Ⅱ 陰謀の影と偽物の亡霊
謁見の間。中では密談が行われており、扉の前では騎士団員が見張り役をしていた。
「あ、あれは王太女殿下と……団長ではありませんか!?」
ひとりの騎士の言葉に、前騎士団長であり現在は顧問を務めるイサークが回廊の外を見ると、勢いよく駆けてくるドレス姿の少女と、その後をいつもの無表情で追う青年。
「おう、今日も元気そうだ」
「こちらに向かってきてますが……」
騎士団員に気づいたシラスが、扉を開けるよう合図を出す。
「よし、開けろ」
イサークは一瞬の迷いもなく言った。
「え、いいんですか?」
「俺たちは知りませんよ。団長と顧問の指示ですからね」
騎士ふたりも素直に扉を開ける。そこにリゼットが駆け込んできた。
「姫様、いい走りだ!」
「ありがとうなのですわ!」
イサークに褒められ、笑顔を返すリゼット。ここは競技会場だったのかと、騎士団員は思った。
「……」
国王レオン以外の、ゴティ侯爵とその取り巻き数名が驚いた顔でリゼットを見ていた。
鳥たちが言っていた、悪い人間とはゴティ侯爵のことだろうか。取り巻きの中心に見たことのない青年がいることに、リゼットは気づいた。赤みがかった茶髪に緑色の瞳をした優男という感じだ。貴族の衣装に紋章が入ったようなマントを纏ってはいるが、全体的に見窄らしく見える。
「何だ、リゼット。また賑やかな登場だな」
レオンが面白そうに言った。
息を整えたリゼットはドレスの裾を摘み、完璧なカーテシーを披露する。
「……失礼いたしました。鳥たちから危機が迫っていると告げられたものですから」
リゼットが凛とした声で告げると、ゴティ侯爵たちから動揺が起こった。
「な、危機ですと!?」
「ほう、鳥たちは何と?」
レオンは興味深いと、玉座から下りリゼットたちの前に立つ。
ここ数年の冷夏や大雪を、王太女が鳥から聞いて当てているのは有名な話だ。ゴティ侯爵たちも口を挟めない。
「──城に悪い人間たちの足音が聞こえると」
リゼットは森で聞いた言葉をそのまま伝えた。背後に立つシラスも、レオンだけにわかるよう目礼した。
「悪い奴らの足音、か」
レオンがゴティ侯爵たちにちらりと目線をやった、その時だ。
「ゲコ」
天井の梁から、青年の頭に何かが落ちてきた。
「う、うわぁっ!?」
青年が情けない悲鳴を上げ、ゴティ侯爵の取り巻きたちもつられて後ずさる。
「な……っ、か、蛙!?」
床に落ちたのは、緑色の丸々とした蛙だった。つぶらな眼で青年を見上げているようだ。
「ええぃ! 謁見の間に蛙など……摘み出せ! 誰か」
ゴティ侯爵が声を荒げ、外にいる騎士団員を呼ぼうとしたのを、シラスが制する。
「私が」
膝を屈めて掌を差し出すと、蛙は素直に飛び乗った。
「フ、フン……蛙も操るのかこの男は?」
ゴティ侯爵と取り巻きたちが気味悪そうにしているが、シラスは気にしていない。
「……アル殿、気をつけないと踏み潰されてしまいますよ」
「ケロ」
ゴティ侯爵たちには聞こえないよう小声で注意するシラス。アルと呼ばれた蛙は楽しそうに喉を鳴らした。
シラスとアルのやり取りを眺めていたレオンは、まだ蛙に怯えている青年に冷たい視線を送る。
「さて、ゴティ侯爵。そなたが連れてきたこの青年は何者だ?」
父上様も知らないのねと、シラスの掌に乗ったアルを突いていたリゼットも青年を見た。ゴティ侯爵はよくぞ聞いてくれたと言うように、取り巻きたちと目配せをした後、青年の肩を抱き寄せるようにした。
「──ゴホンッ、陛下も十二年前のヴェスタの廃王太子のことはご存知ですな」
「ああ。国王一家が『事故』に合って……生き残ったのは王太子であったエドワードだけ。その後、消息不明となり『ヴェスタの亡霊』と呼ばれている」
森で梟が言っていた『亡霊』とはこのことかと、リゼットは考える。
レオンの言葉に、ゴティ侯爵はその通りと頷いた。
「当時、権力争いをしていたヴェスタ。エドワード様は生き残ったものの、王位には叔父が……そして消息不明となった悲劇の廃王太子……この方こそ、エドワード様にございます」
「あ、あれは王太女殿下と……団長ではありませんか!?」
ひとりの騎士の言葉に、前騎士団長であり現在は顧問を務めるイサークが回廊の外を見ると、勢いよく駆けてくるドレス姿の少女と、その後をいつもの無表情で追う青年。
「おう、今日も元気そうだ」
「こちらに向かってきてますが……」
騎士団員に気づいたシラスが、扉を開けるよう合図を出す。
「よし、開けろ」
イサークは一瞬の迷いもなく言った。
「え、いいんですか?」
「俺たちは知りませんよ。団長と顧問の指示ですからね」
騎士ふたりも素直に扉を開ける。そこにリゼットが駆け込んできた。
「姫様、いい走りだ!」
「ありがとうなのですわ!」
イサークに褒められ、笑顔を返すリゼット。ここは競技会場だったのかと、騎士団員は思った。
「……」
国王レオン以外の、ゴティ侯爵とその取り巻き数名が驚いた顔でリゼットを見ていた。
鳥たちが言っていた、悪い人間とはゴティ侯爵のことだろうか。取り巻きの中心に見たことのない青年がいることに、リゼットは気づいた。赤みがかった茶髪に緑色の瞳をした優男という感じだ。貴族の衣装に紋章が入ったようなマントを纏ってはいるが、全体的に見窄らしく見える。
「何だ、リゼット。また賑やかな登場だな」
レオンが面白そうに言った。
息を整えたリゼットはドレスの裾を摘み、完璧なカーテシーを披露する。
「……失礼いたしました。鳥たちから危機が迫っていると告げられたものですから」
リゼットが凛とした声で告げると、ゴティ侯爵たちから動揺が起こった。
「な、危機ですと!?」
「ほう、鳥たちは何と?」
レオンは興味深いと、玉座から下りリゼットたちの前に立つ。
ここ数年の冷夏や大雪を、王太女が鳥から聞いて当てているのは有名な話だ。ゴティ侯爵たちも口を挟めない。
「──城に悪い人間たちの足音が聞こえると」
リゼットは森で聞いた言葉をそのまま伝えた。背後に立つシラスも、レオンだけにわかるよう目礼した。
「悪い奴らの足音、か」
レオンがゴティ侯爵たちにちらりと目線をやった、その時だ。
「ゲコ」
天井の梁から、青年の頭に何かが落ちてきた。
「う、うわぁっ!?」
青年が情けない悲鳴を上げ、ゴティ侯爵の取り巻きたちもつられて後ずさる。
「な……っ、か、蛙!?」
床に落ちたのは、緑色の丸々とした蛙だった。つぶらな眼で青年を見上げているようだ。
「ええぃ! 謁見の間に蛙など……摘み出せ! 誰か」
ゴティ侯爵が声を荒げ、外にいる騎士団員を呼ぼうとしたのを、シラスが制する。
「私が」
膝を屈めて掌を差し出すと、蛙は素直に飛び乗った。
「フ、フン……蛙も操るのかこの男は?」
ゴティ侯爵と取り巻きたちが気味悪そうにしているが、シラスは気にしていない。
「……アル殿、気をつけないと踏み潰されてしまいますよ」
「ケロ」
ゴティ侯爵たちには聞こえないよう小声で注意するシラス。アルと呼ばれた蛙は楽しそうに喉を鳴らした。
シラスとアルのやり取りを眺めていたレオンは、まだ蛙に怯えている青年に冷たい視線を送る。
「さて、ゴティ侯爵。そなたが連れてきたこの青年は何者だ?」
父上様も知らないのねと、シラスの掌に乗ったアルを突いていたリゼットも青年を見た。ゴティ侯爵はよくぞ聞いてくれたと言うように、取り巻きたちと目配せをした後、青年の肩を抱き寄せるようにした。
「──ゴホンッ、陛下も十二年前のヴェスタの廃王太子のことはご存知ですな」
「ああ。国王一家が『事故』に合って……生き残ったのは王太子であったエドワードだけ。その後、消息不明となり『ヴェスタの亡霊』と呼ばれている」
森で梟が言っていた『亡霊』とはこのことかと、リゼットは考える。
レオンの言葉に、ゴティ侯爵はその通りと頷いた。
「当時、権力争いをしていたヴェスタ。エドワード様は生き残ったものの、王位には叔父が……そして消息不明となった悲劇の廃王太子……この方こそ、エドワード様にございます」