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冬。ドキドキしながら手紙を入れたのは初回だけ。何度か手紙を出すうちに慣れてしまって、手紙が回収されたのか、ソワソワしながら下駄箱を見に行くことも、もうない。
自転車部は完全に新体制に移行して、秋の頃のギクシャクした空気もいくらかマシになったように見える。泉田もある日を境に元気を取り戻したように見える。空元気かもしれないけど、この寒空の中、せっせと練習に励んでいる。
冬が深まるにつれて自転車部は室内練の日が増えた。今日も東校舎の2階からは練習の光景は見れず。収穫なしか……今日はもう諦めて、野川でレターセットを買って帰ろう。最後の1枚を使い切ってしまったから、新しいものを買わなければ。
「えっ」
冬でも野川文房具店は大繁盛。受験勉強が加速するこの時期こそが繁忙期なのかもしれない。しかし去年の冬は受験勉強コーナーだった店内の一等地……そこをレターコーナーが占拠していた。最初に訪れた時よりはるかに充実したラインナップ、何人ものハコガク生達が友達同士で楽しそうにレターセットを選んでいる。
今まで何度かレターコーナーに足を運んだが、こんなのは初めてだ。どうしよう、この中に突っ込んでいってレターセットを取るなんて……無理、無理、無理。その時、商品棚の影から笑顔のおじさんがニョキっと飛び出した。
「君、ミニレターの君!」
「へ?」
商品棚から顔だけ出した野川のおじさんは、「これだろう、これ!」と深い青色のレターセットを手にして満面の笑みだ。え?
恐る恐るついて行くとおじさんは「他に何かお探しのものはあるかな?」とニコニコした。首を横に振るとそのまま店主のおじさんはレジに向かう。道中通りがかったシールのコーナーもまた、拡張されていた。なぜか、大きいサイズの数字のシールばかりピックアップされていたけど、これ……買う人はいるのかな?何に使うんだろう。
野川のおじさんはニコニコでレジ奥に回る。周りにレジ待ちのお客さんがいないことを確認してから、私は恐る恐る口を開いた。
「あの、レターコーナーすごいですね」
「いやー、おかげさまでね!流行っているんだろう?手紙交換!ミニサイズ!!」
「えっ」
「いやー己の情報収集能力と商才が恐ろしいよ!!神奈川県警から捜査協力を要請される日も近いね、これは!」
「あ、あー」
確かに最近校内で手紙のやり取りをしている女子生徒をよく見かけるけど。それもミニレターで。
どうやら私の「友達に手紙を渡す」を聞いてビビッときた野川のおじさんはレターグッズの仕入れを拡大、レターコーナーが充実、結果として野川を利用する機会の多いハコガク生の中で局地的な手紙交換ブームが発生したのだろう。
野川に来るハコガク生の多くは購買で買えないような可愛い色のペンやノートを求めているから、しっかり客の需要にマッチしたというわけだ。野川のおじさんがハコガクの流行を作っているんだなと私は妙に感心した。
「やーご覧の通り、ジャンジャン売れて嬉しい悲鳴だね!」
う、嘘から出たまことってヤツだ……私はごくりと喉を鳴らす。レターセットが売れて良かった。大量の在庫を抱えて野川のおじさんがシクシク泣くようなことにならなくて、本当に良かった。
おじさんの前で迂闊なことは言わないように気をつけよう。私はもう雪も降り出す時期だというのに冷や汗をかいた。
◼︎
箱根学園の図書室は利用が少なく、それに伴って貸出も少ない。したがって図書委員の仕事は結構楽だ。ほとんど人のこない放課後の貸出カウンターでは宿題を片付けたり、手紙を書くことだってできる。
野川で買ったばかりのレターセットを開封して、手紙を書き始める。中々書き進められないのはいつものことだが、今日はいつも以上に筆が進まない。会計の後、野川のおじさんに「いつも同じ柄だけどいいのかい」と聞かれたせいだ。「手紙交換をするなら、いろんな柄があってもおもしろいだろう」というおじさんの言葉はもっともだ。
私はそれを断って、いつもと同じレターセットだけを買った。そしていつも通り短い文章を並べ、それから「応援しています」の一文で締めようとした。手が止まる。
野川のレターコーナーにはいろんなデザインが取り揃えられているが、私はこの深い青地に銀の流星のデザインのものを買い続けている。単に気に入っていることもあるが、それ以上に私には……もしかしたら「彼に気づいてほしい」という自己顕示欲があるのかもしれない。ずっと同じ人間がファンレターを送っていることに気づいてほしいという、浅ましい、願い。それに気づかされた。
「……あのさァ」
「へ?」
図書室の静寂を切り裂く、機嫌の悪そうな声に顔をあげる。貸出カウンターの前に怖い顔の先輩が仁王立ちしていた。見下ろしてくる視線は鋭く……まずい、委員の仕事をサボっているのを見られた!私は慌てて広げていた私物を片付ける。手紙を折れないように鞄に押し込んで。
「かっ貸出ですかっ」
「そーだけどォ」
「……」
その割に手に持った本をこちらに渡す気配はない。顔を見て声を聞いて漸く気づいたけど3年の荒北先輩だ。自転車部の。よりによって1番怖そうな人に、サボりが見つかった。
荒北先輩は、まずい。なんたって顔が怖いし、顔だけじゃなくて中身も怖いことをハコガク生なら誰でも知っている。秋の終わりに部活を引退するまで、練習中に声を荒げる姿を何度も見た。東校舎の2階からは結構距離があるのに、調子がいい日はそこまで届く声のデカさ……後輩指導でやっているのはわかっているけど普通に怖い。
ただでさえ顔が怖いのに、今は不機嫌そうな表情で、余計に怖い。何を言われるのかと私は身を固くする。
「見えちまったから言うんだけどさァ……」
「は、はい」
「手紙書くなら最初に宛名書くだろ、最低限つーか」
「は」
見られた!手紙、見られた!ほとんど内容なんて無いようなものだったけど!一瞬で顔が熱くなって、逃げるように椅子から立ち上がる。キャスター付きの椅子が勝手に転がっていって後ろの棚にぶつかった。やばっ、装備前新刊の棚だ。
放課後の図書室に相応しくない騒ぎに、返却棚を見ていた人が顔を上げた。
「荒北」
「んだよ福ちゃん……何もしてねーよ」
した!しました!!怖い顔したし、人の手紙見た!私の内心の訴えも、福富先輩にはちっとも届かない。福富先輩は荒北先輩の否定に「そうか」と頷いて、興味を失ったのかフイと視線を逸らす。た、助けは期待できなそうだ……
「チッ、貸出お願いしまァす」
「はい……」
しかしいちばん見られたくない人に見られたな……よりによって自転車部の先輩たちだ。3年生の、福富さんと荒北さん。今年のインターハイにも出てた、自転車部を代表するような人たち。よりによって、そんな人達に見られた。
手紙には宛名がないから、誰宛か……そもそも自転車競技部宛かすらわからないだろう。幸い野川のおじさんが商売上手なお陰で箱根学園の女子生徒の間では手紙交換が俄かに流行している。だから、バレるはずがない。
なのに貸出手続きの間、荒北先輩はこちらを見定めるようにジッと見下ろしていた。何!?やっぱりバレてる!?落ち着きなさい名前、あんな短くてぼんやりしたことしか書いてない手紙、あれが誰宛かなんてちらっと一瞬見ただけでわかるわけないわ……
手続きをさっさと終えて、本を差し出す。受験に全く関係なさそうな、旅行本。千葉県の。いや別に誰が何の本を借りたっていいんだけど。
「返却期限は1週間後です」
「チッ」
「ひぇ」
「……名前くらい書いとけよ、手紙なんだろ」
貸出手続きの終わった本には目もくれず、荒北先輩は私相手に凄んだ。バレていないはずだ、なのにこの人は妙に確信を持っている。あの手紙が誰に宛てられたものなのか。小さい黒目は図書室の室内灯でもギラギラ光る。この人は、あの手紙が泉田宛てだと、確信している。
「ち、違います……私じゃない」
「何が違うんだよ」
「えっと、えっと……」
泉田は、差出人のない手紙を人に見せびらかすような人ではない……と思う。荒北先輩も後輩がもらった手紙をカツアゲするような人じゃない……と信じたい。じゃあなんで、荒北先輩は確信してるんだよ。答えの出ない堂々巡りだ。
「んだよ」
私は死にそうになりながら「い、嫌ですぅ」と呻いた。荒北先輩は目をカッ開いて、大口開けた。
「ハァ!?ヤじゃねーだろ、そんくらい礼儀だろ!!」
「ひえーっ」
「荒北」
さっきより3倍重くて低い福富先輩の呼びかけに荒北先輩はもう一度盛大な舌打ちをして踵を返した。旅行ガイド片手に。
1週間以内に訪れるであろう、返却時の手続きを回避できるようひたすら祈る。誰かシフト代わってくれないかな。もう一回あの人に凄まれるの、絶対やだ……あと、外で手紙を書くのはやめようと思った。金輪際。
自転車部は完全に新体制に移行して、秋の頃のギクシャクした空気もいくらかマシになったように見える。泉田もある日を境に元気を取り戻したように見える。空元気かもしれないけど、この寒空の中、せっせと練習に励んでいる。
冬が深まるにつれて自転車部は室内練の日が増えた。今日も東校舎の2階からは練習の光景は見れず。収穫なしか……今日はもう諦めて、野川でレターセットを買って帰ろう。最後の1枚を使い切ってしまったから、新しいものを買わなければ。
「えっ」
冬でも野川文房具店は大繁盛。受験勉強が加速するこの時期こそが繁忙期なのかもしれない。しかし去年の冬は受験勉強コーナーだった店内の一等地……そこをレターコーナーが占拠していた。最初に訪れた時よりはるかに充実したラインナップ、何人ものハコガク生達が友達同士で楽しそうにレターセットを選んでいる。
今まで何度かレターコーナーに足を運んだが、こんなのは初めてだ。どうしよう、この中に突っ込んでいってレターセットを取るなんて……無理、無理、無理。その時、商品棚の影から笑顔のおじさんがニョキっと飛び出した。
「君、ミニレターの君!」
「へ?」
商品棚から顔だけ出した野川のおじさんは、「これだろう、これ!」と深い青色のレターセットを手にして満面の笑みだ。え?
恐る恐るついて行くとおじさんは「他に何かお探しのものはあるかな?」とニコニコした。首を横に振るとそのまま店主のおじさんはレジに向かう。道中通りがかったシールのコーナーもまた、拡張されていた。なぜか、大きいサイズの数字のシールばかりピックアップされていたけど、これ……買う人はいるのかな?何に使うんだろう。
野川のおじさんはニコニコでレジ奥に回る。周りにレジ待ちのお客さんがいないことを確認してから、私は恐る恐る口を開いた。
「あの、レターコーナーすごいですね」
「いやー、おかげさまでね!流行っているんだろう?手紙交換!ミニサイズ!!」
「えっ」
「いやー己の情報収集能力と商才が恐ろしいよ!!神奈川県警から捜査協力を要請される日も近いね、これは!」
「あ、あー」
確かに最近校内で手紙のやり取りをしている女子生徒をよく見かけるけど。それもミニレターで。
どうやら私の「友達に手紙を渡す」を聞いてビビッときた野川のおじさんはレターグッズの仕入れを拡大、レターコーナーが充実、結果として野川を利用する機会の多いハコガク生の中で局地的な手紙交換ブームが発生したのだろう。
野川に来るハコガク生の多くは購買で買えないような可愛い色のペンやノートを求めているから、しっかり客の需要にマッチしたというわけだ。野川のおじさんがハコガクの流行を作っているんだなと私は妙に感心した。
「やーご覧の通り、ジャンジャン売れて嬉しい悲鳴だね!」
う、嘘から出たまことってヤツだ……私はごくりと喉を鳴らす。レターセットが売れて良かった。大量の在庫を抱えて野川のおじさんがシクシク泣くようなことにならなくて、本当に良かった。
おじさんの前で迂闊なことは言わないように気をつけよう。私はもう雪も降り出す時期だというのに冷や汗をかいた。
◼︎
箱根学園の図書室は利用が少なく、それに伴って貸出も少ない。したがって図書委員の仕事は結構楽だ。ほとんど人のこない放課後の貸出カウンターでは宿題を片付けたり、手紙を書くことだってできる。
野川で買ったばかりのレターセットを開封して、手紙を書き始める。中々書き進められないのはいつものことだが、今日はいつも以上に筆が進まない。会計の後、野川のおじさんに「いつも同じ柄だけどいいのかい」と聞かれたせいだ。「手紙交換をするなら、いろんな柄があってもおもしろいだろう」というおじさんの言葉はもっともだ。
私はそれを断って、いつもと同じレターセットだけを買った。そしていつも通り短い文章を並べ、それから「応援しています」の一文で締めようとした。手が止まる。
野川のレターコーナーにはいろんなデザインが取り揃えられているが、私はこの深い青地に銀の流星のデザインのものを買い続けている。単に気に入っていることもあるが、それ以上に私には……もしかしたら「彼に気づいてほしい」という自己顕示欲があるのかもしれない。ずっと同じ人間がファンレターを送っていることに気づいてほしいという、浅ましい、願い。それに気づかされた。
「……あのさァ」
「へ?」
図書室の静寂を切り裂く、機嫌の悪そうな声に顔をあげる。貸出カウンターの前に怖い顔の先輩が仁王立ちしていた。見下ろしてくる視線は鋭く……まずい、委員の仕事をサボっているのを見られた!私は慌てて広げていた私物を片付ける。手紙を折れないように鞄に押し込んで。
「かっ貸出ですかっ」
「そーだけどォ」
「……」
その割に手に持った本をこちらに渡す気配はない。顔を見て声を聞いて漸く気づいたけど3年の荒北先輩だ。自転車部の。よりによって1番怖そうな人に、サボりが見つかった。
荒北先輩は、まずい。なんたって顔が怖いし、顔だけじゃなくて中身も怖いことをハコガク生なら誰でも知っている。秋の終わりに部活を引退するまで、練習中に声を荒げる姿を何度も見た。東校舎の2階からは結構距離があるのに、調子がいい日はそこまで届く声のデカさ……後輩指導でやっているのはわかっているけど普通に怖い。
ただでさえ顔が怖いのに、今は不機嫌そうな表情で、余計に怖い。何を言われるのかと私は身を固くする。
「見えちまったから言うんだけどさァ……」
「は、はい」
「手紙書くなら最初に宛名書くだろ、最低限つーか」
「は」
見られた!手紙、見られた!ほとんど内容なんて無いようなものだったけど!一瞬で顔が熱くなって、逃げるように椅子から立ち上がる。キャスター付きの椅子が勝手に転がっていって後ろの棚にぶつかった。やばっ、装備前新刊の棚だ。
放課後の図書室に相応しくない騒ぎに、返却棚を見ていた人が顔を上げた。
「荒北」
「んだよ福ちゃん……何もしてねーよ」
した!しました!!怖い顔したし、人の手紙見た!私の内心の訴えも、福富先輩にはちっとも届かない。福富先輩は荒北先輩の否定に「そうか」と頷いて、興味を失ったのかフイと視線を逸らす。た、助けは期待できなそうだ……
「チッ、貸出お願いしまァす」
「はい……」
しかしいちばん見られたくない人に見られたな……よりによって自転車部の先輩たちだ。3年生の、福富さんと荒北さん。今年のインターハイにも出てた、自転車部を代表するような人たち。よりによって、そんな人達に見られた。
手紙には宛名がないから、誰宛か……そもそも自転車競技部宛かすらわからないだろう。幸い野川のおじさんが商売上手なお陰で箱根学園の女子生徒の間では手紙交換が俄かに流行している。だから、バレるはずがない。
なのに貸出手続きの間、荒北先輩はこちらを見定めるようにジッと見下ろしていた。何!?やっぱりバレてる!?落ち着きなさい名前、あんな短くてぼんやりしたことしか書いてない手紙、あれが誰宛かなんてちらっと一瞬見ただけでわかるわけないわ……
手続きをさっさと終えて、本を差し出す。受験に全く関係なさそうな、旅行本。千葉県の。いや別に誰が何の本を借りたっていいんだけど。
「返却期限は1週間後です」
「チッ」
「ひぇ」
「……名前くらい書いとけよ、手紙なんだろ」
貸出手続きの終わった本には目もくれず、荒北先輩は私相手に凄んだ。バレていないはずだ、なのにこの人は妙に確信を持っている。あの手紙が誰に宛てられたものなのか。小さい黒目は図書室の室内灯でもギラギラ光る。この人は、あの手紙が泉田宛てだと、確信している。
「ち、違います……私じゃない」
「何が違うんだよ」
「えっと、えっと……」
泉田は、差出人のない手紙を人に見せびらかすような人ではない……と思う。荒北先輩も後輩がもらった手紙をカツアゲするような人じゃない……と信じたい。じゃあなんで、荒北先輩は確信してるんだよ。答えの出ない堂々巡りだ。
「んだよ」
私は死にそうになりながら「い、嫌ですぅ」と呻いた。荒北先輩は目をカッ開いて、大口開けた。
「ハァ!?ヤじゃねーだろ、そんくらい礼儀だろ!!」
「ひえーっ」
「荒北」
さっきより3倍重くて低い福富先輩の呼びかけに荒北先輩はもう一度盛大な舌打ちをして踵を返した。旅行ガイド片手に。
1週間以内に訪れるであろう、返却時の手続きを回避できるようひたすら祈る。誰かシフト代わってくれないかな。もう一回あの人に凄まれるの、絶対やだ……あと、外で手紙を書くのはやめようと思った。金輪際。
