C.FIRST
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「母さん……とりあえず座って」
母さんをソファに座らせ、ウォーターサーバーから水を汲んできて飲ませる。それを横目に父さんの北海道土産のチョコを一箱開けて一息。ポテトチップスにチョコレートをかけたそれは、普段だったら夕食前に食べることはないだろう。美味しい。余裕で完食して手を洗いにキッチンに戻り、母さんはその間になんとか1杯の水を飲み切った。おかわりを汲んで手渡す。自分の失言を後悔しているのか、可哀想なくらい真っ青になって震えていた。母が。僕が中学生になってから仕事量を戻し、大手企業で出世街道を邁進している母。父さんから母の仕事ぶりを聞いた時は本当に驚いた。だって家にいる母とは別人だ。その理由がようやくわかった。
「無理に褒めなくていいよ」
客観的に見て僕は手のかかる子供だった。両親は塾も水泳も絵画教室もなんでもやらせてくれた。忙しい中宿題を見てくれるし、運動会の応援にきてくれる。小学1年生の夏休み、読書感想文の書き方がわからなくて何度も投げ出しそうになって、「書き方なんてないよ」「思った通りに自由に書いていいんだよ」と宥められてなんとか完成させた。いろんなことに時間とお金をかけてもらったおかげでいくつかは賞を取れた。でもどれも一番にはなれない。父は昔、絵も俳句も自由研究も得意だったらしい。母は、勉強も運動もずっと一番だった。満点を取れば1番になれるでしょと僕の95点のテストを見て言った。もちろんふたりの苦手なことも知っている、父はコミュニケーションが苦手で他人の仕事も転勤も断れない。母は料理が苦手。それから美術も。
「絵が苦手なの知ってるから、無理に褒めなくていいよ」
冷たい声が出た。そんなつもりじゃなかったのに。唇を噛む。苦手なのはとっくに知ってる、隠さなくていいよ。そう言いたかったのに。賞状を受け取った時の顔、取り繕えていなかったよ。「入賞か、なんて褒めたらいいんだ」って思ってる顔をした。勉強や水泳は褒めてくれる、でも美術は父さん任せ。
母さんはその後、泣きながら「上手に褒めてあげられなくて、ごめんなさい」と僕に謝った。料理は美味しく作れない、絵を見てもかける言葉がわからない。料理はまあ……毎日食べてたら自信がないのはわかるし、絵だってとっくに知ってたよ。
美術館の年間パスポートはいくつも買ってくれた。どこも最初の1回は一緒に入ってくれたけど、2回目以降は絶対ついて来なかった。父さんと3人で出かけても、美術館の入り口で「これ以上先に進めない」とでも言うように立ち止まる。結界でも貼ってあるのかと言うくらい、足がその先に進まない、母。いつしかついてこなくなって僕を美術館に連れて行くのはは父の担当になった。好きじゃないんだろうなって子供の僕でもわかった。中学生になってからは1人でどこへでも行けるようになってほっとした。
見ても何もわからない、何も感じない。綺麗以上の感想は出てこない。百々人の書いた絵は、我が子の絵として素晴らしいとは思うが、世間に評価される芸術価値は理解できない。百々人が与えられたその賞の権威でしか、その絵の価値を理解できない。母さんの告白はまあひどいものだったけど、僕を納得させるには十分だった。それより母さんの顔を覆った両手から涙が溢れて、それを見ていられなかった。この人をここまで追い詰めたのは僕だ。好きなことを好きにやって、そのくせ結果は出せなくて。呆然とした。
絵を描く。何かを作るのは自分のために、自分の自由な意思の表明のために。そしてその副産物として権威ある賞をもらおう。芸術そのものの美しさをわからない母にもわかるように。一番になろう。勉強でも運動でも、絵でも。母さんにもその価値が、僕の価値が、はっきりわかるように。
母さんをソファに座らせ、ウォーターサーバーから水を汲んできて飲ませる。それを横目に父さんの北海道土産のチョコを一箱開けて一息。ポテトチップスにチョコレートをかけたそれは、普段だったら夕食前に食べることはないだろう。美味しい。余裕で完食して手を洗いにキッチンに戻り、母さんはその間になんとか1杯の水を飲み切った。おかわりを汲んで手渡す。自分の失言を後悔しているのか、可哀想なくらい真っ青になって震えていた。母が。僕が中学生になってから仕事量を戻し、大手企業で出世街道を邁進している母。父さんから母の仕事ぶりを聞いた時は本当に驚いた。だって家にいる母とは別人だ。その理由がようやくわかった。
「無理に褒めなくていいよ」
客観的に見て僕は手のかかる子供だった。両親は塾も水泳も絵画教室もなんでもやらせてくれた。忙しい中宿題を見てくれるし、運動会の応援にきてくれる。小学1年生の夏休み、読書感想文の書き方がわからなくて何度も投げ出しそうになって、「書き方なんてないよ」「思った通りに自由に書いていいんだよ」と宥められてなんとか完成させた。いろんなことに時間とお金をかけてもらったおかげでいくつかは賞を取れた。でもどれも一番にはなれない。父は昔、絵も俳句も自由研究も得意だったらしい。母は、勉強も運動もずっと一番だった。満点を取れば1番になれるでしょと僕の95点のテストを見て言った。もちろんふたりの苦手なことも知っている、父はコミュニケーションが苦手で他人の仕事も転勤も断れない。母は料理が苦手。それから美術も。
「絵が苦手なの知ってるから、無理に褒めなくていいよ」
冷たい声が出た。そんなつもりじゃなかったのに。唇を噛む。苦手なのはとっくに知ってる、隠さなくていいよ。そう言いたかったのに。賞状を受け取った時の顔、取り繕えていなかったよ。「入賞か、なんて褒めたらいいんだ」って思ってる顔をした。勉強や水泳は褒めてくれる、でも美術は父さん任せ。
母さんはその後、泣きながら「上手に褒めてあげられなくて、ごめんなさい」と僕に謝った。料理は美味しく作れない、絵を見てもかける言葉がわからない。料理はまあ……毎日食べてたら自信がないのはわかるし、絵だってとっくに知ってたよ。
美術館の年間パスポートはいくつも買ってくれた。どこも最初の1回は一緒に入ってくれたけど、2回目以降は絶対ついて来なかった。父さんと3人で出かけても、美術館の入り口で「これ以上先に進めない」とでも言うように立ち止まる。結界でも貼ってあるのかと言うくらい、足がその先に進まない、母。いつしかついてこなくなって僕を美術館に連れて行くのはは父の担当になった。好きじゃないんだろうなって子供の僕でもわかった。中学生になってからは1人でどこへでも行けるようになってほっとした。
見ても何もわからない、何も感じない。綺麗以上の感想は出てこない。百々人の書いた絵は、我が子の絵として素晴らしいとは思うが、世間に評価される芸術価値は理解できない。百々人が与えられたその賞の権威でしか、その絵の価値を理解できない。母さんの告白はまあひどいものだったけど、僕を納得させるには十分だった。それより母さんの顔を覆った両手から涙が溢れて、それを見ていられなかった。この人をここまで追い詰めたのは僕だ。好きなことを好きにやって、そのくせ結果は出せなくて。呆然とした。
絵を描く。何かを作るのは自分のために、自分の自由な意思の表明のために。そしてその副産物として権威ある賞をもらおう。芸術そのものの美しさをわからない母にもわかるように。一番になろう。勉強でも運動でも、絵でも。母さんにもその価値が、僕の価値が、はっきりわかるように。
