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春。進級、そしてクラス替えの季節。私は手紙を書くのをやめた。
最後のクラス替えで泉田と同じクラスになって、怪しい手紙の差出人がバレるリスクを恐れたせいだ。それから、私が手紙を出さなくても大丈夫そうだと思ったから。
同じクラスになって知ったのは、ふたつ。冬の間に自転車部の結束が強くなったこと。それこそ、代替わり時とは桁違いに。あの秋頃の重苦しくギクシャクした空気はなんだったんだろうと思う程に、3年生になった彼らの結束は強く、後輩たちも皆やる気が入っている。
それから、泉田の下駄箱にはたまにピンク色の封筒が入っていること。それと別に勇気ある下級生の女の子が直接手紙を渡しているところも見た。多分断っていたんだろうけど、たまたまその時廊下を通りがかって、ギクっとして……それで、私はもう後戻りできないことに気づいた。
私の応援する気持ちは多分、そんなに純粋なものではなかった。一生懸命言葉に詰まりながら「先輩が好きです」と伝えた後輩女子と、それを見下ろす泉田の優しい表情。相手をなるべく傷つけないように選ばれた、断りの言葉。
それを見て。私はあんなに頑張っている人を不純な動機で、陰からコソコソ応援して満足していることが恥ずかしくなった。だから応援する人が他にいるし、多分手紙も無くてももう大丈夫だし、と自分に言い聞かせて、スッパリやめた。
放課後。午後の授業で蛍光ペンを使い切ってしまった。カスカスの蛍光ペンは振っても休ませても復活しないから諦めた。
せっかくだから購買に売っていないかわいい色がほしいなと思って、野川に行くことにした。レターセットが不要になって自然と足は遠のいたから、久しぶりな気がする。店頭に並ぶイチオシ商品もちらほら変わっている。前は店先に1本だけあった竹刀がないってことは、あれ売れたのかしら。
蛍光ペン1本だけを持ってレジに来た私を見て、野川のおじさんは首を傾げた。
「ミニレターの!そういや最近レターセット買わなくなったけど……今日はいいのかい?もちろん品揃えはバッチリだよ」
……さすが商売上手の野川のおじさん。私は感心すると同時に「なんてこと言ってくれたんだ」という気持ちで心臓が止まりそうだった。私の後ろ……会計を待つ列には自転車部のやつがいたから。黒田。自転車部の人間にはもう、なるべく近づかないようにしている。元々関わりなんてないようなものだけど。
しかし黒田はあの……あの、荒北先輩とも親しかったというし、何か聞かされていたらどうしよう。春に卒業したあの怖い先輩は一瞬で何を見たのか、手紙の宛先が誰なのか妙に確信しているようだったし……一瞬のうちに色々考えたが、結局口から出たのは申し訳なさそうな声だった。
「ええと……すみません。手紙交換は、私の周りだともう……ブームが終わっちゃって」
「「えっ」」
驚きの声を上げたのは、野川のおじさんだけでなく、黒田も。私は慌てて言い訳を重ねる。
「下級生とかは流行ってるみたいですけど、私、もう受験生だし」
「ははーん、授業中に手紙を回しているような場合じゃないということだね!そうか……」
「私、もう買わないと思います……あんなに相談に乗ってもらったのにすみません」
「そ、そうかそうか……」
野川のおじさんはあっさり納得してくれた。ブームの終わり……すなわち商機が去ることを感じ取ったのか、残念そうにしたけど、私はグッと堪える。これ以上、野川文房具店の仕入れを左右するような下手なことは言えない。
それに、本当の本当にレターセットはもういらない。強がりでもなんでもなく、今ここで本当にそういう気持ちになれた。
泉田は去年の秋よりも元気そうだし、他に手紙をくれる人がいるみたいだし、私はもう純粋に彼を応援しているわけじゃないことに気がついたから。だから、もう手紙は送らない。野川のおじさんに「もう買いません」と宣言したことで気持ちの整理がついて、いっそ清々しいくらいだった。
「うーむ……しかし、女子高生の流行の移ろいは早いな……大丈夫、星柄のデザインはいつの時代も人気があるからね!仕入れた分も、他の柄も、いつかは売れるさ!いつか!!」
「うっ」
なのに、おじさんのこの顔見ると、決意が揺らぐ!!元を辿れば私が嘘をついたせいでおじさんはレターセット売り場の拡大に力を入れた。ちゃんと売れたからよかったけど、売れなかったらどうするつもりだったんだろう。
野川は長く続く個人商店、立派になったレターコーナーを思うと少し胸が痛むが、「いつかは売れる」という言葉を信じたい。し、信じたいんだけど……うう……おじさんのしょんぼり顔が!!それにあの星のレターセットがポツンと売れ残る光景はちょっと見たくないというか……
「ムムッ……」
「む……」
突如私と野川のおじさんの顔色伺いバトルが勃発、決着はわずか数秒。私はため息を吐いて、敗北を認めた。
「や、やっぱり、1セット買います……」
「それがいい!いやーやっぱり君はまだ、“これ“に未練があるような気がしていたんだよね!!やはり人気文房具店の店主の勘はよく当たるよ!ほら!!」
野川のおじさんは満足そうに何度も頷くと、レジ台の下から見慣れたレターセットを取り出した。
……嵌められた。最初から私に買わせるつもりだったのだろう。この柄、多分全然売れなかったんだろうな。最後の方は下の段にひっそり追いやられてたし……おじさんが見込んだ通り、リボンとイチゴの柄は人気があったし……でももう手紙を書かないのにこれを買って、どうすればいいんだろう。
在庫を売り切って満足そうな野川のおじさんに反して、レジ待ちの黒田がカツンと革靴の踵を小さく打ち鳴らす。ひええ!ちっとも順番が回ってこなくてイライラしたのかもしれない。野川はだいたいおじさんのワンオペで、レジは1台しかないから。
商売熱心なおじさんは接客に時間をかけすぎたことにハッとして、レターセットを掲げて黒田にも見せる。み、見せなくていい!私はやめてーーっという気持ちで悲鳴をあげた。
「後ろの君もご覧!いいデザインだろう!?結局彼女しか買わなかったがね!最後の1セットだ!!すぐに会計するからね!少々お待ちを!」
「買わせる気満々じゃねーか」
ね、明らかそうだよね。私の心中と一致した黒田の呟きも、おじさんが素早くレジを打つ音でかき消される。イライラの黒田だが、私にとっては冷や汗ダラダラの窮地に降臨した救世主である。ありがとう、それからごめん。多分、急いでただろうに……
私はペンとレターセットの分をピッタリ払って、商品を受け取る。改めて見ると、確かにこの、藍色に銀色の箔押しの流星のデザインはシンプルながらいいデザインだった。
入荷分の最後の1セットを購入したということで、おじさんへの義理は果たしただろう。使う予定のないレターセット買って、お財布は予定外のダメージを受けたが、おじさんのあのしょんぼり顔を見てしまうと……仕方ない、今月は節約に努めよう。
