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田舎町のケーキ屋は、人気店といえどそれが平日の開店時間ともなれば静かなものだった。そんな早くからパフェを食べようとする者は私たちの他にいなくて、窓際の4人掛けに通された。この時間ならまだいいが、午後にもなれば日光に焼かれて座っていられないだろう。店員さんから荷物入れを使うよう声掛けがあって、その間、私の後ろについた冬馬は一言も発さず静かに黙ったきり。
席に落ち着いてようやく、帽子だけを外して顔が少し見えた。メガネ、マスク、帽子。いつもの変装3点セット。
「なんだよ。こっちじゃなくてメニュー見ろよ」
他に客もいないのに、潜めた声は私を咎めてオーダーを決めろと促した。いちご、メロン、パイナップル、オレンジ、マンゴー……さくらんぼにはまだ少し早く、ラインナップはそんなところだ。
「パイナップルのサンデーにする。あと紅茶頼む」
「早いな!待てよ、もうちょっと悩むから……」
ろくにメニューを見ずに決定した私に、冬馬は驚いて慌ててメニューと向き合った。冬馬はこんな田舎まで来る機会なかなかないから、ここのパフェを食べるのはきっとこの1回限りで、それが余計に彼を悩ませている。
「メロンでしょ。メロンにしなよ」
「今真剣に選んでるんだよ……!」
「プリンアラモードもおいしいらしい。食べた事ないけど多分豪華だよ」
「余計に決まらなくなるだろ!」
冬馬は散々悩んでメロンのパフェを頼んだ。ほら、やっぱりメロンじゃん。
オーダーするのはいつも私の役目で、その間冬馬は息を殺して静かにしている。どこに行っても、その瞬間だけは存在を殺すように、一生懸命静かにしている。私はそれを見るのが嫌いだ。そんなに頑張らなくていいと言いたくなるけど、冬馬はここで騒ぎになるのが嫌なのだ。とっくに隠居した私の暮らしを、驚きも感動もない私の静かな暮らしを、自分が脅かすのが嫌だという。
パフェを待つ間も冬馬は静かに喫茶室の中や窓の外を眺めて待っていた。木漏れ日が差し込み、メガネとマスクじゃ隠しきれないきれいな顔を照らしていた。私はなるべく静かな声で数年前に建物が改装された事を話して、冬馬はそれより小さな声で相槌を打った。
店舗の方も客は少ないのか、以前訪れた時より比較的早くパフェとサンデーが提供された。ガラスの器にふんだんに盛られたフルーツはいつ見ても美しい。
ここの紅茶はドイツ製で美味しいけど、すぐ渋くなるからなるべく早く茶漉しを引き上げるようにコソコソ告げると、冬馬は神妙な顔で頷いた。
それから、冬馬がスマホを構えたのを見て、私は席をたった。今後何かに使うとして、向かいに人間が座っている写真は天ヶ瀬冬馬にとって、使いにくいのだ。冬馬は不満げに私を見上げて「北斗と翔太に見せるだけだよ。座ってろよ」と私を向かいの席に戻した。2人が見るのなら、なるべく姿勢を良く、手は膝の上に揃えて。向かいで一度だけシャッターが切られて、「お待たせ。食べようぜ」と柄の長いスプーンを1本私に寄越した。
先にパイナップルをふたつ拾って冬馬の皿にのせてやると、「名前さんメロン食えないだろ」と言って不満げにふたつきりのパイナップルを見た。交換して欲しくてあげたわけじゃないから、と口にすれば「アイスは?アイスなら食うよな」と小さなスプーンで目一杯ジェラートを掬い私のグラスにのせてくれた。溶けはじめたそれはキャラメルの味がする。
アイスクリームは時間勝負なので、以降互いに黙って食べ進める。それから、途中で忘れずに紅茶の茶漉しを引き上げて。掘り進めるうちにフルーツや薄焼きのクッキーやらクリームに行き当たる。
「何かおいしいものに当たった」
「何かって何だよ」
「わからない。香ばしくてうまい」
「なんだそりゃ……」
呆れ顔の冬馬は上に乗ったメロンを下ろして、同じようにグラスの中身を掘り進めている。
「……おいしいやつだ」
「おいしいやつって何さ」
「いや、それが全然わからねえ……」
冬馬も同じじゃないか。ここでスマホで調べ出さないのが冬馬のお行儀のいいところだ。パフェを待っている間もスマホを出さずに外を眺めていた。こういうところが冬馬のすごいところだ。私にはなかなか真似できない。
サンデーをさっさと食べ終えた私は、程よく冷めた紅茶を飲みながらメロンに齧り付く冬馬を眺めた。どこかの地域のブランドメロンは、オーナーがかなり緻密に管理しているとのことで十分熟していて、冬馬がひとくち齧るごとにその果汁を滴らせていた。ほら、やっぱりメロンにして良かったでしょう。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。美味しかったね」
「ああ、そうだな……」
手を拭きながら冬馬は上の空で、私はこっそり時計を確認した。まだ時間に余裕はあるが、そろそろ新幹線の駅に送っていった方が良いだろう。天ヶ瀬冬馬が手に入れた短い休暇はもうすぐ終わりが近づいていた。
「あ、北斗と翔太にお土産持ってってよ。この後会うんでしょ」
「保冷剤がな……」
「車に小さいクーラーボックス積んであるよ。持ってきなよ」
「いつも積んでるのか?」
「ふたりがお土産はケーキがいいって連絡してきたから。ただ、新幹線にクーラーボックス持って乗ることになるけど」
「……しばらく、返しにこれない」
冬馬の表情が沈んだ。なるべく話題選びには気をつけていたが、思わぬところで地雷を踏んだ。
「いいよ。着払いで送り返してもいいし、部屋に置いといてくれても……」
「そうかよ」
ショーケースでケーキを選ぶ間も冬馬の表情は暗いままだった。冬馬は甘さ控えめのフルーツのタルトと、キャラメルと洋梨のいちばん見栄えのするやつと、私おすすめのピスタチオとラズベリーのケーキと、季節限定のメロンのケーキを選んだ。
ケーキを早々に選ぶとそっと私の元を離れていって、私が諸々まとめて支払いをするのを店の入り口で眺めている。店員さんとの接触は前から避けていたが、こんなにも何かを恐れるように逃げ出していくのは初めてだった。理由はわかりきっている。田舎に住んでる一般人の暮らしを、そこを滅多に訪れることのない天ヶ瀬冬馬が脅かしてはいけないと思っている。SNSが普及した今、噂が回るのは、都会も田舎も同じくらい早いだろう。こちらは既に現場を離れた隠居暮らしの身、あまり気にしていないと言っても冬馬はひどく臆病で慎重だった。
「ケーキ買えたよ。そろそろ駅まで送ろうか」
冬馬は所在なさげに車の前で待っていた。
「……ああ」
エンジンをかけてエアコンをいれる。夏の初めにも関わらず日がのぼれば暑すぎるこの街で、冬馬は一度も暑いと口にしない。隠居したての頃、最高気温のニュースを見た冬馬が連絡をくれたのに私が「こっちはいつも暑いか寒いかだから、心配しなくていいんだよ。3人とも熱中症に気をつけてね」と返信したせいだ。
かつての日常がそうだったように、今日も冬馬を後部座席に座らせた。「ここは田舎町だし、助手席でいいよ」とは言えなかった。冬馬がその言葉を待っていたとしても。プロデューサーの職を離れても、私たちの距離は近づかなかった。それどころか、物理的にも離れていくばかり。
「まだ時間あるし、コンビニ寄る?何か飲み物買う?」
「寄る」
コンビニに寄る、たかが数分を引き伸ばそうとする姿はかわいいと思う。だけど、彼は都会に帰れば仲間が待っていて、彼を送った後家に帰る私を待つのはアイドル達のいない、刺激のない平凡な日常だった。ちょっと寂しいなと思ったが、17歳の男の子にそれを口にするのは情けなくて黙っておいた。冬馬が私の心を読んだかのように伏せた目線をまっすぐ前に戻した。
「また来るよ」
「そうだね、いいニュース持ってきてよ」
「いいけど……名前さん、用がなくても連絡しろよ」
ウッと息が詰まる。用もないのに連絡するのは私が最も苦手なことのひとつで、アイドルたちが寄越す他愛のないやり取りは、見るのは好きだが自分がそこに加わるとなると話は別だった。
「すごーく苦手なんだよ、知ってるでしょ……」
「知ってるよ。だから言ってるんだろ」
ようやく冬馬が笑った。何食べたとか、何見たとか、そういうのでいいから、と優しい口調が私を無理矢理頷かせる。
ルームミラーに映る顔を見てようやく安堵の息をついた。私に見えないだけで、いつも天ヶ瀬冬馬は笑っている。求められたのならちゃんと連絡しようと思った。やっぱり、最初は「今日は暑かったね。そっちはどう?」ぐらいから始めようか。
席に落ち着いてようやく、帽子だけを外して顔が少し見えた。メガネ、マスク、帽子。いつもの変装3点セット。
「なんだよ。こっちじゃなくてメニュー見ろよ」
他に客もいないのに、潜めた声は私を咎めてオーダーを決めろと促した。いちご、メロン、パイナップル、オレンジ、マンゴー……さくらんぼにはまだ少し早く、ラインナップはそんなところだ。
「パイナップルのサンデーにする。あと紅茶頼む」
「早いな!待てよ、もうちょっと悩むから……」
ろくにメニューを見ずに決定した私に、冬馬は驚いて慌ててメニューと向き合った。冬馬はこんな田舎まで来る機会なかなかないから、ここのパフェを食べるのはきっとこの1回限りで、それが余計に彼を悩ませている。
「メロンでしょ。メロンにしなよ」
「今真剣に選んでるんだよ……!」
「プリンアラモードもおいしいらしい。食べた事ないけど多分豪華だよ」
「余計に決まらなくなるだろ!」
冬馬は散々悩んでメロンのパフェを頼んだ。ほら、やっぱりメロンじゃん。
オーダーするのはいつも私の役目で、その間冬馬は息を殺して静かにしている。どこに行っても、その瞬間だけは存在を殺すように、一生懸命静かにしている。私はそれを見るのが嫌いだ。そんなに頑張らなくていいと言いたくなるけど、冬馬はここで騒ぎになるのが嫌なのだ。とっくに隠居した私の暮らしを、驚きも感動もない私の静かな暮らしを、自分が脅かすのが嫌だという。
パフェを待つ間も冬馬は静かに喫茶室の中や窓の外を眺めて待っていた。木漏れ日が差し込み、メガネとマスクじゃ隠しきれないきれいな顔を照らしていた。私はなるべく静かな声で数年前に建物が改装された事を話して、冬馬はそれより小さな声で相槌を打った。
店舗の方も客は少ないのか、以前訪れた時より比較的早くパフェとサンデーが提供された。ガラスの器にふんだんに盛られたフルーツはいつ見ても美しい。
ここの紅茶はドイツ製で美味しいけど、すぐ渋くなるからなるべく早く茶漉しを引き上げるようにコソコソ告げると、冬馬は神妙な顔で頷いた。
それから、冬馬がスマホを構えたのを見て、私は席をたった。今後何かに使うとして、向かいに人間が座っている写真は天ヶ瀬冬馬にとって、使いにくいのだ。冬馬は不満げに私を見上げて「北斗と翔太に見せるだけだよ。座ってろよ」と私を向かいの席に戻した。2人が見るのなら、なるべく姿勢を良く、手は膝の上に揃えて。向かいで一度だけシャッターが切られて、「お待たせ。食べようぜ」と柄の長いスプーンを1本私に寄越した。
先にパイナップルをふたつ拾って冬馬の皿にのせてやると、「名前さんメロン食えないだろ」と言って不満げにふたつきりのパイナップルを見た。交換して欲しくてあげたわけじゃないから、と口にすれば「アイスは?アイスなら食うよな」と小さなスプーンで目一杯ジェラートを掬い私のグラスにのせてくれた。溶けはじめたそれはキャラメルの味がする。
アイスクリームは時間勝負なので、以降互いに黙って食べ進める。それから、途中で忘れずに紅茶の茶漉しを引き上げて。掘り進めるうちにフルーツや薄焼きのクッキーやらクリームに行き当たる。
「何かおいしいものに当たった」
「何かって何だよ」
「わからない。香ばしくてうまい」
「なんだそりゃ……」
呆れ顔の冬馬は上に乗ったメロンを下ろして、同じようにグラスの中身を掘り進めている。
「……おいしいやつだ」
「おいしいやつって何さ」
「いや、それが全然わからねえ……」
冬馬も同じじゃないか。ここでスマホで調べ出さないのが冬馬のお行儀のいいところだ。パフェを待っている間もスマホを出さずに外を眺めていた。こういうところが冬馬のすごいところだ。私にはなかなか真似できない。
サンデーをさっさと食べ終えた私は、程よく冷めた紅茶を飲みながらメロンに齧り付く冬馬を眺めた。どこかの地域のブランドメロンは、オーナーがかなり緻密に管理しているとのことで十分熟していて、冬馬がひとくち齧るごとにその果汁を滴らせていた。ほら、やっぱりメロンにして良かったでしょう。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。美味しかったね」
「ああ、そうだな……」
手を拭きながら冬馬は上の空で、私はこっそり時計を確認した。まだ時間に余裕はあるが、そろそろ新幹線の駅に送っていった方が良いだろう。天ヶ瀬冬馬が手に入れた短い休暇はもうすぐ終わりが近づいていた。
「あ、北斗と翔太にお土産持ってってよ。この後会うんでしょ」
「保冷剤がな……」
「車に小さいクーラーボックス積んであるよ。持ってきなよ」
「いつも積んでるのか?」
「ふたりがお土産はケーキがいいって連絡してきたから。ただ、新幹線にクーラーボックス持って乗ることになるけど」
「……しばらく、返しにこれない」
冬馬の表情が沈んだ。なるべく話題選びには気をつけていたが、思わぬところで地雷を踏んだ。
「いいよ。着払いで送り返してもいいし、部屋に置いといてくれても……」
「そうかよ」
ショーケースでケーキを選ぶ間も冬馬の表情は暗いままだった。冬馬は甘さ控えめのフルーツのタルトと、キャラメルと洋梨のいちばん見栄えのするやつと、私おすすめのピスタチオとラズベリーのケーキと、季節限定のメロンのケーキを選んだ。
ケーキを早々に選ぶとそっと私の元を離れていって、私が諸々まとめて支払いをするのを店の入り口で眺めている。店員さんとの接触は前から避けていたが、こんなにも何かを恐れるように逃げ出していくのは初めてだった。理由はわかりきっている。田舎に住んでる一般人の暮らしを、そこを滅多に訪れることのない天ヶ瀬冬馬が脅かしてはいけないと思っている。SNSが普及した今、噂が回るのは、都会も田舎も同じくらい早いだろう。こちらは既に現場を離れた隠居暮らしの身、あまり気にしていないと言っても冬馬はひどく臆病で慎重だった。
「ケーキ買えたよ。そろそろ駅まで送ろうか」
冬馬は所在なさげに車の前で待っていた。
「……ああ」
エンジンをかけてエアコンをいれる。夏の初めにも関わらず日がのぼれば暑すぎるこの街で、冬馬は一度も暑いと口にしない。隠居したての頃、最高気温のニュースを見た冬馬が連絡をくれたのに私が「こっちはいつも暑いか寒いかだから、心配しなくていいんだよ。3人とも熱中症に気をつけてね」と返信したせいだ。
かつての日常がそうだったように、今日も冬馬を後部座席に座らせた。「ここは田舎町だし、助手席でいいよ」とは言えなかった。冬馬がその言葉を待っていたとしても。プロデューサーの職を離れても、私たちの距離は近づかなかった。それどころか、物理的にも離れていくばかり。
「まだ時間あるし、コンビニ寄る?何か飲み物買う?」
「寄る」
コンビニに寄る、たかが数分を引き伸ばそうとする姿はかわいいと思う。だけど、彼は都会に帰れば仲間が待っていて、彼を送った後家に帰る私を待つのはアイドル達のいない、刺激のない平凡な日常だった。ちょっと寂しいなと思ったが、17歳の男の子にそれを口にするのは情けなくて黙っておいた。冬馬が私の心を読んだかのように伏せた目線をまっすぐ前に戻した。
「また来るよ」
「そうだね、いいニュース持ってきてよ」
「いいけど……名前さん、用がなくても連絡しろよ」
ウッと息が詰まる。用もないのに連絡するのは私が最も苦手なことのひとつで、アイドルたちが寄越す他愛のないやり取りは、見るのは好きだが自分がそこに加わるとなると話は別だった。
「すごーく苦手なんだよ、知ってるでしょ……」
「知ってるよ。だから言ってるんだろ」
ようやく冬馬が笑った。何食べたとか、何見たとか、そういうのでいいから、と優しい口調が私を無理矢理頷かせる。
ルームミラーに映る顔を見てようやく安堵の息をついた。私に見えないだけで、いつも天ヶ瀬冬馬は笑っている。求められたのならちゃんと連絡しようと思った。やっぱり、最初は「今日は暑かったね。そっちはどう?」ぐらいから始めようか。
