DRAMATIC STARS
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「名前ちゃん」
輝さんは私が小さい頃からずーっとその呼び方を変えなかった。小学生の時は元気よく、大人になるにつれてその声はどんどん優しくなって。私は勘違いしちゃだめ、ってずっと自分に言い聞かせている。
「名前ちゃん、次は何にする?」
好きなの頼んでいいぞって輝さんはにっこり笑って見せた。ひっそりとしたバーのカウンターの一番端。ちょうどワイン棚の陰になっていて輝さんの後ろ姿はうまい具合に見えなくなっている。アイドルになってから見つけた店の特等席らしい。
「うーん、モスコミュール……」
「いつもそれだな」
「だって、そんなに詳しくないし……」
チャイナブルーにスクリュードライバー、ジントニック、カルーアミルク……そこまでお酒に強いわけでもないからおしゃれなカクテルなんてあまり知らない。
「じゃあ輝さんが選んでよ」
「俺か?……名前ちゃんシャンパン好きだし、キールロワイヤルとかバックスフィズとか…」
そう言って女の子が好きそうなのはあんまりわかんねえなあって困った顔をした。嘘っぽい。大学時代から人気があって女の子とのおつきあいもそこそこにちゃんとこなしてきてるから知らないはずなんてないのに。
「で、どれにする?」
「……バックスフィズ」
キールがいわゆるアペリチフとして飲まれてることくらいは知ってたからなんとなくバックスフィズにした。
わかった、と言ってカウンターを離れていたバーテンダーに輝さんが声をかける。バックスフィズ、それから……
輝さんが頼んだもう1つは長くてよく聞き取れなかった。まだ平気って思ってたけど実は私も酔ってるのかもしれない。
「……名前ちゃんももう社会人か」
受け取ったやたら長い名前のお酒を一口舐めて、輝さんはしみじみと言った。
「そんなこと言ったら輝さんももう28でしょ」
そうなんだよなって輝さんは20歳になった時とあんまり変わらない苦笑を見せた。髭さえなければ童顔だから。
小さい頃から頭がよくて、運動もできてリーダー気質のある輝くんは私の憧れのお兄さんだった。私はそんな輝くんを追いかけて必死に勉強して同じ高校に進み(輝くんは私が入学した時には卒業してたけど)、都内の学部こそ違えど同じ大学に進んだ。
「名前ちゃん、一口ちょうだい」
「どうぞ」
私今、アイドルと間接キス、してる。それより私には輝さんと間接キスしてることのほうがよっぽど重要でドキドキする。輝さんは「俺のも飲んでいいぞ」って華奢なカクテルグラスを私に押しやった。一口もらって苦い、と思わず口から零れた。
「輝さん、お酒弱いんだからそろそろ終わりにしてね」
「わかってるって」
輝くん、輝くんって呼んでいたけど恥ずかしくなって高校に入ってからたまの休みに帰ってくるその人を輝さんって呼ぶようになった。初めてそう呼んだ高1の夏休み、輝さんはちょっと驚いて「もう、高校生だもんな」って伸ばした手を引っ込めた。
輝さんの頭にある私は泣いてばっかりだった幼稚園児のままなのかもしれない。子供扱いを反省したように時折手を引くのはきっとそのためだ。
「でも、輝さんがアイドルになるなんて」
「名前ちゃんはいつもそればっかりだな」
たいして強くもないのに輝さんは私が成人してから時折食事やお酒の席に誘った。ここしばらくはぱったり途絶えたと思ったら、輝さんは仕事を辞めてアイドルになっていた。
元弁護士と元医者と元パイロットの3人組ユニットは男性アイドルのデビューとしてはそこそこ平均年齢が高くて驚いたけど、着々と売れて以前のようにフラットなつくりのお店には入れなくなった。最近輝さんの誘ってくれるお店はどこも個室や半個室。今日だって隠れるように一番端に座っている。
「名前ちゃん」
なあに、って呂律の回らない口で尋ねると就職おめでとうって優しい笑顔を向けて言った。本当に優しく笑うと深い色の目が蕩けてそれがドキドキするほど大人っぽい。
この優しい笑顔と声を向けられたいと願うファンは山ほどいて、私が今ここに座っているのは天文学的な確率で彼の近所に生まれ育ったからだ。私はきっと、生まれた時点で運を使い果たしている。
「輝さんはさあ、」
「ん?」
「どうして私に構ってくれるの。面倒くさいでしょ。高校も大学も、同じところあと追いかけるみたいについてきて……」
輝さんが高校生の時も大学生のときも、遠慮が勝って頻度は減ったけど、社会人になってそしてアイドルとして活動するようになってからも。輝さんは何か困ったことが起きると私にそこで待ってろって言って絶対助けに来てくれる。小さい頃から甘え続けて、とうとうここまで来てしまった。
いい加減輝さんから卒業しなきゃいけないのはわかってるし時々心につきささる。輝さんの方がずっと大変なんだから頼っちゃダメだって。
「どうしてって、言われてもなあ……」
輝さんは苦笑して、それから背の高いグラスからお酒を煽った。大人の男の人って感じがしてかっこいい。ちょっと童顔なのを気にしてるみたいだけど落ち着いたところとか、そういう1つ1つの仕草が大人の人って感じがするから輝さんが自分で言うほど気にならない。
グラスの脚をそっと指先で撫でて私に笑いかけた。それがびっくりするほど艶かしい手つきで私は視線をそっとはずした。
「大好きだからだよ、ずっと」
囁くようなその一言で一気にお酒が回ったかのように身体中が熱くなる。それは妹分としてってこと?って聞こうとしたけど怖くて口が動かない。
「……そんな怯えた顔されると傷つくんだよなー」
輝さんは苦笑して、小さな小箱をカウンターに乗せた。
「なに、これ」
「何って……就職祝いだよ」
「えっ、飲みに連れてきてもらったのにこれ以上もらえないよ」
「いいからもらっとけって」
ほら、と小箱を手に押し付けられる。
開けて、いいんだろうか。輝さんはにこにこ笑うばかりで頼りにならない。箱を開けたらもう逃げられない。それは、中身次第だけど。中身次第ではこれからもずっと妹分のままだとわかっていても指先が震えた。青い小箱に白いリボン。ドキドキする私に優しい眼差しが向けられていた。
輝さんは私が小さい頃からずーっとその呼び方を変えなかった。小学生の時は元気よく、大人になるにつれてその声はどんどん優しくなって。私は勘違いしちゃだめ、ってずっと自分に言い聞かせている。
「名前ちゃん、次は何にする?」
好きなの頼んでいいぞって輝さんはにっこり笑って見せた。ひっそりとしたバーのカウンターの一番端。ちょうどワイン棚の陰になっていて輝さんの後ろ姿はうまい具合に見えなくなっている。アイドルになってから見つけた店の特等席らしい。
「うーん、モスコミュール……」
「いつもそれだな」
「だって、そんなに詳しくないし……」
チャイナブルーにスクリュードライバー、ジントニック、カルーアミルク……そこまでお酒に強いわけでもないからおしゃれなカクテルなんてあまり知らない。
「じゃあ輝さんが選んでよ」
「俺か?……名前ちゃんシャンパン好きだし、キールロワイヤルとかバックスフィズとか…」
そう言って女の子が好きそうなのはあんまりわかんねえなあって困った顔をした。嘘っぽい。大学時代から人気があって女の子とのおつきあいもそこそこにちゃんとこなしてきてるから知らないはずなんてないのに。
「で、どれにする?」
「……バックスフィズ」
キールがいわゆるアペリチフとして飲まれてることくらいは知ってたからなんとなくバックスフィズにした。
わかった、と言ってカウンターを離れていたバーテンダーに輝さんが声をかける。バックスフィズ、それから……
輝さんが頼んだもう1つは長くてよく聞き取れなかった。まだ平気って思ってたけど実は私も酔ってるのかもしれない。
「……名前ちゃんももう社会人か」
受け取ったやたら長い名前のお酒を一口舐めて、輝さんはしみじみと言った。
「そんなこと言ったら輝さんももう28でしょ」
そうなんだよなって輝さんは20歳になった時とあんまり変わらない苦笑を見せた。髭さえなければ童顔だから。
小さい頃から頭がよくて、運動もできてリーダー気質のある輝くんは私の憧れのお兄さんだった。私はそんな輝くんを追いかけて必死に勉強して同じ高校に進み(輝くんは私が入学した時には卒業してたけど)、都内の学部こそ違えど同じ大学に進んだ。
「名前ちゃん、一口ちょうだい」
「どうぞ」
私今、アイドルと間接キス、してる。それより私には輝さんと間接キスしてることのほうがよっぽど重要でドキドキする。輝さんは「俺のも飲んでいいぞ」って華奢なカクテルグラスを私に押しやった。一口もらって苦い、と思わず口から零れた。
「輝さん、お酒弱いんだからそろそろ終わりにしてね」
「わかってるって」
輝くん、輝くんって呼んでいたけど恥ずかしくなって高校に入ってからたまの休みに帰ってくるその人を輝さんって呼ぶようになった。初めてそう呼んだ高1の夏休み、輝さんはちょっと驚いて「もう、高校生だもんな」って伸ばした手を引っ込めた。
輝さんの頭にある私は泣いてばっかりだった幼稚園児のままなのかもしれない。子供扱いを反省したように時折手を引くのはきっとそのためだ。
「でも、輝さんがアイドルになるなんて」
「名前ちゃんはいつもそればっかりだな」
たいして強くもないのに輝さんは私が成人してから時折食事やお酒の席に誘った。ここしばらくはぱったり途絶えたと思ったら、輝さんは仕事を辞めてアイドルになっていた。
元弁護士と元医者と元パイロットの3人組ユニットは男性アイドルのデビューとしてはそこそこ平均年齢が高くて驚いたけど、着々と売れて以前のようにフラットなつくりのお店には入れなくなった。最近輝さんの誘ってくれるお店はどこも個室や半個室。今日だって隠れるように一番端に座っている。
「名前ちゃん」
なあに、って呂律の回らない口で尋ねると就職おめでとうって優しい笑顔を向けて言った。本当に優しく笑うと深い色の目が蕩けてそれがドキドキするほど大人っぽい。
この優しい笑顔と声を向けられたいと願うファンは山ほどいて、私が今ここに座っているのは天文学的な確率で彼の近所に生まれ育ったからだ。私はきっと、生まれた時点で運を使い果たしている。
「輝さんはさあ、」
「ん?」
「どうして私に構ってくれるの。面倒くさいでしょ。高校も大学も、同じところあと追いかけるみたいについてきて……」
輝さんが高校生の時も大学生のときも、遠慮が勝って頻度は減ったけど、社会人になってそしてアイドルとして活動するようになってからも。輝さんは何か困ったことが起きると私にそこで待ってろって言って絶対助けに来てくれる。小さい頃から甘え続けて、とうとうここまで来てしまった。
いい加減輝さんから卒業しなきゃいけないのはわかってるし時々心につきささる。輝さんの方がずっと大変なんだから頼っちゃダメだって。
「どうしてって、言われてもなあ……」
輝さんは苦笑して、それから背の高いグラスからお酒を煽った。大人の男の人って感じがしてかっこいい。ちょっと童顔なのを気にしてるみたいだけど落ち着いたところとか、そういう1つ1つの仕草が大人の人って感じがするから輝さんが自分で言うほど気にならない。
グラスの脚をそっと指先で撫でて私に笑いかけた。それがびっくりするほど艶かしい手つきで私は視線をそっとはずした。
「大好きだからだよ、ずっと」
囁くようなその一言で一気にお酒が回ったかのように身体中が熱くなる。それは妹分としてってこと?って聞こうとしたけど怖くて口が動かない。
「……そんな怯えた顔されると傷つくんだよなー」
輝さんは苦笑して、小さな小箱をカウンターに乗せた。
「なに、これ」
「何って……就職祝いだよ」
「えっ、飲みに連れてきてもらったのにこれ以上もらえないよ」
「いいからもらっとけって」
ほら、と小箱を手に押し付けられる。
開けて、いいんだろうか。輝さんはにこにこ笑うばかりで頼りにならない。箱を開けたらもう逃げられない。それは、中身次第だけど。中身次第ではこれからもずっと妹分のままだとわかっていても指先が震えた。青い小箱に白いリボン。ドキドキする私に優しい眼差しが向けられていた。
