去る春、君の声だけが在る2
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路上で座り込む後輩に気づいたのは、助手席の金城だった。「あれ……お前のところの2年生じゃないか」と。
それに釣られて視線を向ける。長袖ジャージを肩に引っ掛けて、小さい日傘じゃ全然日差しを遮れていない。体育座りの膝に埋めたその横顔……それがこの天気で、暗く見えた。
体調でも悪いのかと、慌てて窓を開けて上体乗り出して名前を呼べば、スマホを放り投げる勢いで飛び上がった。なんだよ、元気じゃねーか。体力なくて、いつも青い顔でひっくり返ってた姿を覚えていたせいでビビった。
しかし後輩をもって少しは頼もしくなったかと思えば、苗字は「やだやだやだ先輩来てくれるの、みんなで楽しみにしてたのにー!」だなんて情けなく喚いて、車中の3人を笑わせた。苗字はオレの説得に必死で、オレの隣で一生懸命笑いを堪える巻島は見えていなかっただろうけど。
「ゴールお願いします」「会えて嬉しかった」なんて辛そうな顔で言うから、弱気になってんのかとつついてやれば、「そんなの当然ですよっ!」と叫ぶ頬は涙で濡れて。握った手のひらは痛々しく。指差して笑ってやるには近すぎて、涙を拭うには遠すぎた。物理的にも精神的にも。卒業したからにはこっちはもう、部外者だ。これまでの日々を思う。
この1年、苦しい戦いの日々だっただろう。なんたって負けを経験してからの新体制、トップは前代未聞のスプリンター。どいつもこいつも、限界ギリギリの精神状態で、頼りあうどころか遠慮しあって心配かけまいとして。なんとか軌道に乗って今日まで走ってきたのだろう。労うにはまだ早く、激励には遅い……自分のタイミングの悪さには呆れてしまう。
名前と別れた車中は、ゴールも近いというのにどこかのんびりとした空気だった。そりゃお前らは、あいつがギャーギャー喚いてるトコしか見てねーからな。
「……元気な子だな」
散々笑って悪かったとでも思ったのか、巻島からへたくそなフォローが入る。
「そうかァ?」
入部した頃は、もっと……と思ったがわざわざ言うことでもないと思ってやめた。そもそも苗字があんな感じになったのはオレらが引退した後だ。やっぱり新開がいた・いないの違いだろう。言わずもがな兄の方だ。
窓の外を眺め、噛み締めるように。他人に興味の薄いはずの男が。
「強くなったショ。選手だけじゃなくて、マネージャーも」
お世辞を言うような男ではない。オレよりも巻島を知ってるだろう金城と田所ですら首を傾げた。
何を知ってるって?苗字との絡みはなかったはず。東堂経由か?あいつは馬鹿だが、巻島との貴重な連絡でわざわざ後輩女子の話をするような野暮な男じゃない……はずだ。いや、アテウマにしようと話題に出したことくらいはあるかもしれない。最低だな東堂。
「知り合いか?巻島お前、アドレス交換しなかっただろ」
田所は昨年のインハイでしっかり連絡先を「奪われた」らしい。当時1年生だった怖いもの知らずの名前チャンは、金城や巻島には声をかけられなかったと言ってた。怖くて。田所はよくて金城が怖い、苗字の観察眼は謎だ。巻島の方は東堂に遠慮したとかそういう理由だろうが。
「オレは去年、ゴールであの子が泣いてんのを見たけど……」
「お前が?」
「ああ。手嶋と一緒にな……マネージャーは気付いてなかったけど、新開には睨まれたッショ」
「新開の幼馴染だろ。あいつ妹みたいにかわいいんだって言ってたから、牽制されたな……」
新開に付き纏われている田所が呆れたように呟く。「そう言うことは先に教えといて欲しかった、すげー睨まれたッショ」と巻島が口を尖らす。「無茶言うなよ」と田所が返して金城が笑う。
……だから、「よく見とけ」って言ったろ。内心で、昨日来たとかいう元チームメイトに悪態をつく。別に新開も見せたくてそうしたわけじゃないだろう。チームが負けて、自分の力も及ばず、かわいい幼馴染まで泣かせて。普段だったらその辺り抜け目のないヤツだが、自分も限界でまわりに気を配れなかった……そんなトコだろう。敗北の責任はそれぞれが負い、苗字はそれを初めて経験した。そんなところを誰が見ず知らずのやつに見せたいと思うだろうか。よりによって、総合優勝獲ったやつに見られ……考えただけで気分が悪ィ。別に向こうも見ようと思って見たわけじゃねーのはわかってるけど。
別に総北がどうこうってワケじゃねーけど、苗字が強くなったのは、間違いなく去年の敗北のせいだ。言ってしまえばオレらのせい。後輩の成長の踏み台になれたことを喜ぶべきか、だけどあいつはもう、今年負けても会場で誰かに縋って泣くことはできないだろう。あれは新開にしかできなかった。泉田や銅橋には荷が重い。
憧れの幼馴染が負けんのも、エースが勝負に関われないのも、負けたトモダチの不調も……
アイツは全部見てきた。強くなるしかなかった、かわいそうな後輩たち。勝ってからの代替わりと負けてからの代替わりでは、その困難は天と地ほどの差がある。
「お前、自分が思ってるよりずっとつえーよ。だから自分で、どうにかできんだろ」、そう言ってやればよかったのかもしれないが、ウッカリ「わかった」なんて言っちまった。オレはただ、夏休みのついででインハイを見に来ただけなのに。現役生のことはてめえらでどうにかしろって、言うつもりだったのに。なんで分かったなんて言っちまったんだろうな。
前方にゴールが見えてきた。去年はとにかく自分のことで精一杯で、「是が非でも越えたい」みたいなことは考えもしなかった。去年同じ救護テントで泣いた後輩は、今年「是が非でも」の思いでいるのだろうか。一方オレは今年、なんでか総北のやつらと同じ車に乗っている……ゲートを潜り抜けるのは感慨深いような、拍子抜けするような、一瞬だった。
それに釣られて視線を向ける。長袖ジャージを肩に引っ掛けて、小さい日傘じゃ全然日差しを遮れていない。体育座りの膝に埋めたその横顔……それがこの天気で、暗く見えた。
体調でも悪いのかと、慌てて窓を開けて上体乗り出して名前を呼べば、スマホを放り投げる勢いで飛び上がった。なんだよ、元気じゃねーか。体力なくて、いつも青い顔でひっくり返ってた姿を覚えていたせいでビビった。
しかし後輩をもって少しは頼もしくなったかと思えば、苗字は「やだやだやだ先輩来てくれるの、みんなで楽しみにしてたのにー!」だなんて情けなく喚いて、車中の3人を笑わせた。苗字はオレの説得に必死で、オレの隣で一生懸命笑いを堪える巻島は見えていなかっただろうけど。
「ゴールお願いします」「会えて嬉しかった」なんて辛そうな顔で言うから、弱気になってんのかとつついてやれば、「そんなの当然ですよっ!」と叫ぶ頬は涙で濡れて。握った手のひらは痛々しく。指差して笑ってやるには近すぎて、涙を拭うには遠すぎた。物理的にも精神的にも。卒業したからにはこっちはもう、部外者だ。これまでの日々を思う。
この1年、苦しい戦いの日々だっただろう。なんたって負けを経験してからの新体制、トップは前代未聞のスプリンター。どいつもこいつも、限界ギリギリの精神状態で、頼りあうどころか遠慮しあって心配かけまいとして。なんとか軌道に乗って今日まで走ってきたのだろう。労うにはまだ早く、激励には遅い……自分のタイミングの悪さには呆れてしまう。
名前と別れた車中は、ゴールも近いというのにどこかのんびりとした空気だった。そりゃお前らは、あいつがギャーギャー喚いてるトコしか見てねーからな。
「……元気な子だな」
散々笑って悪かったとでも思ったのか、巻島からへたくそなフォローが入る。
「そうかァ?」
入部した頃は、もっと……と思ったがわざわざ言うことでもないと思ってやめた。そもそも苗字があんな感じになったのはオレらが引退した後だ。やっぱり新開がいた・いないの違いだろう。言わずもがな兄の方だ。
窓の外を眺め、噛み締めるように。他人に興味の薄いはずの男が。
「強くなったショ。選手だけじゃなくて、マネージャーも」
お世辞を言うような男ではない。オレよりも巻島を知ってるだろう金城と田所ですら首を傾げた。
何を知ってるって?苗字との絡みはなかったはず。東堂経由か?あいつは馬鹿だが、巻島との貴重な連絡でわざわざ後輩女子の話をするような野暮な男じゃない……はずだ。いや、アテウマにしようと話題に出したことくらいはあるかもしれない。最低だな東堂。
「知り合いか?巻島お前、アドレス交換しなかっただろ」
田所は昨年のインハイでしっかり連絡先を「奪われた」らしい。当時1年生だった怖いもの知らずの名前チャンは、金城や巻島には声をかけられなかったと言ってた。怖くて。田所はよくて金城が怖い、苗字の観察眼は謎だ。巻島の方は東堂に遠慮したとかそういう理由だろうが。
「オレは去年、ゴールであの子が泣いてんのを見たけど……」
「お前が?」
「ああ。手嶋と一緒にな……マネージャーは気付いてなかったけど、新開には睨まれたッショ」
「新開の幼馴染だろ。あいつ妹みたいにかわいいんだって言ってたから、牽制されたな……」
新開に付き纏われている田所が呆れたように呟く。「そう言うことは先に教えといて欲しかった、すげー睨まれたッショ」と巻島が口を尖らす。「無茶言うなよ」と田所が返して金城が笑う。
……だから、「よく見とけ」って言ったろ。内心で、昨日来たとかいう元チームメイトに悪態をつく。別に新開も見せたくてそうしたわけじゃないだろう。チームが負けて、自分の力も及ばず、かわいい幼馴染まで泣かせて。普段だったらその辺り抜け目のないヤツだが、自分も限界でまわりに気を配れなかった……そんなトコだろう。敗北の責任はそれぞれが負い、苗字はそれを初めて経験した。そんなところを誰が見ず知らずのやつに見せたいと思うだろうか。よりによって、総合優勝獲ったやつに見られ……考えただけで気分が悪ィ。別に向こうも見ようと思って見たわけじゃねーのはわかってるけど。
別に総北がどうこうってワケじゃねーけど、苗字が強くなったのは、間違いなく去年の敗北のせいだ。言ってしまえばオレらのせい。後輩の成長の踏み台になれたことを喜ぶべきか、だけどあいつはもう、今年負けても会場で誰かに縋って泣くことはできないだろう。あれは新開にしかできなかった。泉田や銅橋には荷が重い。
憧れの幼馴染が負けんのも、エースが勝負に関われないのも、負けたトモダチの不調も……
アイツは全部見てきた。強くなるしかなかった、かわいそうな後輩たち。勝ってからの代替わりと負けてからの代替わりでは、その困難は天と地ほどの差がある。
「お前、自分が思ってるよりずっとつえーよ。だから自分で、どうにかできんだろ」、そう言ってやればよかったのかもしれないが、ウッカリ「わかった」なんて言っちまった。オレはただ、夏休みのついででインハイを見に来ただけなのに。現役生のことはてめえらでどうにかしろって、言うつもりだったのに。なんで分かったなんて言っちまったんだろうな。
前方にゴールが見えてきた。去年はとにかく自分のことで精一杯で、「是が非でも越えたい」みたいなことは考えもしなかった。去年同じ救護テントで泣いた後輩は、今年「是が非でも」の思いでいるのだろうか。一方オレは今年、なんでか総北のやつらと同じ車に乗っている……ゲートを潜り抜けるのは感慨深いような、拍子抜けするような、一瞬だった。
