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咲ちゃんが買ったもののあまり似合わなかったと言ってグロスをくれた。
朝に適当に塗って以来塗り直してなくて、すっかり色を失った口に咲ちゃんは文句も言わずに綺麗に時間をかけてグロスをつけてくれた。そうして最後にやっぱり似合ってた!と満足そうに頷いて、レッスンに向かった。咲ちゃんに何かお礼がしたいと思いながら私はまたパソコンに向き直る。
「なーににやにやしてるのー?」
「……」
咲ちゃんと入れ替わりで翔太がレッスンを終えたのを声だけで把握して、私は黙ってホワイトボードに貼られた翔太のマグネットを「レッスンルーム1」から「帰宅」に動かした。無自覚ににやにやしていたのがどうしようもなく恥ずかしく、グロスが塗られた唇を軽く噛んだ。仕事では使わない可愛くて甘い匂いのするコスメをかわいいかわいいアイドルに塗ってもらって浮かれてたのが14歳にもろバレなんて恥ずかしい……
マグネットを勝手に動かして早く帰れの意思表示をしたつもりだったけど、翔太はホワイトボードの前で屈んだ私の肩に顎を乗せて休憩した。肩が重い。
お腹空いたなあ~と甘えた声でいうので私は一番上の引き出しを開けておやつのキャラメルをひとつ翔太に握らせた。引き出しを開けたときには既に、私の右肩越しに手を伸ばしてパーの手が差し出されていたのだから、このかわいいアイドルのしたたかさといったらもう、見ての通りだ。しかも、キャラメルひとつじゃ追求を緩める気配は無し。
「……どうしてにやにやしてたの?」
「してません!ほら、マグネット帰宅にしちゃったから早く帰って」
「えー」
翔太はわざと顎をかくかくさせて嫌がらせをしてくるので、私は翔太のおでこを抑えて黙らせた。一向に反省しない翔太が耳に息を吹きかけて、背筋がゾワっとした。耳と肩と首が弱いので正直限界が近い。
「もう、翔太……」
「ん、名前さんなんか甘い匂いがする……?」
「?」
いい加減翔太を止めようと思って、ゆっくり左向きに振り向いて、それでその、触れた柔らかさは何だ?
目に入る映像と唇の触覚はこの上なく高精度なのに、私の頭だけが追いついてこない。い、いま、私、翔太?翔太と……???
「……名前さん、美味しい匂いがするね」
「ああ、そうかも……」
翔太が中指で自分の唇をなぞった。ベタベタになるよ、と言う前に翔太は触った指を見て嫌な顔をした。
「それでその、すっごくベタベタするんだけど」
「咲ちゃんがグロス塗ってくれたの」
「それかあ……」
ウェットティッシュをあげて、翔太がそれで手を拭いて、私は俯いてはみ出したグロスを指でとった。っていうかこの件で訴えられたらどうしよう……事故という言い訳は通用するのかな……
「ねえ名前さん」
「うん……」
「このこと、冬馬くんと北斗くんには黙っててくれる……?」
さっきまでなんてことない顔をしていたはずの翔太が、耳まで赤くして俯いたので、私は今度こそ頭が追いつかない。どうしよう。ほんとのほんとにどうしよう。どうやったら事故だと言い逃れられるのだろう、真っ青になる私をよそに翔太はもう何にも付いてないはずの口をもう一度中指でなぞった。
朝に適当に塗って以来塗り直してなくて、すっかり色を失った口に咲ちゃんは文句も言わずに綺麗に時間をかけてグロスをつけてくれた。そうして最後にやっぱり似合ってた!と満足そうに頷いて、レッスンに向かった。咲ちゃんに何かお礼がしたいと思いながら私はまたパソコンに向き直る。
「なーににやにやしてるのー?」
「……」
咲ちゃんと入れ替わりで翔太がレッスンを終えたのを声だけで把握して、私は黙ってホワイトボードに貼られた翔太のマグネットを「レッスンルーム1」から「帰宅」に動かした。無自覚ににやにやしていたのがどうしようもなく恥ずかしく、グロスが塗られた唇を軽く噛んだ。仕事では使わない可愛くて甘い匂いのするコスメをかわいいかわいいアイドルに塗ってもらって浮かれてたのが14歳にもろバレなんて恥ずかしい……
マグネットを勝手に動かして早く帰れの意思表示をしたつもりだったけど、翔太はホワイトボードの前で屈んだ私の肩に顎を乗せて休憩した。肩が重い。
お腹空いたなあ~と甘えた声でいうので私は一番上の引き出しを開けておやつのキャラメルをひとつ翔太に握らせた。引き出しを開けたときには既に、私の右肩越しに手を伸ばしてパーの手が差し出されていたのだから、このかわいいアイドルのしたたかさといったらもう、見ての通りだ。しかも、キャラメルひとつじゃ追求を緩める気配は無し。
「……どうしてにやにやしてたの?」
「してません!ほら、マグネット帰宅にしちゃったから早く帰って」
「えー」
翔太はわざと顎をかくかくさせて嫌がらせをしてくるので、私は翔太のおでこを抑えて黙らせた。一向に反省しない翔太が耳に息を吹きかけて、背筋がゾワっとした。耳と肩と首が弱いので正直限界が近い。
「もう、翔太……」
「ん、名前さんなんか甘い匂いがする……?」
「?」
いい加減翔太を止めようと思って、ゆっくり左向きに振り向いて、それでその、触れた柔らかさは何だ?
目に入る映像と唇の触覚はこの上なく高精度なのに、私の頭だけが追いついてこない。い、いま、私、翔太?翔太と……???
「……名前さん、美味しい匂いがするね」
「ああ、そうかも……」
翔太が中指で自分の唇をなぞった。ベタベタになるよ、と言う前に翔太は触った指を見て嫌な顔をした。
「それでその、すっごくベタベタするんだけど」
「咲ちゃんがグロス塗ってくれたの」
「それかあ……」
ウェットティッシュをあげて、翔太がそれで手を拭いて、私は俯いてはみ出したグロスを指でとった。っていうかこの件で訴えられたらどうしよう……事故という言い訳は通用するのかな……
「ねえ名前さん」
「うん……」
「このこと、冬馬くんと北斗くんには黙っててくれる……?」
さっきまでなんてことない顔をしていたはずの翔太が、耳まで赤くして俯いたので、私は今度こそ頭が追いつかない。どうしよう。ほんとのほんとにどうしよう。どうやったら事故だと言い逃れられるのだろう、真っ青になる私をよそに翔太はもう何にも付いてないはずの口をもう一度中指でなぞった。
