去る春、君の声だけが在る2
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自力でここまで辿り着くのは最初で最後だ。今日ここまでの日々を思い、脚を止めて、感慨深くゴールゲートを越える。
涙を拭い真っ先に目に入ったのは、慌てふためく新聞社の人たちだった。「真波山岳どこ行った!?」と右往左往している。見渡しても目立つ箱根学園のジャージは無く。いつもその奔放さには手を焼かされているが、今日ばかりはそういう気分にもならない。気が済んだら戻ってくればいい。
バイクを降りて、部員の労いを受ける。疲れ切ってはいたが、思考はいまだにオフになりきらない。ここがインターハイのゴール地点で、自分が昨年と違い箱根学園の主将であるからだ。まず真波がいないのなら、先頭の状況把握は後回しでいい。真波に次いでユキが3位で、それから拓斗の一件は当然伝わっている。一度控えテントに戻り、ふたりと合流して表彰式へ。違う、先に真波を回収しなければ。表彰式だけは、逃げ出すこともみっともなく泣き喚くことも許されない。箱根学園の代表として譲れない一線。それから……
そうだ、懸念がひとつ残っている。隣を歩く部員に声をかける。誰も彼もほとんど泣いているような状況で、それを見れば自然と頭が冷える。3年生幹部陣 が敗北を悔やむのは、今でなくていい。
「名前は?」
「そ、それが……」
2年生同士は密に連絡をとっている。連絡用チャットルームはこの長距離レースで大いに活躍した。どこにいても最前線の状況を把握することができ、また選手の目の届かない中方・後方でのトラブル・アクシデントの共有も可能にした。そしてコース上散り散りになった部員たちは、100キロ先の仲間とも励ましあい過酷な3日間を乗り越えた。ボクから見ても、特に2年生の王座奪還にかける熱意は強かったように思う。去年の真波……あのスランプを近くて見てきた同級生だ。
だから狙いをつけて2年生に声をかけたというのに、返ってきたのは2年生同士気まずそうな目配せと、はっきりしない言葉。
「それが……行方がわからないんです」
「持ち場にもいないみたいで」
「……」
「すっすみません泉田さん、連絡とってすぐ戻るようにっ」
「いや、探さなくていい」
となると誰にも連絡せずに離れた?高田城あたりには報告しているだろうが。そうでもしないといけないようなトラブルが何か?考えられるのは……
「キャプテン!」
1年生がバタバタ走ってくる。スマホの画面を掲げて。暗すぎて、何が映っているのかはよくわからない。
「何があった」
「あの、苗字先輩の件で……」
さっと血の気が引くような感覚がした。言い方からして、良い報告ではない。
「り、離脱しました」
「離脱?」
ユキ、拓斗。それより先にゴールした真波も、ここにはいない。気心知れた彼らがいたら、もう少し冷静に対応できただろう。自分だけが先に知らされたのか、後から知らされたのかわからないが、どちらにせよキャプテンとして何れかの判断を迫られることは察せられた。
こういう状況にとびきり「強い」副主将、幼馴染……ユキがいたら代わりに正しい答えを出しただろう。ボクよりいくらか冷静に。しかしその姿は見えない。ボクは、箱根学園のキャプテンは、どんな状況でも正しい選択肢を選び続けなければならない。
「名前は」
冷静さを保とうとして、発した声は低く冷え切っていた。驚いたのか後輩達が肩を跳ねさせる。主将らしく、1年前の敗北やスプリンターであることを理由に舐められないように。この1年、必要に迫られて身につけた小技が今になって役に立つ。
「苗字先輩はっ……苗字先輩は、他校のリタイアを救護してて……現場離脱しました」
「は?」
「『任されたのに申し訳ない』ってマネメカで……」
掲げていたのはマネメカチャットの画面だったらしい。しどろもどろの話を聞けば、名前から離脱の報告があり、名前のその後の役割は高田城が肩代わりした……ということらしい。県代表テントも大きな混乱なく、撤収作業が進められているという。そして、これはどうやら真波とユキの通過後の話らしい。気になったことがひとつ。
「他校というのは?」
「き、京伏です」
「ハア?」
ボクが声をあげるより先に2年部員が大声を上げた。まさか。
「京伏って……」
「み、御堂筋です……」
「ハア!?!?」
先ほどより大きな悲鳴。いくつかの可能性を考えて、全て棄却する。どんな事情があったのか詮索しても無意味だからだ。
「とりあえず、所在がわかって良かった。コース上で倒れているんじゃないと知れて安心したよ」
ボクの言葉に後輩達もホッとした表情を見せる。「それもそうだな」という雰囲気になったのは、皆名前が合宿で力尽きて銅橋に回収される姿を見たことがあるせいだろう。
「じゃあ救護テントですかね。苗字、表彰式までにこっち来れるといいんですけど……」
「オレらも戻りましょう」
「……ああ。そうだね」
そう、ボクにはまだ果たすべき責務があり、為すべきことがある。戻らない部員を探しに行くような暇はない。この1年貫いた「主将らしい態度」は想定以上の効果をもたらした。長い1年だった。しかしそれも今日で終わる。
今朝の名前を思い出す。「どこでひっくり返って気絶してても……そこがゴールでも、救護テントでも。もちろんコース上でも、ちゃんと拾って帰りますから」頼もしい言葉、それに反して泣き出しそうな表情だった。そんな言葉を言わせたこと、誇らしくもあり同時に悔やんでもいる。
名前がどんな状況でも正しい道を選び取ろうと苦慮していること、そこは先輩として評価してやりたいが、しかし時にその身を犠牲に突き進むような姿勢には少し……心配というか。手放しでは褒められない。素直に応援するには、不安が勝る。代替わりの前にもう一度釘を刺すべきかも知れない。主将の仕事はほとんど終わったような気でいたけれど、どうやらまだ終わらせてはくれないらしい。
そうこうするうちに控えテントに戻ってきて、先にゴールしたユキの姿も見える。部員達は慌ただしく各自の仕事に追われている。レースが終わり、日常に戻ってきたのだと漸く実感する。肩の荷を下ろすには少し早いが、詰めていた息の緩むような光景だった。
涙を拭い真っ先に目に入ったのは、慌てふためく新聞社の人たちだった。「真波山岳どこ行った!?」と右往左往している。見渡しても目立つ箱根学園のジャージは無く。いつもその奔放さには手を焼かされているが、今日ばかりはそういう気分にもならない。気が済んだら戻ってくればいい。
バイクを降りて、部員の労いを受ける。疲れ切ってはいたが、思考はいまだにオフになりきらない。ここがインターハイのゴール地点で、自分が昨年と違い箱根学園の主将であるからだ。まず真波がいないのなら、先頭の状況把握は後回しでいい。真波に次いでユキが3位で、それから拓斗の一件は当然伝わっている。一度控えテントに戻り、ふたりと合流して表彰式へ。違う、先に真波を回収しなければ。表彰式だけは、逃げ出すこともみっともなく泣き喚くことも許されない。箱根学園の代表として譲れない一線。それから……
そうだ、懸念がひとつ残っている。隣を歩く部員に声をかける。誰も彼もほとんど泣いているような状況で、それを見れば自然と頭が冷える。
「名前は?」
「そ、それが……」
2年生同士は密に連絡をとっている。連絡用チャットルームはこの長距離レースで大いに活躍した。どこにいても最前線の状況を把握することができ、また選手の目の届かない中方・後方でのトラブル・アクシデントの共有も可能にした。そしてコース上散り散りになった部員たちは、100キロ先の仲間とも励ましあい過酷な3日間を乗り越えた。ボクから見ても、特に2年生の王座奪還にかける熱意は強かったように思う。去年の真波……あのスランプを近くて見てきた同級生だ。
だから狙いをつけて2年生に声をかけたというのに、返ってきたのは2年生同士気まずそうな目配せと、はっきりしない言葉。
「それが……行方がわからないんです」
「持ち場にもいないみたいで」
「……」
「すっすみません泉田さん、連絡とってすぐ戻るようにっ」
「いや、探さなくていい」
となると誰にも連絡せずに離れた?高田城あたりには報告しているだろうが。そうでもしないといけないようなトラブルが何か?考えられるのは……
「キャプテン!」
1年生がバタバタ走ってくる。スマホの画面を掲げて。暗すぎて、何が映っているのかはよくわからない。
「何があった」
「あの、苗字先輩の件で……」
さっと血の気が引くような感覚がした。言い方からして、良い報告ではない。
「り、離脱しました」
「離脱?」
ユキ、拓斗。それより先にゴールした真波も、ここにはいない。気心知れた彼らがいたら、もう少し冷静に対応できただろう。自分だけが先に知らされたのか、後から知らされたのかわからないが、どちらにせよキャプテンとして何れかの判断を迫られることは察せられた。
こういう状況にとびきり「強い」副主将、幼馴染……ユキがいたら代わりに正しい答えを出しただろう。ボクよりいくらか冷静に。しかしその姿は見えない。ボクは、箱根学園のキャプテンは、どんな状況でも正しい選択肢を選び続けなければならない。
「名前は」
冷静さを保とうとして、発した声は低く冷え切っていた。驚いたのか後輩達が肩を跳ねさせる。主将らしく、1年前の敗北やスプリンターであることを理由に舐められないように。この1年、必要に迫られて身につけた小技が今になって役に立つ。
「苗字先輩はっ……苗字先輩は、他校のリタイアを救護してて……現場離脱しました」
「は?」
「『任されたのに申し訳ない』ってマネメカで……」
掲げていたのはマネメカチャットの画面だったらしい。しどろもどろの話を聞けば、名前から離脱の報告があり、名前のその後の役割は高田城が肩代わりした……ということらしい。県代表テントも大きな混乱なく、撤収作業が進められているという。そして、これはどうやら真波とユキの通過後の話らしい。気になったことがひとつ。
「他校というのは?」
「き、京伏です」
「ハア?」
ボクが声をあげるより先に2年部員が大声を上げた。まさか。
「京伏って……」
「み、御堂筋です……」
「ハア!?!?」
先ほどより大きな悲鳴。いくつかの可能性を考えて、全て棄却する。どんな事情があったのか詮索しても無意味だからだ。
「とりあえず、所在がわかって良かった。コース上で倒れているんじゃないと知れて安心したよ」
ボクの言葉に後輩達もホッとした表情を見せる。「それもそうだな」という雰囲気になったのは、皆名前が合宿で力尽きて銅橋に回収される姿を見たことがあるせいだろう。
「じゃあ救護テントですかね。苗字、表彰式までにこっち来れるといいんですけど……」
「オレらも戻りましょう」
「……ああ。そうだね」
そう、ボクにはまだ果たすべき責務があり、為すべきことがある。戻らない部員を探しに行くような暇はない。この1年貫いた「主将らしい態度」は想定以上の効果をもたらした。長い1年だった。しかしそれも今日で終わる。
今朝の名前を思い出す。「どこでひっくり返って気絶してても……そこがゴールでも、救護テントでも。もちろんコース上でも、ちゃんと拾って帰りますから」頼もしい言葉、それに反して泣き出しそうな表情だった。そんな言葉を言わせたこと、誇らしくもあり同時に悔やんでもいる。
名前がどんな状況でも正しい道を選び取ろうと苦慮していること、そこは先輩として評価してやりたいが、しかし時にその身を犠牲に突き進むような姿勢には少し……心配というか。手放しでは褒められない。素直に応援するには、不安が勝る。代替わりの前にもう一度釘を刺すべきかも知れない。主将の仕事はほとんど終わったような気でいたけれど、どうやらまだ終わらせてはくれないらしい。
そうこうするうちに控えテントに戻ってきて、先にゴールしたユキの姿も見える。部員達は慌ただしく各自の仕事に追われている。レースが終わり、日常に戻ってきたのだと漸く実感する。肩の荷を下ろすには少し早いが、詰めていた息の緩むような光景だった。
