去る春、君の声だけが在る2
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車に乗せられて今日の待機ポイントを目指す。それぞれの待機場所で同乗の部員が次々に降ろされていき、どんどん緊張感が増していく。私はゴール付近の待機なので降ろされるのは最後の方。
車中で迎えたスタート20分前。「真波がいない」とレイさんから背筋の凍るチャットがきた。ちなみに京伏も全員いないらしい。それはいいとして。
ま、真波……!GPSの位置を見るとアイコンはまだ宿。即返信。
「ごめん真波宿です」
「マジか」
「マジのようです」
何がどうして、エースクライマーを忘れて出発するようなことがあるんだよ。選手はアップ兼ねて宿から出て、湖の辺りぐるぐるしてからそのまま来るって話だったじゃん……
私は今日も選手より先に出るから、昨日のうちに悠人を余裕を持って起こすことだけ1年生に頼んで、あとおにぎり2人前頼んで満足して、真波を起こすことはすっかり忘れてた。大反省だ。昨晩は大人しくしてたから、別に心配事はないなと思って……
着順出走だから最悪そこに間に合えばいいが、箱根学園自転車競技部創部以来の惨事であることは間違いない。入部以来、真波が更新し続けている、不名誉なレコード。
飯だけはおにぎりがあるから、それ食べながら来ればどうにかなるとはいえ……ついに最終日、みんなギリギリまで寝かしてやれ、と思ってて、そのまま忘れて宿出たんだろうな……ああ見えて、選手も裏方も精神状態かなりギリギリだから……私は今頃阿鼻叫喚だろう3日目スタート地点を思って憂鬱になった。レイさん泣いてないといいんだけど。
車中で気を揉んでいるとマネメカチャットが動く。定刻5分前。まだ来ていなかった御堂筋がスタート地点に登場。よかった、とりあえず来た。やつの自転車理論には「走らない」という選択肢が常にある。最終日突然棄権にならなくてよかった。ライバル校だけど、友達だから。
し、しかし全員坊主ときたか……相変わらず、ド派手な演出が好きだな。何の作戦があってそうなったのか、聞いてみたいような、全然聞きたくないような……
前日勝ってそれをやられると、こっちはどうしたらいいんだ?「校則に反せず風紀を乱さない範囲なら服装も髪型も自由」の泉田さんが困るだろうが。ちなみに箱根学園の校則はゆるゆるなので割とみんな自由に好き勝手やっている。そういうわけで、私の男子制服スラックス着用も許されている。
無事に待機ポイントに到着し、車を降りる。後部座席に積んだ荷物は金子さんがおろしてくれた。先輩はこのままゴール地点を目指す。使い慣れた小さいカバン……飲み物の他、応急処置やカッパが入っている。
気遣わしげに金子さんが私を見下ろす。
「大丈夫か?」
こくりと頷くに留めておいた。顔色はだいぶ良くなったと思うけど、朝からどうにも、胃が気持ち悪い。吐きそうとかじゃなくて、普通にドキドキソワソワしている感じ。心臓じゃなくて、胃が。
「体調気をつけろよ。無理はするなよ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃあ、ゴールで会おうな」
「……はい」
「ここが正念場だから……応援頼むわ。お前も頑張れよ」
「はい」
ゴール前3キロ地点に私ひとりを残し、車は去っていった。大きく手を振って見送る。
着くのが早すぎて、3キロ看板が設置してあるここにも、まだ観客はいない。とりあえず日傘をさして、座って、体力を温存しよう。
寿一くんの言葉を思い出す。去年、雨の日。その目は元気に外練に出ていく部員ではなく、陸上トラックの方を見ていた。
誰もいない、幅跳び用のフィールドには覆いがかけられたまま。
「ロードレースは不確定な要素が多い。入念に準備しても、それが無駄になることなどざらだ」
レースの手解きなんてほとんどしてくれなかった。自転車一家でお兄ちゃんも有名で、なのにほとんど自転車のことを寿一くんから教わったことはなかった。
部活に入ってからもそう。寿一くんはインターハイでの総合優勝のために、もっと他のところを見ていた。その、滅多に長々と説教などしない寿一くんが。自転車の話をしている。選手でもない、ただのマネージャーに。
「個人成績で見るなら、高い勝率の維持すら難しい。お前は箱根学園に来て、部員が勝つところばかり見ているからあまり実感が湧かないかもしれないが……」
「数字としては難しいっていうのはわかるんですけど……」
「選手が勝たなければ、そのレースを走らない部員やマネージャー、その努力も無駄になる」
「……」
残酷だが、事実だ。勝つのは最後に1人、仲間を使って、切って捨てて、そうして最初に通過した者だけに賞賛が贈られる。それがロードレースだと、先輩達が口にする。だから、私も知っているつもりでいた。
「だが、誰が負けてもその敗北は一人で背負わなくていい。選手も、お前も」
「私も?」
「これはチームスポーツだ。もし、お前の知る誰かが負けて苦しむことがあったら」
あの時、寿一くんはどんな顔をしていたのだろう。そもそも私の方など見ていなかった気がする。覚えているのは、何を考えているかわからないいつもの横顔と、真っ暗な空。しめった空気。1ミリも揺らがない確固たる声が。
「遠慮なく分けてもらえ。辛さも、苦しみも、後悔もだ」
インターハイより前のやり取りだけど、寿一くんの「オレは強い」という言葉は結局、自己暗示で勝利宣言だった。でも、あの日の言葉はもっと……違うところを見ていた。もっというなら、寿一くんから出てきた言葉ではなかった。彼に同じ言葉をかけた人がきっといたのだろう。
……あれからもう、1年以上経つ。今日で最後。泣いても笑っても、先輩方は最後のインターハイ。どう決着しても……
だから、私が今日、すべきことは。
ピロンとスマホが鳴って、ポケットの中を確認する。
「全く、心配させやがって……」
レイさんによると、真波が無事出走したらしい。波乱万丈の1日が、ようやく始まる。
車中で迎えたスタート20分前。「真波がいない」とレイさんから背筋の凍るチャットがきた。ちなみに京伏も全員いないらしい。それはいいとして。
ま、真波……!GPSの位置を見るとアイコンはまだ宿。即返信。
「ごめん真波宿です」
「マジか」
「マジのようです」
何がどうして、エースクライマーを忘れて出発するようなことがあるんだよ。選手はアップ兼ねて宿から出て、湖の辺りぐるぐるしてからそのまま来るって話だったじゃん……
私は今日も選手より先に出るから、昨日のうちに悠人を余裕を持って起こすことだけ1年生に頼んで、あとおにぎり2人前頼んで満足して、真波を起こすことはすっかり忘れてた。大反省だ。昨晩は大人しくしてたから、別に心配事はないなと思って……
着順出走だから最悪そこに間に合えばいいが、箱根学園自転車競技部創部以来の惨事であることは間違いない。入部以来、真波が更新し続けている、不名誉なレコード。
飯だけはおにぎりがあるから、それ食べながら来ればどうにかなるとはいえ……ついに最終日、みんなギリギリまで寝かしてやれ、と思ってて、そのまま忘れて宿出たんだろうな……ああ見えて、選手も裏方も精神状態かなりギリギリだから……私は今頃阿鼻叫喚だろう3日目スタート地点を思って憂鬱になった。レイさん泣いてないといいんだけど。
車中で気を揉んでいるとマネメカチャットが動く。定刻5分前。まだ来ていなかった御堂筋がスタート地点に登場。よかった、とりあえず来た。やつの自転車理論には「走らない」という選択肢が常にある。最終日突然棄権にならなくてよかった。ライバル校だけど、友達だから。
し、しかし全員坊主ときたか……相変わらず、ド派手な演出が好きだな。何の作戦があってそうなったのか、聞いてみたいような、全然聞きたくないような……
前日勝ってそれをやられると、こっちはどうしたらいいんだ?「校則に反せず風紀を乱さない範囲なら服装も髪型も自由」の泉田さんが困るだろうが。ちなみに箱根学園の校則はゆるゆるなので割とみんな自由に好き勝手やっている。そういうわけで、私の男子制服スラックス着用も許されている。
無事に待機ポイントに到着し、車を降りる。後部座席に積んだ荷物は金子さんがおろしてくれた。先輩はこのままゴール地点を目指す。使い慣れた小さいカバン……飲み物の他、応急処置やカッパが入っている。
気遣わしげに金子さんが私を見下ろす。
「大丈夫か?」
こくりと頷くに留めておいた。顔色はだいぶ良くなったと思うけど、朝からどうにも、胃が気持ち悪い。吐きそうとかじゃなくて、普通にドキドキソワソワしている感じ。心臓じゃなくて、胃が。
「体調気をつけろよ。無理はするなよ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃあ、ゴールで会おうな」
「……はい」
「ここが正念場だから……応援頼むわ。お前も頑張れよ」
「はい」
ゴール前3キロ地点に私ひとりを残し、車は去っていった。大きく手を振って見送る。
着くのが早すぎて、3キロ看板が設置してあるここにも、まだ観客はいない。とりあえず日傘をさして、座って、体力を温存しよう。
寿一くんの言葉を思い出す。去年、雨の日。その目は元気に外練に出ていく部員ではなく、陸上トラックの方を見ていた。
誰もいない、幅跳び用のフィールドには覆いがかけられたまま。
「ロードレースは不確定な要素が多い。入念に準備しても、それが無駄になることなどざらだ」
レースの手解きなんてほとんどしてくれなかった。自転車一家でお兄ちゃんも有名で、なのにほとんど自転車のことを寿一くんから教わったことはなかった。
部活に入ってからもそう。寿一くんはインターハイでの総合優勝のために、もっと他のところを見ていた。その、滅多に長々と説教などしない寿一くんが。自転車の話をしている。選手でもない、ただのマネージャーに。
「個人成績で見るなら、高い勝率の維持すら難しい。お前は箱根学園に来て、部員が勝つところばかり見ているからあまり実感が湧かないかもしれないが……」
「数字としては難しいっていうのはわかるんですけど……」
「選手が勝たなければ、そのレースを走らない部員やマネージャー、その努力も無駄になる」
「……」
残酷だが、事実だ。勝つのは最後に1人、仲間を使って、切って捨てて、そうして最初に通過した者だけに賞賛が贈られる。それがロードレースだと、先輩達が口にする。だから、私も知っているつもりでいた。
「だが、誰が負けてもその敗北は一人で背負わなくていい。選手も、お前も」
「私も?」
「これはチームスポーツだ。もし、お前の知る誰かが負けて苦しむことがあったら」
あの時、寿一くんはどんな顔をしていたのだろう。そもそも私の方など見ていなかった気がする。覚えているのは、何を考えているかわからないいつもの横顔と、真っ暗な空。しめった空気。1ミリも揺らがない確固たる声が。
「遠慮なく分けてもらえ。辛さも、苦しみも、後悔もだ」
インターハイより前のやり取りだけど、寿一くんの「オレは強い」という言葉は結局、自己暗示で勝利宣言だった。でも、あの日の言葉はもっと……違うところを見ていた。もっというなら、寿一くんから出てきた言葉ではなかった。彼に同じ言葉をかけた人がきっといたのだろう。
……あれからもう、1年以上経つ。今日で最後。泣いても笑っても、先輩方は最後のインターハイ。どう決着しても……
だから、私が今日、すべきことは。
ピロンとスマホが鳴って、ポケットの中を確認する。
「全く、心配させやがって……」
レイさんによると、真波が無事出走したらしい。波乱万丈の1日が、ようやく始まる。
