Ⅰ 静寂の祈りと騎士の誓い

 教会広場を抜けてすぐの通りにふたつの道がある。右の小道をしばらく行くと街並みは田園風景に変わり、やがて森の中に壮麗な門と建物が現れる。城かと思える立派な建物は王立騎士団の大兵舎だ。この門をくぐった遠くに広大な庭園と、湖に浮かぶように白亜と碧の美しい王宮サンクレール・シャンティイ城があった。
「うふふ。今日もよく歩いたのですわ」
 庭園から繋がる橋を渡りながら、リゼットが言った。城下から王宮まで、歩いて往復すると半刻ほどかかるのだ。
「……この距離を歩かれる貴婦人はそうおりませんよ」
 シラスや騎士団に所属する者は歩き慣れているが、ほとんどの貴族は馬車を使うだろう。普段から庭園や森を散歩している王太女は徒歩派らしいが。
「お忍びで馬車は目立ちますし、歩いた方が健康に良いでしょう? お腹も空いたし、お菓子も美味しくいただけますわ!」
 お茶の時間を想像したリゼットは、バスケットを抱え笑顔を見せた。
 王家の棟に入ると、栗色の髪と瞳の可愛らしい顔立ちの女性が出迎えた。制服から王太女付きの侍女とわかる。
「おかえりなさいませ、リゼット様。あら、騎士団長様もご一緒でしたか」
 シラスは軽く頷いた。
「だだいま、アンヌ。バレてない?」
「大丈夫です」
 アンヌと呼ばれた侍女はリゼットと顔を見合せ笑う。仲の良い姉妹のようだと、シラスは思った。
 三人がリゼットの自室に向かって歩いていると、大きな音が聞こえた。
「――謁見の間ですね」
 シラスの言葉に、リゼットはバスケットをアンヌに渡した。
「ちょっと持っていてちょうだい」
「はい……ってリゼット様!?」

「――あの者は没落貴族の出身だそうですが、元々の爵位や家族についても不明な点が多いと聞いております。あの顔の傷も何をしていたものなのか……」
 謁見の間に響くのは、初老のゴティ侯爵の声。
 玉座に座る茶褐色の髪に蒼玉サファイアの瞳の美丈夫、アストリア国王ルイ・シャルル・レオン・ド・サンクレールは、内心うんざりしながら聞いていた。
「トゥルニエ伯爵は王家の縁戚にあたる者だ。両親は昔の事故で亡くなっている。彼の顔の傷もその事故と……竜殺しの時のものだ」
 トゥルニエ伯爵とは、シラスのことだ。
「ああ、あの伯爵が宮廷に上がった頃は片目を失明していたと聞いたことがあるのは、事故によるものだったのですね」
 わざとらしく相槌を打ったゴティ侯爵は、更に話を続けた。
「しかし、不思議なことに伯爵の目は今は普通に見えていますな。現代の医術では、そう簡単に治せるものではないと思うのですが……もしや、妖しい魔力を持つ者と関わりがあるのでは」
 中世の大陸には、魔力を持つ者が存在していた。その力を恐れた人々により魔女狩りが起き、魔力は滅んだとされているが、このアストリアや隣国のヴェスタには子孫が存在すると云われている。
「魔力にも色々あると聞くぞ。初代のように聖なる治癒の力を持つ者がいるとしたら、失った光を戻せるのではないか?」
 レオンは暢気に返答をした。
 アストリア王国の初代女王となったエリサベトは、治癒の力を持った聖女と伝承されている。
「陛下! 魔力の話はともかく、今申し上げましたように伯爵は正体がわからぬ危険な存在です……ましてや竜殺しの力など普通の人間ではない。そのような者が騎士団長、さらに王太女殿下の護衛など危険ではありませんか!?」
 王家を案じる振りをしているが、この侯爵は政敵だ。自由主義のレオンは、平民を宮廷に重用するなど旧い体制からの改革を行っている。国民からの支持が高い一方で、古い貴族には反感を覚える者も多い。その代表がゴティ侯爵だ。まずは国王派の武力の要であるシラスを宮廷から追放させたいらしい。
 最初から話を取り合う気はなく、どうやって追い返すかとレオンが思案していた時だ。
「――それは杞憂に過ぎませんわ」
 鈴を転がすような声がした。
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