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夕方、今年初のゲリラ豪雨。雨雲レーダーは真っ赤で遠くで雷まで鳴っていた。予想より少し早い夏の到来。部員は全員びしょびしょになって練習を終えた。今日の練習はそれもあって早めの解散、部室には部誌の書き終わらない私が残された。それからもうひとり。部室に残ってコルナゴちゃんを手入れしていた杉元。
「これ、帰りに寒咲さんとこ寄ってお裾分けしていい?」
「うん」
机のビニール袋には枇杷が山ほど入っている。どれも大きくて丸々してて、お店で売ってるみたいに立派なやつだ。今朝鏑木がビニール袋を下げて登校してきた。当の本人は「なんか走ってたらもらったんすよ」と首を傾げて興味なさそうで、せっかくだからと勧めてもそんなに食べなかった。挙句「それ名前さんが配ってくださいよ」って押し付けてきて。3年部員が少しずつ遠慮した量をもらって、後輩たちも遠慮して、残りは全部私に回ってきた。全然減らないビニール袋の中身と、「……配りきれなそう」と呟いた私の顔色を見て、幹さんは「うちのお兄ちゃんは食べるから!もしたくさん残って困ったら帰りに寄ってね」と頼もしい言葉。その幹さんも今日はたくさん枇杷の入ったビニール袋を下げて帰っていった。どうにか配り切るつもりでいたけど、結局寒咲さんを頼ることになりそうだ。やはり持つべきものは優しい兄。
「この辺枇杷の木ある家、多いよね。いいなあ……」
「千葉県は枇杷の生産量全国2位だからね」
「えっそうなの!?」
「うん。小学校でやらなかったかい?」
「……」
全然覚えてない。「やったと思うんだけどなー」と杉元が首を傾げ、私は黙って目を逸らす。小学校の勉強など記憶の遥か彼方だけど、杉元が言うなら多分、やったんだろう。
「近所の人にもらったりしない?親戚とか……」
「もらえるの!?」
「1本の木にたくさん成るからね。ウチもよくもらうから、次は苗字にお裾分けするよ」
「あ、わかった。みんな食べ慣れてるから食いつき悪かったんだ……こんなに立派なのに!買うと高いよ!ってすごく勧めちゃったよ。もー」
鏑木が興味なさそうだったのも、小野田が「じゃあ少しもらおうかな……」と控えめだったのも、やっとわかった。そういうわけね、ようやく納得がいった!杉元も見てたんだから教えてくれてもよかったのに!きっと本人は悪気なく「せっかく鏑木がもらってきたしなあ」と思って見ていたのだろう。
「部誌は書き終わったかい?」
「あ、うん」
実のところ、部誌はとっくに書き終わっている。気づかれないようにカバンにしまい、そろそろ本題に入りたいなと私はバレないように深呼吸する。
「あ、あのさ」
「なに?」
昨日の夜100回練習した言葉が出ない。杉元はきょとんとした顔で私が何を言い出すのか待っている。今日が何日かわかっているなら、少しくらい期待の表情を見せてくれてもいいのに。
「き、期末の勉強、教えてほしい……」
「期末!君が期末を心配するなんて……!やっと勉強する気になったんだね、苗字!」
「う、うん……」
「じゃあ部活停止になったら。図書室でいいかな?それともどこか話せるような……」
「どっちでもいい」
「どっちでもって……」
杉元は苦笑して、部室の鍵を揺らす。鍵閉めるよの合図。私は慌ててカバンを背負って杉元を追う。本当に言いたいのは、期末がどうこうなんてそういう話じゃない。
早く言わなくちゃ、練習した通りに言えなくても、「誕生日おめでとう」の一言だっていい。タイミングを探るために余計な会話で引き伸ばしても、大した時間稼ぎにはならなかった。
部室を出ると一層蒸し暑い。これからどんどん気温が上がってひと月後にはインターハイだ。杉元はリザーバーとして九州に渡る。チームにとっての最善はレギュラー内定した6人で走ること。杉元が走らずに済むこと。杉元はサポートの仕事を後輩たちに教え、時間を作って自分の練習をしている。万が一に備えて。
去年の誕生日私は「誕生日おめでとう!来年はインハイ走ってよ」とメールを送ったが、今年それは使えない。文面に悩み、メールすら送れていない。
杉元は足取りの重い私に気づくと、「どうかしたかい」って人のいい笑顔でにこにこしている。疲れているだろうに、遠回りの寄り道に付き合ってくれる。「夜道は危ないからね!」と指を立てた1年生の時から変わらない。いいやつ。ホントお人好しだ……お人好しすぎる。
ビニール袋はオレンジ色の実でいっぱいになっている。「お誕生日おめでとう、今年が杉元にとってすてきな一年になりますように」……昨日の夜100回練習したのに言葉は出ない。杉元はいつものように好き勝手喋るどころか静かにしている。最近はずっとこうだ。何を考えているのか、聞くことはできない。
「あのさ」
「うん」
「数学の課題、明日見せて」
「いいけど。まずは自力で解いてからだよ。ルールだからね」
「うん……」
どうにか、幹さん家に行くまでに、前半だけでも言いたい。本題は後半なんだけど。去年はこんなに困らなかった。なぜだか他の友達に言うみたいに上手くいかない。理由はわかっている。
湿気を纏った空気、電灯の周りを飛ぶ羽虫、豪雨で濡れたアスファルト。誕生日おめでとう、今年が杉元にとってすてきな一年になりますように。102回目の練習も失敗に終わる。3年目のインターハイを目前に控えた、7月の夜だった。
「これ、帰りに寒咲さんとこ寄ってお裾分けしていい?」
「うん」
机のビニール袋には枇杷が山ほど入っている。どれも大きくて丸々してて、お店で売ってるみたいに立派なやつだ。今朝鏑木がビニール袋を下げて登校してきた。当の本人は「なんか走ってたらもらったんすよ」と首を傾げて興味なさそうで、せっかくだからと勧めてもそんなに食べなかった。挙句「それ名前さんが配ってくださいよ」って押し付けてきて。3年部員が少しずつ遠慮した量をもらって、後輩たちも遠慮して、残りは全部私に回ってきた。全然減らないビニール袋の中身と、「……配りきれなそう」と呟いた私の顔色を見て、幹さんは「うちのお兄ちゃんは食べるから!もしたくさん残って困ったら帰りに寄ってね」と頼もしい言葉。その幹さんも今日はたくさん枇杷の入ったビニール袋を下げて帰っていった。どうにか配り切るつもりでいたけど、結局寒咲さんを頼ることになりそうだ。やはり持つべきものは優しい兄。
「この辺枇杷の木ある家、多いよね。いいなあ……」
「千葉県は枇杷の生産量全国2位だからね」
「えっそうなの!?」
「うん。小学校でやらなかったかい?」
「……」
全然覚えてない。「やったと思うんだけどなー」と杉元が首を傾げ、私は黙って目を逸らす。小学校の勉強など記憶の遥か彼方だけど、杉元が言うなら多分、やったんだろう。
「近所の人にもらったりしない?親戚とか……」
「もらえるの!?」
「1本の木にたくさん成るからね。ウチもよくもらうから、次は苗字にお裾分けするよ」
「あ、わかった。みんな食べ慣れてるから食いつき悪かったんだ……こんなに立派なのに!買うと高いよ!ってすごく勧めちゃったよ。もー」
鏑木が興味なさそうだったのも、小野田が「じゃあ少しもらおうかな……」と控えめだったのも、やっとわかった。そういうわけね、ようやく納得がいった!杉元も見てたんだから教えてくれてもよかったのに!きっと本人は悪気なく「せっかく鏑木がもらってきたしなあ」と思って見ていたのだろう。
「部誌は書き終わったかい?」
「あ、うん」
実のところ、部誌はとっくに書き終わっている。気づかれないようにカバンにしまい、そろそろ本題に入りたいなと私はバレないように深呼吸する。
「あ、あのさ」
「なに?」
昨日の夜100回練習した言葉が出ない。杉元はきょとんとした顔で私が何を言い出すのか待っている。今日が何日かわかっているなら、少しくらい期待の表情を見せてくれてもいいのに。
「き、期末の勉強、教えてほしい……」
「期末!君が期末を心配するなんて……!やっと勉強する気になったんだね、苗字!」
「う、うん……」
「じゃあ部活停止になったら。図書室でいいかな?それともどこか話せるような……」
「どっちでもいい」
「どっちでもって……」
杉元は苦笑して、部室の鍵を揺らす。鍵閉めるよの合図。私は慌ててカバンを背負って杉元を追う。本当に言いたいのは、期末がどうこうなんてそういう話じゃない。
早く言わなくちゃ、練習した通りに言えなくても、「誕生日おめでとう」の一言だっていい。タイミングを探るために余計な会話で引き伸ばしても、大した時間稼ぎにはならなかった。
部室を出ると一層蒸し暑い。これからどんどん気温が上がってひと月後にはインターハイだ。杉元はリザーバーとして九州に渡る。チームにとっての最善はレギュラー内定した6人で走ること。杉元が走らずに済むこと。杉元はサポートの仕事を後輩たちに教え、時間を作って自分の練習をしている。万が一に備えて。
去年の誕生日私は「誕生日おめでとう!来年はインハイ走ってよ」とメールを送ったが、今年それは使えない。文面に悩み、メールすら送れていない。
杉元は足取りの重い私に気づくと、「どうかしたかい」って人のいい笑顔でにこにこしている。疲れているだろうに、遠回りの寄り道に付き合ってくれる。「夜道は危ないからね!」と指を立てた1年生の時から変わらない。いいやつ。ホントお人好しだ……お人好しすぎる。
ビニール袋はオレンジ色の実でいっぱいになっている。「お誕生日おめでとう、今年が杉元にとってすてきな一年になりますように」……昨日の夜100回練習したのに言葉は出ない。杉元はいつものように好き勝手喋るどころか静かにしている。最近はずっとこうだ。何を考えているのか、聞くことはできない。
「あのさ」
「うん」
「数学の課題、明日見せて」
「いいけど。まずは自力で解いてからだよ。ルールだからね」
「うん……」
どうにか、幹さん家に行くまでに、前半だけでも言いたい。本題は後半なんだけど。去年はこんなに困らなかった。なぜだか他の友達に言うみたいに上手くいかない。理由はわかっている。
湿気を纏った空気、電灯の周りを飛ぶ羽虫、豪雨で濡れたアスファルト。誕生日おめでとう、今年が杉元にとってすてきな一年になりますように。102回目の練習も失敗に終わる。3年目のインターハイを目前に控えた、7月の夜だった。
