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白いバラの花と薄い青のリボンで彩られたドアを開けようとした時に、後ろから走ってきて追いついた翔太に「冬馬くんはダメだよ!」と笑いながら止められた。
「なんでだよ!」
「なんでって……プロデューサーさんの花嫁姿を見た冬馬くんが、誰にも見せたくなーい!って式の前に愛の逃避行したら困るからに決まってるじゃん」
「そうだよ、冬馬。花嫁のいない結婚式なんて、出席のしがいがないじゃないか」
「北斗まで……ったく式の間くらい静かにしてろよ」
いつも通りの2人に呆れて、入るぞと声をかけて返事を待ち、ドアを開けた。彼女の返事はいつもより緊張で強張っていた。
「冬馬、翔太、北斗も……」
鏡台からゆっくり振り向いた彼女は本当に綺麗だった。よそのアイドルたちをみてかわいいだとかきれいだとか思うことはあるけれど、何よりも綺麗だと思った。
「プロデューサーさん、結婚おめでとう!」
「結婚おめでとうございます。相手が羨ましいくらい、本当にきれいですよ」
「2人とも、本当にありがとう。ドレスも小物も、冬馬が選んでくれたから褒めてもらえて嬉しいな」
「えっ本当に冬馬くんが選んだの!?」
「悪いかよ」
真っ先に駆け寄った翔太、それから近寄って彼女を眺めた北斗と違って、俺はなんとなく近寄りがたくて少し離れたところで腕を組んでいた。765プロのライブを見た時にこの姿勢でいて、そのあとネットで散々取り上げられたのを思い出した。きっと今も、あの時みたいな仏頂面をしていることだろう。
「2人で外に出てる時に店の前を通ったんだよ。時間があったから、入っていくつか見せてもらってそれでドレスを決めて……」
優雅に広がるマーメイドライン、ふんわりとしたパフスリーブ、幾重にも重ねたシフォンのスカート、どれがいい?よければ選んでくれないかなと言われた時、頼まれたのだから一番似合うやつを選んでやろうと思った。その時は予想以上に凝り性を発揮してしまい、そのセンスを頼りにしたプロデューサーは結局全部俺の選ぶものを身につけることになった。せっかくの晴れ舞台なんだから、自分の好きなようにすればいいのにとは思ったけれど、頼られたのは素直に嬉しかった。
「プロデューサーさんの結婚式なんだから、冬馬くんが好きなのじゃなくてプロデューサーさんが好きなの着ればよかったのに」
「……自分ではなかなかかなって思ったんだけど、そんなに似合ってない?」
「ううん、すごくきれいだよ。本当に。ね、北斗くん」
「よく似合ってますよ、プロデューサー」
翔太も同じことを言ったけどプロデューサーはうまくかわした。
「せっかくだから一番私が素敵に見えるものを選んで欲しかったの。冬馬だけじゃなくて、北斗も翔太も自分や他の人の魅力をちゃんと理解してるでしょう?私はみんなの魅力や素敵なところは、みんな自身を除いた誰よりもわかる自身があるけど、自分のことはよくわからなかったから」
「そっかあ、冬馬くんならちゃんとプロデューサーさんがイチバンきれいに見えるの選べるもんね」
「そうそう。翔太や北斗に頼んだらまた違うものを選んでくれたんだろうなって思うけどね」
翔太の言葉にプロデューサーは首をかしげてスカートをちょっと持ち上げて得意げに笑って見せた。
「冬馬が選んだんだから、似合わないはずがないですよ」と北斗が笑いながら言うと翔太も笑った。ドレスに縫い付けられた宝石やビーズがキラキラと光っていた。
「翔太、そろそろ俺たちはいかないと」
「えっもうそんな時間!ごめんね、僕たち皆を手伝いに行かなきゃ」
「ありがとう、受付は戦力十分なはずだけど多分現場監督の輝さんたちは大変だと思うからフォローお願いね」
「任せて!ねえ、今日のプロデューサーさん、本当にきれいだよ。幸せになってね」
「一足先にウェディングドレス姿が見れてよかった。お幸せに」
じゃあ冬馬、冬馬くん、お先に!と2人は連れ立って部屋を出た。胸には淡いグリーンの生花が飾られているが、他のユニットの人たちも同じように淡いユニットカラーの花をつけて受付や案内、楽器の生演奏やらメッセージボード、現場の指揮など任された仕事をしているはずだ。頼りにしているプロデューサーの晴れ舞台ともあって、皆が幸せそうにしていた。
「冬馬、きてくれてありがとう」
彼女は微笑んで、噛みしめるように言った。
「いや、せっかく自分で選んだんだから先にチェックしておきたかったんだよ。いや一番最初に見たかったとかじゃなくて、あんたが落ち着きなく動き回ってひっかけたりしないか心配でだな、」
さっきまで黙り込んでいたのが嘘のように口が回る。
「冬馬」
彼女の静かな声についに俺は何も言えなくなって、視線を下げてつま先を見た。今日のためにピカピカに磨かれた靴、対照的に彼女のつま先はふんわりとしたスカートで隠されている。
今更見なくたって焼き付いている、自分が選んだウェディングドレス。膨らみすぎず、貧相でもない、絶妙な広がりと光沢のスカートには繊細なレースを惜しみなく重ね、一番綺麗に見えるよう絞られたウエスト、そこから胸元まで計算され尽くした刺繍、華奢さを引き立てるようなフレンチスリーブ、そして最後に柔らかなベールを被せたら、彼女は完璧な花嫁になる。
「冬馬、私結婚してもずっとずっと、仕事頑張るよ。子供はすぐにじゃなくていい、今はあなたが一番のアイドルになるのを応援したい。結婚したって、私は変わらずにいつまでもどこまでもあなたのプロデューサーでいたい」
「プロデューサー、」
耐えきれずに顔を上げると彼女は幸せそうな、泣きそうな顔をしていた。結婚式はこれからなのに、泣くにはまだ早い。俺の方が泣きたかった。これから先、どれだけ彼女がプロデューサーとして隣にいてくれるとわかっていても。顔を見られたくなくて、そっと「そろそろ時間だ」と言って、鏡台に置かれていたベールを被せた。
「似合ってるぜ、俺が選んだんだから当然だけどな」
「ありがとう、きっとあの人も喜ぶわ。冬馬が世界一綺麗に見えるように選んでくれたんだから」
あの人と、幸せそうなプロデューサーの口から聞いた途端俺は叫び出したいような逃げ出したいような気持ちになった。
あの人、彼女の恋人。今日彼女を貰い受ける人。俺が未だに苦手な人。俺が昔961プロにいた頃に翔太と北斗と共に負けた相手。
世界一綺麗だと褒めた相手は、自らの手で飾った彼女は、今日別の男のものになる。結婚を告げられてからずっと信じられなくて、認めようと必死になって、夜には「仕事が忙しくてすれ違って別れてしまえばいい」という気持ちでいっぱいになって、翌朝には自己嫌悪で死にたくなった。今日だって、呼吸がうまくできているかわからなかった。
「プロデューサー」
「うん」
必死で息を吸っても、当日なのに、翔太も北斗も笑顔で言ってのけた「お幸せに」の言葉がどんなに頑張ったって口から出てこなかった。事務所の皆が結婚が決まった時に次々浴びせたそのセリフを俺は一度も口にしなかった。内心結婚を認められないやつだっていただろうに、表面上はそうして祝ったはずなのに。
たいして、演技の仕事なら何度もした。彼女はずっと俺をアイドルとしての天ヶ瀬冬馬としてしか見てこなくて、彼女の望むアイドル天ヶ瀬冬馬ならなんなく「お幸せに」と微笑んで彼女の部屋を出るのだろう。
アイドルじゃない天ヶ瀬冬馬なら、好きだと告げてそのままイエスの返事を待たずに彼女の手をとって逃げだせたのだろうか。ベール越しの彼女の目を見つめてぼんやり思う。手をとってこの部屋から誰も知らない場所まで逃げても、彼女はきっとアイドルとしての天ヶ瀬冬馬しか見てくれないだろう。彼女にとって天ヶ瀬冬馬はどこまでもアイドルという認識で、男ですらないのかもしれなかった。
「冬馬?」
名前を呼ばれてもすぐには声が出なかった。
小物の1つ1つまで俺が選んだ、目の前の花嫁は全部わかって俺に選ばせたのかもしれなかった。カメラの前に立つ時みたいに息が苦しくて、手が震えた。
「プロデューサー、結婚おめでとう。どうか、幸せに……」
ゆっくりと彼女が瞬きして、俺を見つめた。
「ありがとう、きっと幸せになるわ。だって、私が知る限り一番のアイドルが仕立てた花嫁なんだもの」
その時、彼女から結婚を告げられてから頭の中でやまなかった、「仕事にかまけてすぐに別れてしまえばいい」という呪いの声がぴったり止まった。
「きっとじゃない。俺が選んだんだから、間違いなく、一番幸せな花嫁にしてもらえよ」
「そうだね。冬馬、本当にありがとう」
涙が出るほどに綺麗だった。他の顔の綺麗なアイドルなら星の数ほど知っていた。それでも、彼女が一番だった。
「なんでだよ!」
「なんでって……プロデューサーさんの花嫁姿を見た冬馬くんが、誰にも見せたくなーい!って式の前に愛の逃避行したら困るからに決まってるじゃん」
「そうだよ、冬馬。花嫁のいない結婚式なんて、出席のしがいがないじゃないか」
「北斗まで……ったく式の間くらい静かにしてろよ」
いつも通りの2人に呆れて、入るぞと声をかけて返事を待ち、ドアを開けた。彼女の返事はいつもより緊張で強張っていた。
「冬馬、翔太、北斗も……」
鏡台からゆっくり振り向いた彼女は本当に綺麗だった。よそのアイドルたちをみてかわいいだとかきれいだとか思うことはあるけれど、何よりも綺麗だと思った。
「プロデューサーさん、結婚おめでとう!」
「結婚おめでとうございます。相手が羨ましいくらい、本当にきれいですよ」
「2人とも、本当にありがとう。ドレスも小物も、冬馬が選んでくれたから褒めてもらえて嬉しいな」
「えっ本当に冬馬くんが選んだの!?」
「悪いかよ」
真っ先に駆け寄った翔太、それから近寄って彼女を眺めた北斗と違って、俺はなんとなく近寄りがたくて少し離れたところで腕を組んでいた。765プロのライブを見た時にこの姿勢でいて、そのあとネットで散々取り上げられたのを思い出した。きっと今も、あの時みたいな仏頂面をしていることだろう。
「2人で外に出てる時に店の前を通ったんだよ。時間があったから、入っていくつか見せてもらってそれでドレスを決めて……」
優雅に広がるマーメイドライン、ふんわりとしたパフスリーブ、幾重にも重ねたシフォンのスカート、どれがいい?よければ選んでくれないかなと言われた時、頼まれたのだから一番似合うやつを選んでやろうと思った。その時は予想以上に凝り性を発揮してしまい、そのセンスを頼りにしたプロデューサーは結局全部俺の選ぶものを身につけることになった。せっかくの晴れ舞台なんだから、自分の好きなようにすればいいのにとは思ったけれど、頼られたのは素直に嬉しかった。
「プロデューサーさんの結婚式なんだから、冬馬くんが好きなのじゃなくてプロデューサーさんが好きなの着ればよかったのに」
「……自分ではなかなかかなって思ったんだけど、そんなに似合ってない?」
「ううん、すごくきれいだよ。本当に。ね、北斗くん」
「よく似合ってますよ、プロデューサー」
翔太も同じことを言ったけどプロデューサーはうまくかわした。
「せっかくだから一番私が素敵に見えるものを選んで欲しかったの。冬馬だけじゃなくて、北斗も翔太も自分や他の人の魅力をちゃんと理解してるでしょう?私はみんなの魅力や素敵なところは、みんな自身を除いた誰よりもわかる自身があるけど、自分のことはよくわからなかったから」
「そっかあ、冬馬くんならちゃんとプロデューサーさんがイチバンきれいに見えるの選べるもんね」
「そうそう。翔太や北斗に頼んだらまた違うものを選んでくれたんだろうなって思うけどね」
翔太の言葉にプロデューサーは首をかしげてスカートをちょっと持ち上げて得意げに笑って見せた。
「冬馬が選んだんだから、似合わないはずがないですよ」と北斗が笑いながら言うと翔太も笑った。ドレスに縫い付けられた宝石やビーズがキラキラと光っていた。
「翔太、そろそろ俺たちはいかないと」
「えっもうそんな時間!ごめんね、僕たち皆を手伝いに行かなきゃ」
「ありがとう、受付は戦力十分なはずだけど多分現場監督の輝さんたちは大変だと思うからフォローお願いね」
「任せて!ねえ、今日のプロデューサーさん、本当にきれいだよ。幸せになってね」
「一足先にウェディングドレス姿が見れてよかった。お幸せに」
じゃあ冬馬、冬馬くん、お先に!と2人は連れ立って部屋を出た。胸には淡いグリーンの生花が飾られているが、他のユニットの人たちも同じように淡いユニットカラーの花をつけて受付や案内、楽器の生演奏やらメッセージボード、現場の指揮など任された仕事をしているはずだ。頼りにしているプロデューサーの晴れ舞台ともあって、皆が幸せそうにしていた。
「冬馬、きてくれてありがとう」
彼女は微笑んで、噛みしめるように言った。
「いや、せっかく自分で選んだんだから先にチェックしておきたかったんだよ。いや一番最初に見たかったとかじゃなくて、あんたが落ち着きなく動き回ってひっかけたりしないか心配でだな、」
さっきまで黙り込んでいたのが嘘のように口が回る。
「冬馬」
彼女の静かな声についに俺は何も言えなくなって、視線を下げてつま先を見た。今日のためにピカピカに磨かれた靴、対照的に彼女のつま先はふんわりとしたスカートで隠されている。
今更見なくたって焼き付いている、自分が選んだウェディングドレス。膨らみすぎず、貧相でもない、絶妙な広がりと光沢のスカートには繊細なレースを惜しみなく重ね、一番綺麗に見えるよう絞られたウエスト、そこから胸元まで計算され尽くした刺繍、華奢さを引き立てるようなフレンチスリーブ、そして最後に柔らかなベールを被せたら、彼女は完璧な花嫁になる。
「冬馬、私結婚してもずっとずっと、仕事頑張るよ。子供はすぐにじゃなくていい、今はあなたが一番のアイドルになるのを応援したい。結婚したって、私は変わらずにいつまでもどこまでもあなたのプロデューサーでいたい」
「プロデューサー、」
耐えきれずに顔を上げると彼女は幸せそうな、泣きそうな顔をしていた。結婚式はこれからなのに、泣くにはまだ早い。俺の方が泣きたかった。これから先、どれだけ彼女がプロデューサーとして隣にいてくれるとわかっていても。顔を見られたくなくて、そっと「そろそろ時間だ」と言って、鏡台に置かれていたベールを被せた。
「似合ってるぜ、俺が選んだんだから当然だけどな」
「ありがとう、きっとあの人も喜ぶわ。冬馬が世界一綺麗に見えるように選んでくれたんだから」
あの人と、幸せそうなプロデューサーの口から聞いた途端俺は叫び出したいような逃げ出したいような気持ちになった。
あの人、彼女の恋人。今日彼女を貰い受ける人。俺が未だに苦手な人。俺が昔961プロにいた頃に翔太と北斗と共に負けた相手。
世界一綺麗だと褒めた相手は、自らの手で飾った彼女は、今日別の男のものになる。結婚を告げられてからずっと信じられなくて、認めようと必死になって、夜には「仕事が忙しくてすれ違って別れてしまえばいい」という気持ちでいっぱいになって、翌朝には自己嫌悪で死にたくなった。今日だって、呼吸がうまくできているかわからなかった。
「プロデューサー」
「うん」
必死で息を吸っても、当日なのに、翔太も北斗も笑顔で言ってのけた「お幸せに」の言葉がどんなに頑張ったって口から出てこなかった。事務所の皆が結婚が決まった時に次々浴びせたそのセリフを俺は一度も口にしなかった。内心結婚を認められないやつだっていただろうに、表面上はそうして祝ったはずなのに。
たいして、演技の仕事なら何度もした。彼女はずっと俺をアイドルとしての天ヶ瀬冬馬としてしか見てこなくて、彼女の望むアイドル天ヶ瀬冬馬ならなんなく「お幸せに」と微笑んで彼女の部屋を出るのだろう。
アイドルじゃない天ヶ瀬冬馬なら、好きだと告げてそのままイエスの返事を待たずに彼女の手をとって逃げだせたのだろうか。ベール越しの彼女の目を見つめてぼんやり思う。手をとってこの部屋から誰も知らない場所まで逃げても、彼女はきっとアイドルとしての天ヶ瀬冬馬しか見てくれないだろう。彼女にとって天ヶ瀬冬馬はどこまでもアイドルという認識で、男ですらないのかもしれなかった。
「冬馬?」
名前を呼ばれてもすぐには声が出なかった。
小物の1つ1つまで俺が選んだ、目の前の花嫁は全部わかって俺に選ばせたのかもしれなかった。カメラの前に立つ時みたいに息が苦しくて、手が震えた。
「プロデューサー、結婚おめでとう。どうか、幸せに……」
ゆっくりと彼女が瞬きして、俺を見つめた。
「ありがとう、きっと幸せになるわ。だって、私が知る限り一番のアイドルが仕立てた花嫁なんだもの」
その時、彼女から結婚を告げられてから頭の中でやまなかった、「仕事にかまけてすぐに別れてしまえばいい」という呪いの声がぴったり止まった。
「きっとじゃない。俺が選んだんだから、間違いなく、一番幸せな花嫁にしてもらえよ」
「そうだね。冬馬、本当にありがとう」
涙が出るほどに綺麗だった。他の顔の綺麗なアイドルなら星の数ほど知っていた。それでも、彼女が一番だった。
