去る春、君の声だけが在る2.5
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卒業式を終え、それぞれ進路も決まり、退寮までのわずかな日々をオレたちは惜しむように過ごしている。3年間走り回った箱根の山の走り納めだ。後輩に請われて自主練に付き合う日もあれば、同期と最後に思い出深いルートを走る日もある。今日は後者だった。
「ホワイトデーなあ……」
何度も世話になった、練習ルートの休憩スポット。オレたちはそれぞれ自転車を倒して、シューズまで脱いで、空を見上げてひっくり返っている。1年前はピリピリしてて、こんなところでのんびり休憩なんてしてられなかった。昼も夜も、どうやって夏勝とうか頭を悩ませていた日々。1年経ってみれば、悩みの種はホワイトデーのお返しなんて平和なものに変わってしまった。
先月のバレンタイン、苗字はオレのわがままにこたえ、キッチリ「かわいい後輩マネージャーらしい手作りバレンタイン」を完遂して見せた。「期待しないでください」と懇願されたチョコレートケーキはいちごとクリームのシンプルなデコレーションながらこの上なくバレンタインらしさを演出し、不覚にもオレは泣きながら食った。散々着せられた忌まわしいフリフリエプロンだって、後輩マネージャーが恥じらいながら着ているのは悪くなかった。柔道部の奴らに1年越しのリベンジを果たし、最高の気分でバレンタインを終えた。
しかしオレたちは誕生日にもそれぞれケーキを焼いてもらったわけだし、ホワイトデーで何か返してやる必要があるだろう。何か。何か……?何かってなんだ。部活に明け暮れ、とうとうコイビトのひとつもできなかった男子高校生には非常に難易度が高い。いちばん親しい後輩女子に渡すに相応しい贈り物とは?他校の奴らの度肝を抜く作戦がポンポン出てきた、あの日々はすでに過去ってワケか。シミュレーションの結果、今日も結論は同じ。
「正直塔一郎がくれたもんなら何だって喜ぶだろ」
「だから困ってるんじゃないか……」
「何あげてもいいって逆に難しいね……」
ああだこうだ考えてもたどり着くのはそこだ。正直何もらったって名前は目をキラキラさせて喜ぶだろう。ひらひら飛ぶモンシロチョウを3人それぞれ目で追って、拓斗が「あ」と声を上げた。
「チューリップは?こないだニュースの中継で見ていいなって言ってた」
「花ぁ?寮生が花もらってどこに飾んだよ」
「部屋とか?」
「授業以外は朝から晩まで部室に籠ってんのに?そもそもあいつの部屋に花置くとこあんのかよ」
「名前は花もらったら、ちゃんと飾るところ作ると思う!」
「毎日慌ただしくても、自室に花があったら心が癒されると思うけど」
「……」
まあ、ふたりは割と「そういう」男たちである。薄々知ってたけど、オレはこいつらと比べると割とそのへんの情緒がない。自転車とそれに付随するもの以外で何か趣味があるかと聞かれた時、こいつらは「ピアノ」「植物の世話」だと答えていた。オレが答えたシューティングゲームだのグラビアだのの男子高校生らしい回答と並ぶと、こっちが浮いてるような気がしてくる。
「わかったよ、花な、花……でもチューリップ一色ってアリか?小学校の花壇に咲いてたやつだぜ」
「そうだね、小学生の頃ユキがサッカーボールぶつけて茎を折ったやつだね」
「ぐ……」
「でも、チューリップ畑見て『ああいうところ走れたら楽しいだろうけど、今年はお預けですね』って。好きなんだって」
「へえ」
塔一郎が身を起こして背中にしまったスマホを取り出す。学校からは少し離れるが、この辺の花屋ならいくつか心当たりがある。名前は部で花がいる時は町の方の花屋で手配していた。入学したばかりの名前は土地勘が薄く、地元民といえばで東堂さんを頼って紹介されたのがそこだったらしい。「東堂さんのご紹介」で箱根学園自転車競技部の花を頼むわけだから、一般男子高校生が見ても立派な花だった。この前の卒業式用に名前が花束を手配したのもそこだったはず。
「何色がいいと思う?」
「ピンク。絶対」
「ま、赤とか黄色って感じじゃねえよな」
塔一郎がこちらに向けたスマホを見もせずに拓斗が断言。まあ、ピンクだろ。イメージ的に。しかしピンクと一言で言っても、色も濃いものから薄いものまで、形は花壇に咲いてるようなやつだけじゃなくて、長いやつ、花弁の反ったやつ、ひらひらしたやつ……まあこのあたりは店で見て決めればいい。
「花言葉は……『思いやり』?まあいいんじゃねえの」
部のために駆けずり回るかわいい後輩に渡すには可もなく不可もなくというところだろう。他にどんな花を加えるとか包装みたいな詳しいところは大体のイメージを伝えてどうにかしてもらう。
安堵の雰囲気をぶち壊す拓斗の悲鳴。
「ユキちゃん待って!こっちに『誠実な愛』『愛の芽生え』って書いてある……!」
「あ、『愛の芽生え』……?」
拓斗が見てたのは違うサイト。「愛の告白にもオススメ!」の文字がおどっている。気まずい一言だ。それにしても。
「待て待て待て待て!なんでそんなサイトによって言ってることが違うんだよ!同じ花だろうが!」
「花言葉って一口に言っても、何かで正式に定められてるわけじゃないからね……」
「どっかの誰かがテキトーにこじつけてるってことかよ!?信用ならねえな!?」
「うん、ユキちゃんの言う総務省くらい信用ならない!」
「おい流れ弾」
国家権力を騙るオレに散々揶揄われた超天然男はじっとりとこちらを睨みつけるが、こっちはそれどころではない。
『愛の告白』はいくらなんでも気まずすぎる。名前をとりまく人間模様はわりかし複雑で、その中心というかド真ん中にいるのが何を隠そうオレの幼馴染だ。単なる他人の恋愛模様なら面白がれるが、部内のアレコレをともなうとなると、副主将で参謀役としてはそうも言っていられなかった。長いこと恋愛なのかそうじゃないのか、こっちは無駄にやきもきさせられた。だがそれもじきに終わる。はー。どいつもこいつも、さっさと告るなり振られるなりハッキリすればいいものを……
ふわふわ飛んでたモンシロチョウが拓斗の頭の上に着地した。高くて、ちょうどいい止まり木だと思ったのかもしれない。色々考えたのだろう、拓斗はフーッと息を吐いて。
「名前が花言葉とか気にするタイプじゃないことを祈ろう」
「そうだね。多分気にしないタイプだと思うけど」
塔一郎も苦笑する。苗字は引退の時も、卒業式も「勝手にイメージで頼んどきました!私が!」とニコニコしてたからどうせ花言葉なんて気にしないタイプだ。なんなら今ざっと花屋のホームページに目を通したオレの方が詳しいだろう。
そういや卒業式で葦木場がもらったのはピンクのバラが中心の花束だった。おそらく車体の色に合わせたのだろう絶妙な色合いだったが、残念ながらもらった本人は花言葉の『しとやか』さからは程遠い。花言葉で選ぶなら、『ド天然』とか『すくすく成長』みたいなそういう……探せばあるだろそういう花も。タケノコとか?
「……別に花言葉で選んでるわけじゃないしな!イメージだ、イメージ!」
「うん。せっかくだし、花屋見て帰る?」
「そうするか。……塔一郎?」
何か真剣に考え込むような仕草、その視線は中空を見つめている。画面の落ちたスマホは芝に放り出されたまま。
……何かマズったか?オレと拓斗は即座に視線を交わし、今までの会話に何も問題がなかったことを確かめる。
「多分だけど……」
「おう」
「うん」
「花瓶も買った方がいいかもしれない。もらった瞬間『小田原まで花瓶買いに行ってきます!』って言い出しかねないからね」
「確かに!」
「すでに持ってる可能性は?」
「無いよ」
そう断言するのなら本当に無いのだろう。何で知ってるのかは聞かないでおいてやるよ。心配して損したな。オレは尻を払って自転車を起こす。ふたりもそれに続く。
「じゃ決まりだな。今日はとりあえず花屋の下見。で、塔一郎お前は当日までに花瓶」
「うん」
「任せてくれ」
今日は春めいて暖かいが、その前はドカドカ雪が積もったし、週末はまた降るらしい。慣れ親しんだ、春の気候。後数週間でこの山を降り、知らない街で暮らすというのは未だ実感がわかない。この日々が一生続くなんて思ってたワケじゃないが、いざ終わるとなればなんつーか、その。ものすごく寂しいような……
「ユキちゃん?」
「どうかしたかい、ユキ」
「別に……」
◼︎
ホワイトデー当日。例年のこの時期と同じく部内はとにかくバタバタしていた。1年前はその渦中にいたというのに、今となっては完全に部外者である。寂しいような気分はすっかり消え失せた。手のかかる後輩達は皆勝手に歩き出している。この短い春が終われば、すぐに夏がきてしまう。レースでの調整を重ね、インターハイまでに最高のコンディションへ持っていく。あいつらに出ていくのを待つばかりの先輩に構っている暇はない。
名前はレースシーズンの通常業務に加え、来月には入ってくる新入生のための準備で慌ただしくしている。「気絶しそう」と呻く姿は、新入部員だった頃よりはるかに頼もしい。あの頃、新入生指導をしていた金子が「新開さんの幼馴染の子さ、すぐ辞めそう……多分運動部向きじゃないよ」と頭を抱えていたのが懐かしい。辞めるどころか、選手を支える立派なマネージャーに育った。
「名前」
準備は当然完璧だ。当然。名前が憧れた、この黒田雪成の計画実行の手腕。まさか最後に披露するのがホワイトデーのお返しなんて思いもしなかったが。
名前は塔一郎の声にぱっと振り向いて、勢揃いしたオレ達の姿に首を傾げる。髪が伸びた。最近は結んでいることも多く、1年の時のトレードマークだったポニーテールもいずれ復活するのかもしれない。
ピンクのチューリップを中心にした花束、それからちょうど良い大きさの花瓶。バレンタインと誕生日の分は花なんか で事足りるのだろうか、という若干の不安は名前の表情を見れば吹っ飛んだ。名前は「それ」が大好きな先輩一同からのお返しだと気づき、悲鳴を上げた。「花なんてもらっても」と思ったオレはやっぱり同期一の情緒なし野郎だったと言うわけだ!
もちろんかわいい後輩が発した最初の一言目は「どうしよう!ちょっと小田原までひとっ走りしてきます!花瓶買ってきます!」だったことは言うまでもない。
「ホワイトデーなあ……」
何度も世話になった、練習ルートの休憩スポット。オレたちはそれぞれ自転車を倒して、シューズまで脱いで、空を見上げてひっくり返っている。1年前はピリピリしてて、こんなところでのんびり休憩なんてしてられなかった。昼も夜も、どうやって夏勝とうか頭を悩ませていた日々。1年経ってみれば、悩みの種はホワイトデーのお返しなんて平和なものに変わってしまった。
先月のバレンタイン、苗字はオレのわがままにこたえ、キッチリ「かわいい後輩マネージャーらしい手作りバレンタイン」を完遂して見せた。「期待しないでください」と懇願されたチョコレートケーキはいちごとクリームのシンプルなデコレーションながらこの上なくバレンタインらしさを演出し、不覚にもオレは泣きながら食った。散々着せられた忌まわしいフリフリエプロンだって、後輩マネージャーが恥じらいながら着ているのは悪くなかった。柔道部の奴らに1年越しのリベンジを果たし、最高の気分でバレンタインを終えた。
しかしオレたちは誕生日にもそれぞれケーキを焼いてもらったわけだし、ホワイトデーで何か返してやる必要があるだろう。何か。何か……?何かってなんだ。部活に明け暮れ、とうとうコイビトのひとつもできなかった男子高校生には非常に難易度が高い。いちばん親しい後輩女子に渡すに相応しい贈り物とは?他校の奴らの度肝を抜く作戦がポンポン出てきた、あの日々はすでに過去ってワケか。シミュレーションの結果、今日も結論は同じ。
「正直塔一郎がくれたもんなら何だって喜ぶだろ」
「だから困ってるんじゃないか……」
「何あげてもいいって逆に難しいね……」
ああだこうだ考えてもたどり着くのはそこだ。正直何もらったって名前は目をキラキラさせて喜ぶだろう。ひらひら飛ぶモンシロチョウを3人それぞれ目で追って、拓斗が「あ」と声を上げた。
「チューリップは?こないだニュースの中継で見ていいなって言ってた」
「花ぁ?寮生が花もらってどこに飾んだよ」
「部屋とか?」
「授業以外は朝から晩まで部室に籠ってんのに?そもそもあいつの部屋に花置くとこあんのかよ」
「名前は花もらったら、ちゃんと飾るところ作ると思う!」
「毎日慌ただしくても、自室に花があったら心が癒されると思うけど」
「……」
まあ、ふたりは割と「そういう」男たちである。薄々知ってたけど、オレはこいつらと比べると割とそのへんの情緒がない。自転車とそれに付随するもの以外で何か趣味があるかと聞かれた時、こいつらは「ピアノ」「植物の世話」だと答えていた。オレが答えたシューティングゲームだのグラビアだのの男子高校生らしい回答と並ぶと、こっちが浮いてるような気がしてくる。
「わかったよ、花な、花……でもチューリップ一色ってアリか?小学校の花壇に咲いてたやつだぜ」
「そうだね、小学生の頃ユキがサッカーボールぶつけて茎を折ったやつだね」
「ぐ……」
「でも、チューリップ畑見て『ああいうところ走れたら楽しいだろうけど、今年はお預けですね』って。好きなんだって」
「へえ」
塔一郎が身を起こして背中にしまったスマホを取り出す。学校からは少し離れるが、この辺の花屋ならいくつか心当たりがある。名前は部で花がいる時は町の方の花屋で手配していた。入学したばかりの名前は土地勘が薄く、地元民といえばで東堂さんを頼って紹介されたのがそこだったらしい。「東堂さんのご紹介」で箱根学園自転車競技部の花を頼むわけだから、一般男子高校生が見ても立派な花だった。この前の卒業式用に名前が花束を手配したのもそこだったはず。
「何色がいいと思う?」
「ピンク。絶対」
「ま、赤とか黄色って感じじゃねえよな」
塔一郎がこちらに向けたスマホを見もせずに拓斗が断言。まあ、ピンクだろ。イメージ的に。しかしピンクと一言で言っても、色も濃いものから薄いものまで、形は花壇に咲いてるようなやつだけじゃなくて、長いやつ、花弁の反ったやつ、ひらひらしたやつ……まあこのあたりは店で見て決めればいい。
「花言葉は……『思いやり』?まあいいんじゃねえの」
部のために駆けずり回るかわいい後輩に渡すには可もなく不可もなくというところだろう。他にどんな花を加えるとか包装みたいな詳しいところは大体のイメージを伝えてどうにかしてもらう。
安堵の雰囲気をぶち壊す拓斗の悲鳴。
「ユキちゃん待って!こっちに『誠実な愛』『愛の芽生え』って書いてある……!」
「あ、『愛の芽生え』……?」
拓斗が見てたのは違うサイト。「愛の告白にもオススメ!」の文字がおどっている。気まずい一言だ。それにしても。
「待て待て待て待て!なんでそんなサイトによって言ってることが違うんだよ!同じ花だろうが!」
「花言葉って一口に言っても、何かで正式に定められてるわけじゃないからね……」
「どっかの誰かがテキトーにこじつけてるってことかよ!?信用ならねえな!?」
「うん、ユキちゃんの言う総務省くらい信用ならない!」
「おい流れ弾」
国家権力を騙るオレに散々揶揄われた超天然男はじっとりとこちらを睨みつけるが、こっちはそれどころではない。
『愛の告白』はいくらなんでも気まずすぎる。名前をとりまく人間模様はわりかし複雑で、その中心というかド真ん中にいるのが何を隠そうオレの幼馴染だ。単なる他人の恋愛模様なら面白がれるが、部内のアレコレをともなうとなると、副主将で参謀役としてはそうも言っていられなかった。長いこと恋愛なのかそうじゃないのか、こっちは無駄にやきもきさせられた。だがそれもじきに終わる。はー。どいつもこいつも、さっさと告るなり振られるなりハッキリすればいいものを……
ふわふわ飛んでたモンシロチョウが拓斗の頭の上に着地した。高くて、ちょうどいい止まり木だと思ったのかもしれない。色々考えたのだろう、拓斗はフーッと息を吐いて。
「名前が花言葉とか気にするタイプじゃないことを祈ろう」
「そうだね。多分気にしないタイプだと思うけど」
塔一郎も苦笑する。苗字は引退の時も、卒業式も「勝手にイメージで頼んどきました!私が!」とニコニコしてたからどうせ花言葉なんて気にしないタイプだ。なんなら今ざっと花屋のホームページに目を通したオレの方が詳しいだろう。
そういや卒業式で葦木場がもらったのはピンクのバラが中心の花束だった。おそらく車体の色に合わせたのだろう絶妙な色合いだったが、残念ながらもらった本人は花言葉の『しとやか』さからは程遠い。花言葉で選ぶなら、『ド天然』とか『すくすく成長』みたいなそういう……探せばあるだろそういう花も。タケノコとか?
「……別に花言葉で選んでるわけじゃないしな!イメージだ、イメージ!」
「うん。せっかくだし、花屋見て帰る?」
「そうするか。……塔一郎?」
何か真剣に考え込むような仕草、その視線は中空を見つめている。画面の落ちたスマホは芝に放り出されたまま。
……何かマズったか?オレと拓斗は即座に視線を交わし、今までの会話に何も問題がなかったことを確かめる。
「多分だけど……」
「おう」
「うん」
「花瓶も買った方がいいかもしれない。もらった瞬間『小田原まで花瓶買いに行ってきます!』って言い出しかねないからね」
「確かに!」
「すでに持ってる可能性は?」
「無いよ」
そう断言するのなら本当に無いのだろう。何で知ってるのかは聞かないでおいてやるよ。心配して損したな。オレは尻を払って自転車を起こす。ふたりもそれに続く。
「じゃ決まりだな。今日はとりあえず花屋の下見。で、塔一郎お前は当日までに花瓶」
「うん」
「任せてくれ」
今日は春めいて暖かいが、その前はドカドカ雪が積もったし、週末はまた降るらしい。慣れ親しんだ、春の気候。後数週間でこの山を降り、知らない街で暮らすというのは未だ実感がわかない。この日々が一生続くなんて思ってたワケじゃないが、いざ終わるとなればなんつーか、その。ものすごく寂しいような……
「ユキちゃん?」
「どうかしたかい、ユキ」
「別に……」
◼︎
ホワイトデー当日。例年のこの時期と同じく部内はとにかくバタバタしていた。1年前はその渦中にいたというのに、今となっては完全に部外者である。寂しいような気分はすっかり消え失せた。手のかかる後輩達は皆勝手に歩き出している。この短い春が終われば、すぐに夏がきてしまう。レースでの調整を重ね、インターハイまでに最高のコンディションへ持っていく。あいつらに出ていくのを待つばかりの先輩に構っている暇はない。
名前はレースシーズンの通常業務に加え、来月には入ってくる新入生のための準備で慌ただしくしている。「気絶しそう」と呻く姿は、新入部員だった頃よりはるかに頼もしい。あの頃、新入生指導をしていた金子が「新開さんの幼馴染の子さ、すぐ辞めそう……多分運動部向きじゃないよ」と頭を抱えていたのが懐かしい。辞めるどころか、選手を支える立派なマネージャーに育った。
「名前」
準備は当然完璧だ。当然。名前が憧れた、この黒田雪成の計画実行の手腕。まさか最後に披露するのがホワイトデーのお返しなんて思いもしなかったが。
名前は塔一郎の声にぱっと振り向いて、勢揃いしたオレ達の姿に首を傾げる。髪が伸びた。最近は結んでいることも多く、1年の時のトレードマークだったポニーテールもいずれ復活するのかもしれない。
ピンクのチューリップを中心にした花束、それからちょうど良い大きさの花瓶。バレンタインと誕生日の分は
もちろんかわいい後輩が発した最初の一言目は「どうしよう!ちょっと小田原までひとっ走りしてきます!花瓶買ってきます!」だったことは言うまでもない。
