすぎて、止める間もなかった。しかしこの格好は、生徒指導に見つかったら絶対怒られるな。学ランに長ジャージなんて、ダサいし。なのにちょっとドキドキしてるのはなぜだろう。
「まったく、丹貴くんたら……」
とっくに見えなくなった彼の背中。自分の声は思いの外呆れたような、嬉しそうなトーンで、慌てて口を噤む。ふふ。「オレが笑顔にしますから!」だって。丹貴くん本人にもすごいことを言ってる自覚はあったみたいで、耳まで真っ赤だった。ふふ。こっちまで顔が熱くなる。ああもう、丹貴くんって本当にかわいくて、カッコよくて、大好き。
私もそのひとり”だった”のだが。廊下をトボトボ歩いていると、聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。
「名前さん?」
「ゲッ丹貴くん……」
いつもだったら、少し話せるだけで嬉しいのに。今日だけはちょっと複雑。
「大丈夫すか?なんか元気ないっていうか……」
「あ、うん……大丈夫だよ」
丹貴くんは学ランの前を留めつつ裾からシャツ全出しという、秋の陵成ヤンチャスタイル。一方私は上は体操着の半袖、下は長ジャージというやる気満々体育スタイル。好きな男の子にはあんまり見られたくない格好だ。
丹貴くんは上から下までマジマジと私を見た。
「マラソンですか?」
「雉と同じこと言わないでよ……」
「エッ」
大好きな「雉さん」とお揃いと知って、丹貴くんはぱあっと明るい表情に、それから声のトーンも上がった。一方私は「今日マラソンだっけ?やる気入ってるねー」とヘラヘラ笑う雉の顔を思い出して不機嫌まっしぐら、ちょっと背伸びして丹貴くんのほっぺを引っ張る。朝から不幸な目にあった八つ当たりだ。私が不機嫌なことに気づいた丹貴くんの顔色はサッと青ざめた。
「ふ、ふみまへん……」
「理由は聞いてくれないの」
「ほうひはんれすか」
「……朝からココアこぼしたから、コレなの」
「ほほあ?」
つい先日、陵成の自販機には冬の三大王者、ココア・おしるこ・コーンスープが投入された。朝の冷え込みが厳しくなりつつある10月末、缶で手を温めながら登校する生徒は少なくない。私もそのひとり。
しかし今日はその買ったばかりの缶ココアを半分以上こぼしてしまって、衣替えしたばかりの冬制服は見事にびしょ濡れ、何よりあの、あま〜い匂い……とてもじゃないけどそのまま授業を受ける気分にはなれなかった。慌てて体操着に着替えて濡れた制服は家庭科室で洗って、ギリギリ1時間目に間に合った。私の冬制服はきっと今頃家庭科室のベランダで秋の風を受けてひらひら揺れていることだろう。帰るまでに多少乾くといいんだけど……
そんな騒ぎで、朝から疲れちゃった。寒いし、可愛くない格好も丹貴くんに見られるし、今日はツイてない日。ちょっと心配してほしくて、ため息ついてみせる。
「大変だった、もう下半身ココアまみれだよ」
「大丈夫でしたか」
「うん……」
丹貴くんは今度は心配そうに上から下までじろじろ見て、異変がないか探すように呟いた。
「火傷とか……」
「大丈夫だよ、ちょっとこの辺赤くなっただけ。それより匂いがすごかった」
「この辺」と太ももの辺りを叩いてみせると、丹貴くんはサッと視線を逸らす。丹貴くんの心配そうな顔と気まずいものでも見たみたいな態度は、私に「彼女として扱ってくれてる」って感じさせる。おかげで機嫌はちょっと回復した。
本当はスカートとその下のオーバーパンツを貫通して、パンツまで濡れたんだけど、これは別に言わなくていいこと。ああ、もう少しコンビニが近ければパンツ買いに行けたのに……長袖ジャージも持ってくればよかった……しかし無い物ねだりしても仕方ない。陵成の周りに店がないのは入学した時からわかってたことだ。
換気のために開けた窓から冷たい風が吹き込んで身震い、オマケにくしゃみが出た。やっぱりパンツが濡れたのがよくなかったんだ……それを見た丹貴くんが大声を出す。
「あ、ジャージ!オレ、今日長袖持ってきたんで貸しますよ」
「ほんと?いいの?」
思わず声が上擦った。寒くて震えてるところに好きな男の子が上着を貸してくれるなんて、またとない幸運。丹貴くんは頼もしく頷く。
「今日、授業振替で使わないんで。すぐ取ってきますから!名前さん、それまでちょっとコレ着て待っといてください!」
「えっ寒そう!丹貴くん、コレは返すよ」
丹貴くんはその場で学ランを脱いで私に押し付けた。真っ白なシャツが目に眩しいが、同時に寒々しい。丹貴くんは小さい声で呟く。
「大丈夫です」
「何が?」
丹貴くんの顔を見上げる。気合の入った顔でこちらを見ていた。初めてMTBのレースに誘ってくれた時と同じ顔をしている。
「大丈夫す、名前さんが元気ない日はオレが、この壱藤丹貴が!名前さんを笑顔にしますから!!」
「えっ」
「そういうことなんで!」
「に、丹貴くん……!」
丹貴くんは踵を返し、フォウフォウ吠えながら廊下を元気よくバタバタ走っていった。そして少し先でフォウ!という一際ご機嫌な掛け声と共に見えなくなった……多分ロッカー室に飛び込んだんだと思う。
行き場をなくした右手を下ろして私はありがたく借り物の学ランを羽織る。びっくりしすぎて、止める間もなかった。しかしこの格好は、生徒指導に見つかったら絶対怒られるな。学ランに長ジャージなんて、ダサいし。なのにちょっとドキドキしてるのはなぜだろう。
「まったく、丹貴くんたら……」
とっくに見えなくなった彼の背中。自分の声は思いの外呆れたような、嬉しそうなトーンで、慌てて口を噤む。ふふ。「オレが笑顔にしますから!」だって。丹貴くん本人にもすごいことを言ってる自覚はあったみたいで、耳まで真っ赤だった。ふふ。こっちまで顔が熱くなる。ああもう、丹貴くんって本当にかわいくて、カッコよくて、大好き。
