THE 虎牙道
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12月、年末の繁忙期、夜11時。会社からの帰路、私は公園のベンチに寝そべる神様を見た。
長く伸ばした銀の髪、すらっとした体、月明かりに照らされた横顔。その全てが絵画のように美しく、労働に痛めつけられた私の脳は暫く思考を放棄して、ぼんやりその人を見つめていた。
……いけない、コンポタ買うんだった。公園の自販機にお金をねじ込む。砂を蹴る音がして、振り返ると神様が立っていた。「奢って欲しいのか?」と思ったけど、黄色い目玉は無感情にこちらを見た。
ガコン、コンポタの缶が落ちる。
「か、神様」
「あ?」
声が震えた。冷え切った指先にアルミ缶は「あったかーい」通り越して熱いほどだ。
「これ……お供物です」
「は?」
熱いのでお気をつけて、そう言い残して私は慌てて公園を出た。これが神様との出会い。笑っちゃうでしょう?
季節は巡り、3月、年度末の繁忙期だった。神様はいつにも増してボロボロの私からコンポタの缶を受け取った。私的にはお供物、神様の言うところの「貢ぎ物」である。コンポタ代は毎月、家計簿の「接待交際費(慶弔)」につけている。神社のお賽銭と同じ扱いだ。神様はコンポタで温まった口を開く。
「お前いつもこんな時間まで何してんだよ」
「ざ、残業です……仕事終わんなくて」
「ふーん?」
神様は多分「ザンギョー」も「ハンボーキ」も知らない。人間の願い事を叶えるタイプの神様ではなさそうだから。「願い事?ハッ、自分でなんとかしやがれ!」っていうタイプだ。
「こんな時間にフラフラしてんじゃねー、弱っちいくせに」
「お言葉ですが神様、こんな時間にフラフラしてるのはあなたの方では」
「あ?オレ様に口答えすんな!」
神様は口が悪いが、正論しか言わない。神様の言葉は全て等しく、下界に生きる人間にとってのお告げだった。
それからまた季節が巡って、夏。酒と煙草と焼肉の匂いを纏って公園に現れた私に、神様は顔を顰めた。
「あ、あの……神様」
「あ?」
「私、仕事辞めました。引っ越すので、この道通るのも最後です。神様、ありがとうございました」
神様は弱っちい人間の人生の岐路には興味がない。黄色い目玉は無感情にこちらを見た。
「これ差し上げます」
送別会でもらったお菓子の詰め合わせだ。世田谷の菓子店のものだという、神様へのお供物に相応しい格式だ。面倒な包み紙は駅のゴミ箱に捨てたから、紙の箱が剥き出しだけど。神様は箱の中からひとつ、焼き菓子を選び取る。個包装の袋を破り、大きな口で丸呑みして……しようとして、口の中がいっぱいになって、ちょっと困った様子を見せた。なんとかごくんと飲み込んで、白い喉が大きく上下した。
「はっ次はもっとマシな貢ぎ物をよこしやがれ!」
神様との別れの日のことだった。こうして労働に侵されていない正常な脳を通してみれば、彼はただの人間で、おそらく未成年の少年だった。私は彼の名前も知らないまま、彼と別れた。
私はそれからその街を離れ、新しい仕事を始めた。そして、神様はアイドルになった。バキバキの腹筋を晒す3人組、THE虎牙道。経歴からして異色のアイドルグループに私は最初目を疑ったが、神様は変わらず自由にやっていた。客席を煽りちらかして他担を狩りまくる姿に私は間違いなく彼が「コンポタの神様」だと納得した。
初めて開催された握手会でも、神様は他のふたりと比べて圧倒的に態度が悪かった。優しい笑顔でファンをメロメロにする円城寺さん、誠実な対応で乙女を恋に落とす大河さん、それから大暴れフリースタイルの牙崎さん。牙崎漣、それが私の神様の名前だった。
自分の番が来たら何を言おうか考える。「神様のおかげで転職してクジゴジの暮らししてます、有給も取り放題です、最高です」そんなこと言われたって、牙崎漣にはその有り難みはわからないだろう。そもそも彼は私の顔すら覚えていないはずだ。
その人を前にして、口から出たのは結局、呼び慣れた名前だった。
「神様」
変わらないのは綺麗な銀の髪、ピカピカ光る黄色の目。丸出しのお腹に筆文字を書かれているのは、初めて見た時目を疑った。胸に巻いたサラシも、腰で履いたパンツも、びっくりした。いや、腰履きは前もそうだったか。
「はっ」
そうやって、自信たっぷりに笑うところも変わらない。神様は鼻で笑ってこちらを挑発した。握手する気がないのか、パーにした手のひらを差し出され。
「おいお前、今度こそマシな貢ぎ物、持ってきたんだろうな?」
その言葉を聞いた途端、涙と同時に笑いも溢れた。ああ、神様。私幸せです。真冬の月夜、もうすぐ日付の変わるような時間、くたびれてボロボロの体を引きずって歩いた帰路。あの最低最悪の日々が、今となっては美しい思い出です。神様、あなたのおかげです。あなたの存在に、私、本当に救われてたんです。
長く伸ばした銀の髪、すらっとした体、月明かりに照らされた横顔。その全てが絵画のように美しく、労働に痛めつけられた私の脳は暫く思考を放棄して、ぼんやりその人を見つめていた。
……いけない、コンポタ買うんだった。公園の自販機にお金をねじ込む。砂を蹴る音がして、振り返ると神様が立っていた。「奢って欲しいのか?」と思ったけど、黄色い目玉は無感情にこちらを見た。
ガコン、コンポタの缶が落ちる。
「か、神様」
「あ?」
声が震えた。冷え切った指先にアルミ缶は「あったかーい」通り越して熱いほどだ。
「これ……お供物です」
「は?」
熱いのでお気をつけて、そう言い残して私は慌てて公園を出た。これが神様との出会い。笑っちゃうでしょう?
季節は巡り、3月、年度末の繁忙期だった。神様はいつにも増してボロボロの私からコンポタの缶を受け取った。私的にはお供物、神様の言うところの「貢ぎ物」である。コンポタ代は毎月、家計簿の「接待交際費(慶弔)」につけている。神社のお賽銭と同じ扱いだ。神様はコンポタで温まった口を開く。
「お前いつもこんな時間まで何してんだよ」
「ざ、残業です……仕事終わんなくて」
「ふーん?」
神様は多分「ザンギョー」も「ハンボーキ」も知らない。人間の願い事を叶えるタイプの神様ではなさそうだから。「願い事?ハッ、自分でなんとかしやがれ!」っていうタイプだ。
「こんな時間にフラフラしてんじゃねー、弱っちいくせに」
「お言葉ですが神様、こんな時間にフラフラしてるのはあなたの方では」
「あ?オレ様に口答えすんな!」
神様は口が悪いが、正論しか言わない。神様の言葉は全て等しく、下界に生きる人間にとってのお告げだった。
それからまた季節が巡って、夏。酒と煙草と焼肉の匂いを纏って公園に現れた私に、神様は顔を顰めた。
「あ、あの……神様」
「あ?」
「私、仕事辞めました。引っ越すので、この道通るのも最後です。神様、ありがとうございました」
神様は弱っちい人間の人生の岐路には興味がない。黄色い目玉は無感情にこちらを見た。
「これ差し上げます」
送別会でもらったお菓子の詰め合わせだ。世田谷の菓子店のものだという、神様へのお供物に相応しい格式だ。面倒な包み紙は駅のゴミ箱に捨てたから、紙の箱が剥き出しだけど。神様は箱の中からひとつ、焼き菓子を選び取る。個包装の袋を破り、大きな口で丸呑みして……しようとして、口の中がいっぱいになって、ちょっと困った様子を見せた。なんとかごくんと飲み込んで、白い喉が大きく上下した。
「はっ次はもっとマシな貢ぎ物をよこしやがれ!」
神様との別れの日のことだった。こうして労働に侵されていない正常な脳を通してみれば、彼はただの人間で、おそらく未成年の少年だった。私は彼の名前も知らないまま、彼と別れた。
私はそれからその街を離れ、新しい仕事を始めた。そして、神様はアイドルになった。バキバキの腹筋を晒す3人組、THE虎牙道。経歴からして異色のアイドルグループに私は最初目を疑ったが、神様は変わらず自由にやっていた。客席を煽りちらかして他担を狩りまくる姿に私は間違いなく彼が「コンポタの神様」だと納得した。
初めて開催された握手会でも、神様は他のふたりと比べて圧倒的に態度が悪かった。優しい笑顔でファンをメロメロにする円城寺さん、誠実な対応で乙女を恋に落とす大河さん、それから大暴れフリースタイルの牙崎さん。牙崎漣、それが私の神様の名前だった。
自分の番が来たら何を言おうか考える。「神様のおかげで転職してクジゴジの暮らししてます、有給も取り放題です、最高です」そんなこと言われたって、牙崎漣にはその有り難みはわからないだろう。そもそも彼は私の顔すら覚えていないはずだ。
その人を前にして、口から出たのは結局、呼び慣れた名前だった。
「神様」
変わらないのは綺麗な銀の髪、ピカピカ光る黄色の目。丸出しのお腹に筆文字を書かれているのは、初めて見た時目を疑った。胸に巻いたサラシも、腰で履いたパンツも、びっくりした。いや、腰履きは前もそうだったか。
「はっ」
そうやって、自信たっぷりに笑うところも変わらない。神様は鼻で笑ってこちらを挑発した。握手する気がないのか、パーにした手のひらを差し出され。
「おいお前、今度こそマシな貢ぎ物、持ってきたんだろうな?」
その言葉を聞いた途端、涙と同時に笑いも溢れた。ああ、神様。私幸せです。真冬の月夜、もうすぐ日付の変わるような時間、くたびれてボロボロの体を引きずって歩いた帰路。あの最低最悪の日々が、今となっては美しい思い出です。神様、あなたのおかげです。あなたの存在に、私、本当に救われてたんです。
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