去る春、君の声だけが在るIF
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小野田、荒北さん、それから私。3人がかりで格闘の末、4つ目のお買い物メモの謎は明らかになった。
ようやく買うべきものが判明し、荒北さんはスッキリした顔で「ッシャ行ってくるわ」と買い物へ旅立ち、そして物陰がヌルッと手嶋純太が現れる。な〜にが「楽しそうなことをしてるお前らを見かけて」だ。私たちが解読困難な暗号に頭を悩ませるのを陰でこそこそ見ていたっていうなら、本当にヤな性格をしている。
特に私と荒北さんはさっきまでぎゃあぎゃあ文句を言いながら道端で謎を解いていたわけで……それを見られていたと思うとちょっと気まずい。
そこで小野田が「たった今気づきました」という顔で私を見た。
「そういえば名前ちゃんはどうして荒北さんと一緒に?名前ちゃんも野球?」
「えっと……」
あまりにも今更である。私は最近流行りのバニラフィナンシェを買おうとお土産屋さんを彷徨っていたところ、突如現れた荒北さんに「ちょっとツラ貸せヨ」と首根っこ掴まれて連行された。連行された先……店の裏口には小野田がいて、ことの次第を荒北さんと一緒に聞いた。小野田を気に入っている荒北さんは即手伝いを申し出て……当然後輩の私も自動的に巻き込まれる流れとなった。箱根学園自転車競技部の上下関係は厳しいからね。
「荒北さんとはお土産屋さんでたまたま会って……それで連行されたの」
「これ、駅以外でも売ってるんだな」
「う……」
手嶋が私の下げてる紙袋を指差す。そう、フィナンシェ買うだけならわざわざこっちまで来なくてもいい。中華街より、きっと並ぶだろうけど在庫の多い駅で買った方が確実だ。
「期間限定で出店してるって聞いて、穴場だと思ったの!実際買えたし!」
「へー、確かに穴場だな」
「これ、横浜名物なんですか?」
小野田がキラキラの目で手嶋に尋ねる。手嶋は首を傾げ、私は食い気味に言い返す。
「多分……?」
「これから名物になるのよ!」
「そうなんだ、ボクも買って帰ろうかな」
「うんうんそうしなさい。昼には売り切れるらしいから早めにね」
「じゃあ、苗字はこれを買うために昼前から中華街に?」
「うっ……」
私が中華街に来たメインの理由は実のところフィナンシェじゃなくて、中華街のコラボイベントである。小野田の目当て、ラブヒメグッズとは別のコラボ。この度推しアイドルが中華街アンバサダーに任命されることが決まり、感謝のコラボ店舗巡りに来たと言うわけだ。
中華街アンバサダーのひとり、ナツキくんは顔で大バズりしたこともある超人気現役高校生アイドルだけど、小野田は多分リアルアイドルには興味ないし……手嶋に「ああ、あれな笑」みたいに言われるのもヤダし……なんかヤダし……私はさらっと合流してきた男に話を逸らすことにした。だって、千葉からはるばる遊びに来たこいつの方が怪しいでしょう!へらへらパーマ男を指差す。
「私が中華街に遊びにきたのはいいのよ、神奈川県民だし!地元みたいなもんだし!それより手嶋純太は何しに来たの?千葉からここまで結構遠くない?」
「オレは茶葉を買いに、だな」
「ふーん?わざわざ?」
「そこ、前にテレビでやってて気になってたんだよ」
手嶋が指差したのは荒北さんがお世話になった衣料品店のお隣、立派な店構えの中国茶専門店。なるほど、手嶋にしてはいいチョイスじゃないの。真波情報では茶が好きらしいし、納得の理由。
「いいよね。2階でお茶も飲めるんだよ」
「お、それそれ!苗字は入ったことあるのか?」
「ううん、1階だけ。2階は整理券の時も多くてなかなか入れないの。隠れた名店のはずが今や大人気で」
「さすが手嶋さん!!中華街にも詳しいんですね!」
「やー、有名なとこだけな」
3人でレトロな店構えを見上げる。外から見ても窓際の席にはお客さんがいて、賑わっている雰囲気が伝わってくる。この様子だと今日も満席かな。手嶋のくせに結構いい趣味してんじゃないの。
手嶋がその2階を指差す。まっすぐ伸びた指先を、小野田とふたりキョトンと見つめた。手嶋はぱちん、と華麗にウインク。
「ちょうど目の前だし……休憩してくか?」
「今は小野田のお使いが優先です!」
撤回撤回!!こいつ何考えてんの!?あの荒北さんが!あの!荒北さんが!!わけもわからず「小野田チャンの手伝いだから……」って絹さや買いに走ってったってのに!絹さやってこの辺だとどこで買えるのかもよくわからないのに!!
東堂さんと荒北さんという逆らえない先輩ふたりが率先しておつかいへ行った今、後輩が呑気に茶しばいてたらぶっ飛ばされても文句は言えない。箱根学園では基本「先輩の言うことは絶対」だし「強い人の言うことに従うべし」も同様。そういうわけでウチに荒北さんに逆らうような後輩はいない。黒田さんは別として。あれは突っかかってあしらわれる、二人の愛情表現だから……
「じゃあコレが終わったら、な」
「だから行かないってば!」
「でもあの店、気になってたんだろ?」
「気になっててもあんたとは行かない!」
「わーふたりとも落ち着いてください!とりあえず、次の食材……わーっ!」
「ああもう、私が拾うから小野田は動かないで!」
小野田は私たちの言い争いを止めようとして、持っていた紙……買い物メモ、シール、それをまとめて入れるホルダーを地面にぶちまける。私と手嶋は分担してそれを全部拾った。
真波、東堂さん、ピークスパイダーのマキチャン、荒北さん。そして手嶋が拾って、おつかいメモはあと1枚。半分以上の材料が揃ったはずだが、何ができるのかはまだよくわからない。謎を解きながら私は「本当にこれで合ってるの……?」と半信半疑だ。何ができるか想像できない。一応中華料理屋さんのはずなんだけど。
手嶋が再び散らばったお使いメモを順番に並べ直し、私はシールやファイルの砂を払って小野田に返してやった。よし、これで忘れ物なし。
「とりあえず次の目的地目指すか?」
「そうですね!えーっと次は……」
「横浜大世界だよ。さっきの交差点に戻って右折……目立つからすぐわかると思う」
「名前ちゃん詳しいんだね!」
「まーね、一応神奈川県民だからね……」
今度こそ落とさないようにおつかいセットをカバンにしまい直して、小野田がキラキラの目でこちらを振り返る。キラキラの視線に私は若干たじろいだ。
私は中学が横浜だったから、ハマッコの荒北さんほどではないにしろ多少この辺りは詳しいだろう。横浜はお店も観光するところもたくさんあって、中学入ったばかりの頃は大都会が楽しくってしょっちゅう市内で遊んでいた。それこそ例の店の2階も憧れで友達と「いつか一緒に行こうね」と満席の2階を見上げたものだ。しかしまあ、途中で不登校になり中学の友達とも疎遠になり……こうして中華街まで遊びに来たのは久しぶりだ。まあ、これは小野田には言わなくていいこと。
「と、とりあえず買い物メモ!早く揃えないとお店の人が困っちゃうから。今日がニューオープンなんでしょ?」
「そうだね!早く食材を揃えてお店に戻らないと。行列もできてたし……!」
「うんうん」
小野田は素直だからあっさり話題逸らしに応じてくれて助かる。これが真波相手だったら「で?本当のところは」なんて聞かれて、こうはいかない。
「でも本当に何の料理になるんだろう……」
「……ねー」
私と小野田は顔を見合わせる。もう一度今までのメモを思いかえしても、何の中華料理になるのかよくわからない。創作中華のお店なのかな?それともひとつの料理じゃないのかも……?
「何ができるかお楽しみ、ってことだな。行こうぜ」
「ハイ!」
手嶋の言葉に小野田が元気よく頷き、私も渋々頷いた。なんか上手く丸め込まれた気がする……
日陰から出て日傘を開き、ふたりを追う。今日の天気は曇りのはずが、雲間から降り注ぐ日差しはジリジリと肌を焼き、湿度は高くムシムシ暑くて、中華街じゅうを歩き回るには少々厳しい気候。首を伝う汗をハンカチでおさえる。汗でベタベタするし、においも気になるし、ボディシートとかでガシガシ拭きたいところだけど、道端じゃ難しい。暑い……早くおつかい終わらせてどこか涼しいお店に入りたい。冷房ガンガンのお店がいい……
日傘がぶつからないようにしていたら自然と歩調は遅れて、仲良く歩くふたりを後ろから眺める形になる。このふたりが仲良くしてるところ、あんまり見たことがないんだよな。総北の貴重なクライマー枠のはずだが、小野田から聞くのは巻島さんの話ばかりだし。
1個上の先輩の方が単純に一緒にいる時間は長いはずだけど、小野田にとっての巻島さんはやっぱり特別なんだろう。なんていうか、カリスマ性とかあるし。手嶋にカリスマ性ってあるのかな。インハイの時のギラギラの真波の隣に並んだ死にそうな姿の印象が強いから、こういう風に呑気にしているのは、なんていうか……
先を歩いていた手嶋が突然振り返る。ジリジリあつい日差しの下、紫色がギラっと光った。しかしそれも一瞬で崩れて、いつものヘラヘラした顔になる。眉毛が八の字に下がる。私は何を言われるのかと身構えて。
「悪い、歩くの早かったか?」
「べ、別に……日傘刺さったらやだなって」
「体調悪いわけじゃないんだな」
「はい」
「そうか」
なんだそのため息みたいな「そうか」は。気まずくて、私は先を歩く小野田を追いかけたいのに、手嶋が立ち塞がっているからそれもできない。悠ちゃんみたいに……インハイ二日目の悠ちゃんみたいにフェイントかけて抜くのは難しそうだ。私は日傘の柄を握りしめる。ほんとになんだこいつ。
「今日気温高いから。無理すんなよ」
「はい」
愛想のない返事に手嶋はいっそう眉を下げて、無言で頷く。それきり私に背を向けた。なんなの?言いたいことはそれだけ?急に振り返るから、何かと思った。
手嶋はそのまま歩き出し、道を間違えそうになった小野田に「そこ、右折なー」と声をかける。なんだその顔、その八の字眉毛。私はなんかモヤモヤしながら、先行くふたりをゆっくり追いかける。
ようやく買うべきものが判明し、荒北さんはスッキリした顔で「ッシャ行ってくるわ」と買い物へ旅立ち、そして物陰がヌルッと手嶋純太が現れる。な〜にが「楽しそうなことをしてるお前らを見かけて」だ。私たちが解読困難な暗号に頭を悩ませるのを陰でこそこそ見ていたっていうなら、本当にヤな性格をしている。
特に私と荒北さんはさっきまでぎゃあぎゃあ文句を言いながら道端で謎を解いていたわけで……それを見られていたと思うとちょっと気まずい。
そこで小野田が「たった今気づきました」という顔で私を見た。
「そういえば名前ちゃんはどうして荒北さんと一緒に?名前ちゃんも野球?」
「えっと……」
あまりにも今更である。私は最近流行りのバニラフィナンシェを買おうとお土産屋さんを彷徨っていたところ、突如現れた荒北さんに「ちょっとツラ貸せヨ」と首根っこ掴まれて連行された。連行された先……店の裏口には小野田がいて、ことの次第を荒北さんと一緒に聞いた。小野田を気に入っている荒北さんは即手伝いを申し出て……当然後輩の私も自動的に巻き込まれる流れとなった。箱根学園自転車競技部の上下関係は厳しいからね。
「荒北さんとはお土産屋さんでたまたま会って……それで連行されたの」
「これ、駅以外でも売ってるんだな」
「う……」
手嶋が私の下げてる紙袋を指差す。そう、フィナンシェ買うだけならわざわざこっちまで来なくてもいい。中華街より、きっと並ぶだろうけど在庫の多い駅で買った方が確実だ。
「期間限定で出店してるって聞いて、穴場だと思ったの!実際買えたし!」
「へー、確かに穴場だな」
「これ、横浜名物なんですか?」
小野田がキラキラの目で手嶋に尋ねる。手嶋は首を傾げ、私は食い気味に言い返す。
「多分……?」
「これから名物になるのよ!」
「そうなんだ、ボクも買って帰ろうかな」
「うんうんそうしなさい。昼には売り切れるらしいから早めにね」
「じゃあ、苗字はこれを買うために昼前から中華街に?」
「うっ……」
私が中華街に来たメインの理由は実のところフィナンシェじゃなくて、中華街のコラボイベントである。小野田の目当て、ラブヒメグッズとは別のコラボ。この度推しアイドルが中華街アンバサダーに任命されることが決まり、感謝のコラボ店舗巡りに来たと言うわけだ。
中華街アンバサダーのひとり、ナツキくんは顔で大バズりしたこともある超人気現役高校生アイドルだけど、小野田は多分リアルアイドルには興味ないし……手嶋に「ああ、あれな笑」みたいに言われるのもヤダし……なんかヤダし……私はさらっと合流してきた男に話を逸らすことにした。だって、千葉からはるばる遊びに来たこいつの方が怪しいでしょう!へらへらパーマ男を指差す。
「私が中華街に遊びにきたのはいいのよ、神奈川県民だし!地元みたいなもんだし!それより手嶋純太は何しに来たの?千葉からここまで結構遠くない?」
「オレは茶葉を買いに、だな」
「ふーん?わざわざ?」
「そこ、前にテレビでやってて気になってたんだよ」
手嶋が指差したのは荒北さんがお世話になった衣料品店のお隣、立派な店構えの中国茶専門店。なるほど、手嶋にしてはいいチョイスじゃないの。真波情報では茶が好きらしいし、納得の理由。
「いいよね。2階でお茶も飲めるんだよ」
「お、それそれ!苗字は入ったことあるのか?」
「ううん、1階だけ。2階は整理券の時も多くてなかなか入れないの。隠れた名店のはずが今や大人気で」
「さすが手嶋さん!!中華街にも詳しいんですね!」
「やー、有名なとこだけな」
3人でレトロな店構えを見上げる。外から見ても窓際の席にはお客さんがいて、賑わっている雰囲気が伝わってくる。この様子だと今日も満席かな。手嶋のくせに結構いい趣味してんじゃないの。
手嶋がその2階を指差す。まっすぐ伸びた指先を、小野田とふたりキョトンと見つめた。手嶋はぱちん、と華麗にウインク。
「ちょうど目の前だし……休憩してくか?」
「今は小野田のお使いが優先です!」
撤回撤回!!こいつ何考えてんの!?あの荒北さんが!あの!荒北さんが!!わけもわからず「小野田チャンの手伝いだから……」って絹さや買いに走ってったってのに!絹さやってこの辺だとどこで買えるのかもよくわからないのに!!
東堂さんと荒北さんという逆らえない先輩ふたりが率先しておつかいへ行った今、後輩が呑気に茶しばいてたらぶっ飛ばされても文句は言えない。箱根学園では基本「先輩の言うことは絶対」だし「強い人の言うことに従うべし」も同様。そういうわけでウチに荒北さんに逆らうような後輩はいない。黒田さんは別として。あれは突っかかってあしらわれる、二人の愛情表現だから……
「じゃあコレが終わったら、な」
「だから行かないってば!」
「でもあの店、気になってたんだろ?」
「気になっててもあんたとは行かない!」
「わーふたりとも落ち着いてください!とりあえず、次の食材……わーっ!」
「ああもう、私が拾うから小野田は動かないで!」
小野田は私たちの言い争いを止めようとして、持っていた紙……買い物メモ、シール、それをまとめて入れるホルダーを地面にぶちまける。私と手嶋は分担してそれを全部拾った。
真波、東堂さん、ピークスパイダーのマキチャン、荒北さん。そして手嶋が拾って、おつかいメモはあと1枚。半分以上の材料が揃ったはずだが、何ができるのかはまだよくわからない。謎を解きながら私は「本当にこれで合ってるの……?」と半信半疑だ。何ができるか想像できない。一応中華料理屋さんのはずなんだけど。
手嶋が再び散らばったお使いメモを順番に並べ直し、私はシールやファイルの砂を払って小野田に返してやった。よし、これで忘れ物なし。
「とりあえず次の目的地目指すか?」
「そうですね!えーっと次は……」
「横浜大世界だよ。さっきの交差点に戻って右折……目立つからすぐわかると思う」
「名前ちゃん詳しいんだね!」
「まーね、一応神奈川県民だからね……」
今度こそ落とさないようにおつかいセットをカバンにしまい直して、小野田がキラキラの目でこちらを振り返る。キラキラの視線に私は若干たじろいだ。
私は中学が横浜だったから、ハマッコの荒北さんほどではないにしろ多少この辺りは詳しいだろう。横浜はお店も観光するところもたくさんあって、中学入ったばかりの頃は大都会が楽しくってしょっちゅう市内で遊んでいた。それこそ例の店の2階も憧れで友達と「いつか一緒に行こうね」と満席の2階を見上げたものだ。しかしまあ、途中で不登校になり中学の友達とも疎遠になり……こうして中華街まで遊びに来たのは久しぶりだ。まあ、これは小野田には言わなくていいこと。
「と、とりあえず買い物メモ!早く揃えないとお店の人が困っちゃうから。今日がニューオープンなんでしょ?」
「そうだね!早く食材を揃えてお店に戻らないと。行列もできてたし……!」
「うんうん」
小野田は素直だからあっさり話題逸らしに応じてくれて助かる。これが真波相手だったら「で?本当のところは」なんて聞かれて、こうはいかない。
「でも本当に何の料理になるんだろう……」
「……ねー」
私と小野田は顔を見合わせる。もう一度今までのメモを思いかえしても、何の中華料理になるのかよくわからない。創作中華のお店なのかな?それともひとつの料理じゃないのかも……?
「何ができるかお楽しみ、ってことだな。行こうぜ」
「ハイ!」
手嶋の言葉に小野田が元気よく頷き、私も渋々頷いた。なんか上手く丸め込まれた気がする……
日陰から出て日傘を開き、ふたりを追う。今日の天気は曇りのはずが、雲間から降り注ぐ日差しはジリジリと肌を焼き、湿度は高くムシムシ暑くて、中華街じゅうを歩き回るには少々厳しい気候。首を伝う汗をハンカチでおさえる。汗でベタベタするし、においも気になるし、ボディシートとかでガシガシ拭きたいところだけど、道端じゃ難しい。暑い……早くおつかい終わらせてどこか涼しいお店に入りたい。冷房ガンガンのお店がいい……
日傘がぶつからないようにしていたら自然と歩調は遅れて、仲良く歩くふたりを後ろから眺める形になる。このふたりが仲良くしてるところ、あんまり見たことがないんだよな。総北の貴重なクライマー枠のはずだが、小野田から聞くのは巻島さんの話ばかりだし。
1個上の先輩の方が単純に一緒にいる時間は長いはずだけど、小野田にとっての巻島さんはやっぱり特別なんだろう。なんていうか、カリスマ性とかあるし。手嶋にカリスマ性ってあるのかな。インハイの時のギラギラの真波の隣に並んだ死にそうな姿の印象が強いから、こういう風に呑気にしているのは、なんていうか……
先を歩いていた手嶋が突然振り返る。ジリジリあつい日差しの下、紫色がギラっと光った。しかしそれも一瞬で崩れて、いつものヘラヘラした顔になる。眉毛が八の字に下がる。私は何を言われるのかと身構えて。
「悪い、歩くの早かったか?」
「べ、別に……日傘刺さったらやだなって」
「体調悪いわけじゃないんだな」
「はい」
「そうか」
なんだそのため息みたいな「そうか」は。気まずくて、私は先を歩く小野田を追いかけたいのに、手嶋が立ち塞がっているからそれもできない。悠ちゃんみたいに……インハイ二日目の悠ちゃんみたいにフェイントかけて抜くのは難しそうだ。私は日傘の柄を握りしめる。ほんとになんだこいつ。
「今日気温高いから。無理すんなよ」
「はい」
愛想のない返事に手嶋はいっそう眉を下げて、無言で頷く。それきり私に背を向けた。なんなの?言いたいことはそれだけ?急に振り返るから、何かと思った。
手嶋はそのまま歩き出し、道を間違えそうになった小野田に「そこ、右折なー」と声をかける。なんだその顔、その八の字眉毛。私はなんかモヤモヤしながら、先行くふたりをゆっくり追いかける。
