去る春、君の声だけが在るIF
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「このままいけるとこまでいってみない?」
「はあ?」
「髪、このまま伸ばしてみませんかってこと」
名前がそう言ったのは3年のインハイの直後。「もう」十分だろうと思って、夏休みの間に切ろうと思っていた、ちょうどその時だった。
「走ってる時にね、風に靡いてすっごく綺麗だよ。走ってる本人には見えないだろうけど」
「……おう」
「本当に、綺麗なの」
そう呟いた名前の顔を見れば反論は封じられた。頬が赤く染まって、こちらを見上げる目がキラキラしていたので、オレは「うっ」とうめき声を漏らすことしかできなかった。3年間同じ部で選手とマネージャー、立場は違えど共に戦った仲間だ。「ちょうど明日切ろうと思ってたところだ。一歩遅かったな」なんて意地の悪いことを言ったり、「身長190越えの大男捕まえて何言ってんだよ」と茶化す空気ではなかった。ただただ、強い選手に対する憧れの視線が突き刺さる。どーしろって言うんだよ!この状況で!その日、オレは散々頭を悩ませ沈黙した末、「……考えとく」とだけ言ってその場を逃げ出したのだ。
大学生になってもソコソコの長さを保っているのはそういうわけだ。あの目に負けた。一度あまりにも手入れが面倒でハサミを入れた時、名前が「切っちゃったの……」と本当にがっかりしているのを見て、腹括った。いけるところまでいってやろうじゃねえか。お前の好きなその長い髪靡かせて、いくらでもゴール獲ってやるよ。
そう誓ったはずだった。が、これは。
「……名前、そろそろ」
「もうちょっと待って、ヘアケアは漬け込みと乳化が大事なの!」
「何が楽しくて男の髪いじってんだか……」
「高2の春、ゴールスプリントで風になびく長髪に心奪われたからです!今でも覚えてる、あれは湘南藤沢の……」
「その話長くなるヤツか?」
名前が絶賛したレースの写真なんかを後から見ても名前の言うほど綺麗な絵面ではない。靡くっつーか、あそこまで行くと振り乱してるっつーか……
比べるまでもなく、よく手入れされた名前の髪の方が綺麗だと思う。日が当たると柔らかく光る髪の色、「雨が降ると大変なの」と名前を悩ませるふわふわした髪質。疲れた日は乾かしもせず寝落ちするオレとは比べものにならない。
風呂場の鏡に映る名前は真剣な顔でオレの髪を持ち上げて、「まあこんなもんか……」とつぶやく。風と日光に晒されればそれだけ傷むが、名前が泊まりにくる度にせっせと面倒を見るせいでそれなりにはなっている。この後念入りに流してから、名前は今日も「私にやらせて!」とキラキラした目でドライヤーを持ってくるだろうが、あれは一体何が楽しくてやっているのか。大体乾いた所で、「もういい」と声をかけると、いつも「もうちょっとだけ!お願い!」と食い下がる謎。
「……面倒だろ」
「うーん面倒というか……むしろ私の趣味に付き合わせて申し訳ないというか」
「はあ?」
「だって、バシさん別に『もう』短くたっていいんでしょ。髪」
「まあ……そうだけどよ」
「でも私、長いの好きなんだよね。走ってる時ね、超かっこいいから」
「そうか」
「あとね、勉強する時に後ろで縛ってるのも、かっこいいから好き。レア感ある」
「レア感」
「もっと言うとデートの時のハーフアップが激レアで好きです」
「お、おう……!?」
「知らなかった?そしたら今後は積極的に結んでるとこ、見せてね」
「名前、」
「フフ、それじゃ流しまーす」
「え、ちょっ」
勢いよくシャワーをかけられて無理やり言葉を封じられる。名前の笑い声が風呂場に反響する。走ってる時しか褒めてこないから、オレの髪型には別に興味ないのかと思ってた。んだよ、感想あるならその時言えよ……!ウケ悪いなとか思ってあれこれ試行錯誤したオレがバカみたいじゃねえか!「覚えとけよ」と声を上げようにも、襲いくるシャワーの濁流を前になす術無し。
狭い風呂場じゅうに名前愛用の甘ったるい匂いがたちのぼる。なんて名前だったか……とにかく名前がバイト代で買ってる、あのキラキラした容器のやつ。アレと同じ匂いが自分からするのは、落ち着かない気分になる。
シャワーが止まり、下げてた頭を戻す。鏡越しの名前が満足そうに頷いた。
「どう?結構いい感じじゃない?」
「……おう」
「微妙な反応!」
髪をすくう名前の指先が首に触る。優しく、そっと、慎重に。細い指先がオレに触る、このこそばゆい感覚にも、未だに慣れない。
「はあ?」
「髪、このまま伸ばしてみませんかってこと」
名前がそう言ったのは3年のインハイの直後。「もう」十分だろうと思って、夏休みの間に切ろうと思っていた、ちょうどその時だった。
「走ってる時にね、風に靡いてすっごく綺麗だよ。走ってる本人には見えないだろうけど」
「……おう」
「本当に、綺麗なの」
そう呟いた名前の顔を見れば反論は封じられた。頬が赤く染まって、こちらを見上げる目がキラキラしていたので、オレは「うっ」とうめき声を漏らすことしかできなかった。3年間同じ部で選手とマネージャー、立場は違えど共に戦った仲間だ。「ちょうど明日切ろうと思ってたところだ。一歩遅かったな」なんて意地の悪いことを言ったり、「身長190越えの大男捕まえて何言ってんだよ」と茶化す空気ではなかった。ただただ、強い選手に対する憧れの視線が突き刺さる。どーしろって言うんだよ!この状況で!その日、オレは散々頭を悩ませ沈黙した末、「……考えとく」とだけ言ってその場を逃げ出したのだ。
大学生になってもソコソコの長さを保っているのはそういうわけだ。あの目に負けた。一度あまりにも手入れが面倒でハサミを入れた時、名前が「切っちゃったの……」と本当にがっかりしているのを見て、腹括った。いけるところまでいってやろうじゃねえか。お前の好きなその長い髪靡かせて、いくらでもゴール獲ってやるよ。
そう誓ったはずだった。が、これは。
「……名前、そろそろ」
「もうちょっと待って、ヘアケアは漬け込みと乳化が大事なの!」
「何が楽しくて男の髪いじってんだか……」
「高2の春、ゴールスプリントで風になびく長髪に心奪われたからです!今でも覚えてる、あれは湘南藤沢の……」
「その話長くなるヤツか?」
名前が絶賛したレースの写真なんかを後から見ても名前の言うほど綺麗な絵面ではない。靡くっつーか、あそこまで行くと振り乱してるっつーか……
比べるまでもなく、よく手入れされた名前の髪の方が綺麗だと思う。日が当たると柔らかく光る髪の色、「雨が降ると大変なの」と名前を悩ませるふわふわした髪質。疲れた日は乾かしもせず寝落ちするオレとは比べものにならない。
風呂場の鏡に映る名前は真剣な顔でオレの髪を持ち上げて、「まあこんなもんか……」とつぶやく。風と日光に晒されればそれだけ傷むが、名前が泊まりにくる度にせっせと面倒を見るせいでそれなりにはなっている。この後念入りに流してから、名前は今日も「私にやらせて!」とキラキラした目でドライヤーを持ってくるだろうが、あれは一体何が楽しくてやっているのか。大体乾いた所で、「もういい」と声をかけると、いつも「もうちょっとだけ!お願い!」と食い下がる謎。
「……面倒だろ」
「うーん面倒というか……むしろ私の趣味に付き合わせて申し訳ないというか」
「はあ?」
「だって、バシさん別に『もう』短くたっていいんでしょ。髪」
「まあ……そうだけどよ」
「でも私、長いの好きなんだよね。走ってる時ね、超かっこいいから」
「そうか」
「あとね、勉強する時に後ろで縛ってるのも、かっこいいから好き。レア感ある」
「レア感」
「もっと言うとデートの時のハーフアップが激レアで好きです」
「お、おう……!?」
「知らなかった?そしたら今後は積極的に結んでるとこ、見せてね」
「名前、」
「フフ、それじゃ流しまーす」
「え、ちょっ」
勢いよくシャワーをかけられて無理やり言葉を封じられる。名前の笑い声が風呂場に反響する。走ってる時しか褒めてこないから、オレの髪型には別に興味ないのかと思ってた。んだよ、感想あるならその時言えよ……!ウケ悪いなとか思ってあれこれ試行錯誤したオレがバカみたいじゃねえか!「覚えとけよ」と声を上げようにも、襲いくるシャワーの濁流を前になす術無し。
狭い風呂場じゅうに名前愛用の甘ったるい匂いがたちのぼる。なんて名前だったか……とにかく名前がバイト代で買ってる、あのキラキラした容器のやつ。アレと同じ匂いが自分からするのは、落ち着かない気分になる。
シャワーが止まり、下げてた頭を戻す。鏡越しの名前が満足そうに頷いた。
「どう?結構いい感じじゃない?」
「……おう」
「微妙な反応!」
髪をすくう名前の指先が首に触る。優しく、そっと、慎重に。細い指先がオレに触る、このこそばゆい感覚にも、未だに慣れない。
