去る春、君の声だけが在る2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
救護テントであれこれ面倒を見て、運営員とやり取りする。御堂筋のことは看護師さんに引継ぎ、とりあえず救護所利用書類を書く。
ここまでの車内で、怒りはすっかり鎮火していた。あれは所詮一時的な感情で、ルームミラーに映る御堂筋が息をしていることを確かめるうちに落ち着いた。御堂筋はここにくるまでの間、ぴくりとも動かずにでも間違いなく生きていたので、だんだん仕方ないなという気持ちになった。人命優先だ。先輩方への言い訳にもならないが、自分の中ではそういうことで折り合いをつけた。
利用書類は大体埋まったが、問題は連絡先だった。本部の方に連絡をとってもらえばお家の人とも連絡が取れるけど、京都は遠い。京都伏見の人たちとうまく連絡とって、一緒に連れて帰ってもらうしかない。となると、京伏の人に連絡したほうがいいのだけど、京伏の連絡先……御堂筋と初日にせしめた山口さんのしかない。御堂筋はここに、山口さんはリタイアして、どちらにせよ頼れない。そもそも連れて帰ってくれるかしら?今日は総合優勝取りに行くために昨日に引き続き結構無茶な作戦を実行していたようだ。チームメイトに「あんなやつ置いてったらいいんや!」とか言われてたらどうしよう。脳裏に浮かぶのはわあわあ喚く水田キャプテンの姿。……ありうるんだよなあ。
「困ったな……」
ぽっかり空いたままの空欄をペンの背で叩く。緊急連絡先、もとい救護者引受人。私でもいいんだけど、ゴール後は撤収準備して帰らないといけない。もし撤収まで起きなかったら連れて帰らないといけないが、寮暮らしだからな……いや。いっそ連れて帰るか?連れて帰って、ハコガクで情操教育する。……それは冗談だとして。
やっぱりゴールテントに電話してもらおう。3日目、京伏メンバーって運営本部入ってんのかな。知ってる人だといいんだけど。
「あの、すみません」
京都らしいイントーネーションに顔を上げる。顔を見て「あ」と声が出た。救護テントの入り口に昨年の京伏主将、石垣光太郎が立っていた。私は慌ててパイプ椅子から立ち上がる。
「石垣さん!京伏のキャプテンだった石垣さんですよね?」
「君は、ハコガクの……」
「はい、箱根学園の苗字です。石垣さん、もしかして……」
恐る恐る背後のテントを指差すと石垣さんはしっかり頷いた。「御堂筋、いるんやな」と噛み締めるように。私も頷き返す。
石垣さんのことは、一方的に知っている。御堂筋から聞いて、それから隼人くんから聞いて。私自身も去年ゴール前で御堂筋を送り出すその激走を目にしたし、かつては選抜で走ったこともあるような有力選手だ。
3年生時にはキャプテンとしてインターハイを走り、その実チームの主導権を御堂筋に奪われたこの人。一見「御堂筋被害者の会代表」だが、御堂筋の言うところによれば、この人の方こそ、御堂筋を振り回し「石垣くんには散々な目に遭わされた」らしい。どう見ても石垣さんのほうが酷い目に遭ってるはずだけど……しかしこうして来てくれたということは、面倒を見る気があるのだろう。待ち望んでいた身元引受人だ。
私は簡単に御堂筋がリタイアした経緯と、その後観戦者の手を借りて救護テントに連れてきたことを説明した。石垣さんの目は薄暗い救護テントの中でもぴかぴか光ってこっちを見ていた。私は気まずくなって一生懸命目を逸らした。こうして石垣さんと顔を合わせるのは初めてだが、御堂筋が言っていた「あの目がイヤ」の意味がなんとなくわかった。視線が強すぎる、何も言ってこないのにまさに目は口ほどにものを言うのだ。そして、この人の口が語る言葉の強さ重さも私はよく知っている。御堂筋が道の上で散々説かれたという道義については私も去年インターハイを走った人たちから聞いていた。私は一刻も早くこの場から逃げ出したくて仕方なかった。
「すみません、私チームと合流したくて……後のことお願いしてもいいですか」
私は返事も聞かずにさっさと救護テントを出ようとした、気まずくて仕方なかった。こんな状況でもなければ、「御堂筋あるある」でも話して仲良くなりたかったけど。
「あ」
「苗字さん」
石垣さんの手が私の肩を掴み、引き留める。私は思わず振り返る。困った後輩を思っているのか、眉は下がっていたが、口元は弧を描き。多分無意識の微笑だった。私はその手を払って逃げ出したくなったが、その視線は変わらず強く光っていて、逃してくれなかった。
とにかく、視線が。視線が強すぎる。口と同等かそれ以上に目でものを訴えかけてくる、私の苦手なタイプだった。あの、小野田とかもそう。一体何を言われるのか私は身構える。頭をよぎるのは「いつかわかる」「結果は後からついてくる」という彼の言葉。1年前に言った「いつか」や「後」は今年を指していたのだろうか。それとも、もっと先の遠い未来の話だろうか。
「苗字さん。御堂筋についとってくれて、ありがとう」
「……いえ、当然のことです」
そして口調は言い聞かせるようにしっかりと。強豪校の元キャプテンらしい能力だ。ああ、御堂筋が確か「ボクより弱いやつの説教がいちばん嫌や」と言わなかったか。吐き捨てるように、心底イヤそうに。さすが御堂筋だなと思った。それって、もしかしてこの人の言葉を指していた?
石垣さんの表情は変わらず好青年らしい微笑を形作ったが、私の方はあんまりうまく笑えてなかったかもしれない。「この状況」では仕方ないことだと、石垣さんもそう思ってくれるといいのだが。
石垣さんの手はあっさり離れ、そのままベッドのあるテントの中に入っていった。私の方を振り返らない、まっすぐ伸びた背筋。ちらっと見たその横顔は1ミリも笑っていなかった。やっぱりあれは、よそ行きの微笑だったのだろう。無理を通して力尽きた後輩を見るその横顔は、勝負を重ね後輩を率いた、運動部の先輩の顔だった。
今度こそ救護テントを出る。ここからどうにかして、ゴールを目指さなければ。どっかの救護テントにはバシさんがいるはずだが、ゴールに戻るついでに拾ってくれないかな。もうゴールまで行っちゃったかな。戻るなら一緒がよかったな。はるか先のゴール地点を見上げる。あそこを徒歩で目指すには、この登りは少々厳しい。
ここまでの車内で、怒りはすっかり鎮火していた。あれは所詮一時的な感情で、ルームミラーに映る御堂筋が息をしていることを確かめるうちに落ち着いた。御堂筋はここにくるまでの間、ぴくりとも動かずにでも間違いなく生きていたので、だんだん仕方ないなという気持ちになった。人命優先だ。先輩方への言い訳にもならないが、自分の中ではそういうことで折り合いをつけた。
利用書類は大体埋まったが、問題は連絡先だった。本部の方に連絡をとってもらえばお家の人とも連絡が取れるけど、京都は遠い。京都伏見の人たちとうまく連絡とって、一緒に連れて帰ってもらうしかない。となると、京伏の人に連絡したほうがいいのだけど、京伏の連絡先……御堂筋と初日にせしめた山口さんのしかない。御堂筋はここに、山口さんはリタイアして、どちらにせよ頼れない。そもそも連れて帰ってくれるかしら?今日は総合優勝取りに行くために昨日に引き続き結構無茶な作戦を実行していたようだ。チームメイトに「あんなやつ置いてったらいいんや!」とか言われてたらどうしよう。脳裏に浮かぶのはわあわあ喚く水田キャプテンの姿。……ありうるんだよなあ。
「困ったな……」
ぽっかり空いたままの空欄をペンの背で叩く。緊急連絡先、もとい救護者引受人。私でもいいんだけど、ゴール後は撤収準備して帰らないといけない。もし撤収まで起きなかったら連れて帰らないといけないが、寮暮らしだからな……いや。いっそ連れて帰るか?連れて帰って、ハコガクで情操教育する。……それは冗談だとして。
やっぱりゴールテントに電話してもらおう。3日目、京伏メンバーって運営本部入ってんのかな。知ってる人だといいんだけど。
「あの、すみません」
京都らしいイントーネーションに顔を上げる。顔を見て「あ」と声が出た。救護テントの入り口に昨年の京伏主将、石垣光太郎が立っていた。私は慌ててパイプ椅子から立ち上がる。
「石垣さん!京伏のキャプテンだった石垣さんですよね?」
「君は、ハコガクの……」
「はい、箱根学園の苗字です。石垣さん、もしかして……」
恐る恐る背後のテントを指差すと石垣さんはしっかり頷いた。「御堂筋、いるんやな」と噛み締めるように。私も頷き返す。
石垣さんのことは、一方的に知っている。御堂筋から聞いて、それから隼人くんから聞いて。私自身も去年ゴール前で御堂筋を送り出すその激走を目にしたし、かつては選抜で走ったこともあるような有力選手だ。
3年生時にはキャプテンとしてインターハイを走り、その実チームの主導権を御堂筋に奪われたこの人。一見「御堂筋被害者の会代表」だが、御堂筋の言うところによれば、この人の方こそ、御堂筋を振り回し「石垣くんには散々な目に遭わされた」らしい。どう見ても石垣さんのほうが酷い目に遭ってるはずだけど……しかしこうして来てくれたということは、面倒を見る気があるのだろう。待ち望んでいた身元引受人だ。
私は簡単に御堂筋がリタイアした経緯と、その後観戦者の手を借りて救護テントに連れてきたことを説明した。石垣さんの目は薄暗い救護テントの中でもぴかぴか光ってこっちを見ていた。私は気まずくなって一生懸命目を逸らした。こうして石垣さんと顔を合わせるのは初めてだが、御堂筋が言っていた「あの目がイヤ」の意味がなんとなくわかった。視線が強すぎる、何も言ってこないのにまさに目は口ほどにものを言うのだ。そして、この人の口が語る言葉の強さ重さも私はよく知っている。御堂筋が道の上で散々説かれたという道義については私も去年インターハイを走った人たちから聞いていた。私は一刻も早くこの場から逃げ出したくて仕方なかった。
「すみません、私チームと合流したくて……後のことお願いしてもいいですか」
私は返事も聞かずにさっさと救護テントを出ようとした、気まずくて仕方なかった。こんな状況でもなければ、「御堂筋あるある」でも話して仲良くなりたかったけど。
「あ」
「苗字さん」
石垣さんの手が私の肩を掴み、引き留める。私は思わず振り返る。困った後輩を思っているのか、眉は下がっていたが、口元は弧を描き。多分無意識の微笑だった。私はその手を払って逃げ出したくなったが、その視線は変わらず強く光っていて、逃してくれなかった。
とにかく、視線が。視線が強すぎる。口と同等かそれ以上に目でものを訴えかけてくる、私の苦手なタイプだった。あの、小野田とかもそう。一体何を言われるのか私は身構える。頭をよぎるのは「いつかわかる」「結果は後からついてくる」という彼の言葉。1年前に言った「いつか」や「後」は今年を指していたのだろうか。それとも、もっと先の遠い未来の話だろうか。
「苗字さん。御堂筋についとってくれて、ありがとう」
「……いえ、当然のことです」
そして口調は言い聞かせるようにしっかりと。強豪校の元キャプテンらしい能力だ。ああ、御堂筋が確か「ボクより弱いやつの説教がいちばん嫌や」と言わなかったか。吐き捨てるように、心底イヤそうに。さすが御堂筋だなと思った。それって、もしかしてこの人の言葉を指していた?
石垣さんの表情は変わらず好青年らしい微笑を形作ったが、私の方はあんまりうまく笑えてなかったかもしれない。「この状況」では仕方ないことだと、石垣さんもそう思ってくれるといいのだが。
石垣さんの手はあっさり離れ、そのままベッドのあるテントの中に入っていった。私の方を振り返らない、まっすぐ伸びた背筋。ちらっと見たその横顔は1ミリも笑っていなかった。やっぱりあれは、よそ行きの微笑だったのだろう。無理を通して力尽きた後輩を見るその横顔は、勝負を重ね後輩を率いた、運動部の先輩の顔だった。
今度こそ救護テントを出る。ここからどうにかして、ゴールを目指さなければ。どっかの救護テントにはバシさんがいるはずだが、ゴールに戻るついでに拾ってくれないかな。もうゴールまで行っちゃったかな。戻るなら一緒がよかったな。はるか先のゴール地点を見上げる。あそこを徒歩で目指すには、この登りは少々厳しい。
