去る春、君の声だけが在る2
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救護車はすぐ来た。ゼッケンを一緒に確認して、それからおじさん達の手を借りて、担架に乗せた。怪我やこれまでした処置の内容など、いくつか聞き取りを受ける。
「これから救護テントに向かうけど、君はどうする?同乗しますか?」
返事をしようとして、息が詰まった。救護車は後続の選手を避け救護テントを目指すため、同乗するならこの先の選手通過は見れない。頼まれた持ち場を離れることにもなる。
すでに箱根学園はふたり、ここを通過している。今頃最前線で誰がどうなってるのかは知らないが、もうすぐゴールを潜るだろう。まだ通過していない選手がいて、私はレイさんにここを任された。でも、今のこの死体みたいになった友達を前にして、乗らないという選択肢はなかった。もう声は震えなかった。
「友達です。同乗します」
「わかりました」
御堂筋は手も足も長すぎたので、なんとか簡易担架に乗せられ、そのまま後部座席を倒した救護車に突っ込まれた。チャリは上に積んで、私は助手席に乗せてもらうことになった。フレームが小さい、自転車。前に何かこだわりがあるのかと思って、「やっぱ軽い方がいいの?」と聞いた。返事はなかったが、多分他の自転車乗りと同じく、こだわった車体なのだろう。軽量化、フレームの撓み……諸々考慮してプロは小さいフレームを選ぶことが多いと聞くから。
最後に手伝ってくれたおじさん達にお礼を言って、頭を下げる。私はもう疲れ切っていて、頭もガンガン痛かった。去年も御堂筋のリタイアを見届けたとかいうおじさんは同情的な顔で私を見た。
「君たち、京都伏見だよね。彼が起きたらお疲れ様って、来年楽しみにしてるって伝えて」
京伏は御堂筋だけなんだけど、たった数分の救護で疲れ果てた私には否定する気力もなかった。めんどくさ。とりあえず頭を下げておく。
車に乗る前にカッパを脱いだ。とっくに雨は止んでいた。山の天気はやっぱり変わりやすい。結構降ったが選手は無事だろうか。無理に水溜りに突っ込んだり、転んでいないだろうか。私は放り出したままの荷物を乱雑にまとめる。落とし物、なし。
「え!キミ、ハコガクだったのか」
「さっきふたり通過したぞ!?」
救護を手伝ってくれた人からの驚きの声に、ああ、Tシャツかと思い当たる。さすが東堂さん、宣伝効果は抜群だ……私は急にこのTシャツが、箱根学園の一員であることを示すこの格好が恥ずかしくなった。落車した選手の救護に慌て、自校の選手の応援どころじゃなくなっている姿を見られたこと。私じゃなくて、レイさんがここにいたらもっとテキパキ動いて、スムーズに救護テントに送り出しただろう。私ときたら、王者箱根学園の人間に相応しくない行動ばっかりとっている。レイさん、私まだ全然ダメダメだ。
「大丈夫?代わりに乗ろうか?」
「いえ、大丈夫です。友達だし、心配なので」
「そうか……」
「あの、ひとつだけお願いしていいですか?」
「え?」
喉が震えた。声が変に裏返って、一生懸命息を吸った。泣きそうになってると思われるのだけはごめんだった。
「この後まだハコガクの選手が来るんです」
何言ってるんだろう、私。先頭を追うふたりを見届けなかった。目の前で倒れてる友達を優先した。応援の声も、あげなかった。これから来るだろう人たちを、来るって信じてるのに、見届けることも放棄しようとしてる。見ず知らずの、たまたまここにいる人に託そうとしてる。
「だから、もし箱根学園の選手がここを通ったら……応援よろしくお願いします」
無責任だって、怒られるかな。お前に託したんだぞって。でも、何度このシーンを繰り返したとしても、私は同じ決断をする。御堂筋を助ける。力を使い果たして落車した、友達を助ける。私はこれしか選べない。
「わかった。これから来る選手の応援は任せてくれ!」
「頑張ったね、彼も……あなたも」
救護の手伝いを申し出てくれた女性の目には涙が光っていた。私は黙って頭を下げて、救護車に乗り込んだ。勢いよく閉めた助手席のドアは思いの外大きな音を立てる。運転席……救護係員の人は驚いた顔で私を見た。
表情を取り繕う余裕もなく、シートベルトは差し込もうにも上手くいかない。手の感覚だけで少しガチャガチャやった後、ようやくカチッと音がした。ああもう、全然冷静じゃない。声だけは冷たく乾いていた。
「すみません、お待たせしました」
「えっと……出発します」
「はい。お願いします」
燃えるような怒りで、頭がくらくらする。なんで、私こんなところで同情されて、褒められてるんだ。私が褒めて欲しいのは、こんな見ず知らずの人じゃない。私は、私たちのこと、 箱根学園の選手 のことを何にも知らない人に褒められたくてこんなことをしたんじゃない!
私は仕事を放棄した。先輩たちは私を褒めないだろう。ゴールを目指す自校の選手を放り出して、他校の選手を優先した。今更ながら、馬鹿なことをしたかもしれないと後悔した。黒田さんは「お前はこの1年何を学んだんだ」ってがっかりするだろう。怒られたくない、失望されたくない。なんてことをしたんだろう。大好きな先輩たちに、失望されたくない。情けなくて、恥ずかしくて、今度こそ涙が出そうだった。
「これから救護テントに向かうけど、君はどうする?同乗しますか?」
返事をしようとして、息が詰まった。救護車は後続の選手を避け救護テントを目指すため、同乗するならこの先の選手通過は見れない。頼まれた持ち場を離れることにもなる。
すでに箱根学園はふたり、ここを通過している。今頃最前線で誰がどうなってるのかは知らないが、もうすぐゴールを潜るだろう。まだ通過していない選手がいて、私はレイさんにここを任された。でも、今のこの死体みたいになった友達を前にして、乗らないという選択肢はなかった。もう声は震えなかった。
「友達です。同乗します」
「わかりました」
御堂筋は手も足も長すぎたので、なんとか簡易担架に乗せられ、そのまま後部座席を倒した救護車に突っ込まれた。チャリは上に積んで、私は助手席に乗せてもらうことになった。フレームが小さい、自転車。前に何かこだわりがあるのかと思って、「やっぱ軽い方がいいの?」と聞いた。返事はなかったが、多分他の自転車乗りと同じく、こだわった車体なのだろう。軽量化、フレームの撓み……諸々考慮してプロは小さいフレームを選ぶことが多いと聞くから。
最後に手伝ってくれたおじさん達にお礼を言って、頭を下げる。私はもう疲れ切っていて、頭もガンガン痛かった。去年も御堂筋のリタイアを見届けたとかいうおじさんは同情的な顔で私を見た。
「君たち、京都伏見だよね。彼が起きたらお疲れ様って、来年楽しみにしてるって伝えて」
京伏は御堂筋だけなんだけど、たった数分の救護で疲れ果てた私には否定する気力もなかった。めんどくさ。とりあえず頭を下げておく。
車に乗る前にカッパを脱いだ。とっくに雨は止んでいた。山の天気はやっぱり変わりやすい。結構降ったが選手は無事だろうか。無理に水溜りに突っ込んだり、転んでいないだろうか。私は放り出したままの荷物を乱雑にまとめる。落とし物、なし。
「え!キミ、ハコガクだったのか」
「さっきふたり通過したぞ!?」
救護を手伝ってくれた人からの驚きの声に、ああ、Tシャツかと思い当たる。さすが東堂さん、宣伝効果は抜群だ……私は急にこのTシャツが、箱根学園の一員であることを示すこの格好が恥ずかしくなった。落車した選手の救護に慌て、自校の選手の応援どころじゃなくなっている姿を見られたこと。私じゃなくて、レイさんがここにいたらもっとテキパキ動いて、スムーズに救護テントに送り出しただろう。私ときたら、王者箱根学園の人間に相応しくない行動ばっかりとっている。レイさん、私まだ全然ダメダメだ。
「大丈夫?代わりに乗ろうか?」
「いえ、大丈夫です。友達だし、心配なので」
「そうか……」
「あの、ひとつだけお願いしていいですか?」
「え?」
喉が震えた。声が変に裏返って、一生懸命息を吸った。泣きそうになってると思われるのだけはごめんだった。
「この後まだハコガクの選手が来るんです」
何言ってるんだろう、私。先頭を追うふたりを見届けなかった。目の前で倒れてる友達を優先した。応援の声も、あげなかった。これから来るだろう人たちを、来るって信じてるのに、見届けることも放棄しようとしてる。見ず知らずの、たまたまここにいる人に託そうとしてる。
「だから、もし箱根学園の選手がここを通ったら……応援よろしくお願いします」
無責任だって、怒られるかな。お前に託したんだぞって。でも、何度このシーンを繰り返したとしても、私は同じ決断をする。御堂筋を助ける。力を使い果たして落車した、友達を助ける。私はこれしか選べない。
「わかった。これから来る選手の応援は任せてくれ!」
「頑張ったね、彼も……あなたも」
救護の手伝いを申し出てくれた女性の目には涙が光っていた。私は黙って頭を下げて、救護車に乗り込んだ。勢いよく閉めた助手席のドアは思いの外大きな音を立てる。運転席……救護係員の人は驚いた顔で私を見た。
表情を取り繕う余裕もなく、シートベルトは差し込もうにも上手くいかない。手の感覚だけで少しガチャガチャやった後、ようやくカチッと音がした。ああもう、全然冷静じゃない。声だけは冷たく乾いていた。
「すみません、お待たせしました」
「えっと……出発します」
「はい。お願いします」
燃えるような怒りで、頭がくらくらする。なんで、私こんなところで同情されて、褒められてるんだ。私が褒めて欲しいのは、こんな見ず知らずの人じゃない。私は、私たちのこと、
私は仕事を放棄した。先輩たちは私を褒めないだろう。ゴールを目指す自校の選手を放り出して、他校の選手を優先した。今更ながら、馬鹿なことをしたかもしれないと後悔した。黒田さんは「お前はこの1年何を学んだんだ」ってがっかりするだろう。怒られたくない、失望されたくない。なんてことをしたんだろう。大好きな先輩たちに、失望されたくない。情けなくて、恥ずかしくて、今度こそ涙が出そうだった。
