Ⅱ 陰謀の影と偽物の亡霊

 王太女付きの侍女アンヌが扉を開くと、主である少女は既に起きており、鏡台の椅子に座って笑顔を見せた。
「おはよう、アンヌ。いい朝ね」
「おはようございます。リゼット様」
 朝の陽を受け煌めくローズブロンドをブラシで丁寧に梳かすアンヌ。
「今日はどういたします?」
「んー、いつものでお願いなのですわ」
 リゼットの腰まで届く長い髪をふたつに分け、耳の高さで結い上げる。緩やかなウェーブと巻いた毛先は自然とそうなるのだ。
「先日、王妃様からいただいたドレスはいかがでしょう?」
「ああ、それがいいですわ!」
 白を基調としたレースに段フリルのボリュームのあるスカート、胸元から裾へと深みのある青のレースやリボンがあしらわれ、気品を感じさせる。愛らしくも美しい顔立ちのリゼットが着ると、繊細な陶器人形ビスクドールのようだ。
「可愛い……とてもお似合いです!」
 王太女の支度というと数人がかりになりそうだが、そうなるのは公的な行事の時のみだ。手間のかからない王太女なので、普段はアンヌひとりで十分だ。
 支度を終えたところで、四回扉が叩かれた。控えめで規則正しい音だ。
「シラス君だわ」
 アンヌが扉を開けると、リゼットの言った通り騎士団長が礼をした。朝の礼拝の迎えに来たのだ。
「おはようございます。騎士団長様、今日のリゼット様もとても可愛いですわ」
 この言葉が、支度はできているという意味になってしまっている。
 シラスが部屋の中に入ると、リゼットが宝石箱を手にしていた。
「おはよう、シラス君。ちょっと待っていてね」
「おはようございます。まだ時間はありますので」
 侍女の言葉通り、今日も愛らしい主君の姿に騎士は眩しそうに目を細めた。
 箱から取り出した物を細い鎖に通し、リゼットは首に着けた。
「これで、よし」
「……その玩具、まだ持っておられるのですね」
 金色の台座に淡い紫色の石が付いている。石を引き立てるように星か花のような枠があり、その周囲を小さな石で飾った可愛らしい玩具の指輪だ。
 シラスの言葉に、リゼットは胸元の指輪を両手で包むようにして言った。
「ただの玩具ではありませんわ。わたくしを守ってくれる、世界で一番の宝物ですもの」

 王室礼拝堂で簡単な礼拝を済ましたリゼットとシラスは、食堂に入った。国王一家から家族扱いされている騎士団長は共に朝食を取るのが日常になっていた。
「おはようございます。父上様、母上様」
 先に着席していた国王夫妻に挨拶するリゼット。その後ろでシラスも礼をする。
「おはよう。リゼット! そのドレスとても似合っている。天使か妖精か……やはり私の目に狂いはありませんでしたね。ね、陛下」
 娘にはフリルやレースがたっぷりのドレスを贈るが、自身は動きやすい簡素なドレスを好む王妃エメ。リゼットの姿に満足そうに何度も頷いている。国王レオンも微笑む。
「うふふ、素敵なドレスをありがとうございます」
 シラスが席を引き、リゼットを座らせる。胸元で揺れる指輪に気づいたレオンが口を開いた。
「……その指輪」
 隣に座ったシラスの視線が指輪、そしてレオンを見る。彼はにやりと笑う。
「シラスの『おまじない』の効力はまだあるみたいだな。夜なべをして掛けたんだっけか?」
「……陛下、お食事が冷めます」
 表情を変えないシラスだが、耳が少しだけ赤くなっているのをレオンとエメは見逃さなかった。
「? シラス君のおまじない、ずっと効いてますわ!」
「……」
 事情を知らないリゼットが無邪気に言い、シラスに追い打ちをかける。
 このくらいにしておいてやるかと、レオンは話題を変えることにした。
「リゼット、今日の予定は?」
「この後は兵法の授業で、午後の自由時間は森へお散歩に行きたいのですわ」
「シラスの講義か。散歩もこの天気だからいいだろう。シラス、頼んだぞ」
 レオンの言葉にシラスが敬礼をする。
「命に代えましても」
「……愛が重い」
 この真面目というか堅物な騎士は、前から知ってはいたがやはり天然なところがあると、レオンは思った。 
 
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