去る春、君の声だけが在る2
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集合場所……ロビーの外すぐの駐車場に向かう。バシさんを探してキョロキョロしていると、部員から声がかかった。
「銅橋ならロビーで待ち構えてるよ」
「……何を?」
「お前だよ」
……まあなんとなく予想がつく。どうせ誰かが朝食会場で「苗字死にかけの顔色してたよ」くらいの感じでチクったのだろう。選手を和ますなら話題は選んでほしいよ、全く……
ロビーに向かう道中部員から「早く行ってやれよ、かわいそうにお待ちかねだぜ」だとか、「マジでさ〜あいつの機嫌とってから出てくんねえ?」と声をかけられる。
一体何があったのか、動物園のクマでも逃げ出したかという雰囲気だが、多分バシさんは普通に最終日で緊張しているだけだ。しょうがないじゃん、バシさんだって一応インターハイ初出場だぜ?去年は会場にすら来ることは叶わなかった。緊張するに決まってる。
目当ての人は、言われた通りロビーにいた。落ち着きなくうろうろしている。うーん確かにこれは民家に押し入って出られなくなったクマ。
私はささっと髪を直してから「おはよー」となるべく呑気そうに声をかける。静かな声で挨拶を返され、その視線は異常を発見しようと注意深く私を見ている。やっぱり。
「全然元気だからご心配なく!」とか言っても無駄なのはわかっているのでとりあえず話を逸らしておく。
「ねえ悠人見た?」
「起こされて、さっきメシ食ってた」
「おー、よかった。起きられたんだな」
昨日もさっさと寝たし、心配だったけど間に合ったならよかった。それから二、三のどうでもいい話をした。悠人と真波用の鮭のおにぎりが美味しそうだったこと。朝食の卵焼きがだし巻きで嬉しかったこと。今日の天気予報。それからわざとらしく見えないように腕時計を確認して。
「じゃ、名前もう行くからね」
「おう」
「頑張ってね」
思いの他、情けなく、すがるような声が出た。一拍置いて何を言われたか理解したバシさんの顔が歪む。やべ。
「……おいお前、人がこれから確定で死ぬみたいな顔してんじゃねえよ」
私は慌てて自分の顔を平手で叩いて、今の発言をなかったことにした。パアン!景気のいい音がした。
「な、なんだよ」
「鳴子に習った。言い間違いした時に関西人はこうやってキャンセルするらしい。もっと早くに習っておくべきだったよ、そしたら入部した時の自己紹介でやったのに……」
「習うな!真似するな!」
だめかな、結構いい方法だと思ったんだけど……和ませるどころかバシさんがどんどん怖い顔になっていくので私は手のひらを向けてタイムの意思表示をした。
「……ちょっと待ってね、言い直すから」
「それより顔。赤くなってる」
「あーいいの、血色良くなったでしょう」
「いいワケねえだろ」
そう吐き捨てて、テープの貼られた指先が私の手を取る。怪我のないことを確認したのか、続いてぎこちない手付きで頬に触れる。
私は熱をもつ自分の顔より、自身に触れるその手の方が気になっていた。指のテープは昨日のレースの後、待機していた部員が貼った。初日に壊したファスナーは待機していた部員が文句を言いながら直していた。箱根学園のレギュラーとして認められている姿ならとっくに見慣れたはずなのに。
懐かしいな、前は……部の厄介者扱いで、新米マネージャーの私が先輩の目を盗んで怪我の手当をしていたと言うのに。バシさんは、今が充実しすぎていてそんなこと覚えていないかもしれないけど、そんな日々もあったんだよ。
一生続くような気がしていた入部退部騒動も結果あっさりと終わった。当時の3年が去り、新しく1年生が入ってきて、あの日々も最早過去のことだ。
頬に触れた手をやめさせて、今度は私がその手のテープに触れる。しっかり巻いてあるから、レース中剥がれて気になることもないだろう。うまいな。誰が巻いたんだろう。あの日私が貼ったのは多分、緩すぎてすぐに剥がれてしまったんじゃないかな。
「……でもそんな君も今となっては、箱根学園の代表選手だ」
「そうだ。オレが箱根学園だ。今日勝って、証明してやる」
何を。そんなの、聞かなくてもわかる。私があの叫びにどれ程縋り、救われてきたか、君は知らないだろうけど。
「……ねえ、いつもの聞きたい」
「オレが正しい。誰がなんと言おうと、オレが正しくて、オレたちが箱根学園だ」
その言葉に迷いはなく。しかし、いつものそれとは違い、その声は低く静かだった。静かになされた宣言は、私以外に聞く者はいない。見上げた瞳は当然ギラギラ燃えている。
この目だけは、出会った当初から変わらない。めらめらと燃えているのは怒りと、憤りと、その他私の想像の及ばないなにか。それは勝利のためのエネルギーであり、決して悪いことではないのだと私たちは知っている。
私があの日々を思うように、バシさんもあの日々を覚えているのなら、こんなに心強いことはなかった。本当に。
私は「ありがとう、行ってくるね」と呟いて、そっとその手を離した。
「銅橋ならロビーで待ち構えてるよ」
「……何を?」
「お前だよ」
……まあなんとなく予想がつく。どうせ誰かが朝食会場で「苗字死にかけの顔色してたよ」くらいの感じでチクったのだろう。選手を和ますなら話題は選んでほしいよ、全く……
ロビーに向かう道中部員から「早く行ってやれよ、かわいそうにお待ちかねだぜ」だとか、「マジでさ〜あいつの機嫌とってから出てくんねえ?」と声をかけられる。
一体何があったのか、動物園のクマでも逃げ出したかという雰囲気だが、多分バシさんは普通に最終日で緊張しているだけだ。しょうがないじゃん、バシさんだって一応インターハイ初出場だぜ?去年は会場にすら来ることは叶わなかった。緊張するに決まってる。
目当ての人は、言われた通りロビーにいた。落ち着きなくうろうろしている。うーん確かにこれは民家に押し入って出られなくなったクマ。
私はささっと髪を直してから「おはよー」となるべく呑気そうに声をかける。静かな声で挨拶を返され、その視線は異常を発見しようと注意深く私を見ている。やっぱり。
「全然元気だからご心配なく!」とか言っても無駄なのはわかっているのでとりあえず話を逸らしておく。
「ねえ悠人見た?」
「起こされて、さっきメシ食ってた」
「おー、よかった。起きられたんだな」
昨日もさっさと寝たし、心配だったけど間に合ったならよかった。それから二、三のどうでもいい話をした。悠人と真波用の鮭のおにぎりが美味しそうだったこと。朝食の卵焼きがだし巻きで嬉しかったこと。今日の天気予報。それからわざとらしく見えないように腕時計を確認して。
「じゃ、名前もう行くからね」
「おう」
「頑張ってね」
思いの他、情けなく、すがるような声が出た。一拍置いて何を言われたか理解したバシさんの顔が歪む。やべ。
「……おいお前、人がこれから確定で死ぬみたいな顔してんじゃねえよ」
私は慌てて自分の顔を平手で叩いて、今の発言をなかったことにした。パアン!景気のいい音がした。
「な、なんだよ」
「鳴子に習った。言い間違いした時に関西人はこうやってキャンセルするらしい。もっと早くに習っておくべきだったよ、そしたら入部した時の自己紹介でやったのに……」
「習うな!真似するな!」
だめかな、結構いい方法だと思ったんだけど……和ませるどころかバシさんがどんどん怖い顔になっていくので私は手のひらを向けてタイムの意思表示をした。
「……ちょっと待ってね、言い直すから」
「それより顔。赤くなってる」
「あーいいの、血色良くなったでしょう」
「いいワケねえだろ」
そう吐き捨てて、テープの貼られた指先が私の手を取る。怪我のないことを確認したのか、続いてぎこちない手付きで頬に触れる。
私は熱をもつ自分の顔より、自身に触れるその手の方が気になっていた。指のテープは昨日のレースの後、待機していた部員が貼った。初日に壊したファスナーは待機していた部員が文句を言いながら直していた。箱根学園のレギュラーとして認められている姿ならとっくに見慣れたはずなのに。
懐かしいな、前は……部の厄介者扱いで、新米マネージャーの私が先輩の目を盗んで怪我の手当をしていたと言うのに。バシさんは、今が充実しすぎていてそんなこと覚えていないかもしれないけど、そんな日々もあったんだよ。
一生続くような気がしていた入部退部騒動も結果あっさりと終わった。当時の3年が去り、新しく1年生が入ってきて、あの日々も最早過去のことだ。
頬に触れた手をやめさせて、今度は私がその手のテープに触れる。しっかり巻いてあるから、レース中剥がれて気になることもないだろう。うまいな。誰が巻いたんだろう。あの日私が貼ったのは多分、緩すぎてすぐに剥がれてしまったんじゃないかな。
「……でもそんな君も今となっては、箱根学園の代表選手だ」
「そうだ。オレが箱根学園だ。今日勝って、証明してやる」
何を。そんなの、聞かなくてもわかる。私があの叫びにどれ程縋り、救われてきたか、君は知らないだろうけど。
「……ねえ、いつもの聞きたい」
「オレが正しい。誰がなんと言おうと、オレが正しくて、オレたちが箱根学園だ」
その言葉に迷いはなく。しかし、いつものそれとは違い、その声は低く静かだった。静かになされた宣言は、私以外に聞く者はいない。見上げた瞳は当然ギラギラ燃えている。
この目だけは、出会った当初から変わらない。めらめらと燃えているのは怒りと、憤りと、その他私の想像の及ばないなにか。それは勝利のためのエネルギーであり、決して悪いことではないのだと私たちは知っている。
私があの日々を思うように、バシさんもあの日々を覚えているのなら、こんなに心強いことはなかった。本当に。
私は「ありがとう、行ってくるね」と呟いて、そっとその手を離した。
