去る春、君の声だけが在る2.5
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大学生の夏休みは長い。実家にも数日は帰るつもりだが、そんなに長くいたってやることもない。結果、下宿先に残っていつもと変わらぬメンバーとほとんど毎日顔を合わせることになる。今日もそうだ。
いや、今日は少し事情が異なる。
「随分楽しそうだな、荒北」
「アァ!?」
部室で顔を合わせるいつものメンバー、金城、待宮。大学からのチームメイトだ。他の奴らは今日に限って、出払っている。
夏休み真っ只中。なんでわざわざ、こんな くそアチィ部室 にいるのか。
「まさか荒北がわざわざオープンキャンパスの日に来るとはのう」
「ウッセ!お前は部室に用ねえだろ、帰れヨ!」
「ワシは出番待ちじゃ」
今日はオープンキャンパス。オレは高校生の案内役を頼まれるような爽やかタイプではないし、高校生と保護者向けの座談会に呼ばれる柄でもない。金城 は朝イチで受付の仕事をこなし、待宮 はこれから講堂で運動部系地方出身の1年生として座談会にお呼びがかかっている。
「オレは今回お呼びがかかってんだヨ、カワイイカワイイ後輩ちゃんからなァ!!」
「ハコガクで誰か来てるのか」
「カワイイマネージャーちゃんがな」
「へえ」
先日のインハイで顔を合わせた金城が意外そうに眉を上げた。カワイイ後輩マネージャーはお家の人に「どうせ今しか時間ないんだから、少しは進路のこと考えなさい」と言われて、この短い夏休みでいくつか大学見学をするらしい。今回洋南が選ばれたのは、「だって私、知ってる大学3つしかないから……」と言う究極の消去法。洋南、明早、筑士波の3校。なんとも不名誉な選ばれ方だが、「荒北さんがいるから洋南見学します」なんてカワイイことされたら、最高気温32度のくそアチィ中でも大学に来るしかない。
苗字は今朝無事に大学へ辿り着き、今頃半日がかりの構内見学と講義体験を終える頃だ。終わったら連絡をくれることになっていて、解散場所まで迎えに行ってやってそのまま学食で飯を食おうと言う算段である。どうせ、オレの新しいチームジャージが見たいなんて言い出すだろうから、今日は自転車も連れて来ている。
「まあ3校とも系統も違うし、高校2年生の大学研究としては結構いいんじゃないか」
「本人は絶対そこまで考えとらんじゃろ」
そういうわけでソワソワしながら連絡を待っている。あのバァカチャン、変な男に引っかかってねーだろうな。迷子になったり、見学の列から逸れておいてかれたり……2年生になってちゃんと「敏腕マネージャー」になった姿こそ知ってはいるが、印象としては入部したての頃の気弱でどんくさマネージャーをしていた頃の印象が強い。
ピロンと携帯の通知音。
「来たっ!」
「荒北さん?お疲れ様です!今終わりました〜!」
「お疲れェ。解散場所どこ?」
「えーっと、多分今いるのは……」
混雑回避のため、高校生たちは最後小集団に分かれて構内を巡ることになっていた。終着点はグループによって異なり、土地勘のない名前チャンを一人で歩き回らせるより、オレが迎えに行ったほうが早い。
「えーっと、ここは……B棟?食堂?」
「ンなもんねえヨ」
迷子じゃねえか!構内マップをぐるぐる回しているだろう「あれ?あれ?」と言う声、金城と待宮は「B棟に食堂あったら便利でいいよな」と無い話で盛り上がる。B棟、理系学部中心の学部棟は学内きっての設備の悪さと古さを誇る。建て替え工事でもない限りない話だ。
「あー、今日の日替わり何て書いてある?貼り紙してあんだろ」
「……ありました!ポーク?みそかつ?だそうです。おいしそ〜」
第三だな、と金城が呟く。言わずと知れた第三の看板メニューだ。ったく、第三食堂なんて辺鄙なとこに高校生放り出すなよ。まあ、ちょっとはいいモン食わしてやれそうだ。第三はデザートがうまい。オープンキャンパスだし、多少見栄を張ったラインナップが期待できる。
「わーった、すぐ行くからそこ!ゼッテェ動くなよ!いいな!?」
通話終了、財布だけ持ってパイプ椅子から立ち上がる。
「さーてワシらも行くか」
「ゲッ来んのかよ」
金城も待宮も同じく立ち上がる。お前は座談会が13時からだろ。金城は面白いもの見たさだ。
「人相の悪い大学生が突然ふたりも来たら、ビビんだろーが」
「お前に懐くようなやつにそんな可愛げがあるとは思えんワ」
「いやあいつ1年の時金城にビビりまくってっから」
「マジか!?」
「マジ」
金城がフムと首を傾げる。インハイの時、苗字は他校の選手・マネージャーと熱心に連絡先を交換していた。結局御堂筋に喧嘩を売って東堂に引き摺り戻されたが。総北の3年は確かは田所しか交換していなかった。あの時も、金城が怖くて声をかけられなかったと口にしていた気がする。ちょっとわかるぜ……
◼︎
なんだかんだ3人で財布持って連れ立って歩いている。キャンパスには高校生だらけ、いつもくたびれた大学生が闊歩する構内とは様子が違う。去年まではオレもこっちだったのに。
第三食堂の入り口から外れたところ、学内掲示板を眺めている高校生がひとり。間違えもしない、後輩の後ろ姿。珍しくよそ行きの私服姿だ。記憶の中の後輩はいつも、ジャージ着て走り回ってる。髪は、忘れもしない去年の夏。バッサリ切ってしまって、短いまま。あれから1年か。感傷に浸りそうになったところ、待宮の発言で引き戻される。
「おー、思ったよりかわええな」
「手出したら過保護の先輩に殺されれるぞ。半殺しだ」
「出すわけあるか。それこそカナに殺されるわ。半殺しじゃ」
「お前ら近寄んな!汚れっから!」
「ハア!?ワシらが汚いゆうんか!?」
苗字がこちらのギャーギャー騒ぐ声に気付く。待宮は「集合時間じゃけえ」と言ってあっさり踵を返した。まじで顔見に来ただけかよ。名前ちゃんは待宮の顔を見て「あ」と声を上げたが、待宮はニンマリ笑って手を振るに留めた。
「何突っ立ってんだヨ、食堂入んねーの」
「本物の荒北さんだ!」
「だから偽物見たことあんのかよ」
名前ちゃんはぱあっと表情を明らめてこちらに駆け寄ってくる。おー、これこれ。先輩としての自尊心的なものをくすぐられる後輩ちゃんの笑顔。そして隣の爽やか男にようやく気がついた。
「きっ金城キャプテン!?こんにちは!」
「先輩に挨拶はどーしたバァカチャン!後輩できて調子乗ったかァ!?」
「あっ!?荒北さんお疲れ様です!」
露骨に金城に態度変えやがって。反射で「いつものノリ」が出たが、苗字はすぐさまピャッと飛び上がって慌てて姿勢を正す。運動部らしいポーズは、私服のワンピースに不釣り合いだが、オレにとっては見慣れた姿。そのやり取りに金城が黙って後ろを向いた。笑っちゃ悪いと思ったのだろうが、オレにはバレバレだし(こいつは笑いのツボがおかしい)、かわいい後輩ちゃんはそんなものには目をくれない。やっと目に入った先輩相手にニコニコして「工学部、見に行きましたよ!立派な建物でした!教授も、教授!って感じで、講義体験の時お腹鳴りそうでドキドキしました!」と今日の感想を語る。小学生の社会科見学みたいな感想。
「おー、じゃ飯食うか。食堂そこな。金城もいるけど」
「はい!ぜひご一緒させてください!荒北さんは日替わりですか」
「どーすっかな。名前ちゃんは好きなの食えヨ」
「え?まさか奢りですか?」
こちらを見上げる瞳は、変わらずキラキラしている。真波や苗字は二度のインハイその両方で総合優勝を逃している。王者箱根学園の総合優勝を知らない奴らだ。落ち込んでいるかと思ったが、朝から晩まで泣き暮らしてはいないらしい。ま、泣いてられねーだろうな。意外にも真波はオレの前で涙を見せたが、苗字はそうしなかった。福ちゃんは相変わらず苗字に厳しく、「泣くのなら、救護テントの中にしろ」と指示して苗字は律儀にそれを守ったらしい。ったく卒業した身分で相変わらず無茶言いやがって。
だから本当に泣きたいのなら、名前ちゃんが縋れるのは、ヤツしかいない。飄々とした元チームメイトの顔を思い浮かべる。新開。明早のオープンキャンパスの日でもなんでも目一杯甘やかしてやれヨ。かわいいかわいい幼馴染なんだろ。妹みたいに思ってんだろ。テメーが面倒見ろ。
「荒北さん?」
かわいい後輩を見下ろせば、曝け出した腕にペラペラのトートバッグが食い込んでいた。大学資料なんかをたくさん配られたらしい。それを奪って、自分の腕にかける。薄っぺらの腕には、赤い線がいくつも並んでいた。
来年は是が非でも総合優勝が欲しいところだろう。だけど、その先も人生は続く。待ち受けるのは地獄のような受験勉強だし、それが終わっても勉強に追われる。もし、もしだ。この抜けてるくせに人をよく見てて、文化祭となれば金にがめつく、人懐っこいくせに時に臆病に距離をとる、2個下の後輩が同じ大学に来たら。ありもしない未来。多分、洋南には来ないだろうが。それでも、もし。次の次の春に、「荒北さあん!」っていつもの笑顔でこっちに来るっていうなら。
「せっかくかわいー後輩ちゃんが、はるばる静岡まで来てくれてンだ。まあ、好きなだけ食えヨ」
「やったー!あたし、本当に好きなの食べますから!あと、あとあと!ご飯食べたら部室見たいです!洋南ジャージ見せてください!金城キャプテンは今日自転車持ってきてますか?あの、もしお時間あったら走ってるとこ見学したいです!」
オレが何考えてるかも知らず、名前ちゃんは笑顔でやりたいことを並べ立てる。この後予定のない金城も了承した。トレーを渡してやり、カウンターで注文するもの、冷蔵コーナー、と簡単に説明してやる。
「やっぱり最初に食べるべきメニューはカレーでしょうか?荒北さんオススメありますか?いつも何食べてるやつ、私も食べたいです!
好きなもの食べるっていいながらオレのおすすめ聞くのかよ。同じことを思ったのか金城が笑う。
かわいい後輩ちゃんは「安い!箱根学園 よりバリエーションあるのに安いですよ!すごーい!真夏なのにおでんがあります!黒い!」といたって普通の食堂ラインナップにはしゃいだ。オレはそれを見守って、ひとつ頷く。なぜだか大学生になってもむさ苦しい男どもに囲まれているが、久しぶりにチョコチョコ動き回りニコニコフワフワした生き物を見て、満足した。金城を振り返って、かわいい後輩ちゃんを親指で指し示す。
「……どうかしたか?」
「カワイイだろ」
カワイイし、全然ビビっちゃいねーし、「強い」んだよ、うちの後輩は!金城は正しく意図を読み取ったか、大きな声で笑った。「そうだな」と同意を得たことにひとまず満足して、オレは注文列の最後尾、カワイイ後輩の後ろを目指す。
いや、今日は少し事情が異なる。
「随分楽しそうだな、荒北」
「アァ!?」
部室で顔を合わせるいつものメンバー、金城、待宮。大学からのチームメイトだ。他の奴らは今日に限って、出払っている。
夏休み真っ只中。なんでわざわざ、こんな
「まさか荒北がわざわざオープンキャンパスの日に来るとはのう」
「ウッセ!お前は部室に用ねえだろ、帰れヨ!」
「ワシは出番待ちじゃ」
今日はオープンキャンパス。オレは高校生の案内役を頼まれるような爽やかタイプではないし、高校生と保護者向けの座談会に呼ばれる柄でもない。
「オレは今回お呼びがかかってんだヨ、カワイイカワイイ後輩ちゃんからなァ!!」
「ハコガクで誰か来てるのか」
「カワイイマネージャーちゃんがな」
「へえ」
先日のインハイで顔を合わせた金城が意外そうに眉を上げた。カワイイ後輩マネージャーはお家の人に「どうせ今しか時間ないんだから、少しは進路のこと考えなさい」と言われて、この短い夏休みでいくつか大学見学をするらしい。今回洋南が選ばれたのは、「だって私、知ってる大学3つしかないから……」と言う究極の消去法。洋南、明早、筑士波の3校。なんとも不名誉な選ばれ方だが、「荒北さんがいるから洋南見学します」なんてカワイイことされたら、最高気温32度のくそアチィ中でも大学に来るしかない。
苗字は今朝無事に大学へ辿り着き、今頃半日がかりの構内見学と講義体験を終える頃だ。終わったら連絡をくれることになっていて、解散場所まで迎えに行ってやってそのまま学食で飯を食おうと言う算段である。どうせ、オレの新しいチームジャージが見たいなんて言い出すだろうから、今日は自転車も連れて来ている。
「まあ3校とも系統も違うし、高校2年生の大学研究としては結構いいんじゃないか」
「本人は絶対そこまで考えとらんじゃろ」
そういうわけでソワソワしながら連絡を待っている。あのバァカチャン、変な男に引っかかってねーだろうな。迷子になったり、見学の列から逸れておいてかれたり……2年生になってちゃんと「敏腕マネージャー」になった姿こそ知ってはいるが、印象としては入部したての頃の気弱でどんくさマネージャーをしていた頃の印象が強い。
ピロンと携帯の通知音。
「来たっ!」
「荒北さん?お疲れ様です!今終わりました〜!」
「お疲れェ。解散場所どこ?」
「えーっと、多分今いるのは……」
混雑回避のため、高校生たちは最後小集団に分かれて構内を巡ることになっていた。終着点はグループによって異なり、土地勘のない名前チャンを一人で歩き回らせるより、オレが迎えに行ったほうが早い。
「えーっと、ここは……B棟?食堂?」
「ンなもんねえヨ」
迷子じゃねえか!構内マップをぐるぐる回しているだろう「あれ?あれ?」と言う声、金城と待宮は「B棟に食堂あったら便利でいいよな」と無い話で盛り上がる。B棟、理系学部中心の学部棟は学内きっての設備の悪さと古さを誇る。建て替え工事でもない限りない話だ。
「あー、今日の日替わり何て書いてある?貼り紙してあんだろ」
「……ありました!ポーク?みそかつ?だそうです。おいしそ〜」
第三だな、と金城が呟く。言わずと知れた第三の看板メニューだ。ったく、第三食堂なんて辺鄙なとこに高校生放り出すなよ。まあ、ちょっとはいいモン食わしてやれそうだ。第三はデザートがうまい。オープンキャンパスだし、多少見栄を張ったラインナップが期待できる。
「わーった、すぐ行くからそこ!ゼッテェ動くなよ!いいな!?」
通話終了、財布だけ持ってパイプ椅子から立ち上がる。
「さーてワシらも行くか」
「ゲッ来んのかよ」
金城も待宮も同じく立ち上がる。お前は座談会が13時からだろ。金城は面白いもの見たさだ。
「人相の悪い大学生が突然ふたりも来たら、ビビんだろーが」
「お前に懐くようなやつにそんな可愛げがあるとは思えんワ」
「いやあいつ1年の時金城にビビりまくってっから」
「マジか!?」
「マジ」
金城がフムと首を傾げる。インハイの時、苗字は他校の選手・マネージャーと熱心に連絡先を交換していた。結局御堂筋に喧嘩を売って東堂に引き摺り戻されたが。総北の3年は確かは田所しか交換していなかった。あの時も、金城が怖くて声をかけられなかったと口にしていた気がする。ちょっとわかるぜ……
◼︎
なんだかんだ3人で財布持って連れ立って歩いている。キャンパスには高校生だらけ、いつもくたびれた大学生が闊歩する構内とは様子が違う。去年まではオレもこっちだったのに。
第三食堂の入り口から外れたところ、学内掲示板を眺めている高校生がひとり。間違えもしない、後輩の後ろ姿。珍しくよそ行きの私服姿だ。記憶の中の後輩はいつも、ジャージ着て走り回ってる。髪は、忘れもしない去年の夏。バッサリ切ってしまって、短いまま。あれから1年か。感傷に浸りそうになったところ、待宮の発言で引き戻される。
「おー、思ったよりかわええな」
「手出したら過保護の先輩に殺されれるぞ。半殺しだ」
「出すわけあるか。それこそカナに殺されるわ。半殺しじゃ」
「お前ら近寄んな!汚れっから!」
「ハア!?ワシらが汚いゆうんか!?」
苗字がこちらのギャーギャー騒ぐ声に気付く。待宮は「集合時間じゃけえ」と言ってあっさり踵を返した。まじで顔見に来ただけかよ。名前ちゃんは待宮の顔を見て「あ」と声を上げたが、待宮はニンマリ笑って手を振るに留めた。
「何突っ立ってんだヨ、食堂入んねーの」
「本物の荒北さんだ!」
「だから偽物見たことあんのかよ」
名前ちゃんはぱあっと表情を明らめてこちらに駆け寄ってくる。おー、これこれ。先輩としての自尊心的なものをくすぐられる後輩ちゃんの笑顔。そして隣の爽やか男にようやく気がついた。
「きっ金城キャプテン!?こんにちは!」
「先輩に挨拶はどーしたバァカチャン!後輩できて調子乗ったかァ!?」
「あっ!?荒北さんお疲れ様です!」
露骨に金城に態度変えやがって。反射で「いつものノリ」が出たが、苗字はすぐさまピャッと飛び上がって慌てて姿勢を正す。運動部らしいポーズは、私服のワンピースに不釣り合いだが、オレにとっては見慣れた姿。そのやり取りに金城が黙って後ろを向いた。笑っちゃ悪いと思ったのだろうが、オレにはバレバレだし(こいつは笑いのツボがおかしい)、かわいい後輩ちゃんはそんなものには目をくれない。やっと目に入った先輩相手にニコニコして「工学部、見に行きましたよ!立派な建物でした!教授も、教授!って感じで、講義体験の時お腹鳴りそうでドキドキしました!」と今日の感想を語る。小学生の社会科見学みたいな感想。
「おー、じゃ飯食うか。食堂そこな。金城もいるけど」
「はい!ぜひご一緒させてください!荒北さんは日替わりですか」
「どーすっかな。名前ちゃんは好きなの食えヨ」
「え?まさか奢りですか?」
こちらを見上げる瞳は、変わらずキラキラしている。真波や苗字は二度のインハイその両方で総合優勝を逃している。王者箱根学園の総合優勝を知らない奴らだ。落ち込んでいるかと思ったが、朝から晩まで泣き暮らしてはいないらしい。ま、泣いてられねーだろうな。意外にも真波はオレの前で涙を見せたが、苗字はそうしなかった。福ちゃんは相変わらず苗字に厳しく、「泣くのなら、救護テントの中にしろ」と指示して苗字は律儀にそれを守ったらしい。ったく卒業した身分で相変わらず無茶言いやがって。
だから本当に泣きたいのなら、名前ちゃんが縋れるのは、ヤツしかいない。飄々とした元チームメイトの顔を思い浮かべる。新開。明早のオープンキャンパスの日でもなんでも目一杯甘やかしてやれヨ。かわいいかわいい幼馴染なんだろ。妹みたいに思ってんだろ。テメーが面倒見ろ。
「荒北さん?」
かわいい後輩を見下ろせば、曝け出した腕にペラペラのトートバッグが食い込んでいた。大学資料なんかをたくさん配られたらしい。それを奪って、自分の腕にかける。薄っぺらの腕には、赤い線がいくつも並んでいた。
来年は是が非でも総合優勝が欲しいところだろう。だけど、その先も人生は続く。待ち受けるのは地獄のような受験勉強だし、それが終わっても勉強に追われる。もし、もしだ。この抜けてるくせに人をよく見てて、文化祭となれば金にがめつく、人懐っこいくせに時に臆病に距離をとる、2個下の後輩が同じ大学に来たら。ありもしない未来。多分、洋南には来ないだろうが。それでも、もし。次の次の春に、「荒北さあん!」っていつもの笑顔でこっちに来るっていうなら。
「せっかくかわいー後輩ちゃんが、はるばる静岡まで来てくれてンだ。まあ、好きなだけ食えヨ」
「やったー!あたし、本当に好きなの食べますから!あと、あとあと!ご飯食べたら部室見たいです!洋南ジャージ見せてください!金城キャプテンは今日自転車持ってきてますか?あの、もしお時間あったら走ってるとこ見学したいです!」
オレが何考えてるかも知らず、名前ちゃんは笑顔でやりたいことを並べ立てる。この後予定のない金城も了承した。トレーを渡してやり、カウンターで注文するもの、冷蔵コーナー、と簡単に説明してやる。
「やっぱり最初に食べるべきメニューはカレーでしょうか?荒北さんオススメありますか?いつも何食べてるやつ、私も食べたいです!
好きなもの食べるっていいながらオレのおすすめ聞くのかよ。同じことを思ったのか金城が笑う。
かわいい後輩ちゃんは「安い!
「……どうかしたか?」
「カワイイだろ」
カワイイし、全然ビビっちゃいねーし、「強い」んだよ、うちの後輩は!金城は正しく意図を読み取ったか、大きな声で笑った。「そうだな」と同意を得たことにひとまず満足して、オレは注文列の最後尾、カワイイ後輩の後ろを目指す。
