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冬晴れの中、テントがいくつも立ち並ぶ。赤と緑や白で彩られたそれは見るだけで高揚するような不思議な魅力があり、寂しさもある。幼い頃父に連れられていったクリスマスマーケットを思い出すからだろうか。あれは、もっと大きかったような気がする。うっかり手を離せば迷子になってしまいそうなくらい広くて、人が多くて、シナモンやスパイスをふんだんに使った外国の香り、電飾の光が寒さで滲む視界に星のように映って……
「一希さん、決まりました?」
「……まだだ」
「どれとどれとどれで悩んでるんですか?」
名前が不意に後ろから顔を出すから、声に応じて振り向く。冷たい空気が頬をかすめた。
かじかむ指でこれと、これと、これ。と示して見せると名前も目をキラキラさせて覗き込んだ。
「わあ、かわいいですね。全部買っちゃえばいいのに!」
「そうだな……涼と大吾のお土産にしよう」
いい香りのする木で作られたスノーマンとサンタとトナカイはどれもゆるい表情で可愛らしい。2人もきっと喜ぶ。
「全部ください」
職人さんに声をかけると名前が噴き出した気配がした。わかってる。選べないところは成長してない、って言いたいんだろう。
「名前は決まったのか?」
「はい!羊毛のサンタさんを買いました。うちは大きなツリーが置けないから玄関にかけようかな」
「……その手があったか」
2人で並んでテントの間を歩いていく。周りの人は皆売られている手作りのオーナメントやリース、飾り物に夢中で特に不自由なく見て回ることができた。
「一希さんのおうちはどんなクリスマスしてました?」
「……どんな、か」
「うちは至って普通に。お母さんがケーキとチキンを焼いてあとはご馳走を作ってくれて、12月の始まりにはツリーとリースを飾って……あと私のうちは枕元にプレゼントだと全然寝ないし朝すごく早起きするからってツリーの下にプレゼントでした」
「それはなんとなく想像がつくな」
「あはは、恥ずかしいです」
「うちは……思い返せばうちも普通だ」
大きなツリーを飾って、ご馳走を食べて、父が聖書を基にした絵本を読むのが恒例だった。
「プレゼントは……なんだかんだ毎年本だったな」
「あはは、想像がつきます」
自分で買えない高い本をもらった時もあるし持つのに苦労するくらい分厚い本をもらったこともある。
「懐かしいな、全部……覚えてるんだ」
目の前を父親と手を繋いだ子供が楽しそうに歩いていった。頬を赤く染めて、見たもの全部伝えようとして。
「おれもいつか…………ん?」
「どうしました?」
覚えのある匂いがして思わず周りを見てしまった。記憶にあるのと同じスパイスの香り。あの時よりはずっと背が高くて屋台を見渡すのも容易だった。
「スパイスの匂いがしなかったか?」
「あのあたりじゃないですか?風に乗って流れてきたんですね」
名前の白い指がさすのはチョコレートやソースで彩られたりんご飴やシュトーレン、パネットーネが売られているあたりだった。
「……何の匂いだったんだろう」
「うーん……確かにクリスマスのお菓子ってスパイスたくさん使ってますけど完成品であんなに匂いがするかな」
クリスマスの菓子や食べ物が並ぶエリアはひときわ混み合っていて、人並みに流されそうな名前の手を思わず掴む。名前はなにもかもが目新しいみたいであちこちに視線をやっていて、おれが手を繋いだことなんて微塵も気にしてないらしかった。
「一希さん、あれは?」
「デンマークのエーブレスキーバだ。夏に取れた果物のジャムをかけて食べる。イチゴとか……道具がないからたこ焼き機で作るんだな」
「あのケーキは?クグロフかな」
「ポルトガルの国旗があるからボロ・レイだろう。ドライフルーツがたくさんのってるんだ」
「どれもおいしそう……あっまたあの匂いが」
「……名前、グリューワインだ」
「え?グリューワインって、」
ふと幼い頃に嗅いだのと同じ匂いがした。オレンジと、シナモンとクローブの強い香り。父親と手を繋いだ夜景を思い出させる。あれはグリューワインの匂いだったのか。名前の視線を向けると暖かいワインの紫色がグツグツ煮えているのが視界に入ったらしくまたキラキラした目で見つめている。
「グリューワインってモルドワインのこと?こんなに匂いが遠くまで来るんですね」
「せっかくだから飲んで帰ろうか……でもあれは酒だな」
「ぐつぐつしてアルコール飛んでるから飲めないんですかね?」
「沸騰させないものはアルコールがとばないんだ……キンダープンシュなら安心して飲める」
「そっか、アイドルなのに未成年飲酒ってちょっとまずいもんね……」
店主に聞けば安心して!グレープジュースよ!と原料を見せてくれたので1つずつ頼んだ。カップがクリスマスらしい靴下の形をしていて名前が歓声をあげた。スターアニスやら何やらを煮込んでいるためか香りにも深みがある。名前は店主と楽しそうに話していておれはそれをぼんやり見ていた。アイドルになってからというもの、騒ぎになるのを恐れて一歩後ろから彼女を見ているだけのことが多くなったように思う。もとよりそういうのは、嫌いじゃない。
「はい、一希さんの分」
名前からカップを手渡された時、指が触れてあまりの冷たさに驚いた。末端冷え性にもほどがある。
「……一希さん?」
中々手を離さないのは名前の指が冷たいからで、離しがたいからとかではなくて、と内心言い訳をしつつ名前からの不審な視線に耐えかねてしぶしぶ触れた指を離して飲み物に口をつけた。きっとあれくらいじゃおれの体温も移らなかったことだろう。あまり熱を通さないカップで名前の指が温まるだろうか。
「外国の味がするね」
「そうだな、外国の味か……」
記憶に残るあの匂いが、こんな味をしていたのかと思うとなんだか不思議だ。
湯気が目にしみて視界がぼやけた。昼間だからか電飾はついてなくて、かわりに名前の耳元で揺れる石が滲んで見えた。カップを持ってる時は手を繋げないから、早く飲み干してしまいたいのにそうはできなかった。名前はまだちびちびと飲んでいて、おれが早く手を繋ぎたいと思ってるなんて微塵も察してはくれない。諦めてまた一口飲むと昔と同じ何も変わらない、果てしない幸せの香りがした。
「一希さん、決まりました?」
「……まだだ」
「どれとどれとどれで悩んでるんですか?」
名前が不意に後ろから顔を出すから、声に応じて振り向く。冷たい空気が頬をかすめた。
かじかむ指でこれと、これと、これ。と示して見せると名前も目をキラキラさせて覗き込んだ。
「わあ、かわいいですね。全部買っちゃえばいいのに!」
「そうだな……涼と大吾のお土産にしよう」
いい香りのする木で作られたスノーマンとサンタとトナカイはどれもゆるい表情で可愛らしい。2人もきっと喜ぶ。
「全部ください」
職人さんに声をかけると名前が噴き出した気配がした。わかってる。選べないところは成長してない、って言いたいんだろう。
「名前は決まったのか?」
「はい!羊毛のサンタさんを買いました。うちは大きなツリーが置けないから玄関にかけようかな」
「……その手があったか」
2人で並んでテントの間を歩いていく。周りの人は皆売られている手作りのオーナメントやリース、飾り物に夢中で特に不自由なく見て回ることができた。
「一希さんのおうちはどんなクリスマスしてました?」
「……どんな、か」
「うちは至って普通に。お母さんがケーキとチキンを焼いてあとはご馳走を作ってくれて、12月の始まりにはツリーとリースを飾って……あと私のうちは枕元にプレゼントだと全然寝ないし朝すごく早起きするからってツリーの下にプレゼントでした」
「それはなんとなく想像がつくな」
「あはは、恥ずかしいです」
「うちは……思い返せばうちも普通だ」
大きなツリーを飾って、ご馳走を食べて、父が聖書を基にした絵本を読むのが恒例だった。
「プレゼントは……なんだかんだ毎年本だったな」
「あはは、想像がつきます」
自分で買えない高い本をもらった時もあるし持つのに苦労するくらい分厚い本をもらったこともある。
「懐かしいな、全部……覚えてるんだ」
目の前を父親と手を繋いだ子供が楽しそうに歩いていった。頬を赤く染めて、見たもの全部伝えようとして。
「おれもいつか…………ん?」
「どうしました?」
覚えのある匂いがして思わず周りを見てしまった。記憶にあるのと同じスパイスの香り。あの時よりはずっと背が高くて屋台を見渡すのも容易だった。
「スパイスの匂いがしなかったか?」
「あのあたりじゃないですか?風に乗って流れてきたんですね」
名前の白い指がさすのはチョコレートやソースで彩られたりんご飴やシュトーレン、パネットーネが売られているあたりだった。
「……何の匂いだったんだろう」
「うーん……確かにクリスマスのお菓子ってスパイスたくさん使ってますけど完成品であんなに匂いがするかな」
クリスマスの菓子や食べ物が並ぶエリアはひときわ混み合っていて、人並みに流されそうな名前の手を思わず掴む。名前はなにもかもが目新しいみたいであちこちに視線をやっていて、おれが手を繋いだことなんて微塵も気にしてないらしかった。
「一希さん、あれは?」
「デンマークのエーブレスキーバだ。夏に取れた果物のジャムをかけて食べる。イチゴとか……道具がないからたこ焼き機で作るんだな」
「あのケーキは?クグロフかな」
「ポルトガルの国旗があるからボロ・レイだろう。ドライフルーツがたくさんのってるんだ」
「どれもおいしそう……あっまたあの匂いが」
「……名前、グリューワインだ」
「え?グリューワインって、」
ふと幼い頃に嗅いだのと同じ匂いがした。オレンジと、シナモンとクローブの強い香り。父親と手を繋いだ夜景を思い出させる。あれはグリューワインの匂いだったのか。名前の視線を向けると暖かいワインの紫色がグツグツ煮えているのが視界に入ったらしくまたキラキラした目で見つめている。
「グリューワインってモルドワインのこと?こんなに匂いが遠くまで来るんですね」
「せっかくだから飲んで帰ろうか……でもあれは酒だな」
「ぐつぐつしてアルコール飛んでるから飲めないんですかね?」
「沸騰させないものはアルコールがとばないんだ……キンダープンシュなら安心して飲める」
「そっか、アイドルなのに未成年飲酒ってちょっとまずいもんね……」
店主に聞けば安心して!グレープジュースよ!と原料を見せてくれたので1つずつ頼んだ。カップがクリスマスらしい靴下の形をしていて名前が歓声をあげた。スターアニスやら何やらを煮込んでいるためか香りにも深みがある。名前は店主と楽しそうに話していておれはそれをぼんやり見ていた。アイドルになってからというもの、騒ぎになるのを恐れて一歩後ろから彼女を見ているだけのことが多くなったように思う。もとよりそういうのは、嫌いじゃない。
「はい、一希さんの分」
名前からカップを手渡された時、指が触れてあまりの冷たさに驚いた。末端冷え性にもほどがある。
「……一希さん?」
中々手を離さないのは名前の指が冷たいからで、離しがたいからとかではなくて、と内心言い訳をしつつ名前からの不審な視線に耐えかねてしぶしぶ触れた指を離して飲み物に口をつけた。きっとあれくらいじゃおれの体温も移らなかったことだろう。あまり熱を通さないカップで名前の指が温まるだろうか。
「外国の味がするね」
「そうだな、外国の味か……」
記憶に残るあの匂いが、こんな味をしていたのかと思うとなんだか不思議だ。
湯気が目にしみて視界がぼやけた。昼間だからか電飾はついてなくて、かわりに名前の耳元で揺れる石が滲んで見えた。カップを持ってる時は手を繋げないから、早く飲み干してしまいたいのにそうはできなかった。名前はまだちびちびと飲んでいて、おれが早く手を繋ぎたいと思ってるなんて微塵も察してはくれない。諦めてまた一口飲むと昔と同じ何も変わらない、果てしない幸せの香りがした。
