短いお話
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「わあ…」
「おい、ひっくり返るつもりか?」
「ごめん……」
アリアは公爵家玄関ホールに飾られた巨大なクリスマスツリーをあんぐりと見上げていた。
みたこともないほどの大きさの堂々とした立派な佇まいの木にこれでもかと装飾される煌びやかなオーナメントたちからアリアは目が離せないでいた。
「…まさか初めて見るのか?」
「えっ、いやそんなことないよ。でももっと小さいやつだったもの」
クロスベルでも飾る家や店は当然あったが、大きくても大人の身長ほどのツリーばかりだった。こんなに見上げるほどの大きさのものはない。また装飾に関してもやはり貴族というべきか、オーナメント一つ一つ丁寧な作りで、ツリーの飾りにするのが勿体無いと思えるほどのクオリティのものだった。
ふと廊下の方で慌ただしいメイドたちの声が響いた。
今日は交流の深い貴族を少人数招いた少し早いクリスマスパーティがあるのでその準備に忙しくしているのだろう。ケーキが、オードブルが、という声が聞こえてくる。
「…こんなキラキラしたクリスマスは初めて」
ぽそりとこぼしたつぶやきにユーシスの視線が向く。
大抵いつも仕事をしていたか、ひとりで普通の日として過ごしていたアリアはクリスマスパーティーをしたり、特別な食事をしたりという経験がなく少し胸がドキドキとしていた。まぁパーティーには客として参加するわけではないので、食事は余り物にはなるわけだが、それでもアリアにとっては特別なものだった。
近くを通り過ぎた執事が抱えた荷物の中に赤い帽子が見え、アリアは思ったことをユーシスに尋ねた。
「…ところでどうしてみんな赤い帽子をかぶるの?」
「どうしてとは…サンタを模しているんだろう」
「サンタ?それは…なに?人かしら」
「え」
ユーシスが瞠目するのにアリアは首を傾げた。
アリアにとってクリスマスはこの時期になるとみんな木を装飾して、美味しいものを食べる日だという認識でしかない。
取り立てて興味のなかったアリアにそれ以上の知識はなく、言われてみれば赤い装束を着た白い髭の老人を良く見るかもしれないと思うのだった。
ユーシスに好奇の視線を送られながらも“サンタ”なる存在の説明を受けるアリア。
「わあ、プレゼントを配るだなんて、すごく良心的な人なのね」
「いや…ふむ……まあ、そういうことにしておくか」
「…? 違うの?」
「違わない。お前もサンタに欲しいものを伝えておくといい。」
そんな応募者全員サービスのようなものなのかとアリアは衝撃を受けた。というか今までのクリスマスでサンタの存在を感じなかったことにも驚きである。そしてもっと早くそのことを知っていたらとアリアは少し悔しく思うのであった。
「ね、ねえ、サンタさんはどこにいるの?お手紙でも書けばいいかしら」
「……ふっ…ふふ…ああそうだな、俺が届けておこう」
「えっ!ユーシス知り合いなの……?!」
何故かユーシスが顔を背けるのにアリアは眉を吊り上げた。
肩が震えどうやら笑っているようだがアリアは至って真面目に聞いているので誠に遺憾である。
「な、なに…?」
「いや、気にするな。書けたら俺のところに持ってくるといい」
相変わらず緩みっぱなしのユーシスの口元をアリアは怪訝に思ったが、欲しいものを届けてくれるのは非常にありがたい。
アリアは一体何をお願いしようかとわくわくと考えながら自室に戻る。
デスクに座り、先日アリサと雑貨屋さんで購入したレターセットを取り出す。ポインセチアの描かれた便箋にまず時節の挨拶を書き上げていく。
「拝啓…サンタ様……薄雪の散らつく頃…いかがお過ごしでしょうか……バリアハートは……」
つらつらと当たり障りのないことを書き、いざ本題の欲しいものを書くとなり、アリアのペンが止まる。
「ほしいもの…ないわね」
そう、驚くべきことに、サンタに強請ってまで欲しいものがないのであった。今の暮らしは充実していて、不足は無いどころか十分すぎるとさえ思っていた。
新しい服? この間もドレスを贈ってもらったばかりだ
新作のコスメ? そんなものは給料で買える
綺麗なケーキ? それはきっとパーティーの余り物にあるだろう
考えども考えども欲しいものは出てこずアリアはついにペンを置いて考え込んでしまう。ふとデスクに置いたユーシス、ミリアム、自分との3人で撮った写真が目に入った。
「……」
少し考え、やがてペンを持ち直しサンタへの手紙を書き進めていく。
◆
ユーシスはポインセチアの描かれた封筒を片手に中庭へと出た。昼食後無邪気な笑顔でアリアに託されたサンタ宛の手紙。
アリアには軽い雑務を任せているので中庭に来ることはないだろうと考えユーシスは手紙の中身を確認すべく東屋へと向かっているのであった。
サンタを信じ切っているアリアのキラキラした目を思い出すとユーシスはつい笑い出しそうになるのを堪える。この歳になって初めてその存在を知り、ユーシスの話を疑いもしないアリア。彼女の生い立ちや生きてきた環境を考えれば仕方がないことなのだろう。普段の彼女からは想像できないような子供のように輝く憧憬の眼差し。ユーシスはそんなアリアの反応を面白いとも思っていたが、そんなことよりもアリアにとっての初めてのクリスマスを充実したものにしてあげたいと思っていた。
みんなが当たり前に楽しんできたクリスマスをアリアにも同じように楽しませてあげたい。そうユーシスは画策していた。
大きなクリスマスツリーやパーティーの残り物にさえ、表には出さないが静かに喜んでいるのにユーシスは気がついていた。そんなアリアにささやかではあるがクリスマスパーティを開き、欲しいというものを贈る。そうしたらアリアはどんなに愛らしい笑顔を浮かべてくれるだろうか、ユーシスは考えるだけで楽しみだった。
秘密の東屋へと付きベンチへ腰掛ける。
アリアの右上がりの細い文字で書かれた宛名“サンタ様”
他人宛の手紙を勝手に見るだなんて不躾極まりないが、今回に限ってはこの手紙が宛名の人物に届くことはない。まあ、サンタを一個人ではなく『クリスマスプレゼントを贈る人』という意味で捉えればアリアにとってのサンタはユーシスであるので、手紙を宛てられた人物といっても差し支えはないだろう。
封筒を開けると便箋も同じくポインセチアが描かれている。
書き出しの“拝啓サンタ様”を読みユーシスはフッと笑みを漏らした。丁寧な時節の挨拶が続きアリアの律儀さがよく伝わる手紙にサンタの真実を知ったら一体どんな反応をするだろうかとユーシスは考えを巡らせた。怒るだろうか、それとも恥じらうだろうか。どんなアリアも愛おしく思うだろうけれど、と考えながら続きを読み進める。
内容が懇願の雰囲気に変わり、さていよいよアリアの欲しいものがなんなのか分かるかとユーシスは期待したが、書かれていた欲しいものに思わず眉を顰めた。
“男性用の乗馬用グローブ”と“大きなウサギのぬいぐるみ”
手紙には確かにそう書かれていた。
ユーシスの想像していたアリアの欲しいものとはかけ離れていてユーシスの脳が一瞬思考停止する。ぬいぐるみはまだしも、男性用のグローブとは、どう考えてもアリア自身が必要なものではないことは明白だった。
「……あいつは阿呆なのか」
それは高確率でユーシスとミリアムに宛てたものなのだろうと推察でき、ユーシスはため息を盛大に吐いてしまう。他人に贈るものをサンタにねだるとは、全く無欲にも程がある。
呆れると同時にユーシスは困った。これではアリアへのプレゼントを決めあぐねてしまうではないか。しかし、本当に欲しいものがないかどうか聞くことは難しい。手紙を読んだということがバレてしまう。ネタバラシにはまだ早い。
サンタの存在を知った時のアリアの瞳が本当に嬉しそうだったと印象に強く残っている。なのに願うものが他人へのものだなんて、ユーシスは胸が苦しくなった。いつまでも自分のことは二の次なアリアを変えられない自分を悔しくも。
アリアの望み通りの品物を用意することは簡単だ。そしてそれを受け取り喜ぶユーシスとミリアムの姿を見てアリアは満足するのだろうということも想像に易い。しかし、それでは違うのだとユーシスは頭を抱えた。
アリアにはアリア自身に施された事柄で喜んで欲しいのだ。
仕方がない、とユーシスは息を吐き一先ずは手紙の通りに品物を用意しようとアルノーの元へと向かう。
「……これは…とてもアリア様らしいですね」
「本当にあいつは…どうのしようもないお人好しだ」
「それがアリア様の魅力でもありますけれど…」
買い物を頼むのに手紙をアルノーに渡すと苦笑いを漏らすのにユーシスは腕を組んでアリアを非難した。いやアルノーの言う通りアリアの良いところではあるのだが、今のユーシスにとっては悪いところでしかない。
ただ彼女を喜ばせたいだけなのに一筋縄にはいかないものだとユーシスは頭を押さえた。
「ミリアム宛のものは直接自宅に届けてやってくれ。それとすまないがこれも職人街で用意して欲しい」
また別の紙をアルノーに託す、軽く目を通した執事の優しい眼差しにユーシスは慌てて咳払いをして弁明する。
「アリア自身へ贈らないとクリスマスにならんだろう。」
「ええ、全くもって。良いものを見繕わせます。」
「ああ、頼んだ」
一礼して退室するアルノーの背を見送り、デスク上のカレンダーへと視線を移す。
今日は23日だ。アリアにはまだ秘密だが、明日ささやかなパーティーをするつもりだ。といってもミリアムやアリサは仕事で都合が付かず、2人だけのクリスマスディナーに近いが。
さて、プレゼントも花も手配した。
あとはアリアにどういう順序でネタばらししていくかである。
アリア宛のサンタのプレゼントをユーシスが貰うという予想外のハプニングをどう対処していくか頭を悩ませた。
いっそしないというのも手か?
それともサンタの格好をしてアリアのベッドを訪ねるか?
後者はらしくないし反撃されかねないなと案を打ち消していく。
まあ成り行きに身を任せようとユーシスは思考を停止した。とりあえず先に明日、明後日と執務に極力邪魔をされないように出来る限り仕事を終わらせようとデスクへと就いた。
――
控えめなノックの音、ユーシスはすぐにアリアだと気がつき少し部屋を見回して問題がないことを確認すると入室を許可する。クリスマスディナーに不備はないはずだ。
「ゆ、ユーシス?突然ドレスだなんて、何か急な来客……へ」
「アリア、待っていたぞ。」
アリアは入室すると眼前に広がったユーシスの部屋の内装に驚いたように言葉と歩みを止めた。
簡易的ではあるがクリスマス仕様に装飾された室内。
クリスマスツリーにキャンドル、リースやバルーンなど落ち着いた色合いの装飾が嬉々としたメイド達によって施されていたのだった。
「さあ、こちらに」
手を引き席に誘導すると、アリアは戸惑いの表情を浮かべたままだったが視線はツリーや部屋を彩る装飾に釘付けになっており、頬が少し紅潮していてユーシスは笑みを溢した。
「ユーシス…これってもしかして…」
「ああ、2人ですまないがクリスマスを祝おう」
「……!」
こくこくと何度も頷くアリア。2人ともテーブルにつくと執事がシャンパンを注いでいくのをアリアはキラキラとした瞳で見つめていた。
「ミリアムやアリサにも声を掛けたんだがな、都合がつかないらしい」
「そうだったの……でもっ、うれしい……!」
「そうか。」
シャンパンのグラスを持ち近づけるとアリアもそわそわとグラスを近づけてきて、チンと小気味の良い音が鳴る。
「わあ、美味しい」
「ああ、悪くないな」
それから運ばれてくる料理一つ一つに目を輝かせ、舌鼓を打つアリア。ミリアムに対してもそうだが、大切な人が美味しそうに食事をして幸せそうにしているのを見るのは心が穏やかになるとユーシスは思っていた。
見ているばかりでは無くユーシスも食事をしようと食べすすめていく。どうやら城館のシェフはかなり気合を入れてくれたようで、普段から美味であるのにも関わらず、さらに洗練されたディナーにユーシスもフォークが止まらないでいた。
「わあ、写真でしか見たことないわ!」
メインディッシュに出てきたチキンの丸焼きにユーシスは随分古典的なクリスマス料理だと思ったが、アリアは初めてらしく喜ぶ姿に、オーソドックスな料理をチョイスしてくれたシェフにはあとで礼をしに行こうと思うのだった。
「チキンの中にこんなに具材が入っているのね…!」
切り分けられるチキンにさえも感動するアリア。
運ばれてくるもの全てに目を輝かせ、笑顔の絶えないアリアはなんだか子供のように見えて、ユーシスはその無邪気な姿を新鮮だと思うのだった。
その後も豪勢なクリスマスディナーが続き、アリアの好物のスターベリーがたくさん使われたケーキには砂糖細工のサンタなんかも乗っていて、城館の使用人みんなでアリアにクリスマスを楽しませようとしてくれたことが伝わる。
「はぁあ、こんなクリスマスは初めて…!」
一通り食事を終えたアリアが紅茶を飲み、感無量といったように言う。
「気に入ったようで何よりだ」
「ええ、とっても…!」
豪勢な食事とアリアの幸福そうな様子にユーシスにとっても今日過ごしたクリスマスは人生の中でも特に暖かく、特別なものになったのであった。
「ところでサンタさんには会えるのかしら」
「!」
アリアがそわそわと問いかけてくるのに、ユーシスは飲んでいた紅茶を吹き出しかける。
まったとりとリラックスした時間にサンタのことなんて完全に抜けていたユーシスには不意打ちすぎて、紅茶に咽せて咳き込んでしまうのをアリアが心配そうに見てくる。
「だ、大丈夫?」
「…ああ、問題ない。サンタは……」
なんと答えるのが適切か考えること刹那、ユーシスはまじめ腐った表情を作り言う。
「寝静まった後に来るという噂だ」
「噂……ユーシスは会ったことないの?」
「……ない」
「そうなのね…私、お礼を言いたいわ」
ユーシスは笑いそうになるのを必死に堪え、静かに深呼吸をして表情を整える。
「また手紙を書くといい。」
「そうね、そうする。」
にこりと笑いまた紅茶を啜るアリア。
そこからはなんともない雑談が続き、ひと段落したところでディナーが終了する。
恋人同士のクリスマス――
ディナーの後の甘いひとときを期待したユーシスだったが、そんなものはつゆ知らずのアリアは『サンタが仕事をしやすいように』と謎の気遣いを発動し、早めに寝ると早々に自室に戻ってしまう。
パタリと無情にも閉まる扉にユーシスはアリアを誘おうと上げた腕を静かに下ろすのだった。
しかし、残念がってばかりはいられない。
プレゼントをサンタが届けたという体でアリアの部屋に置かなければならず、ユーシスはここが最難関だとこの数日頭を悩ませていた。
どんなに気配を消したとしても、ユーシスの実力ではアリアの部屋に入った瞬間に気配を悟られてしまうだろう。睡眠薬を紅茶に混ぜることも考えたが、さすがに良心の呵責に苛まれそうなのでやめておいたのだった。
さて、ではどうするかというと、ユーシスは普通にアリアの部屋に入ることにしたのだった。
前述した通り当然アリアには察知されるだろう。
しかしサンタのために早寝をするアリアだ。例え誰かの気配を感じたとしてもサンタの邪魔をしないようにと気づいていないふりをするだろう。ユーシスはアリアの変なところに無知で純粋なところを信じることにし、夜がふけた頃プレゼントを手に部屋を出発する。
そして、なんとか己の出来得る限りに気配を消し、アリアの部屋に侵入したユーシスは無事プレゼントを置くことに成功したのだった。
――翌朝
ユーシスが窓の外の中庭を見ながら身なりを整えていると、部屋にノックの音が響いた。ノックの仕方はアリアのものだが随分慌てているようで、ユーシスはプレゼントを確認したアリアが早速やってきたのだろうと笑みを溢し入室を許可する。
「ゆ、ユーシスっ!サンタさん来たわ!」
興奮気味にそう言うアリアの手には、ユーシスが昨晩自分で置いた自分宛のプレゼントの包みが握られていて、なんだか複雑な気持ちになりながらも「よかったじゃないか」と返す。
「本当に!びっくり!」
満面の笑みのアリアが弾んだ声で言い、包みがユーシスにずいと差し出された。
「ユーシス、いつもありがとう」
こうなることはわかっていたし、自分で用意したものだがユーシスはアリアの厚意を素直に嬉しいと思うのだった。
「…ああ、こちらこそだ」
「…?あれ、驚かないの?」
なんの驚きもなくプレゼントを受け取ったユーシスにアリアが首を捻るのに、ユーシスは小さく笑みを溢すと別に用意をしていたアリアへのプレゼントを差し出す。
「これは…?」
「お前にだ、開けてみるといい」
「う、うん……」
包みのリボンを引っ張り開けると中から純白のマフラーがでて来るのにアリアは戸惑いながらも顔を綻ばせた。
「わ、わあ…かわいい……カードが…」
同封されていたメッセージカードに気がついた様子のアリア。
この悪戯の終わりが近づいてきて、ユーシスは彼女がどんな反応をするのか今更緊張してくる。
『 Merry Xmas アリア
――貴女のサンタより 』
メッセージカードを読んだアリアが瞠目する。
「え、あ……あれ?」
「ふむ、俺のサンタは遠乗りに連れて行って欲しいようだ」
「…へ……」
アリアからのプレゼントの乗馬用グローブを装着し、その着け心地を確認しながら呟くと、アリアは眉を寄せ怪訝そうな表情をしてユーシスの字で書かれたメッセージカードとユーシスの顔を交互に見ていた。
「えっと……サンタ?」
アリアが自分を指差し首を傾げる。
ユーシスは笑いそうになりながらも頷いて見せた。
「そして、サンタ、だ。」
そしてユーシスも自分を指差し言う。
「〜〜ッ!!」
どうやら“サンタ”の真相に気がついた様子のアリアが頬を朱に染め声にならない声を上げる。ようやく解けた盛大な勘違いにユーシスは引き締めていた表情を緩め、フッと笑いを漏らした。
サプライズも込みでアリアには存分にクリスマスを楽しんでもらえただろうから、この戯れは大成功といえよう。
「なっな、なんで教えてくれなかったの…!」
「知らなかったとはいえ、馬鹿正直にサンタを信じているお前を見ているのは本当に愉快だった」
「じゃ、じゃあ、手紙!!読んだの?!」
「フッ…ふふ…『拝啓サンタ様』あれは傑作だったぞ」
手紙の冒頭部を軽く読み上げるとアリアはさらに顔を真っ赤にして恥ずかしさのあまり顔を手で覆ってしまう。
さすがに揶揄いすぎかとユーシスは軽く咳払いをしてアリアの頭を撫でると、勢いよく抱きついてくるのを受け止め、謝罪の気持ちを込めて強く抱きしめた。
「ううっ、うう……!」
「だが、お前の望むものが俺とミリアムのもので呆れた」
「だって、欲しいもの…なかったの」
ユーシスはアリアの顔が見たくなり覗き込むが、耳まで真っ赤にしたアリアは顔を上げる様子はなく、ユーシスの胸に抱きついたまま離れない。
「無いことはないだろう」
「ないの…わたし、ここにあなたといて、本当に幸せなの」
「……」
「だから、あなたが喜んでくれるのが…私は嬉しいから」
ああ、なんで自分は幸せ者なのだろうかとユーシスは胸の内に思い、堪らずアリアの身体を無理やり引き剥がすと、驚いた唇をそのまま塞ぎ、改めて強く抱きしめた。
「ん、ふあ」
「俺は、今とても幸せだ」
「…!そっか、よかった…!えへへ……」
ふにゃふにゃと嬉しそうに笑うアリアにもう一度口付け、ユーシスはプレゼントで渡したマフラーを手に取ると、アリアの首へと丁寧に巻いていく。
「さあ、俺の親愛なるサンタ。シュトラールと朝の散歩はどうだ?」
贈った純白のマフラーは思った通りアリアによく似合い、細かいデザインなどはアルノー任せだったが、宣言通り良いものを見繕ってくれたようで、触れる柔らかさは肌触りがよく、とても暖かそうだとユーシスも満足だった。
ふわふわのマフラーを身にまとったアリアがふわふわと微笑む。
「ぜひ、連れて行って?私のサンタさん」
差し出した手にはめたグローブが視界に入り、ユーシスもこんなにキラキラとしたクリスマスは初めてだと思うのだった。
――――
「アリアー!プレゼント嬉しくて来ちゃった!」
「わあ、みーちゃん、いらっしゃい」
「ボクもアリアにプレゼント!」
「いいの?…かわいいネックレス…ありがとう」
「ニシシ、この間帝都で見つけたんだ!」
「アリア、アリサやリィンからも届いているぞ」
「…私のサンタさんはいっぱいいるのね…うれしい…」
「おい、ひっくり返るつもりか?」
「ごめん……」
アリアは公爵家玄関ホールに飾られた巨大なクリスマスツリーをあんぐりと見上げていた。
みたこともないほどの大きさの堂々とした立派な佇まいの木にこれでもかと装飾される煌びやかなオーナメントたちからアリアは目が離せないでいた。
「…まさか初めて見るのか?」
「えっ、いやそんなことないよ。でももっと小さいやつだったもの」
クロスベルでも飾る家や店は当然あったが、大きくても大人の身長ほどのツリーばかりだった。こんなに見上げるほどの大きさのものはない。また装飾に関してもやはり貴族というべきか、オーナメント一つ一つ丁寧な作りで、ツリーの飾りにするのが勿体無いと思えるほどのクオリティのものだった。
ふと廊下の方で慌ただしいメイドたちの声が響いた。
今日は交流の深い貴族を少人数招いた少し早いクリスマスパーティがあるのでその準備に忙しくしているのだろう。ケーキが、オードブルが、という声が聞こえてくる。
「…こんなキラキラしたクリスマスは初めて」
ぽそりとこぼしたつぶやきにユーシスの視線が向く。
大抵いつも仕事をしていたか、ひとりで普通の日として過ごしていたアリアはクリスマスパーティーをしたり、特別な食事をしたりという経験がなく少し胸がドキドキとしていた。まぁパーティーには客として参加するわけではないので、食事は余り物にはなるわけだが、それでもアリアにとっては特別なものだった。
近くを通り過ぎた執事が抱えた荷物の中に赤い帽子が見え、アリアは思ったことをユーシスに尋ねた。
「…ところでどうしてみんな赤い帽子をかぶるの?」
「どうしてとは…サンタを模しているんだろう」
「サンタ?それは…なに?人かしら」
「え」
ユーシスが瞠目するのにアリアは首を傾げた。
アリアにとってクリスマスはこの時期になるとみんな木を装飾して、美味しいものを食べる日だという認識でしかない。
取り立てて興味のなかったアリアにそれ以上の知識はなく、言われてみれば赤い装束を着た白い髭の老人を良く見るかもしれないと思うのだった。
ユーシスに好奇の視線を送られながらも“サンタ”なる存在の説明を受けるアリア。
「わあ、プレゼントを配るだなんて、すごく良心的な人なのね」
「いや…ふむ……まあ、そういうことにしておくか」
「…? 違うの?」
「違わない。お前もサンタに欲しいものを伝えておくといい。」
そんな応募者全員サービスのようなものなのかとアリアは衝撃を受けた。というか今までのクリスマスでサンタの存在を感じなかったことにも驚きである。そしてもっと早くそのことを知っていたらとアリアは少し悔しく思うのであった。
「ね、ねえ、サンタさんはどこにいるの?お手紙でも書けばいいかしら」
「……ふっ…ふふ…ああそうだな、俺が届けておこう」
「えっ!ユーシス知り合いなの……?!」
何故かユーシスが顔を背けるのにアリアは眉を吊り上げた。
肩が震えどうやら笑っているようだがアリアは至って真面目に聞いているので誠に遺憾である。
「な、なに…?」
「いや、気にするな。書けたら俺のところに持ってくるといい」
相変わらず緩みっぱなしのユーシスの口元をアリアは怪訝に思ったが、欲しいものを届けてくれるのは非常にありがたい。
アリアは一体何をお願いしようかとわくわくと考えながら自室に戻る。
デスクに座り、先日アリサと雑貨屋さんで購入したレターセットを取り出す。ポインセチアの描かれた便箋にまず時節の挨拶を書き上げていく。
「拝啓…サンタ様……薄雪の散らつく頃…いかがお過ごしでしょうか……バリアハートは……」
つらつらと当たり障りのないことを書き、いざ本題の欲しいものを書くとなり、アリアのペンが止まる。
「ほしいもの…ないわね」
そう、驚くべきことに、サンタに強請ってまで欲しいものがないのであった。今の暮らしは充実していて、不足は無いどころか十分すぎるとさえ思っていた。
新しい服? この間もドレスを贈ってもらったばかりだ
新作のコスメ? そんなものは給料で買える
綺麗なケーキ? それはきっとパーティーの余り物にあるだろう
考えども考えども欲しいものは出てこずアリアはついにペンを置いて考え込んでしまう。ふとデスクに置いたユーシス、ミリアム、自分との3人で撮った写真が目に入った。
「……」
少し考え、やがてペンを持ち直しサンタへの手紙を書き進めていく。
◆
ユーシスはポインセチアの描かれた封筒を片手に中庭へと出た。昼食後無邪気な笑顔でアリアに託されたサンタ宛の手紙。
アリアには軽い雑務を任せているので中庭に来ることはないだろうと考えユーシスは手紙の中身を確認すべく東屋へと向かっているのであった。
サンタを信じ切っているアリアのキラキラした目を思い出すとユーシスはつい笑い出しそうになるのを堪える。この歳になって初めてその存在を知り、ユーシスの話を疑いもしないアリア。彼女の生い立ちや生きてきた環境を考えれば仕方がないことなのだろう。普段の彼女からは想像できないような子供のように輝く憧憬の眼差し。ユーシスはそんなアリアの反応を面白いとも思っていたが、そんなことよりもアリアにとっての初めてのクリスマスを充実したものにしてあげたいと思っていた。
みんなが当たり前に楽しんできたクリスマスをアリアにも同じように楽しませてあげたい。そうユーシスは画策していた。
大きなクリスマスツリーやパーティーの残り物にさえ、表には出さないが静かに喜んでいるのにユーシスは気がついていた。そんなアリアにささやかではあるがクリスマスパーティを開き、欲しいというものを贈る。そうしたらアリアはどんなに愛らしい笑顔を浮かべてくれるだろうか、ユーシスは考えるだけで楽しみだった。
秘密の東屋へと付きベンチへ腰掛ける。
アリアの右上がりの細い文字で書かれた宛名“サンタ様”
他人宛の手紙を勝手に見るだなんて不躾極まりないが、今回に限ってはこの手紙が宛名の人物に届くことはない。まあ、サンタを一個人ではなく『クリスマスプレゼントを贈る人』という意味で捉えればアリアにとってのサンタはユーシスであるので、手紙を宛てられた人物といっても差し支えはないだろう。
封筒を開けると便箋も同じくポインセチアが描かれている。
書き出しの“拝啓サンタ様”を読みユーシスはフッと笑みを漏らした。丁寧な時節の挨拶が続きアリアの律儀さがよく伝わる手紙にサンタの真実を知ったら一体どんな反応をするだろうかとユーシスは考えを巡らせた。怒るだろうか、それとも恥じらうだろうか。どんなアリアも愛おしく思うだろうけれど、と考えながら続きを読み進める。
内容が懇願の雰囲気に変わり、さていよいよアリアの欲しいものがなんなのか分かるかとユーシスは期待したが、書かれていた欲しいものに思わず眉を顰めた。
“男性用の乗馬用グローブ”と“大きなウサギのぬいぐるみ”
手紙には確かにそう書かれていた。
ユーシスの想像していたアリアの欲しいものとはかけ離れていてユーシスの脳が一瞬思考停止する。ぬいぐるみはまだしも、男性用のグローブとは、どう考えてもアリア自身が必要なものではないことは明白だった。
「……あいつは阿呆なのか」
それは高確率でユーシスとミリアムに宛てたものなのだろうと推察でき、ユーシスはため息を盛大に吐いてしまう。他人に贈るものをサンタにねだるとは、全く無欲にも程がある。
呆れると同時にユーシスは困った。これではアリアへのプレゼントを決めあぐねてしまうではないか。しかし、本当に欲しいものがないかどうか聞くことは難しい。手紙を読んだということがバレてしまう。ネタバラシにはまだ早い。
サンタの存在を知った時のアリアの瞳が本当に嬉しそうだったと印象に強く残っている。なのに願うものが他人へのものだなんて、ユーシスは胸が苦しくなった。いつまでも自分のことは二の次なアリアを変えられない自分を悔しくも。
アリアの望み通りの品物を用意することは簡単だ。そしてそれを受け取り喜ぶユーシスとミリアムの姿を見てアリアは満足するのだろうということも想像に易い。しかし、それでは違うのだとユーシスは頭を抱えた。
アリアにはアリア自身に施された事柄で喜んで欲しいのだ。
仕方がない、とユーシスは息を吐き一先ずは手紙の通りに品物を用意しようとアルノーの元へと向かう。
「……これは…とてもアリア様らしいですね」
「本当にあいつは…どうのしようもないお人好しだ」
「それがアリア様の魅力でもありますけれど…」
買い物を頼むのに手紙をアルノーに渡すと苦笑いを漏らすのにユーシスは腕を組んでアリアを非難した。いやアルノーの言う通りアリアの良いところではあるのだが、今のユーシスにとっては悪いところでしかない。
ただ彼女を喜ばせたいだけなのに一筋縄にはいかないものだとユーシスは頭を押さえた。
「ミリアム宛のものは直接自宅に届けてやってくれ。それとすまないがこれも職人街で用意して欲しい」
また別の紙をアルノーに託す、軽く目を通した執事の優しい眼差しにユーシスは慌てて咳払いをして弁明する。
「アリア自身へ贈らないとクリスマスにならんだろう。」
「ええ、全くもって。良いものを見繕わせます。」
「ああ、頼んだ」
一礼して退室するアルノーの背を見送り、デスク上のカレンダーへと視線を移す。
今日は23日だ。アリアにはまだ秘密だが、明日ささやかなパーティーをするつもりだ。といってもミリアムやアリサは仕事で都合が付かず、2人だけのクリスマスディナーに近いが。
さて、プレゼントも花も手配した。
あとはアリアにどういう順序でネタばらししていくかである。
アリア宛のサンタのプレゼントをユーシスが貰うという予想外のハプニングをどう対処していくか頭を悩ませた。
いっそしないというのも手か?
それともサンタの格好をしてアリアのベッドを訪ねるか?
後者はらしくないし反撃されかねないなと案を打ち消していく。
まあ成り行きに身を任せようとユーシスは思考を停止した。とりあえず先に明日、明後日と執務に極力邪魔をされないように出来る限り仕事を終わらせようとデスクへと就いた。
――
控えめなノックの音、ユーシスはすぐにアリアだと気がつき少し部屋を見回して問題がないことを確認すると入室を許可する。クリスマスディナーに不備はないはずだ。
「ゆ、ユーシス?突然ドレスだなんて、何か急な来客……へ」
「アリア、待っていたぞ。」
アリアは入室すると眼前に広がったユーシスの部屋の内装に驚いたように言葉と歩みを止めた。
簡易的ではあるがクリスマス仕様に装飾された室内。
クリスマスツリーにキャンドル、リースやバルーンなど落ち着いた色合いの装飾が嬉々としたメイド達によって施されていたのだった。
「さあ、こちらに」
手を引き席に誘導すると、アリアは戸惑いの表情を浮かべたままだったが視線はツリーや部屋を彩る装飾に釘付けになっており、頬が少し紅潮していてユーシスは笑みを溢した。
「ユーシス…これってもしかして…」
「ああ、2人ですまないがクリスマスを祝おう」
「……!」
こくこくと何度も頷くアリア。2人ともテーブルにつくと執事がシャンパンを注いでいくのをアリアはキラキラとした瞳で見つめていた。
「ミリアムやアリサにも声を掛けたんだがな、都合がつかないらしい」
「そうだったの……でもっ、うれしい……!」
「そうか。」
シャンパンのグラスを持ち近づけるとアリアもそわそわとグラスを近づけてきて、チンと小気味の良い音が鳴る。
「わあ、美味しい」
「ああ、悪くないな」
それから運ばれてくる料理一つ一つに目を輝かせ、舌鼓を打つアリア。ミリアムに対してもそうだが、大切な人が美味しそうに食事をして幸せそうにしているのを見るのは心が穏やかになるとユーシスは思っていた。
見ているばかりでは無くユーシスも食事をしようと食べすすめていく。どうやら城館のシェフはかなり気合を入れてくれたようで、普段から美味であるのにも関わらず、さらに洗練されたディナーにユーシスもフォークが止まらないでいた。
「わあ、写真でしか見たことないわ!」
メインディッシュに出てきたチキンの丸焼きにユーシスは随分古典的なクリスマス料理だと思ったが、アリアは初めてらしく喜ぶ姿に、オーソドックスな料理をチョイスしてくれたシェフにはあとで礼をしに行こうと思うのだった。
「チキンの中にこんなに具材が入っているのね…!」
切り分けられるチキンにさえも感動するアリア。
運ばれてくるもの全てに目を輝かせ、笑顔の絶えないアリアはなんだか子供のように見えて、ユーシスはその無邪気な姿を新鮮だと思うのだった。
その後も豪勢なクリスマスディナーが続き、アリアの好物のスターベリーがたくさん使われたケーキには砂糖細工のサンタなんかも乗っていて、城館の使用人みんなでアリアにクリスマスを楽しませようとしてくれたことが伝わる。
「はぁあ、こんなクリスマスは初めて…!」
一通り食事を終えたアリアが紅茶を飲み、感無量といったように言う。
「気に入ったようで何よりだ」
「ええ、とっても…!」
豪勢な食事とアリアの幸福そうな様子にユーシスにとっても今日過ごしたクリスマスは人生の中でも特に暖かく、特別なものになったのであった。
「ところでサンタさんには会えるのかしら」
「!」
アリアがそわそわと問いかけてくるのに、ユーシスは飲んでいた紅茶を吹き出しかける。
まったとりとリラックスした時間にサンタのことなんて完全に抜けていたユーシスには不意打ちすぎて、紅茶に咽せて咳き込んでしまうのをアリアが心配そうに見てくる。
「だ、大丈夫?」
「…ああ、問題ない。サンタは……」
なんと答えるのが適切か考えること刹那、ユーシスはまじめ腐った表情を作り言う。
「寝静まった後に来るという噂だ」
「噂……ユーシスは会ったことないの?」
「……ない」
「そうなのね…私、お礼を言いたいわ」
ユーシスは笑いそうになるのを必死に堪え、静かに深呼吸をして表情を整える。
「また手紙を書くといい。」
「そうね、そうする。」
にこりと笑いまた紅茶を啜るアリア。
そこからはなんともない雑談が続き、ひと段落したところでディナーが終了する。
恋人同士のクリスマス――
ディナーの後の甘いひとときを期待したユーシスだったが、そんなものはつゆ知らずのアリアは『サンタが仕事をしやすいように』と謎の気遣いを発動し、早めに寝ると早々に自室に戻ってしまう。
パタリと無情にも閉まる扉にユーシスはアリアを誘おうと上げた腕を静かに下ろすのだった。
しかし、残念がってばかりはいられない。
プレゼントをサンタが届けたという体でアリアの部屋に置かなければならず、ユーシスはここが最難関だとこの数日頭を悩ませていた。
どんなに気配を消したとしても、ユーシスの実力ではアリアの部屋に入った瞬間に気配を悟られてしまうだろう。睡眠薬を紅茶に混ぜることも考えたが、さすがに良心の呵責に苛まれそうなのでやめておいたのだった。
さて、ではどうするかというと、ユーシスは普通にアリアの部屋に入ることにしたのだった。
前述した通り当然アリアには察知されるだろう。
しかしサンタのために早寝をするアリアだ。例え誰かの気配を感じたとしてもサンタの邪魔をしないようにと気づいていないふりをするだろう。ユーシスはアリアの変なところに無知で純粋なところを信じることにし、夜がふけた頃プレゼントを手に部屋を出発する。
そして、なんとか己の出来得る限りに気配を消し、アリアの部屋に侵入したユーシスは無事プレゼントを置くことに成功したのだった。
――翌朝
ユーシスが窓の外の中庭を見ながら身なりを整えていると、部屋にノックの音が響いた。ノックの仕方はアリアのものだが随分慌てているようで、ユーシスはプレゼントを確認したアリアが早速やってきたのだろうと笑みを溢し入室を許可する。
「ゆ、ユーシスっ!サンタさん来たわ!」
興奮気味にそう言うアリアの手には、ユーシスが昨晩自分で置いた自分宛のプレゼントの包みが握られていて、なんだか複雑な気持ちになりながらも「よかったじゃないか」と返す。
「本当に!びっくり!」
満面の笑みのアリアが弾んだ声で言い、包みがユーシスにずいと差し出された。
「ユーシス、いつもありがとう」
こうなることはわかっていたし、自分で用意したものだがユーシスはアリアの厚意を素直に嬉しいと思うのだった。
「…ああ、こちらこそだ」
「…?あれ、驚かないの?」
なんの驚きもなくプレゼントを受け取ったユーシスにアリアが首を捻るのに、ユーシスは小さく笑みを溢すと別に用意をしていたアリアへのプレゼントを差し出す。
「これは…?」
「お前にだ、開けてみるといい」
「う、うん……」
包みのリボンを引っ張り開けると中から純白のマフラーがでて来るのにアリアは戸惑いながらも顔を綻ばせた。
「わ、わあ…かわいい……カードが…」
同封されていたメッセージカードに気がついた様子のアリア。
この悪戯の終わりが近づいてきて、ユーシスは彼女がどんな反応をするのか今更緊張してくる。
『 Merry Xmas アリア
――貴女のサンタより 』
メッセージカードを読んだアリアが瞠目する。
「え、あ……あれ?」
「ふむ、俺のサンタは遠乗りに連れて行って欲しいようだ」
「…へ……」
アリアからのプレゼントの乗馬用グローブを装着し、その着け心地を確認しながら呟くと、アリアは眉を寄せ怪訝そうな表情をしてユーシスの字で書かれたメッセージカードとユーシスの顔を交互に見ていた。
「えっと……サンタ?」
アリアが自分を指差し首を傾げる。
ユーシスは笑いそうになりながらも頷いて見せた。
「そして、サンタ、だ。」
そしてユーシスも自分を指差し言う。
「〜〜ッ!!」
どうやら“サンタ”の真相に気がついた様子のアリアが頬を朱に染め声にならない声を上げる。ようやく解けた盛大な勘違いにユーシスは引き締めていた表情を緩め、フッと笑いを漏らした。
サプライズも込みでアリアには存分にクリスマスを楽しんでもらえただろうから、この戯れは大成功といえよう。
「なっな、なんで教えてくれなかったの…!」
「知らなかったとはいえ、馬鹿正直にサンタを信じているお前を見ているのは本当に愉快だった」
「じゃ、じゃあ、手紙!!読んだの?!」
「フッ…ふふ…『拝啓サンタ様』あれは傑作だったぞ」
手紙の冒頭部を軽く読み上げるとアリアはさらに顔を真っ赤にして恥ずかしさのあまり顔を手で覆ってしまう。
さすがに揶揄いすぎかとユーシスは軽く咳払いをしてアリアの頭を撫でると、勢いよく抱きついてくるのを受け止め、謝罪の気持ちを込めて強く抱きしめた。
「ううっ、うう……!」
「だが、お前の望むものが俺とミリアムのもので呆れた」
「だって、欲しいもの…なかったの」
ユーシスはアリアの顔が見たくなり覗き込むが、耳まで真っ赤にしたアリアは顔を上げる様子はなく、ユーシスの胸に抱きついたまま離れない。
「無いことはないだろう」
「ないの…わたし、ここにあなたといて、本当に幸せなの」
「……」
「だから、あなたが喜んでくれるのが…私は嬉しいから」
ああ、なんで自分は幸せ者なのだろうかとユーシスは胸の内に思い、堪らずアリアの身体を無理やり引き剥がすと、驚いた唇をそのまま塞ぎ、改めて強く抱きしめた。
「ん、ふあ」
「俺は、今とても幸せだ」
「…!そっか、よかった…!えへへ……」
ふにゃふにゃと嬉しそうに笑うアリアにもう一度口付け、ユーシスはプレゼントで渡したマフラーを手に取ると、アリアの首へと丁寧に巻いていく。
「さあ、俺の親愛なるサンタ。シュトラールと朝の散歩はどうだ?」
贈った純白のマフラーは思った通りアリアによく似合い、細かいデザインなどはアルノー任せだったが、宣言通り良いものを見繕ってくれたようで、触れる柔らかさは肌触りがよく、とても暖かそうだとユーシスも満足だった。
ふわふわのマフラーを身にまとったアリアがふわふわと微笑む。
「ぜひ、連れて行って?私のサンタさん」
差し出した手にはめたグローブが視界に入り、ユーシスもこんなにキラキラとしたクリスマスは初めてだと思うのだった。
――――
「アリアー!プレゼント嬉しくて来ちゃった!」
「わあ、みーちゃん、いらっしゃい」
「ボクもアリアにプレゼント!」
「いいの?…かわいいネックレス…ありがとう」
「ニシシ、この間帝都で見つけたんだ!」
「アリア、アリサやリィンからも届いているぞ」
「…私のサンタさんはいっぱいいるのね…うれしい…」