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気づけば周りから結婚をせっつかれる歳になった。院を出てからただただひたすらに研究に没頭して研究の説明をして、家に帰れば死んだように眠った。私の仕事は化粧品会社の研究員である。
だからその日も、よれた白衣にまとめた髪、仕事上肌だけはパーフェクトの状態で上司から薄いアルバムを受け取った。
「なんですか、これ」
「お見合い。再来週の土曜日に用意したからあとは中の紙とお相手のプロフィールくらいは見てね」
「えっ、私いいです、そういうのは」
まあまあと周りからなだめられて上質な紙でできたアルバムを開く。
向こうの人も乗り気じゃあないみたいだけど顔を立てると思って頼むねと上司に言われた通り、いわゆるお見合い写真はなくて年度始めに撮るクラス写真が一枚。
「まさか、高校生ですか」
「いやいや、この人。高校の先生だよ、化学の先生だって言ってたから気があうんじゃない?」
「ええー」
クラス写真の小さい顔をじっとみれば、気だるそうな顔がこっちを見ていた。彫りが深くて怖いくらい。
気がすすまないけどよろしくねと念を押されて渋々頷いた。再来週はサロンの予約を取らなくちゃ。
結果だけいうと、あれだけ面倒がってた割に私と次郎ちゃんはお付き合いすることになった。
あの日お店に連れてこられた次郎ちゃんは着慣れないなりに無理やり整えたみたいなスーツがその表情とちぐはぐに似合っていて、お願いしますと猫背気味の首を下げた。
私の方といえば、あまりに予想通りだったので却って冷静になって余裕ができた。次郎ちゃんにあとからそのことを言ったらお見合い相手がクールな女王さまでどうしようって怯えてた、と打ち明けられたけど。
お互いにそんな軽口を叩けるようになるまであまりかからず、怠惰な女とボサボサの自称おじさんなのでデートも気軽にするようになった。
次郎ちゃんから新しくできた猫カフェ行こうよとか、私からお泊まりの翌朝にはだるいからホットケーキ焼いてほしいなあとか。
周りのアラサーカップルみたいなキラキラしたことは何一つなくてもそれはそれで、笑いあって好きあってとても楽しかったのだ。次郎ちゃんは顔がよくて声がいいからたまにこれ月9か何かじゃないの!?ってドキドキさせられたりして。
「次郎ちゃん、誕生日おめでとう」
「あー、ありがとね」
ご飯は一緒に作ったけど(次郎ちゃんは私よりも料理がうまい)ケーキは私が次郎ちゃんの趣味から考えて選んだちょっと高いやつを用意して、おしゃれなワインを開けた。
「名前ちゃん」
「なに、次郎ちゃん」
「あのさ、名前ちゃん。俺本当は結婚しなくてもいいんだよね」
「え?」
「親ももういないし、一人暮らししてけるくらい十分稼いでるし……奥さんもらっても邪魔なだけなんだよ、正直な話」
「次郎ちゃん、どういうこと」
冷めた目で次郎ちゃんが私を見た。怖い顔をしていた。滅多に怒らない次郎ちゃんは、生徒を叱る時だってきっとこんな顔をしないだろう。
「セフレ……って名前ちゃんでもさすがにわかるよね?」
「次郎ちゃん!」
「俺も年下の可愛くて美人でエッチのうまい女の子と付き合えて浮かれてたおじさんだってこと。名前ちゃん優しいから、ずっと騙しててごめんね」
「……嘘つき」
次郎ちゃんはものすごく傷ついたみたいな顔をしてうな垂れた。次郎ちゃん勝手に捨て台詞吐いといて、なんで勝手に傷ついてるの。
そうして、次郎ちゃんは黙ってご飯を食べて、ごめんねと告げて私を家まで送っていった。ご両親には俺の方からからお詫びしておくからと別れ際に言われて、やっと私は次郎ちゃんとの出会いがお見合いだったのを思い出した。
「次郎ちゃん、」
「うん」
「……またね」
「うん、じゃあね」
とぼとぼ猫背のままうちのマンションの前を帰っていく次郎ちゃんを眺めて涙がこぼれた。嘘つき、次郎ちゃんの嘘つき。騙せるような人じゃないくせに。
@@@
一年経って、次郎ちゃんはギラギラピチピチのアルミホイルみたいな衣装にヒゲのアイドルといったら山下次郎、というくらいに独自のキャラとユニットの情熱で有名になった。
あなたは、アイドルになった。ぎこちない笑顔で私の手を取ったあなたは、ステージで誰かに手を伸ばすみんなのものになった。
次郎ちゃんとのお見合いが結婚寸前で破綻した私は、失恋中を言い訳に次々勧められるお見合いから逃げ回っていた。一度承知すると次から次へと勧められるから、こんなんなら受けなければよかった。
今日はまた研究に理解を示して援助してくれる方の息子さんがお相手ということで、今まで逃げ回っていたけれどさすがに断れなかった。
上品なワンピースに歩きづらくてしょうがないハイヒール。後は若いお二人でなんて言われてぼこぼこの庭園を歩かされるとわかっていたらこんな靴履いてこなかったのに。
「なんだか向こう、騒がしいですね」
「そうですね。ここのお店、有名らしいから取材とかがきてるのかな」
お見合い相手の息子さんも穏やかで優しい人だった。こういう人と結婚するのも悪くないかもって思うくらいに。淡い紫のバラが太陽の光を浴びて咲いていた。
「は~、るいもはざまさんも元気がよすぎるんだから……プロデューサーちゃんもホドホドに頼むねって言ったのに……」
がさりとバラの向こうから、聞き覚えのある声が、現れた。その瞬間、私と彼はピタリと止まってお互いの顔を凝視した。
「次郎、ちゃん」
「名前ちゃん、どうして」
薄い色のスーツに、教師時代とは違う柔らかな生地のネクタイ、胸にはさっき見ていたのと同じ淡
い紫のバラがみずみずしいままに挿されていた。
隣にいるお見合い相手を見て次郎ちゃんは全てを察したらしかった。次郎ちゃん、そんな顔するなら、どうして私を振ったの。
「次郎ちゃん、私」
2人とも私の言葉を待っていた。
「私、お見合いなんて嫌。だって私、まだ」
次郎ちゃんのことが好き、言い切るのを待てなかったかのように次郎ちゃんは長い足でバラの植え込みを飛び越えて、私の腕を掴むとそのまま元来た道を走って戻った。
取材だか撮影だったのか、見たことのあるアイドルが2人とたくさんのスタッフが遠くに見えた。
「ねえ、次郎ちゃん」
「ばかだね、名前ちゃんは。あんなこと言わなければこんなおじさんと添い遂げることなんてなかったんだよ。名前ちゃん、本当にいいの。いっぱいめいわくかけるよ」
「次郎ちゃん、アイドルになってちょっとロマンチスト加速したでしょ」
「年取るとみんなロマンチックで懐古的になるんだよ」
あとで後悔したって、もう手放してあげないからね。と照れもせずに次郎ちゃんが言った。
私はといえば細いハイヒールで走らされたのに全然嫌じゃなくて、笑い出したいくらい気分がいい。後悔なんてするはずなかった。
だからその日も、よれた白衣にまとめた髪、仕事上肌だけはパーフェクトの状態で上司から薄いアルバムを受け取った。
「なんですか、これ」
「お見合い。再来週の土曜日に用意したからあとは中の紙とお相手のプロフィールくらいは見てね」
「えっ、私いいです、そういうのは」
まあまあと周りからなだめられて上質な紙でできたアルバムを開く。
向こうの人も乗り気じゃあないみたいだけど顔を立てると思って頼むねと上司に言われた通り、いわゆるお見合い写真はなくて年度始めに撮るクラス写真が一枚。
「まさか、高校生ですか」
「いやいや、この人。高校の先生だよ、化学の先生だって言ってたから気があうんじゃない?」
「ええー」
クラス写真の小さい顔をじっとみれば、気だるそうな顔がこっちを見ていた。彫りが深くて怖いくらい。
気がすすまないけどよろしくねと念を押されて渋々頷いた。再来週はサロンの予約を取らなくちゃ。
結果だけいうと、あれだけ面倒がってた割に私と次郎ちゃんはお付き合いすることになった。
あの日お店に連れてこられた次郎ちゃんは着慣れないなりに無理やり整えたみたいなスーツがその表情とちぐはぐに似合っていて、お願いしますと猫背気味の首を下げた。
私の方といえば、あまりに予想通りだったので却って冷静になって余裕ができた。次郎ちゃんにあとからそのことを言ったらお見合い相手がクールな女王さまでどうしようって怯えてた、と打ち明けられたけど。
お互いにそんな軽口を叩けるようになるまであまりかからず、怠惰な女とボサボサの自称おじさんなのでデートも気軽にするようになった。
次郎ちゃんから新しくできた猫カフェ行こうよとか、私からお泊まりの翌朝にはだるいからホットケーキ焼いてほしいなあとか。
周りのアラサーカップルみたいなキラキラしたことは何一つなくてもそれはそれで、笑いあって好きあってとても楽しかったのだ。次郎ちゃんは顔がよくて声がいいからたまにこれ月9か何かじゃないの!?ってドキドキさせられたりして。
「次郎ちゃん、誕生日おめでとう」
「あー、ありがとね」
ご飯は一緒に作ったけど(次郎ちゃんは私よりも料理がうまい)ケーキは私が次郎ちゃんの趣味から考えて選んだちょっと高いやつを用意して、おしゃれなワインを開けた。
「名前ちゃん」
「なに、次郎ちゃん」
「あのさ、名前ちゃん。俺本当は結婚しなくてもいいんだよね」
「え?」
「親ももういないし、一人暮らししてけるくらい十分稼いでるし……奥さんもらっても邪魔なだけなんだよ、正直な話」
「次郎ちゃん、どういうこと」
冷めた目で次郎ちゃんが私を見た。怖い顔をしていた。滅多に怒らない次郎ちゃんは、生徒を叱る時だってきっとこんな顔をしないだろう。
「セフレ……って名前ちゃんでもさすがにわかるよね?」
「次郎ちゃん!」
「俺も年下の可愛くて美人でエッチのうまい女の子と付き合えて浮かれてたおじさんだってこと。名前ちゃん優しいから、ずっと騙しててごめんね」
「……嘘つき」
次郎ちゃんはものすごく傷ついたみたいな顔をしてうな垂れた。次郎ちゃん勝手に捨て台詞吐いといて、なんで勝手に傷ついてるの。
そうして、次郎ちゃんは黙ってご飯を食べて、ごめんねと告げて私を家まで送っていった。ご両親には俺の方からからお詫びしておくからと別れ際に言われて、やっと私は次郎ちゃんとの出会いがお見合いだったのを思い出した。
「次郎ちゃん、」
「うん」
「……またね」
「うん、じゃあね」
とぼとぼ猫背のままうちのマンションの前を帰っていく次郎ちゃんを眺めて涙がこぼれた。嘘つき、次郎ちゃんの嘘つき。騙せるような人じゃないくせに。
@@@
一年経って、次郎ちゃんはギラギラピチピチのアルミホイルみたいな衣装にヒゲのアイドルといったら山下次郎、というくらいに独自のキャラとユニットの情熱で有名になった。
あなたは、アイドルになった。ぎこちない笑顔で私の手を取ったあなたは、ステージで誰かに手を伸ばすみんなのものになった。
次郎ちゃんとのお見合いが結婚寸前で破綻した私は、失恋中を言い訳に次々勧められるお見合いから逃げ回っていた。一度承知すると次から次へと勧められるから、こんなんなら受けなければよかった。
今日はまた研究に理解を示して援助してくれる方の息子さんがお相手ということで、今まで逃げ回っていたけれどさすがに断れなかった。
上品なワンピースに歩きづらくてしょうがないハイヒール。後は若いお二人でなんて言われてぼこぼこの庭園を歩かされるとわかっていたらこんな靴履いてこなかったのに。
「なんだか向こう、騒がしいですね」
「そうですね。ここのお店、有名らしいから取材とかがきてるのかな」
お見合い相手の息子さんも穏やかで優しい人だった。こういう人と結婚するのも悪くないかもって思うくらいに。淡い紫のバラが太陽の光を浴びて咲いていた。
「は~、るいもはざまさんも元気がよすぎるんだから……プロデューサーちゃんもホドホドに頼むねって言ったのに……」
がさりとバラの向こうから、聞き覚えのある声が、現れた。その瞬間、私と彼はピタリと止まってお互いの顔を凝視した。
「次郎、ちゃん」
「名前ちゃん、どうして」
薄い色のスーツに、教師時代とは違う柔らかな生地のネクタイ、胸にはさっき見ていたのと同じ淡
い紫のバラがみずみずしいままに挿されていた。
隣にいるお見合い相手を見て次郎ちゃんは全てを察したらしかった。次郎ちゃん、そんな顔するなら、どうして私を振ったの。
「次郎ちゃん、私」
2人とも私の言葉を待っていた。
「私、お見合いなんて嫌。だって私、まだ」
次郎ちゃんのことが好き、言い切るのを待てなかったかのように次郎ちゃんは長い足でバラの植え込みを飛び越えて、私の腕を掴むとそのまま元来た道を走って戻った。
取材だか撮影だったのか、見たことのあるアイドルが2人とたくさんのスタッフが遠くに見えた。
「ねえ、次郎ちゃん」
「ばかだね、名前ちゃんは。あんなこと言わなければこんなおじさんと添い遂げることなんてなかったんだよ。名前ちゃん、本当にいいの。いっぱいめいわくかけるよ」
「次郎ちゃん、アイドルになってちょっとロマンチスト加速したでしょ」
「年取るとみんなロマンチックで懐古的になるんだよ」
あとで後悔したって、もう手放してあげないからね。と照れもせずに次郎ちゃんが言った。
私はといえば細いハイヒールで走らされたのに全然嫌じゃなくて、笑い出したいくらい気分がいい。後悔なんてするはずなかった。
