Ⅰ 静寂の祈りと騎士の誓い
「王太女に騎士団長、何かあったか?」
レオンは、謁見の間に現れたリゼットと影のように付き従うシラスに声をかける。
リゼットは微笑むと、タブリエドレスの裾を摘み優雅に挨拶をしてみせた。
「陛下と侯爵の大切なお話に割り込んだことはお詫びいたします。しかし、わたくしの騎士に対する侮辱が聞こえた気がしますの」
リゼットの猫のような口元は笑みを作っているが、瞳は怒りを含んでいた。
「殿下、いいえ……決して侮辱などでは」
取り繕ろうとするゴティ侯爵を、遮るようにリゼットは口を開いた。
「忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕。騎士に必要な全てをシルワノは持っております。それに、彼はわたくしが赤子の時から護ってくれているのですよ。わたくしを、アストリアを裏切ることなど有り得ませんわ」
そう言い切って、シラスを見上げた。先程とは違う信頼の眼差し。
シラスはそれに応えるように、リゼットの白い花のような手を取ると忠誠の口づけをした。
「……私は王太女殿下に全てをお捧げしております」
普段は鋭く冷たい印象を与える瞳も、リゼットを見つめる時はその光を和らげているようだ。
シラスが宮廷に来たのは、ちょうどリゼットが誕生した年だった。
両親を、右目の光を、還る国をも失った少年。そんな彼に光を与えたのは、赤子だった王太女の笑顔と彼女を護るという使命。
以来十二年、リゼットはシラスを慕っており、シラスもリゼットを溺愛している。二十四歳になった今も、多数の縁談を断り独り身のままだ。
「はは、相変わらずだな。侯爵も知っているだろうが、王太女は昔から伯爵に懐いている。本人たちもああ言っているし、護衛は今後もトゥルニエ伯爵に任せるつもりだ」
レオンは少し困ったように微笑んでみせたが、心の内では面白いことになったと拍手をしている。
「……今日は、これにて失礼致します」
リゼットたちの乱入に毒気を抜かれたらしく、ゴティ侯爵は慇懃無礼に頭を下げると、おとなしく引き下がった。
重苦しい沈香の匂いと、ねっとりとした視線の余韻だけをその場に残して。
「あの禿げじじぃ、雷を落として残りの毛をなくしてやろうか」
「あのおっさん、ピーちゃんたちに頼んで髪の毛を毟ってもらおうかしら」
侯爵家の馬車が遠ざかるのを見送り、国王父娘は同時に毒を吐いた。
実は、現王族のサンクレール家が魔力を持つ者の子孫なのだ。今ではその血も薄れ、魔力を扱える者は限られてはいるが。
レオンは雷と四大元素を操る力を持つ。リゼットは初代エリサベトが持っていたとされる聖なる治癒の力を持っている。シラスの右目に光を戻したのは彼女である。さらに加護の力と鳥の言葉を解する力があり、神鳥 のピーちゃんことピエレットと仲良しだ。
窓の外の木の葉が笑うように風に揺れている。
「……おふたりが仰ったら、精霊たちが反応してしまいますよ」
この父娘なら本気でやりかねない。前髪が後退し始めている侯爵を、少しだけ気の毒に思ったシラスである。因みに彼も僅かながら魔力があり、精霊の気を感じ取れる。
「そういや、何か用があったのか?」
レオンは疲れたと伸びをしながら、リゼットに訊ねた。
「いいえ。偶然通りかかりましたら、シラス君を悪く言うおっさんのでっかい声が聞こえましたの」
リゼットは右手で握り拳を作ってみせる。
「それで、殴り込みにきたってわけか」
レオンは、にやりと笑う。とても国王と王太女とは思えない会話だ。
「お止めする間もなく……申し訳ありません」
「否、シラスが謝る必要はない。おかげでじじぃも帰ったし助かった。それより、嫌な思いをさせてしまったな」
レオンの気遣いに、シラスは首を横に振る。
「いいえ、慣れておりますので」
影を振り切るように、形の良い唇が弧を描いた。
レオンは、謁見の間に現れたリゼットと影のように付き従うシラスに声をかける。
リゼットは微笑むと、タブリエドレスの裾を摘み優雅に挨拶をしてみせた。
「陛下と侯爵の大切なお話に割り込んだことはお詫びいたします。しかし、わたくしの騎士に対する侮辱が聞こえた気がしますの」
リゼットの猫のような口元は笑みを作っているが、瞳は怒りを含んでいた。
「殿下、いいえ……決して侮辱などでは」
取り繕ろうとするゴティ侯爵を、遮るようにリゼットは口を開いた。
「忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕。騎士に必要な全てをシルワノは持っております。それに、彼はわたくしが赤子の時から護ってくれているのですよ。わたくしを、アストリアを裏切ることなど有り得ませんわ」
そう言い切って、シラスを見上げた。先程とは違う信頼の眼差し。
シラスはそれに応えるように、リゼットの白い花のような手を取ると忠誠の口づけをした。
「……私は王太女殿下に全てをお捧げしております」
普段は鋭く冷たい印象を与える瞳も、リゼットを見つめる時はその光を和らげているようだ。
シラスが宮廷に来たのは、ちょうどリゼットが誕生した年だった。
両親を、右目の光を、還る国をも失った少年。そんな彼に光を与えたのは、赤子だった王太女の笑顔と彼女を護るという使命。
以来十二年、リゼットはシラスを慕っており、シラスもリゼットを溺愛している。二十四歳になった今も、多数の縁談を断り独り身のままだ。
「はは、相変わらずだな。侯爵も知っているだろうが、王太女は昔から伯爵に懐いている。本人たちもああ言っているし、護衛は今後もトゥルニエ伯爵に任せるつもりだ」
レオンは少し困ったように微笑んでみせたが、心の内では面白いことになったと拍手をしている。
「……今日は、これにて失礼致します」
リゼットたちの乱入に毒気を抜かれたらしく、ゴティ侯爵は慇懃無礼に頭を下げると、おとなしく引き下がった。
重苦しい沈香の匂いと、ねっとりとした視線の余韻だけをその場に残して。
「あの禿げじじぃ、雷を落として残りの毛をなくしてやろうか」
「あのおっさん、ピーちゃんたちに頼んで髪の毛を毟ってもらおうかしら」
侯爵家の馬車が遠ざかるのを見送り、国王父娘は同時に毒を吐いた。
実は、現王族のサンクレール家が魔力を持つ者の子孫なのだ。今ではその血も薄れ、魔力を扱える者は限られてはいるが。
レオンは雷と四大元素を操る力を持つ。リゼットは初代エリサベトが持っていたとされる聖なる治癒の力を持っている。シラスの右目に光を戻したのは彼女である。さらに加護の力と鳥の言葉を解する力があり、
窓の外の木の葉が笑うように風に揺れている。
「……おふたりが仰ったら、精霊たちが反応してしまいますよ」
この父娘なら本気でやりかねない。前髪が後退し始めている侯爵を、少しだけ気の毒に思ったシラスである。因みに彼も僅かながら魔力があり、精霊の気を感じ取れる。
「そういや、何か用があったのか?」
レオンは疲れたと伸びをしながら、リゼットに訊ねた。
「いいえ。偶然通りかかりましたら、シラス君を悪く言うおっさんのでっかい声が聞こえましたの」
リゼットは右手で握り拳を作ってみせる。
「それで、殴り込みにきたってわけか」
レオンは、にやりと笑う。とても国王と王太女とは思えない会話だ。
「お止めする間もなく……申し訳ありません」
「否、シラスが謝る必要はない。おかげでじじぃも帰ったし助かった。それより、嫌な思いをさせてしまったな」
レオンの気遣いに、シラスは首を横に振る。
「いいえ、慣れておりますので」
影を振り切るように、形の良い唇が弧を描いた。