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冬馬が見るからにソワソワしている。クリスマスパーティーはジュピター3人だけの秘密の前哨戦を経て、事務所総出の本開催もすでに終えた。年内残りの仕事はいくつあるのか指折り数える。今年はかなり絞ったから、事務所内の動画と生放送の番宣だけだ。
「何ソワソワしてるの?座ったら」
冬馬は私の声にバッと振り向いて、「お、おう」なんていそいそとソファに座った。こちらをチラっと見て、どうやら話がある様子。コーヒーでもいれてあげようかな。
コーヒーを落とす間、背後では冬馬が立ち上がってうろうろソワソワする気配。自分のカップを出してきたあとも、落ち着きがない。何があったっけ?プライベートの予定は何も聞いてない。ちがう、今年の休みはお父様と都合を合わせて家族水入らずで食事の予定って聞いた。それは確か年が明けてから。
「コーヒーどうぞ」
「……サンキュ」
じっと目を合わせてくるのに、顔はちょっと不満げ。何か私忘れてる?入所記念日?初めて会った記念日?何か約束してた?全然思い出せない。
「私、何か忘れてる?」
「スノーフレークリリパット」
「ギクッ!!!!」
あぶな、コーヒーこぼすところだった。スノーフレークリリパットの件!?!?想定外!先日終わったスノーフレークリリパットをモチーフにした衣装での撮影。巻緒を筆頭にうちの事務所からも何名か選出。冬馬もそこに参加していた。選出メンバーのリストを見て密かにガッツポーズをしたのは記憶に新しい。
「あんたあの衣装好きだっただろ」
「ま、まあね……」
「……なんだよその反応」
「あんまり私がはしゃくと嫌がるかなって」
「はあ?今まで散々騒いでたじゃねえか」
「ちょっと!」
だって!だって!冬馬が765とお揃いの衣装なんて、嬉しいに決まってるじゃん!私は元々765プロで仕事をしていて、こちらの事務所の立ち上げと前後して応援に入ってそのまま居着いた。かわいいフリフリ衣装やリボンは大好き。そして765プロとお揃いの衣装ともなれば、大はしゃぎするのも当然……記憶に新しいのはスターリー・フューチャーズ、胸元フリフリ大きなリボン腰はひらひらで試着時にかわいい!かっこいい〜!!を連発して、北斗と翔太を笑わせ、冬馬を大いに困らせた。その時の反省のつもりだったのだけど。
「全ッ然反応しないから、興味ないのかと思ったぜ」
「あるよ!だってスノフレだよ!?」
……冬馬は「喜んでもらえるかな」ってソワソワしていたってこと?私はモニョモニョとスノーフレークリリパットの良さを語る。冬っぽくて、フワフワで華やかでかわいいし、今時の流行りからしたらちょっと野暮ったいかもしれないけど、すっごく清楚って感じで冬の衣装だといちばん好き。冬馬たちが着用したバージョンもちゃんとフリフリひらひらで、いつもだったら絶対無い太もものフリフリとリボンとか、一部の人は居心地悪そうにしてたけどみんなすっごく似合ってた。
「”丸出し”の件もコメントねぇし……」
「まるだし!?」
「何想像してんだよ!!」
ここで引かれなくなったのも、時のなせる業かもしれない。冬馬と出会った当時私は「変態極悪事務所の変態プロデューサー見習い」だと思われていたわけで。あの冷めた視線も敵意も、今となっては懐かしい。
「あの衣装……あんた昔、『肩が丸出しで寒そう!!絶対屋外で着せる服じゃない!!』って騒いでただろ」
「え?」
「フェス対決の時だよ。前の事務所の頃」
「……そんなこと、よく覚えてるね」
騒いだかもしれない。前の事務所、というのはお互いの古巣のことだろう。各所で開催されるフェスにはアイドル達を度々出演させていたし、ソロで出演していた冬馬と当たったこともある。しかし当時の私はド新人。トラブルシューティングはお手のもので担当ユニットをIA大賞まで持ってった765の先輩と違い、担当アイドル達の喧嘩の仲裁に必死になっていた。怒涛の日々すぎて全然記憶がないが、どのフェスだろう。あの頃の冬馬はフェス荒らしとして界隈でも有名だったから、悪戦苦闘していたところを見られてたのは恥ずかしいな。
「俺らの衣装は肩も覆われてたから、あんたが何か言ったのかと」
「言ってないねえ……でも女の子のフワフワ衣装肩出しと男の人の肩丸出しフワフワ衣装はちょっと路線が違うから、当然っちゃ当然かもね」
「なんだよ、それ」
「華奢な雪歩ちゃんの肩が丸出しなのと冬馬のムキムキの肩丸出しなのは一緒にできないでしょ」
「ムキムキ……」
「ごめん、誠司さんに変えて。これは雪歩ちゃんと比べた話で、弊所の冬馬は別にムキムキ枠ではない」
「なんでだよ!どちらかといえば入れるだろ!」
「ジュピターのムキムキ枠を北斗から奪ってから言って」
「……」
分が悪くなった冬馬はコーヒーに手をつける。暖房の風でふよふよと髪が揺れる。心が安らぐ気がする。焚き火の火と同じでヒーリング効果がある。じきに論文も出るだろう。
「スノーフレークリリパットっていうのはさあ……」
「おう」
冬馬には日々呆れられてばかりだが、珍しく私のフリフリ衣装語りを聞いてくれるらしい。タブレットを引き寄せて、千早ちゃんの撮影データを呼び出す。かわいいの声が自然に漏れて、冬馬と目があった。思いの外うっとりした声が出て焦ったが、茶化すでもなくジッと見てくる。もしかしてこれってよく聞く犬猫に「かわいい」と言い続けると、「かわいい」イコール自分と認識する様になるやつ?もちろん千早ちゃんもかわいいけど冬馬もかわいいよ。
「まずさ、フワフワだよね。これでもか!とあしらわれたフワフワ。確かに315プロも毎年クリスマスとかフワフワの衣装があるけど、あれとはちょっと違うんだよね、まずフワフワの素材からしてさ……アスランさんの今年のバースデー衣装とかも柔らかいフワフワがふんだんにあしらわれてて良かった……見て!首も肩もフワフワ、手首も足首もフワフワ……フワフワ天国!随所にあしらわれたリボンも乙女感満載、そしてこれ!簡素なポンポン!簡素なところがいい。”時代”を感じますね〜あと袖の柄パターンもね!”時代”ですね〜!そして何より太もものレース!フリフリ!結んだおりぼん!かわいいのにセクシーですね〜!そしてこの全体のシルエット、モエモエですね〜!本当に唯一の欠点が寒そうってことだけ!」
タブレットに表示した千早ちゃんの撮影データを冬馬は「フーン」みたいな顔で見ていた。やばい、思いの外口が止まらなくて大はしゃぎで喋ってしまった。全然興味なさそう。あーあ、千早ちゃんだったら、わからないなりに真剣に聞いてくれるのに!セクシーとかモエモエとか言い出した時点で絶対零度の視線を浴びせられるけど……千早ちゃん、最近会ってないな。
少し前は事務所を跨いでユニット結成の仕事があったりしたから、久しぶりに一緒に仕事行ったりしたんだけど。初顔合わせの突貫ユニットでも上手くコミュニケーションを取り、圧倒的なパフォーマンスで周りを引っ張る姿は本当に頼もしくて、打ち合わせの時点で涙が出そうだった。千早ちゃん、元気かな……最近は専らテレビか事務所のSNSでしか見てない。あ〜あ、会いたいな。雪歩ちゃんも、貴音さんも……元気かな。みんなたまに会うとギュッてハグしてくれて、それから「元気でしたか?」「そっちはどうですか?」「いじめられてない?」「寂しくなったらいつでも遊びにいらっしゃい」って、優しい言葉をかけてくれる。たくさんの後輩に囲まれ慕われている姿を見るたびに誇らしく、愛おしく、少し寂しく、本当に大人になったなって思う。そりゃ昔は散々困らされたけど、今も昔も私は765のみんなのことが大好きなのだ。
「今他のやつのこと、考えてただろ」
「!」
冷たくも暖かくもない平坦な声のトーン。勢いよくタブレットに向けていた視線を上げると、呆れた様な冬馬の顔があった。言い訳を口にするよりも先に、指先が私に向けられる。ステージの上、カメラの前で見せる、アイドル天ヶ瀬冬馬の仕草だ。何が違うのか問われると私は未だそれを表す言葉を見つけられないけど、オフの時とははっきりと違う。目を引いて、私を惹きつけてやまない、圧倒的なオーラ。当然言い訳は許されず、私は口を開けたり閉じたり、冬馬の次の言葉を待つしかできない。
「あんたは昔からずっと765、765って他の事務所のやつのことばっかり」
「そ、それは……」
あまり聞くことのない突き放すような言葉に背筋が冷える。どうしよう、私あなたに見放されたら、もう。
「別にあんたに怒ってない。いつも言ってるだろ」
「そ、それはそれとしてだよ」
言葉の通り、冬馬は怒ってない。冬馬は私に本気で怒ることはない。私が揶揄ったりすればこら!ってムキになるけど、私相手に北斗や翔太とするみたいな喧嘩はしない。他のアイドル達を相手にするのとは明らかに違う、一定の距離を律儀に守ってきた。冬馬だけがずっと。
「あの、えっと私」
「最近はそんなことなくなった気がしてたんだけどな……」
「ごめん、今でも今も昔も765のみんなも、315プロのみんなも私の大事な人だよ」
「それは知ってる。俺が不満なだけだ」
「ふ、不満……」
「周りのやつらは気にしてないだろ。俺が、まだ……」
腕組みした手をもう片方の指先がなぞる。考え事をするように視線は逸れて、言葉は不自然に途切れる。私は言葉の続きを待った。
「……まあ、あんたがフラフラしてるのが嫌だってだけ。俺が」
「フラフラ……」
「今に俺にしか目が行かないようにしてやるからな」
声のトーンを明らかに変えて、冬馬は宣言する。私ときたら視線が逸らせない、言葉も紡げない。冬馬は765の子達に負けたくないって気持ちを、形を変えて今も持ってる。それは私もよく知ってる。春香とユニットを組んだ時、「今は同じユニットだけど、俺とお前はライバルでもあるから」と静かに宣言した、あの顔と声を覚えている。春香もそれを受け止めて頷いた。それは、ちゃんと彼女にも伝わってる。
「何年かかるか、賭けてもいいぜ?きっとすぐだけどな」
「あっ」
冬馬の手は指先を曲げて銃の形をとった。お馴染みのファンサービス。私が狼狽するのもお構いなしだ。私はアイドル達にやられるこれが苦手。幸い冬馬がやろうとすると周りに揶揄われてあまり上手くいかない、私へのファンサービス。今日は揶揄う仲間達はいない。狙いを定めて、心臓を捉える仕草。まずい、もうとっくに夢中なのに、これ以上心臓を撃たれたりしたら、本当の本当に……
「ちょっと、ダメ、ダメだって。いつも言ってるでしょ、そんなのされたら本当に好きになっちゃうんだって」
動揺する私を冬馬は揶揄いもせずに見ていた。不満そうな顔がフッと緩んで、満足そうな微笑を形作る。
「……覚悟しとけよ」
「何ソワソワしてるの?座ったら」
冬馬は私の声にバッと振り向いて、「お、おう」なんていそいそとソファに座った。こちらをチラっと見て、どうやら話がある様子。コーヒーでもいれてあげようかな。
コーヒーを落とす間、背後では冬馬が立ち上がってうろうろソワソワする気配。自分のカップを出してきたあとも、落ち着きがない。何があったっけ?プライベートの予定は何も聞いてない。ちがう、今年の休みはお父様と都合を合わせて家族水入らずで食事の予定って聞いた。それは確か年が明けてから。
「コーヒーどうぞ」
「……サンキュ」
じっと目を合わせてくるのに、顔はちょっと不満げ。何か私忘れてる?入所記念日?初めて会った記念日?何か約束してた?全然思い出せない。
「私、何か忘れてる?」
「スノーフレークリリパット」
「ギクッ!!!!」
あぶな、コーヒーこぼすところだった。スノーフレークリリパットの件!?!?想定外!先日終わったスノーフレークリリパットをモチーフにした衣装での撮影。巻緒を筆頭にうちの事務所からも何名か選出。冬馬もそこに参加していた。選出メンバーのリストを見て密かにガッツポーズをしたのは記憶に新しい。
「あんたあの衣装好きだっただろ」
「ま、まあね……」
「……なんだよその反応」
「あんまり私がはしゃくと嫌がるかなって」
「はあ?今まで散々騒いでたじゃねえか」
「ちょっと!」
だって!だって!冬馬が765とお揃いの衣装なんて、嬉しいに決まってるじゃん!私は元々765プロで仕事をしていて、こちらの事務所の立ち上げと前後して応援に入ってそのまま居着いた。かわいいフリフリ衣装やリボンは大好き。そして765プロとお揃いの衣装ともなれば、大はしゃぎするのも当然……記憶に新しいのはスターリー・フューチャーズ、胸元フリフリ大きなリボン腰はひらひらで試着時にかわいい!かっこいい〜!!を連発して、北斗と翔太を笑わせ、冬馬を大いに困らせた。その時の反省のつもりだったのだけど。
「全ッ然反応しないから、興味ないのかと思ったぜ」
「あるよ!だってスノフレだよ!?」
……冬馬は「喜んでもらえるかな」ってソワソワしていたってこと?私はモニョモニョとスノーフレークリリパットの良さを語る。冬っぽくて、フワフワで華やかでかわいいし、今時の流行りからしたらちょっと野暮ったいかもしれないけど、すっごく清楚って感じで冬の衣装だといちばん好き。冬馬たちが着用したバージョンもちゃんとフリフリひらひらで、いつもだったら絶対無い太もものフリフリとリボンとか、一部の人は居心地悪そうにしてたけどみんなすっごく似合ってた。
「”丸出し”の件もコメントねぇし……」
「まるだし!?」
「何想像してんだよ!!」
ここで引かれなくなったのも、時のなせる業かもしれない。冬馬と出会った当時私は「変態極悪事務所の変態プロデューサー見習い」だと思われていたわけで。あの冷めた視線も敵意も、今となっては懐かしい。
「あの衣装……あんた昔、『肩が丸出しで寒そう!!絶対屋外で着せる服じゃない!!』って騒いでただろ」
「え?」
「フェス対決の時だよ。前の事務所の頃」
「……そんなこと、よく覚えてるね」
騒いだかもしれない。前の事務所、というのはお互いの古巣のことだろう。各所で開催されるフェスにはアイドル達を度々出演させていたし、ソロで出演していた冬馬と当たったこともある。しかし当時の私はド新人。トラブルシューティングはお手のもので担当ユニットをIA大賞まで持ってった765の先輩と違い、担当アイドル達の喧嘩の仲裁に必死になっていた。怒涛の日々すぎて全然記憶がないが、どのフェスだろう。あの頃の冬馬はフェス荒らしとして界隈でも有名だったから、悪戦苦闘していたところを見られてたのは恥ずかしいな。
「俺らの衣装は肩も覆われてたから、あんたが何か言ったのかと」
「言ってないねえ……でも女の子のフワフワ衣装肩出しと男の人の肩丸出しフワフワ衣装はちょっと路線が違うから、当然っちゃ当然かもね」
「なんだよ、それ」
「華奢な雪歩ちゃんの肩が丸出しなのと冬馬のムキムキの肩丸出しなのは一緒にできないでしょ」
「ムキムキ……」
「ごめん、誠司さんに変えて。これは雪歩ちゃんと比べた話で、弊所の冬馬は別にムキムキ枠ではない」
「なんでだよ!どちらかといえば入れるだろ!」
「ジュピターのムキムキ枠を北斗から奪ってから言って」
「……」
分が悪くなった冬馬はコーヒーに手をつける。暖房の風でふよふよと髪が揺れる。心が安らぐ気がする。焚き火の火と同じでヒーリング効果がある。じきに論文も出るだろう。
「スノーフレークリリパットっていうのはさあ……」
「おう」
冬馬には日々呆れられてばかりだが、珍しく私のフリフリ衣装語りを聞いてくれるらしい。タブレットを引き寄せて、千早ちゃんの撮影データを呼び出す。かわいいの声が自然に漏れて、冬馬と目があった。思いの外うっとりした声が出て焦ったが、茶化すでもなくジッと見てくる。もしかしてこれってよく聞く犬猫に「かわいい」と言い続けると、「かわいい」イコール自分と認識する様になるやつ?もちろん千早ちゃんもかわいいけど冬馬もかわいいよ。
「まずさ、フワフワだよね。これでもか!とあしらわれたフワフワ。確かに315プロも毎年クリスマスとかフワフワの衣装があるけど、あれとはちょっと違うんだよね、まずフワフワの素材からしてさ……アスランさんの今年のバースデー衣装とかも柔らかいフワフワがふんだんにあしらわれてて良かった……見て!首も肩もフワフワ、手首も足首もフワフワ……フワフワ天国!随所にあしらわれたリボンも乙女感満載、そしてこれ!簡素なポンポン!簡素なところがいい。”時代”を感じますね〜あと袖の柄パターンもね!”時代”ですね〜!そして何より太もものレース!フリフリ!結んだおりぼん!かわいいのにセクシーですね〜!そしてこの全体のシルエット、モエモエですね〜!本当に唯一の欠点が寒そうってことだけ!」
タブレットに表示した千早ちゃんの撮影データを冬馬は「フーン」みたいな顔で見ていた。やばい、思いの外口が止まらなくて大はしゃぎで喋ってしまった。全然興味なさそう。あーあ、千早ちゃんだったら、わからないなりに真剣に聞いてくれるのに!セクシーとかモエモエとか言い出した時点で絶対零度の視線を浴びせられるけど……千早ちゃん、最近会ってないな。
少し前は事務所を跨いでユニット結成の仕事があったりしたから、久しぶりに一緒に仕事行ったりしたんだけど。初顔合わせの突貫ユニットでも上手くコミュニケーションを取り、圧倒的なパフォーマンスで周りを引っ張る姿は本当に頼もしくて、打ち合わせの時点で涙が出そうだった。千早ちゃん、元気かな……最近は専らテレビか事務所のSNSでしか見てない。あ〜あ、会いたいな。雪歩ちゃんも、貴音さんも……元気かな。みんなたまに会うとギュッてハグしてくれて、それから「元気でしたか?」「そっちはどうですか?」「いじめられてない?」「寂しくなったらいつでも遊びにいらっしゃい」って、優しい言葉をかけてくれる。たくさんの後輩に囲まれ慕われている姿を見るたびに誇らしく、愛おしく、少し寂しく、本当に大人になったなって思う。そりゃ昔は散々困らされたけど、今も昔も私は765のみんなのことが大好きなのだ。
「今他のやつのこと、考えてただろ」
「!」
冷たくも暖かくもない平坦な声のトーン。勢いよくタブレットに向けていた視線を上げると、呆れた様な冬馬の顔があった。言い訳を口にするよりも先に、指先が私に向けられる。ステージの上、カメラの前で見せる、アイドル天ヶ瀬冬馬の仕草だ。何が違うのか問われると私は未だそれを表す言葉を見つけられないけど、オフの時とははっきりと違う。目を引いて、私を惹きつけてやまない、圧倒的なオーラ。当然言い訳は許されず、私は口を開けたり閉じたり、冬馬の次の言葉を待つしかできない。
「あんたは昔からずっと765、765って他の事務所のやつのことばっかり」
「そ、それは……」
あまり聞くことのない突き放すような言葉に背筋が冷える。どうしよう、私あなたに見放されたら、もう。
「別にあんたに怒ってない。いつも言ってるだろ」
「そ、それはそれとしてだよ」
言葉の通り、冬馬は怒ってない。冬馬は私に本気で怒ることはない。私が揶揄ったりすればこら!ってムキになるけど、私相手に北斗や翔太とするみたいな喧嘩はしない。他のアイドル達を相手にするのとは明らかに違う、一定の距離を律儀に守ってきた。冬馬だけがずっと。
「あの、えっと私」
「最近はそんなことなくなった気がしてたんだけどな……」
「ごめん、今でも今も昔も765のみんなも、315プロのみんなも私の大事な人だよ」
「それは知ってる。俺が不満なだけだ」
「ふ、不満……」
「周りのやつらは気にしてないだろ。俺が、まだ……」
腕組みした手をもう片方の指先がなぞる。考え事をするように視線は逸れて、言葉は不自然に途切れる。私は言葉の続きを待った。
「……まあ、あんたがフラフラしてるのが嫌だってだけ。俺が」
「フラフラ……」
「今に俺にしか目が行かないようにしてやるからな」
声のトーンを明らかに変えて、冬馬は宣言する。私ときたら視線が逸らせない、言葉も紡げない。冬馬は765の子達に負けたくないって気持ちを、形を変えて今も持ってる。それは私もよく知ってる。春香とユニットを組んだ時、「今は同じユニットだけど、俺とお前はライバルでもあるから」と静かに宣言した、あの顔と声を覚えている。春香もそれを受け止めて頷いた。それは、ちゃんと彼女にも伝わってる。
「何年かかるか、賭けてもいいぜ?きっとすぐだけどな」
「あっ」
冬馬の手は指先を曲げて銃の形をとった。お馴染みのファンサービス。私が狼狽するのもお構いなしだ。私はアイドル達にやられるこれが苦手。幸い冬馬がやろうとすると周りに揶揄われてあまり上手くいかない、私へのファンサービス。今日は揶揄う仲間達はいない。狙いを定めて、心臓を捉える仕草。まずい、もうとっくに夢中なのに、これ以上心臓を撃たれたりしたら、本当の本当に……
「ちょっと、ダメ、ダメだって。いつも言ってるでしょ、そんなのされたら本当に好きになっちゃうんだって」
動揺する私を冬馬は揶揄いもせずに見ていた。不満そうな顔がフッと緩んで、満足そうな微笑を形作る。
「……覚悟しとけよ」
