去る春、君の声だけが在る2
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苗字名前のことは、ずっと変なやつだと思っていた。自分から関わったことを後悔するくらい、うるさくてしつこい。こんなやつだと知ってたら、関わらなかった。1年目のインターハイ、キャプテンには「勝負は道の上で」と大層立派な言葉で振られ。しかし3日も続くレースを有利に進めるには盤外戦は必要不可欠。ダサいTシャツはキッカケにすぎず、仕掛けるならこいつだと最初から決めていた。新人マネージャー、苗字名前。
福富は「勉強中の身ですから」と女子マネージャーへの取材をシャットアウトしているようだが、調べれば情報はボロボロ出てきた。新開隼人の幼馴染。自転車は素人、年上の幼馴染を支えるべく未経験で運動部のマネージャーになった。実際付き合っているような話は聞けなかったが、まあイケメンと持て囃される顔、当の本人の過保護すぎる態度……十中八九「そう」で間違いないだろう。少女漫画的ストーリーには反吐が出るが、うまくやればハコガクの鉄壁を切り崩す足がかりになる。苗字はおそらく昨年の事件のことは知らない。知らされていない。新開隼人にとっての大事なおひめさまというわけだ。かわいい幼馴染が他校の知らない男に絡まれ、よりによって翌日その相手が勝負を持ちかけてきたら……新開が勝負に乗ってくるのは確実。後は実力と少しの心理戦で心を折るだけ。弱点は把握済み、その上相手が冷静さを欠く状況ならば勝利は容易く手に入る。
想定外だったのは、彼女が思ったより好戦的で喧嘩早かったこと。Tシャツを着せた張本人……エースクライマーの東堂が他校と喧嘩をする後輩を速攻叱って、新開が出てくる前に事が片付いてしまったこと。
あの東堂が「やめろ、インターハイまで来てお前は箱根学園の名に泥を塗るつもりか!」と真っ先に飛び出してきて、こちらがポカンとしているうちに彼女は回収された。彼女は東堂に引きずられながら「クソが!謝らせないと怒りがおさまりません!あいつ、東堂さんのTシャツダサいって言ったんですよ!」とわあわあ喚いて、「わかったからここではやるな!」と東堂によってピシャリと叱られて終了。接触失敗、舌打ちを堪える。彼女は引きずられながらも「赤外線出せ!連絡先よこせ!」としつこく喚き、なんだかんだでボクの携帯には彼女のメールアドレスが登録された。
そして何を聞きつけたのか、翌日彼女は再び接触してきたのだ。彼女の王子様を倒し、さぞかし機嫌が悪いだろうと言う予想に反して、彼女は昨日の姿が嘘のように落ち着いていた。小野田坂道と違い、その名を口にしても目はキラキラしていない。ただ、知識を確認するかのような軽い口調。
「ねえ」
一体何を言われるのか、どうせ恨み言、それか心理戦の手口を咎められるか。
「ザクって『大気圏突入できない』あのザクじゃないの?」
「ハア?」
これが、想定外その2。
インハイが終わってしばらくした頃。人の都合を無視したメールが送られてくるようになった。主に今やってるアニメの話、それからワンピースの最新話についてのネタバレ。読んでいないと言うタイミングはとうに失って、ただただ興味のない少年漫画の展開に詳しくなる。自転車の話はあまりされず、また彼女が最近見始めたとかいう深夜帯の美少女アニメの話なら、小野田坂道に送ったほうがいくらか実のある話ができるだろう。
彼女があまりに熱心に語る宇宙戦記ものをたまたま視聴した。漫画原作でかわいいキャラクターに反し、段々シリアスな背景設定が明かされつつある。その6話目。なんだかんだ最後まで見て、翌朝一言返信すればあからさまに浮かれたメールがすぐさま返ってくる。その後もこちらからはほとんど返信を返さないのに、それすら無視して彼女はアニメと漫画の話を送って来る。
秋、いつものサイクルパークにて個人練。岸神小鞠は志望校を京都伏見に決めた。おかしな動機で自転車に乗り始めた男だが、来年の戦力として期待できるだろう。
「何方ですか?」
休憩中その白い指がピコンピコン鳴る携帯を指差した。「箱根学園のしつけのなってない犬」と告げると、思いの外興味を示した。
「小鞠くんが満足するような『感じ』の子やないと思うけど」
「そうですか」
わずかな微笑を浮かべた顔からは何を考えているのか汲み取ることは難しい。他人の身体に興味があるとは言うが、今まで彼が興味を示したのはどれも一定以上のにく……筋肉のある男の身体だったように思う。彼女はその傾向からは外れている、ように思えるが。これが想定外その3。
冬、メールのやり取りは続いた。珍しく彼女が自転車の話をしてきた。聞いてもいないのに。彼女もロードバイクに乗っていて、3年目に120キロ完走を目指して練習しているのだと言う。ハコガクの上位選手と一緒に走りたいと言うなら、それは普通に無理だろうと思った。
それよりも興味を引いたのは、彼女の愛車がお下がりだと言うこと。聞いたことのない話だったが、それが「誰の」かは送られてきた写真を見れば聞くまでもない。サイズアウトした自転車を譲り受けたのだという。フレーム展開的にも彼女の身長ではギリギリだろうが、そのことを指摘すると「そうなの。色々調整してもらったみたい」と大したことではないような口ぶり。舌打ちよりもため息が出そうになった。フレームサイズ適合ギリギリの人間を乗せる労力を思って。かわいい幼馴染のための調整はさぞ骨が折れたことだろう。それを彼女は知らないからそう呑気にしているのだろうし、新開も彼女に知ってもらおうと思っていないのだろう。めんどくさいことだ、付き合ってられない。それなのに指先は珍しく返信ボタンを押した。
「僕は自分の自転車を他人に譲り渡すなんてことしない」
そう返信すれば、話の流れで自身の自転車の話になるのは必然だった。彼女の返信はそれはもう、長文だった。「前から気になってたの」「やっぱ軽いほうがいいの」という言葉に始まり、素人でも気づくだろう自転車の特徴を並べ立てる。重心の掛け方、摩耗していくパーツ、めいっぱい伸ばしたシートポスト、ステムは大きくしなり、体格から大きく外れたフレームサイズではデメリットの方が多い。乗っている人間いちばんわかっている。そして次にくるのはどうせ、煩わしい「乗り換えないの?」という質問で、それをどうねじ伏せてやろうか考える。
5分後、彼女の返信はそうじゃなかった。「ですよね!」簡単な同意。いくつめかの、数えるのを諦めた想定外。その後並べ立てられる理解し難い感情論と、理屈の通らない共感。読み飛ばしスクロールしていって、本文の一番最後に辿り着く。
「私も誰かなんと言おうと、体格ギリギリだろうがオーバースペックだろうが、この自転車がいいな!くれた本人にやっぱり返せって言われない限りはね!笑 じゃ、おやすみー」
勝手に喋って勝手に終わらせるいつものスタイルで、その日のメールはそこで途絶えた。ため息が出る。時間を確認せずともわかっている。夜10時、箱根学園学生寮の消灯時間だった。
福富は「勉強中の身ですから」と女子マネージャーへの取材をシャットアウトしているようだが、調べれば情報はボロボロ出てきた。新開隼人の幼馴染。自転車は素人、年上の幼馴染を支えるべく未経験で運動部のマネージャーになった。実際付き合っているような話は聞けなかったが、まあイケメンと持て囃される顔、当の本人の過保護すぎる態度……十中八九「そう」で間違いないだろう。少女漫画的ストーリーには反吐が出るが、うまくやればハコガクの鉄壁を切り崩す足がかりになる。苗字はおそらく昨年の事件のことは知らない。知らされていない。新開隼人にとっての大事なおひめさまというわけだ。かわいい幼馴染が他校の知らない男に絡まれ、よりによって翌日その相手が勝負を持ちかけてきたら……新開が勝負に乗ってくるのは確実。後は実力と少しの心理戦で心を折るだけ。弱点は把握済み、その上相手が冷静さを欠く状況ならば勝利は容易く手に入る。
想定外だったのは、彼女が思ったより好戦的で喧嘩早かったこと。Tシャツを着せた張本人……エースクライマーの東堂が他校と喧嘩をする後輩を速攻叱って、新開が出てくる前に事が片付いてしまったこと。
あの東堂が「やめろ、インターハイまで来てお前は箱根学園の名に泥を塗るつもりか!」と真っ先に飛び出してきて、こちらがポカンとしているうちに彼女は回収された。彼女は東堂に引きずられながら「クソが!謝らせないと怒りがおさまりません!あいつ、東堂さんのTシャツダサいって言ったんですよ!」とわあわあ喚いて、「わかったからここではやるな!」と東堂によってピシャリと叱られて終了。接触失敗、舌打ちを堪える。彼女は引きずられながらも「赤外線出せ!連絡先よこせ!」としつこく喚き、なんだかんだでボクの携帯には彼女のメールアドレスが登録された。
そして何を聞きつけたのか、翌日彼女は再び接触してきたのだ。彼女の王子様を倒し、さぞかし機嫌が悪いだろうと言う予想に反して、彼女は昨日の姿が嘘のように落ち着いていた。小野田坂道と違い、その名を口にしても目はキラキラしていない。ただ、知識を確認するかのような軽い口調。
「ねえ」
一体何を言われるのか、どうせ恨み言、それか心理戦の手口を咎められるか。
「ザクって『大気圏突入できない』あのザクじゃないの?」
「ハア?」
これが、想定外その2。
インハイが終わってしばらくした頃。人の都合を無視したメールが送られてくるようになった。主に今やってるアニメの話、それからワンピースの最新話についてのネタバレ。読んでいないと言うタイミングはとうに失って、ただただ興味のない少年漫画の展開に詳しくなる。自転車の話はあまりされず、また彼女が最近見始めたとかいう深夜帯の美少女アニメの話なら、小野田坂道に送ったほうがいくらか実のある話ができるだろう。
彼女があまりに熱心に語る宇宙戦記ものをたまたま視聴した。漫画原作でかわいいキャラクターに反し、段々シリアスな背景設定が明かされつつある。その6話目。なんだかんだ最後まで見て、翌朝一言返信すればあからさまに浮かれたメールがすぐさま返ってくる。その後もこちらからはほとんど返信を返さないのに、それすら無視して彼女はアニメと漫画の話を送って来る。
秋、いつものサイクルパークにて個人練。岸神小鞠は志望校を京都伏見に決めた。おかしな動機で自転車に乗り始めた男だが、来年の戦力として期待できるだろう。
「何方ですか?」
休憩中その白い指がピコンピコン鳴る携帯を指差した。「箱根学園のしつけのなってない犬」と告げると、思いの外興味を示した。
「小鞠くんが満足するような『感じ』の子やないと思うけど」
「そうですか」
わずかな微笑を浮かべた顔からは何を考えているのか汲み取ることは難しい。他人の身体に興味があるとは言うが、今まで彼が興味を示したのはどれも一定以上のにく……筋肉のある男の身体だったように思う。彼女はその傾向からは外れている、ように思えるが。これが想定外その3。
冬、メールのやり取りは続いた。珍しく彼女が自転車の話をしてきた。聞いてもいないのに。彼女もロードバイクに乗っていて、3年目に120キロ完走を目指して練習しているのだと言う。ハコガクの上位選手と一緒に走りたいと言うなら、それは普通に無理だろうと思った。
それよりも興味を引いたのは、彼女の愛車がお下がりだと言うこと。聞いたことのない話だったが、それが「誰の」かは送られてきた写真を見れば聞くまでもない。サイズアウトした自転車を譲り受けたのだという。フレーム展開的にも彼女の身長ではギリギリだろうが、そのことを指摘すると「そうなの。色々調整してもらったみたい」と大したことではないような口ぶり。舌打ちよりもため息が出そうになった。フレームサイズ適合ギリギリの人間を乗せる労力を思って。かわいい幼馴染のための調整はさぞ骨が折れたことだろう。それを彼女は知らないからそう呑気にしているのだろうし、新開も彼女に知ってもらおうと思っていないのだろう。めんどくさいことだ、付き合ってられない。それなのに指先は珍しく返信ボタンを押した。
「僕は自分の自転車を他人に譲り渡すなんてことしない」
そう返信すれば、話の流れで自身の自転車の話になるのは必然だった。彼女の返信はそれはもう、長文だった。「前から気になってたの」「やっぱ軽いほうがいいの」という言葉に始まり、素人でも気づくだろう自転車の特徴を並べ立てる。重心の掛け方、摩耗していくパーツ、めいっぱい伸ばしたシートポスト、ステムは大きくしなり、体格から大きく外れたフレームサイズではデメリットの方が多い。乗っている人間いちばんわかっている。そして次にくるのはどうせ、煩わしい「乗り換えないの?」という質問で、それをどうねじ伏せてやろうか考える。
5分後、彼女の返信はそうじゃなかった。「ですよね!」簡単な同意。いくつめかの、数えるのを諦めた想定外。その後並べ立てられる理解し難い感情論と、理屈の通らない共感。読み飛ばしスクロールしていって、本文の一番最後に辿り着く。
「私も誰かなんと言おうと、体格ギリギリだろうがオーバースペックだろうが、この自転車がいいな!くれた本人にやっぱり返せって言われない限りはね!笑 じゃ、おやすみー」
勝手に喋って勝手に終わらせるいつものスタイルで、その日のメールはそこで途絶えた。ため息が出る。時間を確認せずともわかっている。夜10時、箱根学園学生寮の消灯時間だった。
