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お礼文

Thank You.

【お礼文(2020.10.2〜)】
長編夢主×サンジ
『ゆめうつつサンライズ』(1800文字)

コックの朝は早い。
朝5時。目覚ましなどなくても、長年身体に覚え込ませてきた起床時間が狂うことはない。
「よくそんな早く起きれるなぁ、サンジ」などと声をかけるクルーもいるが、自分からしたらこれは常であり、何より毎日のちょっと楽しみだ。
キッチンに入る前に朝の海の香りを吸い込み、太陽が紺碧の海の淵と溶け合う瞬間を見る。波の音しか聴こえない静寂の中で自身の調理の音だけが響き、それは次第に他の仲間がバタバタと起床し、活動し始める音と混じり合う。この時間に起きなければ味わうことのできないなかなかの贅沢なのではないだろうか。
「……相変わらずきたねぇな」
朝起きがけ、むさ苦しい男部屋が視界を埋めることから始まらなければ完璧なのだが。綺麗好きのサンジが何度言っても、この部屋の乱雑さは直らない。特徴的な眉がさぞ不快そうに潜められた。
そして彼が不快に思う原因が、このところはもうひとつ。
「……死んでねぇだろうな」
そう。ドアの近くの床に転がって眠っている、最近成り行きでこの一味に同乗した嫌煙家の男だ。
男、というには些か語弊があろう。現に今でも、豪快なイビキが響き渡るこの空間で、寝息ひとつたてやしない。
何日も共にしても、未だウィッグなのか地毛なのか分からない艶のある髪(今日は茶色だ)はその小さな顔に陰影を作り、
普段は服や手袋で覆っている指先や手の甲は確かに骨張っていて、男だと言われればそうであろうが、そこに繋がる手首の細さと白さはその性別ではあまりにも頼りない。

何日かこうして男部屋で共に寝て分かったことであるが、彼は熟睡しない。こうしてサンジやらクルーやらが起床したり便所に向かうために起きた際には、いちいち目を開けるまではしないが必ずピクリと反応する。
この船にいる以上ありえないが、仮にサンジが敵対心を持って眠る彼に接すればたちまち反撃してくるであろう。
そんな彼が、今日のように常よりは反応が鈍いことがある。宴会の翌日だ。
どうも酒にあまり強くないらしい。
昨日仲間に飲まされていた彼は、文字通り死んだように眠っていた。

じっと彼の胸を注視し、動いているのを確認して、サンジははぁとため息をつく。
「……なんでオレが野郎のことなんざ」
常ならない自分の行動に苛立ちながら、 
(いやいや他の奴らが煩すぎるから逆に気になるんだ)と心の中で弁明する。
どんな顔して眠ってるんだと部屋から出るために眠る彼を跨ぐついでに見てみれば。

「……!」
いつもは憎らしい色を浮かべる丸い瞳をぴっちりと閉じるように伏せられた睫毛は、少し恐ろしいほどに長くて。
死んだように静かに眠る身体と同じように、正気のない蒼白な顔には微笑が浮かんでいた。
それはあまりに幸福そうで、同時にあまりに薄幸で。

思わず息を呑んでしまった腹いせに、サンジは彼を踏んづけてドアを開けた。
「っ……! あ……。……あ? サンジ?」
なんだ、珍しくボケているらしい。安らかな寝顔から一瞬の間にくるくると表情を変えて自身の名を曖昧に呼ぶ。
普段オレのこと名前で呼ばないくせにこんなところでは呼ぶのかよとサンジは内心でつっこんだ。
「お、わり。そんなとこで寝てるから床と間違えたわ」
「……ハンモック嫌いなんだよ……」
やはり生気がない。普段ならその毒舌をもって例え口喧嘩でも憎らしく応戦してくるのであるが。
これはこれでやりにくいな、とサンジが溜息をついた時だった。
「変な夢見てたから起こしてくれて助かったわ」
「……悪い夢か?」
「いや。……とっても幸せで、あまりに幸せな夢。うっかり返ってこれなくなるところだった」
ちょっとやばかったな、と彼は笑った。
その笑みが普段の笑いとは表情も、その意味も違っていることくらいサンジも分かったから。
「オレは朝飯作る。まだこいつらが起きるには時間あるしお前も少し寝とけ。……まぁ、早起きしたってんなら酔い覚ましに紅茶くらい出してやる」
「ありがとう。まぁ、もう少し寝るわ」
ふわぁ、ねみぃ。
そんな声を発しながら掛布団の中にもぞもぞと戻っていく彼の背を見ながら、ドアを閉めた。

この船に乗って、数日間の付き合いだ。
彼の笑顔に涙が浮かんでいたことくらい分かっていた。
彼が自分たちクルーとより、その夢の中の方で生きたかったことくらい分かっていた。
健気で殊勝な彼が、夢の中で生きられないのならせめて声を殺して泣いた後に、いつも通り憎らしい表情で憎らしい言葉を弄しながら、紅茶を飲みに起きてくることくらい分かっていた。

「……朝飯作りますか」
そうポツリと呟いて、サンジは愛用のタバコに火をつけた。
ふーっと長く吐き出された紫煙が、今し方海の淵から離れたばかりの太陽が照らす朝のメリー号の欄干に、溶けた。

(ーー過去に囚われる男と、過去にすがる男)

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