Ⅰ 静寂の祈りと騎士の誓い

 薔薇の装飾が施されたロココ様式の繊細で優美な家具、所々に飾られたテディベアたち。
 アストリア王国初となった王太女の為に造られた華やかで可愛らしい部屋に、花のような爽やかな紅茶の香りが拡がる。
 猫足のソファに座ったリゼットは、ピティヴィエ・フィユテをひと口食べた。クレーム・ダマンドとフィユテの食感を楽しんでから、シラスが淹れた紅茶を大事そうに飲んだ。
「美味しい! 林檎の甘酸っぱさと……この香りは薔薇かしら?」​
「ええ。林檎の果実に乾燥させた薔薇の花弁を少しだけ忍ばせてみました」
 幸せそうなリゼットに、シラスもつい微笑む。
「お茶はやっぱりシラスに淹れてもらうのが一番だね」
 リゼットの向かいに座る人物が言った。紫水晶アメジストのような瞳に、リゼットの髪色をもう少し白くしたようなプラチナブロンドを黒いリボンでひとつに結っている。細身で背はあまり高くない。乗馬服を優雅に着こなした男装の麗人。
「母上様もそう思いますわよね!」
 この国の王妃、エメ・マリー・ド・サンクレールである。
 大陸一の領土を持つ隣国、ケレス帝国の出身だ。皇帝の愛妾の子ではあったが、その美貌と聡明さで皇帝だけでなく正妃からも可愛がられた珍しい姫だ。当時王太子だったレオンを見込んだ皇帝の強い希望で、アストリアに輿入れした。
「文武両道な上、美味しいお茶も淹れられる。有能な騎士団長様だね」
 にっこりと笑う気さくな王妃に、シラスは安堵したように礼をする。
「……光栄に存じます」
 この国は水の硬度から珈琲が好まれてきた。城下では紅茶を出す店も増えてきたが、未だに紅茶は野蛮だと珈琲しか飲まない宮廷貴族も多い。実は紅茶の方が好みのシラスは、自分で淹れているのだ。
「そういえば、陛下はまだ見えないか……もう食べちゃってるけど」
 エメの言葉にリゼットは時計を見た。
「ピーちゃんに伝言をお願いしましたけど、お忙しいのかしら?」
 神鳥カラドリウスのピーちゃんことピエレットは、リゼット以外の人間とも意思疎通が可能だ。雛の時に木から落ちて弱っていたところをリゼットが癒やしの力で助けたことがある。その恩からか、好んでお使いをしている。
 リゼットがフィユテを頬張ろうとした瞬間、窓を叩く小さな音がした。シラスが窓を少し開けると、真っ白な小鳥が勢いよく飛び込んできた。
「あら、ピーちゃん。父上様に伝言してくれたの?」
「ピエ! もうすぐ来ますピエ~」
 リゼットの肩に降り立ったピーちゃんは、焼菓子の匂いや紅茶の湯気に小さな黒い目を輝かす。
「うふふ、ピーちゃんにもあげますわ」
「ピエッ!」
 シラスが少女と小鳥とのやり取りを眺めていると、今度は壁の中から音がした。隠し扉になっている場所を開けると、レオンが入ってきた。
「ピーがリゼットの部屋でお茶会してるって言うから、近道してきた」
 レオンはエメの額に軽く口づけを落としてから、隣に座った。非常に仲の良い夫婦だ。リゼットがシラスの傷痕に口づけするのも、この両親を見てきたからだろうと、シラスは思った。
「お疲れ様です。リゼットが、侯爵の件で疲れただろうからって陛下にもお菓子をお裾分けしてくれるって」
「ありがたき……って、やっぱりあの時間に現れたのはお忍び帰りか」
 リゼットのお忍びについては、レオンもエメも黙認している。大抵はシラスが見つけて一緒に帰って来るのも知っている。
「……静かに部屋に帰るつもりでしたのにね」
 シラスは温めておいた茶器に紅茶を注ぎ、レオンの前に置いた。
「父上様も来たことだし、シラス君も座って」
 リゼットは隣に座るようにとソファを軽く叩く。
「いえ、私は……」
 せっかくの親子の団欒だ。邪魔にならないよう退出しようと思っていたシラスだが。
「相変わらず水くさい奴だな」
「もう家族同然でしょうにね」
「ピエ!」
 シラスの考えることは解っていると、レオンとエメもリゼットの横に座れと促す。小鳥まで同意している。
「ね、シラス君。もし何か有事が起きても近くにいる方がすぐ護衛できますわ」
 自分の紅茶を用意して座ったシラスに、リゼットが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「……ありがとうございます」
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