2 - ルーレ
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アリサの予測通りRF社の工場が事故現場のようだった。
外から火の手は見えないものの黒煙が立ち込め、内部で何かが起こっていることは一目瞭然だった。さすがに初期消火が間に合う煙の量ではなさそうだが人命救助なら或いは、とアリアは入り口を確認するとちょうど何人か中の作業員たちが飛び出てきた。
「げほげほ…し、死ぬかと思った…」
「大丈夫ですか!?」
「一体何が起きて…!?」
「わ、わけが分からん…。いきなり、工場の中に魔獣が現れたかと思ったら…」
工場の中に魔獣?
この街は堅牢な外壁に囲まれている上に、工場は市街を少し進まないと辿り着けない。正面の道はそこそこに往来もある。
そんな状況で、誰の目にも止まらず工場の中に魔獣が入り込むだろうか。アリアは訝しんだ。
Ⅶ組の他のメンバーたちも同様にそれぞれ驚いた反応を見せたが“魔獣”と言った警備員の言葉を鉱員が徐に否定した。
「い、いや…ありゃあ普通の魔獣じゃなかった。何だか、機械仕掛けのカラクリみたいな…」
「ぇ……」
機械仕掛けのカラクリのような魔獣。
アリアには当然心当たりがあった。クロスベルで幾度となく戦闘してきた“人形兵器”のことだろう。
ということは【結社】が関与しているということだろうか。
「それって…」
「も、もしかしてガレリア要塞で見た…!?」
どうやらⅦ組のメンバーも人形兵器のことを知っているようだった。テロリストと何かと縁があるとは聞いていたが、まさか結社ともあるとは。
そしてそれは、テロリストと結社も関係があるということにも繋がらないだろうか。まあ、人形兵器は結社の武器工房の商品のようなので件のテロリストが購入しただけ、という可能性もあるが、何れにせよ警戒するに越したことはないとアリアは気を引き締める。
すると、辺りに爆発音が鳴り響き、衝撃で砕け散ったガラスが地面に落ちてくる。
「う、うわああっ…!」
「くっ、積んである火薬に引火したのかも…!?」
「…マズいね」
兎にも角にも今ここにいる工場の人たちとⅦ組少年らの安全を確保するべきだろうとアリアは思い、ビルから離れようと誘導しようとしたが、爆発に顔を青ざめさせた工員が叫んだ。
「ま、まだ中に仲間がっ!!」
「チッ、逃げ遅れがいんのかよ!?」
「あ、ああ…奥のフロアにまだ残っている。詰めている警備兵も無事かどうか…」
警備員が煙が立ち込める工場の中を不安げに見つめる。まあ確かにこの規模の工場の人員が目の前の4人で済むはずがない。別口で避難できた人たちもいるだろうが、まだまだ中に人がいる様子だ。
「鉄道憲兵隊や領邦軍はまだ来ないのかっ!?」
確かに言われてみれば到着が遅い。
あのクレアという敏腕そうな軍人だったら、とっくの昔に到着していそうなものではあるが、と考えているとふとアリアはあることに気がついた。
「…そういえば、なんだか静かね」
「た、確かに…サイレンがいつの間にか止まってる……」
「爆発で故障したのかもしれないね。」
あんなにけたたましく鳴り響いていたサイレンは爆発と同時に静まり返ってしまっていた。
これが原因で領邦軍はともかく鉄道憲兵隊の到着が遅れているのか。しかし、そうは言ってもまさか火災現場に飛び込んでいくわけにもいかないし、とにかく今居る人の安全の確保だけでもするべきかと考えていると、リィンが緊張した面持ちで、けれど迷いなく言い放った言葉にアリアは耳を疑った。
「…こうなったら、俺たちで突入しよう。」
まさかもまさか。
自ら危険に飛び込んで行こうとするとは。
アリアは絶句した。
「それって…!」
「今、この場で動けるのは俺たちだけだ。アリサの実家の従業員も大勢いる…放ってはおけない!」
よく言えば正義感が強く、悪く言えば無鉄砲だ。
彼らには“死”を恐れる気持ちはないのだろうか?
今までの“運良く”得た成功体験がそれらを凌駕しているのだろうか。
アリアは燃え盛る紅蓮を思い返すだけで身がすくみそうになるのに。
しかし、そんな無鉄砲で危うい正義感があの日オルキスタワーを狙う列車砲を制止することに成功した。そんな彼らにアリアは救われ、今この場に立っている。
また、初めて会ったときも感じたことだが、やはり彼らは近しい何かを守ろうと奔走しているだけにすぎない。
そこにテロ組織をどうしようとか、世界を救おうだとか、安直なヒーロー願望などはないのである。
自分もかつては持ち合わせていたはずの正義感をどこに置いてきてしまったのだろうかという思いがアリアの胸を貫いた。
「ま、待てっ…危険だ!せめて鉄道憲兵隊の応援が来てから…」
「大丈夫、私が先導する」
「アリア…?」
大人として子供の無謀を止める警備員の言葉を制してアリアは一歩前に出た。
こう言った事態に陥った時に先陣をきるのがアリアの護衛としての役目なのだろう。警備員からしたらアリアも子供そのものだろうが、この場で誰よりも動けることは自負している。いざとなったら自分を盾に逃げて貰えばよいだけだ。
アリアは太腿のホルスターからナイフを抜き、リィンたちを振り返った。
「ただ私の退却指示には必ず従ってほしい。それと私を置いて逃げることも。」
背後で再び内部が爆ぜる音がする。
アリアの真剣な面持ちにエリオットがごくりと唾を飲み込み、マキアスが表情を引き締めた。
“死”と隣り合わせだということを自覚させることも必要だ、いざという時に逃げることに躊躇してはいけない。
「置いてなんて…!」
「従えないなら、私はここを退けない。」
ゴウッと工場で音が轟めいた。
アリサは尚も納得していなさそうに眉を顰めたが、それに首を振ってリィンが慎重に頷く。
「わかった。約束するよ。」
「うん、それなら急ぎましょう。」
「よしっ、トールズ士官学院《Ⅶ組》…これより、軍需工場へと突入する!」
いつもの決まりなのだろう。リィンが全体に号令を掛けるのに、やはりこれでリーダーではないは無理があるな、とアリアは苦笑いするのであった。
いざ突入すると1Fの方はまだ火の手が回っていないようで煙も少なく視界は比較的良好だ。しかし配電設備不良の影響か若干薄暗く、アリアは慎重にみんなを先導していく。
すると前方に巨大な何かに行手を阻まれている工員たちを見つけ、一同は息を呑んだ。
「なに、あれ…!」
薄暗い中で巨大な何かはまるで鉄で出来た山の様だったが、よく見ると手足があり、パテル=マテルを彷彿とさせるその機械はまさに結社の“人形兵器”だった。
両手の機関銃に一際大きな顔部のキャノン砲。
それらが怯える工員たちに向けられていてアリアたちは駆けつける足を早めた。
「ひいいいっ……!」
「め、女神さま…!」
キャノン砲に光が灯り、エネルギーが集まるのを見て工員たちが悲鳴を上げた。あの巨大な砲台を直接人に向けるだなんてとんだ殺戮兵器である。しかも軍人でもないただの民間人にだ。
「――待て!!」
間一髪リィンが声を上げると、人形兵器はキャノン砲のチャージを止めアリアたちⅦ組を振り返った。まるで耳でもあるかのようで、一瞬何処か近くに操作している人がいるのかと勘繰ったが、そんな気配はなく自律型なのだろう。
Ⅶ組少年少女らの突然の登場に驚く工員たちにまだ残っている他の工員たちの避難誘導を任せ、Ⅶ組一行は武器を構えた。
「やっぱ《結社》とやらの人形兵器かよ。へっ、ガレリア要塞で見た奴らより厄介そうだな。」
「重火力タイプっぽい。油断すると一気にやられそう。」
2人の言うようにいざ対峙するとその巨体に圧倒されてしまいそうになる。見上げる機体が逆光で陰り、その物々しさに息が詰まるようだった。
こちらに向けられる銃口から視線が離せない。
あれが放たれたらどう動き、どう声をかけ、どう彼らを守ればいいのか、アリアはしきりに頭を働かせ考えていた。
「撹乱しつつ一気に畳み掛けるぞ!」
そんなアリアの憂慮など知ってかしらでかリィンの勇ましい掛け声が上がり、他のメンバーがそれぞれ強く頷く。
“人形兵器”を目の前にし、建物には火の手が侵食している。こんな絶望的とも言える状況でも彼らの瞳から光は消え失せていなかった。
諦めるなど彼らの中には無いのだろう。
ならばアリアも諦めるわけにはいかない。
いくら不利だからといって彼らを置いて逃げるわけにはいかないし、そもそもアリア1人でも足止めの意味でこの人形兵器と戦闘するつもりだったのだ。攻撃の手が多いに越したことない。
彼ら、特に前衛が無茶しすぎないことと、後衛が広範囲の攻撃に巻き込まれないようにだけ気をつけて、アリアも真剣に戦闘に臨もうと強くナイフを握り直した。
全員で頷き合い、フィーが駆け出すと同時にクロウが導力銃を放った。弾丸は強固な鉄鋼ボディに弾かれてしまい全く効いていないようだ。人形兵器の敵視がクロウに向き機関銃が突きつけられるのに、アリアは身構えたが当のクロウは焦りを見せることなく悠然と立っている。
「足元がお留守だよ」
フィーののんびりとした声と共に金属がぶつかり合う音がして、若干人形兵器の体幹が揺らいだ。
人形兵器の敵視がクロウに集中した隙をついて肢体の関節部に攻撃を入れたのだ。そしてその不意打ちでできた一瞬の揺らぎの間に次々と他のメンバーが攻撃を入れていく。
一連の動きに澱みがなく、彼らの常套手段なのだろうということが窺えアリアは感嘆の息を漏らした。そこらへんの街道にいるような魔獣だったらこの1ターンで完封できただろうが、今回の相手は当然そうもいかない。
立て続けに攻められた関節は痛み、漏電しているのかバチバチと火花を放っているが、依然変わらず敵視はこちらに向き攻撃を仕掛けようとしている。
「チッ、まあそう簡単にはいかねえよな。」
「総員、攻撃に備えろ!」
リィンが最前線に立ち、みんなに叫んだ。
ここからはアドリブだ。決まった流れなどなく、判断を違えれば怪我をするし、最悪死ぬ。
忽ち飛んでくる弾丸を近くにいたアリサを庇いながら避け、果敢に攻撃を仕掛けるリィンとフィーに続いて人形兵器へとアリアは駆け出した。
人形兵器はその重厚な見た目通り俊敏な動きをしてくる事はなかったが、一つ一つの攻撃が重く、完全に避け切らないと余波のような衝撃を受けてしまう。
そして、その装甲は堅く、斬りつける手が鉄鋼に弾かれ痺れてくる。
手当たり次第攻撃しているだけではこちらが消耗して辛い戦いとなるのが目に見えた。既に肩で息をしてきたエリオットとマキアスを横目にみながらアリアは人形兵器の意識を逸らしつつ、他のみんなが関節部を攻撃しやすいように向きを調整していった。
やがて、執拗に攻め傷んだ関節部が音を立てて小規模な爆発を起こしたのに、みんなの表情が明るくなる。
圧倒的に不利だと思われた戦況に勝ち筋が見え、ずっと引き際を考えていたアリアはまさかの状況に胸が高鳴った。
彼らをみくびり過ぎていたかもしれない。
「もうちょい!」
「やっとかよ…!」
みんなの視線がリィンへ向いた。
それに追従するようにアリアの視線も自然とリィンへ向く。
この死闘の中で無意識に彼に決着を期待していた。彼ならこの兆しを確かなものにしてくれるとどうしてだか本能的に思ったのだった。
「リィン…!」
堪らずアリアがリィンに声をかけると、パープルの瞳が力強く頷いた。
「まかせろ!」
刀を構え駆け出すまだ幼さを残す背中が、ほんの一瞬、とてもとても大きなものに見えてアリアは目を瞠った。
それはまるでかつてロイドやランディの背中を見ていた時と同じようなある一種の安心感だった。
周りを見れば皆も同じような眼差しで彼の背中を見つめていて、Ⅶ組の重心と言われるリィン・シュヴァルツァーをアリアはこの瞬間に思いがけず体感したのであった。
そんなみんなの期待を一心に背負った刀が高く掲げられ、渦巻く炎に包み込まれた。ゴウっと音を立てて空気が燃える。
「はああっ!業炎撃!」
強く踏み込み勢いよく振り下ろした刀が弱った関節部を直撃し、人形兵器の左アームが胴体から切り離された。
沢山の配線がバチバチと火花を上げながら千切れていく。顕になった導力コアに更にもう一撃、刀の切り返しが攻撃を与えた。
人形兵器の全身へ電流が駆け巡るかのように躯体が小刻みに震え始め、やがて起動音が消え人形兵器は静かに活動を停止した。
「…はあっ、はあっ……」
全員が肩で息をして、大粒の汗をかいていた。
制服はだいぶ乱れてしまっているし、所々に負傷もしている。
でも、勝った。
勝ったのだ。目の前の山のような巨大な人形兵器がもう動くことはない。
アリアは信じられない心地だった。
まだ年端もいかぬ彼らにこんな力が内包されていたとは。自分の認識を改めざるを得ない。安心感と嫉妬心と羞恥心と、さまざまな感情が綯交ぜとなりアリアの胸を満たした。気がつけば強くナイフを握りしめていて、みんなが安堵の表情で勝利を喜び合うのを遠くから見つめていた。
「――無事ですか。皆さん!」
響く女性の声と、視界に入る鉄道憲兵隊の制服にアリアは思い出したかのように力を抜きナイフをホルスターに収めたのだった。