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そして再び、秋。担任の方針で自由登校まで日直制は継続するらしい。決まった仕事のほかに担任からの頼まれごとがあったりして、受験生的には正直めんどくさい。
仕事のめんどくささはペアの相手にもよるだろうけど、私は割と「当たり」を引いたような気がしている。仕事は分担といいつつ手伝ってくれるし、私が苦手な人前で何かするような仕事は率先してやってくれた。
今だって担任に頼まれた資料をホチキスで留めながら、私が喋らない分無言にならないように会話を繋げる努力をしてくれる。私の方は「うん」「そうなんだ」「それは大変だったね」みたいな相槌しか返していないというのに。
彼の話によると、自転車部はすっかり代替わりを終えて、3年が参加するイベントは近隣で開催されるレースがいくつか、そして恒例の120キロ走行会を残すのみだという。
なんで自転車部の話を部員でもないクラスメイトにするんだ……3年間自転車漬けの学生生活を送ったせいで話題がそれしかないのかしら?だとしたらちょっと可哀想だな……私は学級日誌を埋めながら、こっそりその顔を盗み見る。羨ましいくらいに長いまつ毛を伏せて、黙々と紙束をホチキスで留めている。
そう、最後の席替えの結果、隣の席には泉田が座っている。担任曰く、もう卒業まで席はこのままらしい。
それを聞いた時、私は「卒業まで隣のヤツに怯えて暮らせというの!?」と内心悲鳴を上げたが、今のところはまあ、なんとか学校生活を送れている。
むしろ成績は若干上がった。小テスト採点の時に間違いだらけの回答用紙を見られるのが嫌すぎて、前より勉強に身が入るようになった。模試の結果を見た担任も「これなら第一志望の筑士波大は間違いないな」と頷いた。喜べばいいのか、嘆けばいいのか……
しかし私は過去に若気の至りで彼の下駄箱に怪文書を押し込んでいた身……怪文書の送り主だと知られているはずがないが、勝手に気まずい。日直の仕事もとにかく早く終われとそればかりを祈っている。残り登校日を数えて、あと何回日直が回ってくるか考えるだけで胃が痛い。
遠くから見てるだけでよかった、別に話しかけたいとか話しかけられたいとか、そういうのじゃなかった。毎回同じ便箋を使ったのは、あれが気に入っていたから。……そういう風に自分の中では決着づけたはずなのに、どうしても物理的な距離が近いせいで、ドキドキソワソワしてしまう。
そう、「気づいて欲しい」とかそういうアレは一時の気の迷いだった。今は過去の行いを反省し、レターセットは封印、東校舎の2階に通うのをやめ、自転車競技部の活動に興味のないふりして、私は真面目な受験生の生活を送っている。
今だって泉田が繰り出す怒涛の自転車競技部トークを興味ないふりして躱すのに必死だ。勿論残り少ない参加レースは当然把握しているし、追い出しレースの日程だって手帳に書いてある。絶対、見に行かないけど。そういう話を初めて聞いたかのように振る舞うのは結構難しくて、私はボールペンを握りしめて「早く終われ」と祈り続けている。
残る仕事は学級日誌とこの配布資料準備だけ。「1時間目 体育 バレーボール 応援頑張りました」「2時間目 数学 入試演習 いつも時間が足りない」……担任にはもうちょっと真面目に書けと言われるかもしれないが、今は早く書き終えてさっさと解散したい。
欠席者まで乱暴に書き終えて、私はふと顔を上げる。ホチキス留めしながら喋り続けていた泉田がいつの間にか黙っていた。私の手元をじっと見ている。やばい、返事が適当すぎたか。
「君は、」
「え?」
「君は、綺麗な字を書くよね」
「えっそう……?そうかな……?あんまり上手くないと思うけど……」
その口調は妙に確信めいていて、ギョッとした。1年前の、荒北先輩と同じだ。
泉田は私が書き終えたばかりの日誌をじっと見る。最後の方はかなり乱暴に書いたから、あんまり見ないでと日誌を取り上げようとして、それより早く泉田の指が開いたページを押さえつけた。いきなりなんなの、日誌が皺になるでしょ、距離が近い。文句は全部小さい悲鳴にしかならない。
「何するの」
「いつも思っていたんだけど」
グローブ焼けした手の甲、その先、短く切りそろえた爪が、学級日誌の1時間目の欄を迷いなくなぞる。慌てた字で今日の授業内容が書いてある、それを。
「ここと、ここ……」
「え?」
「書き方が同じだ」
「え?」
「『頑張っているところ、いつも見ています』……あれは君だろう?」
「なんでっ!」
疑問の形をとっていたが、確認だった。否定されることを想定していない、確信めいた問いかけ。いつも淡々と私の答案に可否をつけ、日直の仕事に最後まで付き合う優しいクラスメイトはそこにいない。視線はまっすぐこちらを捉えている。逃しはしないと、そう告げていた。
学級日誌から手を離し、逃げるように席を立つ。ページに皺のよった学級日誌も、椅子が大きな音を立てたことも、今は気にする余裕がない。
「もう手紙はくれないのかい」
「え……」
「結構楽しみにしていたのだけど」
「え、え、えっと……何の話?手紙って……」
下手くそな誤魔化しも今更で、泉田には全く効いていないようだった。いやわかってる、初動が不味かった。「私です」って言ってるようなバレバレの反応。
なんでバレたんだ、いやバレないはずがなかった。荒北先輩、福富先輩、黒田……私はこれまでの手紙に関わる迂闊な行動を後悔した。よりによって自転車部の、泉田とも関わりが深い人たちだ。バレないはずがない。じゃあこいつ手紙、周りの人に見せたってことじゃん。最低……っ!いや差出人不明の怪しい手紙を周りの人に相談したというならそれはそれで、正しい対応なんだけど。晒し者にされて犯人探しされなかっただけ感謝するべきで。
秋も終わるというの私は冷や汗ダラダラで、顔どころか首まで熱い。ど、どうしよう。あの恥ずかしい手紙の全部、差出人がバレていた?そんな人間の隣で授業を受けて、この人はどうして涼しい顔をしていられるんだろう。
泉田はこの状況、気まずくないんだろうか。なんで私だけ気まずくなってるの?
「東校舎からいつも見ていたのも君だろう」
「……違う」
「意地を張るつもりなら、それでもいいけど」
「い、意地張ってない、本当に、身に覚えないっ!」
何を言っても泉田は面白そうな顔で、私がいくら否定しても無駄みたいだった。劣勢に追い込まれた私は逃走を選ぶ。ここで闘争を選んでも、速攻負けるに決まってる。
「か、返して……提出してこなくちゃ」
力づくで学級日誌を奪い取る。これだって相当手加減されていて、純粋な力勝負だったら勝てるはずもないのはわかっている。
「な、なんのことか知らないけど……手紙、私じゃないから!」
「……」
「練習見てたのも、私じゃない……人違い!!」
「そうか……残念だよ」
どう見たって「残念」って顔じゃないでしょう、それは!顔と発言が一致してない!!私は学級日誌を胸に抱えて一歩二歩と後ずさる。逃げ場がないし、勝ち目もない。泉田は席を立つこともなくニコニコしていたが、見逃してくれる雰囲気ではなかった。
「直接言ってくれればいいのにってずっと思ってたんだ」
「……そんな雰囲気じゃなかったくせに」
泉田はこの1年、「そんな雰囲気」を1ミリも見せなかった。とにかく必死になって練習に打ちこみ、朝から晩まで自転車部にかかりきりで、仮に応援の気持ちを直接告げても喜びはしなかっただろう。
精一杯睨みつけても泉田は困ったような、笑い出したいようなそんな顔をしていて、私はドキッとした。東校舎から見ていたのは練習中の張り詰めた険しい表情ばかりで、3年になってからはなるべく顔を見ないようにしていたから。私はこういう顔をあまり、見たことがない。そもそも真正面から顔を見たことがあまりないかもしれない。
「キミはどうしても直接言ってくれないみたいだけど」
「わ、私じゃないって言ってるのに……」
ああもう、なんで私ってわかったんだろう。それを聞くには「あの手紙は私が書きました」って認めなくちゃいけない。聞きたいのに認められない。私が葛藤しているのを見て、泉田は我慢の限界みたいに笑い出した。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん!!性格悪っ」
「ごめん、でも君だって何故ボクが気づいたか知りたいんだろう?」
「そ、それは……」
それは、気になるけど。泉田は気の済むまで大笑いして、それから息を整えて。目を細めて、微笑を浮かべる。再びこちらを見据える表情は面白がったり、揶揄ったりする素振りはない。その表情はただ好意と、歓喜に染まっていた。
「な、なに?」
「そんな熱視線を向けられて気づかないはずないよ」
聞いたことのない甘い声音、ハッキリと自信に満ちた口調に、私は呆然とする。熱視線が、なんだって?
仕事のめんどくささはペアの相手にもよるだろうけど、私は割と「当たり」を引いたような気がしている。仕事は分担といいつつ手伝ってくれるし、私が苦手な人前で何かするような仕事は率先してやってくれた。
今だって担任に頼まれた資料をホチキスで留めながら、私が喋らない分無言にならないように会話を繋げる努力をしてくれる。私の方は「うん」「そうなんだ」「それは大変だったね」みたいな相槌しか返していないというのに。
彼の話によると、自転車部はすっかり代替わりを終えて、3年が参加するイベントは近隣で開催されるレースがいくつか、そして恒例の120キロ走行会を残すのみだという。
なんで自転車部の話を部員でもないクラスメイトにするんだ……3年間自転車漬けの学生生活を送ったせいで話題がそれしかないのかしら?だとしたらちょっと可哀想だな……私は学級日誌を埋めながら、こっそりその顔を盗み見る。羨ましいくらいに長いまつ毛を伏せて、黙々と紙束をホチキスで留めている。
そう、最後の席替えの結果、隣の席には泉田が座っている。担任曰く、もう卒業まで席はこのままらしい。
それを聞いた時、私は「卒業まで隣のヤツに怯えて暮らせというの!?」と内心悲鳴を上げたが、今のところはまあ、なんとか学校生活を送れている。
むしろ成績は若干上がった。小テスト採点の時に間違いだらけの回答用紙を見られるのが嫌すぎて、前より勉強に身が入るようになった。模試の結果を見た担任も「これなら第一志望の筑士波大は間違いないな」と頷いた。喜べばいいのか、嘆けばいいのか……
しかし私は過去に若気の至りで彼の下駄箱に怪文書を押し込んでいた身……怪文書の送り主だと知られているはずがないが、勝手に気まずい。日直の仕事もとにかく早く終われとそればかりを祈っている。残り登校日を数えて、あと何回日直が回ってくるか考えるだけで胃が痛い。
遠くから見てるだけでよかった、別に話しかけたいとか話しかけられたいとか、そういうのじゃなかった。毎回同じ便箋を使ったのは、あれが気に入っていたから。……そういう風に自分の中では決着づけたはずなのに、どうしても物理的な距離が近いせいで、ドキドキソワソワしてしまう。
そう、「気づいて欲しい」とかそういうアレは一時の気の迷いだった。今は過去の行いを反省し、レターセットは封印、東校舎の2階に通うのをやめ、自転車競技部の活動に興味のないふりして、私は真面目な受験生の生活を送っている。
今だって泉田が繰り出す怒涛の自転車競技部トークを興味ないふりして躱すのに必死だ。勿論残り少ない参加レースは当然把握しているし、追い出しレースの日程だって手帳に書いてある。絶対、見に行かないけど。そういう話を初めて聞いたかのように振る舞うのは結構難しくて、私はボールペンを握りしめて「早く終われ」と祈り続けている。
残る仕事は学級日誌とこの配布資料準備だけ。「1時間目 体育 バレーボール 応援頑張りました」「2時間目 数学 入試演習 いつも時間が足りない」……担任にはもうちょっと真面目に書けと言われるかもしれないが、今は早く書き終えてさっさと解散したい。
欠席者まで乱暴に書き終えて、私はふと顔を上げる。ホチキス留めしながら喋り続けていた泉田がいつの間にか黙っていた。私の手元をじっと見ている。やばい、返事が適当すぎたか。
「君は、」
「え?」
「君は、綺麗な字を書くよね」
「えっそう……?そうかな……?あんまり上手くないと思うけど……」
その口調は妙に確信めいていて、ギョッとした。1年前の、荒北先輩と同じだ。
泉田は私が書き終えたばかりの日誌をじっと見る。最後の方はかなり乱暴に書いたから、あんまり見ないでと日誌を取り上げようとして、それより早く泉田の指が開いたページを押さえつけた。いきなりなんなの、日誌が皺になるでしょ、距離が近い。文句は全部小さい悲鳴にしかならない。
「何するの」
「いつも思っていたんだけど」
グローブ焼けした手の甲、その先、短く切りそろえた爪が、学級日誌の1時間目の欄を迷いなくなぞる。慌てた字で今日の授業内容が書いてある、それを。
「ここと、ここ……」
「え?」
「書き方が同じだ」
「え?」
「『頑張っているところ、いつも見ています』……あれは君だろう?」
「なんでっ!」
疑問の形をとっていたが、確認だった。否定されることを想定していない、確信めいた問いかけ。いつも淡々と私の答案に可否をつけ、日直の仕事に最後まで付き合う優しいクラスメイトはそこにいない。視線はまっすぐこちらを捉えている。逃しはしないと、そう告げていた。
学級日誌から手を離し、逃げるように席を立つ。ページに皺のよった学級日誌も、椅子が大きな音を立てたことも、今は気にする余裕がない。
「もう手紙はくれないのかい」
「え……」
「結構楽しみにしていたのだけど」
「え、え、えっと……何の話?手紙って……」
下手くそな誤魔化しも今更で、泉田には全く効いていないようだった。いやわかってる、初動が不味かった。「私です」って言ってるようなバレバレの反応。
なんでバレたんだ、いやバレないはずがなかった。荒北先輩、福富先輩、黒田……私はこれまでの手紙に関わる迂闊な行動を後悔した。よりによって自転車部の、泉田とも関わりが深い人たちだ。バレないはずがない。じゃあこいつ手紙、周りの人に見せたってことじゃん。最低……っ!いや差出人不明の怪しい手紙を周りの人に相談したというならそれはそれで、正しい対応なんだけど。晒し者にされて犯人探しされなかっただけ感謝するべきで。
秋も終わるというの私は冷や汗ダラダラで、顔どころか首まで熱い。ど、どうしよう。あの恥ずかしい手紙の全部、差出人がバレていた?そんな人間の隣で授業を受けて、この人はどうして涼しい顔をしていられるんだろう。
泉田はこの状況、気まずくないんだろうか。なんで私だけ気まずくなってるの?
「東校舎からいつも見ていたのも君だろう」
「……違う」
「意地を張るつもりなら、それでもいいけど」
「い、意地張ってない、本当に、身に覚えないっ!」
何を言っても泉田は面白そうな顔で、私がいくら否定しても無駄みたいだった。劣勢に追い込まれた私は逃走を選ぶ。ここで闘争を選んでも、速攻負けるに決まってる。
「か、返して……提出してこなくちゃ」
力づくで学級日誌を奪い取る。これだって相当手加減されていて、純粋な力勝負だったら勝てるはずもないのはわかっている。
「な、なんのことか知らないけど……手紙、私じゃないから!」
「……」
「練習見てたのも、私じゃない……人違い!!」
「そうか……残念だよ」
どう見たって「残念」って顔じゃないでしょう、それは!顔と発言が一致してない!!私は学級日誌を胸に抱えて一歩二歩と後ずさる。逃げ場がないし、勝ち目もない。泉田は席を立つこともなくニコニコしていたが、見逃してくれる雰囲気ではなかった。
「直接言ってくれればいいのにってずっと思ってたんだ」
「……そんな雰囲気じゃなかったくせに」
泉田はこの1年、「そんな雰囲気」を1ミリも見せなかった。とにかく必死になって練習に打ちこみ、朝から晩まで自転車部にかかりきりで、仮に応援の気持ちを直接告げても喜びはしなかっただろう。
精一杯睨みつけても泉田は困ったような、笑い出したいようなそんな顔をしていて、私はドキッとした。東校舎から見ていたのは練習中の張り詰めた険しい表情ばかりで、3年になってからはなるべく顔を見ないようにしていたから。私はこういう顔をあまり、見たことがない。そもそも真正面から顔を見たことがあまりないかもしれない。
「キミはどうしても直接言ってくれないみたいだけど」
「わ、私じゃないって言ってるのに……」
ああもう、なんで私ってわかったんだろう。それを聞くには「あの手紙は私が書きました」って認めなくちゃいけない。聞きたいのに認められない。私が葛藤しているのを見て、泉田は我慢の限界みたいに笑い出した。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん!!性格悪っ」
「ごめん、でも君だって何故ボクが気づいたか知りたいんだろう?」
「そ、それは……」
それは、気になるけど。泉田は気の済むまで大笑いして、それから息を整えて。目を細めて、微笑を浮かべる。再びこちらを見据える表情は面白がったり、揶揄ったりする素振りはない。その表情はただ好意と、歓喜に染まっていた。
「な、なに?」
「そんな熱視線を向けられて気づかないはずないよ」
聞いたことのない甘い声音、ハッキリと自信に満ちた口調に、私は呆然とする。熱視線が、なんだって?
