Ⅱ 陰謀の影と偽物の亡霊
ケレス帝国皇帝マクシミリアンが乗っていることを示す狼の紋章がついた壮麗な馬車を中心に、前後に護衛や女官の馬車が数台、広大な森を走っている。
「父上、馬車の数が一台多くはありませんか?」
乗馬服に馬で迎えに行ったエメ。今はドレス姿で父親の向かいに座らせられている。
「そりゃあ、リゼットへの土産を積んでおるからな」
マクシミリアンは当然だと応えた。エメに受け継がれた白金の髪には銀が混ざり、青灰色の瞳は相変わらず狼のように鋭い。しかし、北の覇王と呼ばれる冷酷な男も、我が子や孫には甘い。特にアストリアの王太女であるリゼットは溺愛されている。
「……そうですか」
親馬鹿ならぬ爺馬鹿だなと、エメは内心で思う。
「もちろん、お前たちへの土産もあるぞ」
「ありがとうございます」
庭園から続く橋を渡った馬車は、湖上のサンクレール・シャンティイ城に到着した。
「うむ、いつ見ても美しい城だ」
マクシミリアンが感心しながら降りると、国王レオンが待っていた。
「お久しぶりです。義父上」
「おお、レオン久しいのう!」
元気そうだと、肩を叩く。
「お祖父様」
レオンの後ろからぴょこと現れ、可憐にカーテシーを披露する少女。
「おおっ! リゼット!!」
マクシミリアンは感極まり、リゼットを抱き上げる。
「やはり可愛いのう……会いたかったぞー」
「うふふ、わたくしもお会いできて嬉しいですわ」
レオンの手を借りて、馬車から降りたエメが声を掛ける。
「父上、この後の予定が……レオン陛下がお部屋にご案内すると」
「おお、そうじゃった。少し待て」
リゼットを下ろしたマクシミリアンは、エメが一台多いと指摘した馬車からトランクを取り出すように侍従に指示する。
「リゼットのドレスが入っておる。今宵の晩餐会で是非見たいものだ」
「まぁ、お祖父様! ありがとうございます」
「──では、私が」
皇帝の侍従がふたりがかりで持ってきた革張りのトランクを、控えていたシラスが丁寧に受け取った。
「ほう……」
涼しい表情を崩さず、トランクを軽々と片手に持ち変えて礼をしたシラスに、マクシミリアンは目を見張る。
「あの者がリゼットの護衛も務める騎士団長か。いつも遠目にしか見たことがなかったが……なかなかの」
リゼットと去っていくシラスを見ていたマクシミリアンが呟く。
「──いや、あの顔はもっと以前に見たことがあるような」
レオンはふと微笑む。
「彼は騎士になる前の少年の頃からリゼットを守ってましたからね……安心して任せられる男です」
王太女の私室へと続く廊下を歩くリゼットとシラス。
「シラス君、重たくない?」
「大丈夫です。しかし、ドレスだけではなさそうですね」
おそらく、ドレスに合わせた装飾品も入っているのだろう。あの馬車一台ごとお土産専用だったようだがと、孫娘が可愛くて仕方がないマクシミリアンを思い出したシラスは苦笑する。
そこへ、こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえた。
「おーい、シラス……うわっ重そうなトランク」
「ユーグか、どうした?」
「モンフォール子爵、こんばんは」
「リゼット様、こんばんは」
シラスと同い年の友人で、文官のユーグ。イサーク顧問の息子であり、茶褐色の髪と琥珀色の瞳こそ同じであるが、あとは似ても似つかない。
「あのさ、ゴティ侯爵たちといた男のことなんだけど」
「ああ、ヴェスタの廃王太子と言っていたぞ」
「はぁ!? いやいや、そんなわけ──」
声を落としたユーグはシラスに耳打ちする。その下で聞き耳を立てるリゼット。
「あいつは、トマスという売れない役者だよ。僕の新作劇の俳優決めの時にいたけど、演技が酷すぎて不合格にしたんだ。間違いない」
趣味で劇作家もしているユーグ。その作品は宮中だけでなく、城下でも評判は高い。
「……売れない役者」
「ああ、ゴティの奴、どこからあんな三流役者を拾ってきたんだか! 親父にも知らせようかと思ったけど……すぐに剣を抜きそうだから。まずは冷静な君にと思ってね」
「……賢明な判断だ。感謝する、ユーグ」
シラスは唇の端を、微かに吊り上げた。
「あの方、旅の劇団にいたと言ってましたけど……本当に役者さんでしたのね。うふふ」
リゼットも猫のような口元は笑みを作っているが、瞳は笑っていない。
「父上、馬車の数が一台多くはありませんか?」
乗馬服に馬で迎えに行ったエメ。今はドレス姿で父親の向かいに座らせられている。
「そりゃあ、リゼットへの土産を積んでおるからな」
マクシミリアンは当然だと応えた。エメに受け継がれた白金の髪には銀が混ざり、青灰色の瞳は相変わらず狼のように鋭い。しかし、北の覇王と呼ばれる冷酷な男も、我が子や孫には甘い。特にアストリアの王太女であるリゼットは溺愛されている。
「……そうですか」
親馬鹿ならぬ爺馬鹿だなと、エメは内心で思う。
「もちろん、お前たちへの土産もあるぞ」
「ありがとうございます」
庭園から続く橋を渡った馬車は、湖上のサンクレール・シャンティイ城に到着した。
「うむ、いつ見ても美しい城だ」
マクシミリアンが感心しながら降りると、国王レオンが待っていた。
「お久しぶりです。義父上」
「おお、レオン久しいのう!」
元気そうだと、肩を叩く。
「お祖父様」
レオンの後ろからぴょこと現れ、可憐にカーテシーを披露する少女。
「おおっ! リゼット!!」
マクシミリアンは感極まり、リゼットを抱き上げる。
「やはり可愛いのう……会いたかったぞー」
「うふふ、わたくしもお会いできて嬉しいですわ」
レオンの手を借りて、馬車から降りたエメが声を掛ける。
「父上、この後の予定が……レオン陛下がお部屋にご案内すると」
「おお、そうじゃった。少し待て」
リゼットを下ろしたマクシミリアンは、エメが一台多いと指摘した馬車からトランクを取り出すように侍従に指示する。
「リゼットのドレスが入っておる。今宵の晩餐会で是非見たいものだ」
「まぁ、お祖父様! ありがとうございます」
「──では、私が」
皇帝の侍従がふたりがかりで持ってきた革張りのトランクを、控えていたシラスが丁寧に受け取った。
「ほう……」
涼しい表情を崩さず、トランクを軽々と片手に持ち変えて礼をしたシラスに、マクシミリアンは目を見張る。
「あの者がリゼットの護衛も務める騎士団長か。いつも遠目にしか見たことがなかったが……なかなかの」
リゼットと去っていくシラスを見ていたマクシミリアンが呟く。
「──いや、あの顔はもっと以前に見たことがあるような」
レオンはふと微笑む。
「彼は騎士になる前の少年の頃からリゼットを守ってましたからね……安心して任せられる男です」
王太女の私室へと続く廊下を歩くリゼットとシラス。
「シラス君、重たくない?」
「大丈夫です。しかし、ドレスだけではなさそうですね」
おそらく、ドレスに合わせた装飾品も入っているのだろう。あの馬車一台ごとお土産専用だったようだがと、孫娘が可愛くて仕方がないマクシミリアンを思い出したシラスは苦笑する。
そこへ、こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえた。
「おーい、シラス……うわっ重そうなトランク」
「ユーグか、どうした?」
「モンフォール子爵、こんばんは」
「リゼット様、こんばんは」
シラスと同い年の友人で、文官のユーグ。イサーク顧問の息子であり、茶褐色の髪と琥珀色の瞳こそ同じであるが、あとは似ても似つかない。
「あのさ、ゴティ侯爵たちといた男のことなんだけど」
「ああ、ヴェスタの廃王太子と言っていたぞ」
「はぁ!? いやいや、そんなわけ──」
声を落としたユーグはシラスに耳打ちする。その下で聞き耳を立てるリゼット。
「あいつは、トマスという売れない役者だよ。僕の新作劇の俳優決めの時にいたけど、演技が酷すぎて不合格にしたんだ。間違いない」
趣味で劇作家もしているユーグ。その作品は宮中だけでなく、城下でも評判は高い。
「……売れない役者」
「ああ、ゴティの奴、どこからあんな三流役者を拾ってきたんだか! 親父にも知らせようかと思ったけど……すぐに剣を抜きそうだから。まずは冷静な君にと思ってね」
「……賢明な判断だ。感謝する、ユーグ」
シラスは唇の端を、微かに吊り上げた。
「あの方、旅の劇団にいたと言ってましたけど……本当に役者さんでしたのね。うふふ」
リゼットも猫のような口元は笑みを作っているが、瞳は笑っていない。
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