Ⅱ 陰謀の影と偽物の亡霊

「……エドワード、本物か?」
 廃王太子と言われた青年とゴティ侯爵を胡散臭そうに見るレオン。
「えー、偽物ですわよ。エドワードお兄様はあんな美形崩れではありませんわ」
「もち……ゲコォ」
「……確かに王族の威厳は感じられませんね」
 聞こえないように呟いたリゼットと、同意しようと喋りかけたアルの口を塞ぐシラス。
「──あの夜、命からがらに王宮を抜け出した私は、各地を転々としました。商家に拾われ商いの勉強をしたり、旅の劇団にいたことも……ゴホゴホッ」
「おいたわしい……とてもご苦労をなさったようで、このようなお姿に」
 身の上話を始めた青年が咳き込み、ゴティ侯爵が背中を擦る。
「──ふむ、詳しいことはまた後で聞くとして……急だが晩餐会を開く予定ができてな。そなたたちの席も用意しよう」
 レオンの言葉に、ゴティ侯爵たちは表情を明るくさせて一礼をする。
「有難く、参列させていただきます」
「あら、何かありましたの?」
 リゼットに訊ねられたレオンはにやりと笑う。
「ああ、北のケレス帝国から皇帝陛下が来られる」
「まぁ! お祖父様が」
「王妃が迎えに行っている。夕刻には到着するだろう」
 国王父娘以外の、その場にいた一同の顔が強張る。シラスは無表情のままだが。
 王妃エメの実家である、大陸最大の領土を誇るケレス帝国。数々の戦火を潜り抜け、北の覇王と畏怖されているのが、現皇帝マクシミリアン・フォン・ケレスだ。
「まだ時間があるな。各々寛いでいてくれ」
 レオンはその場を解散させた。

「あれは完全に偽物ケロ」
「やっぱり、そうなの? アルおじいちゃん」
 紅茶の湯気が上るリゼットの私室。祖父が到着するまで、お茶にすることにした。
「エドワード様なら魔力の片鱗があると思ったが、何も感じられぬ……ゴティたちも何の情報を得てあんなのを用意したんだか。わざわざ紋章付きのマントを羽織っておったが、あれもよくわからん模様だったゲコ」
 シラスから解放された蛙が楽しそうに喋っている。このアルという蛙、宮廷魔導師で本体はアルスラーンという人間である。事情があって使い魔である蛙に意識を移しているのだ。
「──エドワードお兄様、わたくしが生まれた年に会いに来てくださったらしいけど……アストリアから帰る途中で船の事故に合われたと聞いてますわ」
 リゼットは声を潜めて続けた。
「そう見せかけた暗殺事件で……これがきっかけで国交断絶になったとも」
 アストリア王国とは海を越えた隣国で、複数の島から成るヴェスタ連合王国。
 当時の国王エドワードにアストリアの前王妹ポーリーヌが嫁ぎ、王太子エドワードが生まれた。ヴェスタの至宝、神童といわれる程に賢く美しい少年だったと、リゼットも聞いたことがある。
「……本物のエドワードお兄様、どこかでご無事ならいいのだけれど」
 リゼットは寂しそうに言った。
「……」
 アルは、背中を向けて紅茶を淹れているシラスを見た。
「ん? 梟さんは『偽物の亡霊』と『本物の亡霊』とも言ってましたわ。もしかしたら、苛酷な運命を乗り越え、気高くも憂いのある、騎士のように逞しい美青年に成長されたエドワードお兄様が」
「……リゼット様、あまり夢を見ると本物が現れた時にがっかりするかも知れませんよ」
 夢見がちなリゼットの癖が出たと、シラスは小さく笑う。
「えー。そういえば、エドワードお兄様はシラス君と同じ年の生まれだったと思いますわ。シラス君もエドゥアールだし」
 茶器を持つシラスの手が微かに震えた。
「偽物はあんなだけれど……髪や瞳の色もシラス君と近いのかも」
 赤みがかった茶髪に緑色の瞳をした偽物。紅茶色の髪に翠玉の瞳のシラス。
「──どうでしょうね?」
 シラスは、リゼットの前に紅茶と晩餐会に響かない程度のクッキーを出す。
「わぁ、ありがとう! 走ったからか小腹が空いてましたの」
 無邪気な笑顔を見せるリゼットに、シラスも困ったように微笑した。森から謁見の間までの疾走はかなりの運動量だ。普通の姫君なら途中で倒れそうなものだが、リゼットにはお忍びで鍛えた脚力がある。
「美味しい。アールグレイとバタークッキーが合うのですわ」
「それは、良かった」
 開けておいた窓に、ピーちゃんが降り立つ。
「マクシミリアン皇帝陛下、もうすぐ到着ですピエー」
5/5ページ