C.FIRST
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事務所のソファは誰が座ってもいい。宿題、台本読み、ゲーム、内緒話、昼寝、みんな好き勝手使っている。長ソファには鋭心が、珍しくひとりで座っていた。次のドラマの台本を片手に、しかし全然集中できていない様子。役作りに没頭するでもなく、シナリオを考察するでもなく、紙の台本の端が折れ曲がったのを執拗に触る。そろそろ休憩させようかと、後ろから声をかけた。
「お疲れ様。休憩しませんか?」
「プロデューサー」
「お茶でもいかが?お菓子の買い置きはちょっと切らしているから、事務所に送ってもらったチョコを各自とかなんだけど」
「ああ、休憩にしよう。チョコレートならたくさんあるし、お前にも分けてやれる……お前もずいぶんもらったようだ。アイドルからか?」
鋭心は私が腕に下げた紙袋を見て目を丸くした。アイドルの皆には到底及ばないが、これが一般高校生だったら大モテ判定だろう。大きな紙袋には毎年ありがたいことにたくさんチョコが入っている。
「いや、事務所の皆様宛でファンの方から毎年いただくんだ。賢くんたちと分けてる。それに今年は……」
鋭心はかばんからチョコレートの箱を一つ取り出す。たくさんもらっているのはチェック作業を今年もしたから知っている。わずかに口が緩み、揶揄うような顔。揶揄われているのだが。
「今年はプロデューサーからのチョコはもらえないらしいな。皆が残念がっていた」
「うん、今年はアイドルのみんなからも貰わない約束だよ。事務所に送ってもらった分を大事に食べてね」
「ああ、そのつもりだ」
ヤカンのお湯でポットとカップを温める。この時期は流石に寒過ぎて抽出に時間がかかるので温めている。鋭心が手伝おうと申し出たが、紅茶を淹れる熱湯は100度近いので断った。不満そうな顔だが、これが秀でも百々人でも断っている。
「天ヶ瀬さんだったら?」
「冬馬だったら?」
「手伝ってもらうのか?」
「あー、そうだね。手伝ってもらうかな……それか冬馬が知らないうちに淹れてくれて、休憩しろ!って言われることが多いかな」
「そうか」
……ちょっと変な空気。なんで?鋭心は静かにカップのお湯を捨てる。私がやるって言ったのに。やけどでもされたら困る。
「私からのチョコはないけどさ、代わりにパーティーやるからね。当日じゃないけど」
「バレンタイン・パーティーだったか?」
「そう。パーティーっていうか、バレンタインにかこつけた食事会だけど」
「この事務所のやつらは本当に食事が好きだな」
「ね。鋭心は……何チームだっけ」
「団子だ。桜庭さんが未成年が多いからといろいろ考えて決めてくれたらしい。俺はその会議に参加しなかったが……」
「そうか、賢いな……」
「何がだ?」
紅茶はちょうど良さそうな色になったのでそれぞれのカップに注ぎ入れる。時間を測るべきなのだろうが、めんどくさ過ぎて勘で淹れてしまう。味がすればいい、あとは匂いも少々。鋭心の緑の目が探るように私をじっと見る。これはそんなに真面目な話じゃないのだが。
「団子は事前に準備できて、おいしくてパーティーの間は面倒見なくていいでしょ。麗さんのところも輝さんと相談してフルーツポンチにしたんだって。試作見せてもらったけどキラキラで美味しそうだった」
「なるほど」
「で。私、チョコフォンデュ係なの。並びに来てね」
「チョコフォンデュ係?」
鋭心が怪訝そうに聞き返す。忙しくて今度のパーティーの全貌を把握していないアイドルも多い。学校行事と仕事に追われていた鋭心もその1人だろう。ソファに移動してそれぞれチョコレートの箱を取り出す。私はパーティーの企画書も。
「串に刺したバナナとかいちごにチョコつけてあげるの。四季に『チョコない代わりにせめて!』って言われて、そのまま決まっちゃった。当日はずっとフォンデュの鍋に張り付いてる予定だから、構いに来てね」
「そうか。お前からのチョコならば百々人が喜びそうだ」
「そうかな……鋭心は?勿論荘一郎が腕を振るったスイーツもたくさん並ぶからお楽しみにね」
「俺は……そうだな、俺も楽しみにしている」
パーティー会場の予定図を見せると鋭心からも感嘆のため息。団子フルーツポンチおにぎりケーキ肉カレーマグロ丼スイーツビュッフェ……他に飲み物とオードブル的なものも頼んである。
いつもこの手のイベントでは出張ラーメンで大活躍の道流も、今回は漬けマグロ丼屋さんになった。パーティーの間手が空くように、同じチームの誠司さんとクリスさんも考えたのだろう。本人はマグロ屋さんに大張り切りで「薬味と出汁も用意したんで、師匠!お茶漬けできるっすよ!お楽しみに!」とのことだが、事前準備と冷蔵設備のおかげでパーティーの間付きっきりにならなくて済む。年上2人が道流の負担が少ないようにと考えてくれたおかげ。
「カレーチームもセルフサービス。てなわけで、当日担当メニューに付きっきりなのは私だけ……」
「各チーム、当日の仕事が最低限になるようかなり調整してくれた。桜庭さんもかなり準備に手慣れているようだ」
「そりゃ薫さんは何回もやってるし……それに鋭心のチームは未成年が多いからね、大人に甘えて良し」
チョコレートの外装を剥がして、スタンダートそうなものから一粒口に運ぶ。向かいに座った鋭心も缶を開けて見た目も美しいチョコレートを摘む。どれにしようかと選ぶ様子も見せず、迷わず端から。落ち着いた様子は大人っぽく見えるが、無心で咀嚼するところはリスっぽいなと前から思っている。リスカフェとかないのかな……ドッグカフェやハムスターカフェに続き、リスカフェ。いいかもしれない。休憩終わったら調べてみよう。
「なるべく負担の少ないようにと気を遣われているのは感じている。桜庭さんだけでなく、勿論お前からも」
「そりゃ映画の慰労会も兼ねてるからね……未成年多いと調理監督も大変だし、事前に準備できるなら済ませちゃって、パーティー本番はゆっくり美味しいもの食べたいでしょ」
「ああ、そうだな」
「……あ、今の忘れて」
意識が仕事に逸れて、口が緩んだ。うっかりとしか言いようがない。直接的なワード、「映画」は避けてきたのだが……こんなアイドルからの誘導尋問に引っかかるようなミスしたのは新人以来。鋭心の顔を恐る恐る伺うと、私の言葉を引き出して、満足というか不満というか、「やっと言ったか」みたいな顔をしている。プロデューサーを陥れるなんてとんでもない役者だ。
「お前にとって映画の話は禁句か?」
「そんなことはないけど……さっきだいぶ変だったよ。集中できていなかったみたいだし」
「集中していなかったのは事実だが……一応役は役だと割り切ってるつもりだ。それに俺が演じた役が過ちを犯した時、俺は同じ過ちは犯すまいと再確認できる」
「ごめん、無理にそういうこと言わせようとか、そういうつもりじゃなくて!」
慌ててソファから立ち上がり、チョコレートを飲み込む。鋭心は至って冷静な様子で私を席に戻す。緑の瞳は、いつも何を考えているかわからない。
「わかってる、今回も単に大きな仕事の慰労会なんだろう」
「そうだよ。でも、美味しい食事を楽しんでもらいたいし、無理しないでほしいのも本当」
「ここの事務所のやつらは本当に皆で食事をするのがすきだな。特にお前は、この前の焼肉といい……」
映画のクランクアップが同日だった冬馬と鋭心、それから涼を連れて焼肉を食べたのはしばらく前のことだ。それぞれクライマックスシーンも撮って疲れているだろうし、役柄的にもどうかと思って「今日はまっすぐ帰る?」と尋ねたら3人とも腹ペコとのことで焼肉に連れて行った。頑張ったね、お疲れ様の気持ちを込めて張り切って肉焼き係を務めさせていただき、3人とも本当に腹ペコだったようでたくさん食べた。彼ら以外のクランクアップに立ち会った時も「いっぱい叫んでお腹すいちゃった」「何か美味しいもの食べたいな」「今日くらいは一緒にお酒飲もうよ」とささやかな打ち上げを希望するアイドルは多かった。難しいシーンも多かっただろうが、お腹いっぱい食べた後はいつもの笑顔を取り戻す。確かにうちの事務所の人たちは集まって美味しいものを食べるのが好きだ。
……でもちょっとウザかったかな?クラファはハイジョなんかと違う意味でイマドキの高校生だから、うちの事務所の仲良しな雰囲気や独特のノリにはたまにびっくりしたり気圧されたりしている。
「……鋭心は?焼肉楽しかった?みんなで食事するの嫌いじゃない?」
「ああ、嫌いじゃない……そんな顔をするな。結構好きだと思う」
2個目のチョコレートをつかんだまま話していたので、鋭心がそれを口に入れろと促す。それどころじゃないのだが、とそのまま話そうとすると、右手を掴まれて開いた口に突っ込まれる。奥歯でビターチョコを砕くと中身はフランボワーズ。きっと赤い汁が口の中には広がっているのだろう。
「んぐ、本当はイヤな時ははっきりイヤって、大丈夫じゃない時に大丈夫じゃないよって、言ってもらえるようになりたいんだ。こんなの直接言ってるようじゃまだまだ無理だろうけど……」
「俺は結構はっきり言っている方だと思うが……」
「なんていうかもっと、その……もっと頼って欲しいんだ」
「頼って……」
鋭心は指を顎に添えて悩む様子を見せる。これ、休憩しようって時の話題じゃなかったかもしれない。のんびりチョコレートを食べてリフレッシュのつもりだったのに、鋭心の誘導尋問と私のうっかりのせいだ。
「それは……難しいかもしれないな」
「そ、そうですよね……」
「何か勘違いしていないか?」
緑の目が私を捉える。初めて声をかけた時からこの目で見られると弱い。一端の社会人、あるいは歴戦のプロデューサーとしては情けないことに、怯んでしまう。私に何を求めているのかわからない。あまりにも長いことじっと見られると、悪い事なんて何もしてないのに、終いにはごめんなさいとか口走りそうになる。
「俺はお前に頼られるようになりたい」
「は……」
「この事務所は圧倒的に人手不足だ。それ故にアイドルそれぞれに自主性を委ねられ、新人であっても個人やユニットで判断し自由に動けることも多い。勉強になるし、俺達3人にもそのやり方は合っていると思う。何より俺は、朝から晩まで駆けずり回っているお前をどうにかしたい」
「どうにかって……」
「どう見ても働き過ぎだろう」
「は、働きすぎというか、働くのが好きというか……私の手が回らないことも多く、事務所の皆さんにはいつも助けてもらって申し訳ないというか……」
「そうか。新人には仕事を頼みづらいだろう、お前の気持ちもわからなくない」
「んぐ……」
申し開きのしようもない。気分は項垂れて判決を待つ罪人。鋭心がふうとため息をつき、腕を組むのが視界の端に映る。重々しく、演技をするような仕草で判決が下される。
「まずは手始めに……」
「て、手始めに」
「当日はマグロ丼を持って行ってやろう。もちろん出汁をたっぷりかけて」
「はあ……」
鋭心は至って真面目な顔をしているが、これが本気なのか演技なのか、ちょっと解りかねる。明るい緑の目は私をじっと見る。何を求めているのか、どんな言葉をかけるべきか。アイドルとそれ以外の人間の間には、常に他人同士という言葉では括れないほどの隔りがあり、言葉選びにはいつも苦心する。言葉を発する前に、息を吸って。
「じゃあ、チョコフォンデュと引き換えだね。マグロ茶漬け、楽しみにしてる」
「ああ、俺も楽しみにしている。お前が、いつか息をするように、真っ先に。俺を頼る日が来ることを」
やっぱりこれ、揶揄われてるな。鋭心は微妙な顔の私に視線を送り、それから満足そうに次のチョコレートに手を伸ばした。
「お疲れ様。休憩しませんか?」
「プロデューサー」
「お茶でもいかが?お菓子の買い置きはちょっと切らしているから、事務所に送ってもらったチョコを各自とかなんだけど」
「ああ、休憩にしよう。チョコレートならたくさんあるし、お前にも分けてやれる……お前もずいぶんもらったようだ。アイドルからか?」
鋭心は私が腕に下げた紙袋を見て目を丸くした。アイドルの皆には到底及ばないが、これが一般高校生だったら大モテ判定だろう。大きな紙袋には毎年ありがたいことにたくさんチョコが入っている。
「いや、事務所の皆様宛でファンの方から毎年いただくんだ。賢くんたちと分けてる。それに今年は……」
鋭心はかばんからチョコレートの箱を一つ取り出す。たくさんもらっているのはチェック作業を今年もしたから知っている。わずかに口が緩み、揶揄うような顔。揶揄われているのだが。
「今年はプロデューサーからのチョコはもらえないらしいな。皆が残念がっていた」
「うん、今年はアイドルのみんなからも貰わない約束だよ。事務所に送ってもらった分を大事に食べてね」
「ああ、そのつもりだ」
ヤカンのお湯でポットとカップを温める。この時期は流石に寒過ぎて抽出に時間がかかるので温めている。鋭心が手伝おうと申し出たが、紅茶を淹れる熱湯は100度近いので断った。不満そうな顔だが、これが秀でも百々人でも断っている。
「天ヶ瀬さんだったら?」
「冬馬だったら?」
「手伝ってもらうのか?」
「あー、そうだね。手伝ってもらうかな……それか冬馬が知らないうちに淹れてくれて、休憩しろ!って言われることが多いかな」
「そうか」
……ちょっと変な空気。なんで?鋭心は静かにカップのお湯を捨てる。私がやるって言ったのに。やけどでもされたら困る。
「私からのチョコはないけどさ、代わりにパーティーやるからね。当日じゃないけど」
「バレンタイン・パーティーだったか?」
「そう。パーティーっていうか、バレンタインにかこつけた食事会だけど」
「この事務所のやつらは本当に食事が好きだな」
「ね。鋭心は……何チームだっけ」
「団子だ。桜庭さんが未成年が多いからといろいろ考えて決めてくれたらしい。俺はその会議に参加しなかったが……」
「そうか、賢いな……」
「何がだ?」
紅茶はちょうど良さそうな色になったのでそれぞれのカップに注ぎ入れる。時間を測るべきなのだろうが、めんどくさ過ぎて勘で淹れてしまう。味がすればいい、あとは匂いも少々。鋭心の緑の目が探るように私をじっと見る。これはそんなに真面目な話じゃないのだが。
「団子は事前に準備できて、おいしくてパーティーの間は面倒見なくていいでしょ。麗さんのところも輝さんと相談してフルーツポンチにしたんだって。試作見せてもらったけどキラキラで美味しそうだった」
「なるほど」
「で。私、チョコフォンデュ係なの。並びに来てね」
「チョコフォンデュ係?」
鋭心が怪訝そうに聞き返す。忙しくて今度のパーティーの全貌を把握していないアイドルも多い。学校行事と仕事に追われていた鋭心もその1人だろう。ソファに移動してそれぞれチョコレートの箱を取り出す。私はパーティーの企画書も。
「串に刺したバナナとかいちごにチョコつけてあげるの。四季に『チョコない代わりにせめて!』って言われて、そのまま決まっちゃった。当日はずっとフォンデュの鍋に張り付いてる予定だから、構いに来てね」
「そうか。お前からのチョコならば百々人が喜びそうだ」
「そうかな……鋭心は?勿論荘一郎が腕を振るったスイーツもたくさん並ぶからお楽しみにね」
「俺は……そうだな、俺も楽しみにしている」
パーティー会場の予定図を見せると鋭心からも感嘆のため息。団子フルーツポンチおにぎりケーキ肉カレーマグロ丼スイーツビュッフェ……他に飲み物とオードブル的なものも頼んである。
いつもこの手のイベントでは出張ラーメンで大活躍の道流も、今回は漬けマグロ丼屋さんになった。パーティーの間手が空くように、同じチームの誠司さんとクリスさんも考えたのだろう。本人はマグロ屋さんに大張り切りで「薬味と出汁も用意したんで、師匠!お茶漬けできるっすよ!お楽しみに!」とのことだが、事前準備と冷蔵設備のおかげでパーティーの間付きっきりにならなくて済む。年上2人が道流の負担が少ないようにと考えてくれたおかげ。
「カレーチームもセルフサービス。てなわけで、当日担当メニューに付きっきりなのは私だけ……」
「各チーム、当日の仕事が最低限になるようかなり調整してくれた。桜庭さんもかなり準備に手慣れているようだ」
「そりゃ薫さんは何回もやってるし……それに鋭心のチームは未成年が多いからね、大人に甘えて良し」
チョコレートの外装を剥がして、スタンダートそうなものから一粒口に運ぶ。向かいに座った鋭心も缶を開けて見た目も美しいチョコレートを摘む。どれにしようかと選ぶ様子も見せず、迷わず端から。落ち着いた様子は大人っぽく見えるが、無心で咀嚼するところはリスっぽいなと前から思っている。リスカフェとかないのかな……ドッグカフェやハムスターカフェに続き、リスカフェ。いいかもしれない。休憩終わったら調べてみよう。
「なるべく負担の少ないようにと気を遣われているのは感じている。桜庭さんだけでなく、勿論お前からも」
「そりゃ映画の慰労会も兼ねてるからね……未成年多いと調理監督も大変だし、事前に準備できるなら済ませちゃって、パーティー本番はゆっくり美味しいもの食べたいでしょ」
「ああ、そうだな」
「……あ、今の忘れて」
意識が仕事に逸れて、口が緩んだ。うっかりとしか言いようがない。直接的なワード、「映画」は避けてきたのだが……こんなアイドルからの誘導尋問に引っかかるようなミスしたのは新人以来。鋭心の顔を恐る恐る伺うと、私の言葉を引き出して、満足というか不満というか、「やっと言ったか」みたいな顔をしている。プロデューサーを陥れるなんてとんでもない役者だ。
「お前にとって映画の話は禁句か?」
「そんなことはないけど……さっきだいぶ変だったよ。集中できていなかったみたいだし」
「集中していなかったのは事実だが……一応役は役だと割り切ってるつもりだ。それに俺が演じた役が過ちを犯した時、俺は同じ過ちは犯すまいと再確認できる」
「ごめん、無理にそういうこと言わせようとか、そういうつもりじゃなくて!」
慌ててソファから立ち上がり、チョコレートを飲み込む。鋭心は至って冷静な様子で私を席に戻す。緑の瞳は、いつも何を考えているかわからない。
「わかってる、今回も単に大きな仕事の慰労会なんだろう」
「そうだよ。でも、美味しい食事を楽しんでもらいたいし、無理しないでほしいのも本当」
「ここの事務所のやつらは本当に皆で食事をするのがすきだな。特にお前は、この前の焼肉といい……」
映画のクランクアップが同日だった冬馬と鋭心、それから涼を連れて焼肉を食べたのはしばらく前のことだ。それぞれクライマックスシーンも撮って疲れているだろうし、役柄的にもどうかと思って「今日はまっすぐ帰る?」と尋ねたら3人とも腹ペコとのことで焼肉に連れて行った。頑張ったね、お疲れ様の気持ちを込めて張り切って肉焼き係を務めさせていただき、3人とも本当に腹ペコだったようでたくさん食べた。彼ら以外のクランクアップに立ち会った時も「いっぱい叫んでお腹すいちゃった」「何か美味しいもの食べたいな」「今日くらいは一緒にお酒飲もうよ」とささやかな打ち上げを希望するアイドルは多かった。難しいシーンも多かっただろうが、お腹いっぱい食べた後はいつもの笑顔を取り戻す。確かにうちの事務所の人たちは集まって美味しいものを食べるのが好きだ。
……でもちょっとウザかったかな?クラファはハイジョなんかと違う意味でイマドキの高校生だから、うちの事務所の仲良しな雰囲気や独特のノリにはたまにびっくりしたり気圧されたりしている。
「……鋭心は?焼肉楽しかった?みんなで食事するの嫌いじゃない?」
「ああ、嫌いじゃない……そんな顔をするな。結構好きだと思う」
2個目のチョコレートをつかんだまま話していたので、鋭心がそれを口に入れろと促す。それどころじゃないのだが、とそのまま話そうとすると、右手を掴まれて開いた口に突っ込まれる。奥歯でビターチョコを砕くと中身はフランボワーズ。きっと赤い汁が口の中には広がっているのだろう。
「んぐ、本当はイヤな時ははっきりイヤって、大丈夫じゃない時に大丈夫じゃないよって、言ってもらえるようになりたいんだ。こんなの直接言ってるようじゃまだまだ無理だろうけど……」
「俺は結構はっきり言っている方だと思うが……」
「なんていうかもっと、その……もっと頼って欲しいんだ」
「頼って……」
鋭心は指を顎に添えて悩む様子を見せる。これ、休憩しようって時の話題じゃなかったかもしれない。のんびりチョコレートを食べてリフレッシュのつもりだったのに、鋭心の誘導尋問と私のうっかりのせいだ。
「それは……難しいかもしれないな」
「そ、そうですよね……」
「何か勘違いしていないか?」
緑の目が私を捉える。初めて声をかけた時からこの目で見られると弱い。一端の社会人、あるいは歴戦のプロデューサーとしては情けないことに、怯んでしまう。私に何を求めているのかわからない。あまりにも長いことじっと見られると、悪い事なんて何もしてないのに、終いにはごめんなさいとか口走りそうになる。
「俺はお前に頼られるようになりたい」
「は……」
「この事務所は圧倒的に人手不足だ。それ故にアイドルそれぞれに自主性を委ねられ、新人であっても個人やユニットで判断し自由に動けることも多い。勉強になるし、俺達3人にもそのやり方は合っていると思う。何より俺は、朝から晩まで駆けずり回っているお前をどうにかしたい」
「どうにかって……」
「どう見ても働き過ぎだろう」
「は、働きすぎというか、働くのが好きというか……私の手が回らないことも多く、事務所の皆さんにはいつも助けてもらって申し訳ないというか……」
「そうか。新人には仕事を頼みづらいだろう、お前の気持ちもわからなくない」
「んぐ……」
申し開きのしようもない。気分は項垂れて判決を待つ罪人。鋭心がふうとため息をつき、腕を組むのが視界の端に映る。重々しく、演技をするような仕草で判決が下される。
「まずは手始めに……」
「て、手始めに」
「当日はマグロ丼を持って行ってやろう。もちろん出汁をたっぷりかけて」
「はあ……」
鋭心は至って真面目な顔をしているが、これが本気なのか演技なのか、ちょっと解りかねる。明るい緑の目は私をじっと見る。何を求めているのか、どんな言葉をかけるべきか。アイドルとそれ以外の人間の間には、常に他人同士という言葉では括れないほどの隔りがあり、言葉選びにはいつも苦心する。言葉を発する前に、息を吸って。
「じゃあ、チョコフォンデュと引き換えだね。マグロ茶漬け、楽しみにしてる」
「ああ、俺も楽しみにしている。お前が、いつか息をするように、真っ先に。俺を頼る日が来ることを」
やっぱりこれ、揶揄われてるな。鋭心は微妙な顔の私に視線を送り、それから満足そうに次のチョコレートに手を伸ばした。
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