3 - トールズ
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アリアはドキリとした。
護衛対象である少年と対峙した瞬間、朧げであった記憶が揺るぎのない憧憬の念として色濃く思い出された。
――クロスベルで出会った初恋の王子様
金髪、碧眼、整いすぎている顔立ち、立ち居振る舞いから伝わる高貴さ。
もう昔のことだからはっきりと覚えているわけではないが、目の前の仏頂面の少年はとてもその王子様に似ていた。
あのルーファスの弟のなのだから、ある程度の美形であることは想像の通りだったが、まさか好みも好み、理想のど真ん中が来るとは思わず内心たじろぐ。
ああきっと彼が大人になったら、あの王子様のようになるのだろうとアリアは思いながら、心を落ち着け挨拶をする。
「初めまして、ユーシス様。公爵家より遣わされました、アリア・ラプランカでございます。本日より護衛を務めさせていただきます。」
教わった通りスカートの裾をあげてみたりして、全く柄ではないが貴族のルールに則るのは当然の行いだろう。彼らは雇い主だ。
「……護衛など必要ない。兄上が何と言おうともだ。」
煌びやかなプラチナブロンドの掛かる美しい額にギュッと皺を寄せてユーシスはそう吐き捨てるとアリアの横を通り過ぎた。
突き放すような冷たい物言いにあの王子様に似ているのは見た目だけかと少しの落胆の気持ちがアリアの胸に差す。
その日はルーファスの話を持ちかけ、なんとか護衛として存在することを許されたアリア。
心の距離は遠く、ルーレの実習では根拠もなくうまくやっていけそうだと前向きに考えられたが、ユーシスの冷たい視線にそんな希望など容易く打ち砕かれることとなった。
ユーシスからは嫌悪こそされていないが、あからさまに避けられていて、最早挨拶さえも若干億劫に思ってしまうほどであった。
「あーあ…ユーシスも笑えばいいのに」
アリアはユーシスのことを護衛…といっても遠くから見守っているだけではあるが、グラウンド周辺の木の上に潜みながら憧れの王子様の微笑みを思い出していた。
アリアと王子様が出会ったのはアリアがまだ15歳くらいの年端もいかぬ子供の頃だった。クロスベルで身寄りもなく世の中の厳しさに翻弄されていた頃――
アリアはその日食事をするという“仕事”をすっぽかされて、約束を守らないオジサマへの怒りと、当てにしていた食事にありつけない焦りとで足音荒くクロスベルを歩いていた。
まだクロスベルに住み着いてから日が浅く、裏通りのお姉様方に助けてもらいながらその日暮らしのような生活をしていたアリアにとって“仕事”がすっ飛んでしまうのは死活問題に近かったのだ。
空いてしまった時間になんとか次のオキャクサマを見つけなければと繁華街の方に向かっているとドンと肩がぶつかり合い、意図せぬ衝撃にアリアの身体は突き飛ばされた。
「いっ…!」
盛大に尻餅をついたアリアは散々な一日だと泣きたくなってくる。
「すまない、大事ないだろうか?」
相手は平然と立ち、涼しい声で詫びを入れてくるのに虫の居所の悪かったアリアは腹いせに文句でも言ってやろうと視線を上げ大きく息を吸い込んだ。
「ちょっと…!なにす……」
「……!」
澄んだアクアマリンの宝石と視線が絡み合った。
金より明るい白金の髪が風でなびき、陽の光がキラキラと反射するかのようだった。少し驚いたように見開かれた淡いブルーの瞳も、整った眉も鼻立ちも唇も、その全てが完璧。まさに眉目秀麗。アリアの心はあっという間に目の前の男性に持っていかれたのだった。
「お、お兄さんかっこいい……!」
「そ、そうか…立てるか?」
「わ、ありがとうございます!」
スマートに差し出される手をありがたく取り立ち上がったアリアは、先ほどまで感じていた怒りなどあっという間に吹っ飛び、ニコニコとその男性を見上げた。
背は当然アリアより高く、頭一つ以上差がある。
身に纏うコートもスーツも見ただけで高価とわかり、普段相手にしているオジサマとは訳が違う。ただ立っているだけで威厳と気品が伝わり、口元に湛える優しげな笑みも全てが特別輝いて見えた。
まるで王子様のような姿にアリアは彼がどこかの国の王族なのかもしれないと思った。
「お兄さんはどこの国の王子様なの?」
「王子…?俺が王子に見えるのか?」
「ええっと?違うの?」
「まぁ、違うな。俺は帝国貴族だ。」
王子様でなく貴公子だったか、とアリアは目を丸くした。
確かお姉様方いわく、貴族には階級が存在したはずだがそんなことは覚えてない上に、アリアにとって目の前の貴公子がどんな爵位でも関係がないほどに彼に心惹かれていたのだった。
「帝国の人ってことはクロスベルは初めて?」
「初めてでは…ないが、あまり馴染みはないな」
「じゃあ私が案内してあげる!」
グイと白い手袋をはめた手を引っ張る。驚いた彼の表情にアリアは少し強引すぎたかと不安になるが、予想外にも握り返される手と「よろしく頼む」との言葉にアリアは張り切って自分の知っている限りのクロスベルを紹介するのであった。
繁華街から裏通りを足早に抜け、中央広場に出るとたくさんの人が行き交う喧騒に包まれる。貴公子が「あまり変わらないな」とボソリと溢すのにアリアは首を傾げた。
「来たことあるの?」
「初めてではないからな。」
「ふぅん…あの百貨店も?」
中央広場に聳える百貨店《タイムズ》
交易都市らしく共和国、帝国、リベール王国など様々な国の物品が取り扱われている。クロスベルに旅行に来た人は間違いなく寄るであろう百貨店を指差し、アリアは問いかけると少しだけ間を空けて「ああ」と頷く貴公子。名物とも言えるスポットをもう訪問済みとは。案内の候補から外さざるを得ないが、まあ差したる問題はないだろうと気を取り直し笑いかけた。
「そう…まあ街を一回りしよう?」
「そうだな」
優しい笑みに先ほどまで最悪だった1日がとんでもなく素晴らしい日になったとアリアは足取り軽く貴公子を連れ回したのだった。
中央広場をぐるっと周り、東通りの方に抜け、港湾区まで出る。
人気のレストランにも、異国漂う街並みにも、まるで海のように広がるエルム湖にも特別感動した様子のない貴公子をちゃんと楽しませることができているのかアリアは不安だった。
しかし、ふと気がつく。
一生懸命に見所を説明するアリアを見るアクアマリンの瞳が包み込むような優しさの色をしていることに気がつきアリアはドキリとした。
まさか説明の拙さに、子供が精一杯頑張っていると思われてしまったのか。ただ静かに耳を寄せてくれる貴公子にアリアはだんだんと恥ずかしくなってきてしまい、繁華街まで来たところで話題を逸らすかのようにジェラートの屋台に飛びついた。
「アイス!アイス食べよう?」
「そうだな、歩き疲れたことだしな。待っていてくれ」
ジェラートの屋台に向かう貴公子。
そんなつもりは無かったが買ってくれるようで、アリアはありがたく享受することにしベンチを見つけて腰掛けた。
「待たせたな。ほら」
しばらくするとジェラートを二つ手に持った貴公子が戻ってくる。キラキラにかっこいい男性が愛らしい見た目のジェラートを持っているのはなんだかチグハグで、ましてやそのジェラートが自分に差し出されているものだから、アリアはどぎまぎしながら赤色のそれを受け取った。
「あ、ありがとう…!これは何味なの?」
「…ん?スターベリーだが」
「へえ!初めて食べる!赤色がとっても綺麗ね」
何故か貴公子がしまった、といった表情をするのが不思議だったが、アリアはそれよりも目の前の初めて食べる赤色のジェラートから目が離せなかった。
いつも食べるのは白いバニラか茶色いチョコレートだった。
憧れの貴公子から買ってもらった、ということもあるが鮮やかなルビーのような赤色がとりわけ眩しく見えて、アリアは慎重にスプーンで掬い一口口へと運ぶ
「ん!甘酸っぱくておーしい!」
「ふっ、そうか。」
「うん!」
次からここのジェラートを食べる時はスターベリーにしようと決めながら、アリアは歩き疲れた体を癒す爽やかな甘みを堪能していた。貴公子も自分の分のバニラジェラートを食べ、満足気に頷いていたのでどうやらお気に召したようだった。
「クロスベルはどうだった?お兄さん」
「いい街だな。賑やかで色々なものがあってよく栄えている」
「気に入ってもらえたようでよかった!でもせっかくならミシュラムにも連れて行ってあげたかったなぁ!」
クロスベル最大と言ってもいい見所のテーマパーク《ミシュラム・ワンダーランド》
高級ホテルや高級ショップ、そして心躍るアトラクションに愛らしいマスコット。アリアはミシュラムのことを思い出すだけで心が弾むようだった。しかしチケットが手に入るわけもなく、そんな願望は願望のままに終わってしまうのにアリアは肩を落とした。
「いろいろあるけど私は観覧車が好きかな、デートにもぴったりだよ」
「デート…恋人がいるのか?」
「えっ?いないよ?」
ミシュラムにデートに行く恋人はいないが、デートする“仕事”がなくは無いと言いかけ喉に引っかかり、静かに飲み込む。どこか安堵したような表情の貴公子にアリアも質問を返す。
「そういうお兄さんは恋人いるの?」
「…ああ、いる。」
「へえ!どんな人?」
「…スターベリーが好きなとても…愛らしい女性だ」
その恋人の女性のことを思い出しているのかどこか遠くを見つめる貴公子。その眼差しはあいも変わらず優しさを内包していたが、その色に愛惜という差し色が入り、アリアはそのアクアマリンの色を今まで見た何よりも美しい碧色だと感じたのであった。
また、そんなふうに想われる貴公子の恋人を羨ましく思い、彼の言う女性像を目指せばこんな素敵な男性に愛されることができるのだという気付きも得る。
「……素敵な人なんだね」
アリアが絞り出すようにそう言うと、あの美しい碧色の瞳がこちらを向きアリアを写した。愛惜の色を保ったまま真っ直ぐに見つめられ、ポンと頭に手が置かれると、ゆっくりと撫でられる。
「…ああ、この上なく。」
貴公子が噛み締めるようにそう言うと、ぶわっとアリアの心が掻き乱され、目の前の貴公子が絶対的な憧れの存在として魂に刻み込まれたのであった。
――アリアはそんな過去の記憶を食後のタルトと紅茶を堪能しているユーシスの横顔を見ながら思い返していた。
シャロンの美味なスイーツの前には気が緩んでしまうらしく、普段のあの仏頂面もなりを潜め年相応の食事を楽しむ少年の姿に見えた。
あの日バニラのジェラートを食べる青年の横顔と今隣でタルトを食べる少年の横顔とを比べる。アリアは改めてそのふたつが非常に似ていて、少年が順当に成長すればあの青年のようになるだろうなと思うのであった。
憧れの王子様。
アリアはついその憧憬をユーシスに向けそうになるが、彼と貴公子は違う。当然ユーシスは王子でもないし、正直な話顔以外は似ても似つかない。
「なんだ」
ほら、あの憧れの貴公子は心底不服そうなアクアマリンの視線をアリアに差し向けるはずはないのだ。
それにユーシスの側にいるのはあくまで仕事だ。
余計な感情に現を抜かしていてはいけない。
あの日の貴公子の己の全てを許すかのような優しい眼差しをそっと記憶にしまいこみ、一切の感傷を排除して王子様もどきに笑いかけたのだった。
護衛対象である少年と対峙した瞬間、朧げであった記憶が揺るぎのない憧憬の念として色濃く思い出された。
――クロスベルで出会った初恋の王子様
金髪、碧眼、整いすぎている顔立ち、立ち居振る舞いから伝わる高貴さ。
もう昔のことだからはっきりと覚えているわけではないが、目の前の仏頂面の少年はとてもその王子様に似ていた。
あのルーファスの弟のなのだから、ある程度の美形であることは想像の通りだったが、まさか好みも好み、理想のど真ん中が来るとは思わず内心たじろぐ。
ああきっと彼が大人になったら、あの王子様のようになるのだろうとアリアは思いながら、心を落ち着け挨拶をする。
「初めまして、ユーシス様。公爵家より遣わされました、アリア・ラプランカでございます。本日より護衛を務めさせていただきます。」
教わった通りスカートの裾をあげてみたりして、全く柄ではないが貴族のルールに則るのは当然の行いだろう。彼らは雇い主だ。
「……護衛など必要ない。兄上が何と言おうともだ。」
煌びやかなプラチナブロンドの掛かる美しい額にギュッと皺を寄せてユーシスはそう吐き捨てるとアリアの横を通り過ぎた。
突き放すような冷たい物言いにあの王子様に似ているのは見た目だけかと少しの落胆の気持ちがアリアの胸に差す。
その日はルーファスの話を持ちかけ、なんとか護衛として存在することを許されたアリア。
心の距離は遠く、ルーレの実習では根拠もなくうまくやっていけそうだと前向きに考えられたが、ユーシスの冷たい視線にそんな希望など容易く打ち砕かれることとなった。
ユーシスからは嫌悪こそされていないが、あからさまに避けられていて、最早挨拶さえも若干億劫に思ってしまうほどであった。
「あーあ…ユーシスも笑えばいいのに」
アリアはユーシスのことを護衛…といっても遠くから見守っているだけではあるが、グラウンド周辺の木の上に潜みながら憧れの王子様の微笑みを思い出していた。
アリアと王子様が出会ったのはアリアがまだ15歳くらいの年端もいかぬ子供の頃だった。クロスベルで身寄りもなく世の中の厳しさに翻弄されていた頃――
アリアはその日食事をするという“仕事”をすっぽかされて、約束を守らないオジサマへの怒りと、当てにしていた食事にありつけない焦りとで足音荒くクロスベルを歩いていた。
まだクロスベルに住み着いてから日が浅く、裏通りのお姉様方に助けてもらいながらその日暮らしのような生活をしていたアリアにとって“仕事”がすっ飛んでしまうのは死活問題に近かったのだ。
空いてしまった時間になんとか次のオキャクサマを見つけなければと繁華街の方に向かっているとドンと肩がぶつかり合い、意図せぬ衝撃にアリアの身体は突き飛ばされた。
「いっ…!」
盛大に尻餅をついたアリアは散々な一日だと泣きたくなってくる。
「すまない、大事ないだろうか?」
相手は平然と立ち、涼しい声で詫びを入れてくるのに虫の居所の悪かったアリアは腹いせに文句でも言ってやろうと視線を上げ大きく息を吸い込んだ。
「ちょっと…!なにす……」
「……!」
澄んだアクアマリンの宝石と視線が絡み合った。
金より明るい白金の髪が風でなびき、陽の光がキラキラと反射するかのようだった。少し驚いたように見開かれた淡いブルーの瞳も、整った眉も鼻立ちも唇も、その全てが完璧。まさに眉目秀麗。アリアの心はあっという間に目の前の男性に持っていかれたのだった。
「お、お兄さんかっこいい……!」
「そ、そうか…立てるか?」
「わ、ありがとうございます!」
スマートに差し出される手をありがたく取り立ち上がったアリアは、先ほどまで感じていた怒りなどあっという間に吹っ飛び、ニコニコとその男性を見上げた。
背は当然アリアより高く、頭一つ以上差がある。
身に纏うコートもスーツも見ただけで高価とわかり、普段相手にしているオジサマとは訳が違う。ただ立っているだけで威厳と気品が伝わり、口元に湛える優しげな笑みも全てが特別輝いて見えた。
まるで王子様のような姿にアリアは彼がどこかの国の王族なのかもしれないと思った。
「お兄さんはどこの国の王子様なの?」
「王子…?俺が王子に見えるのか?」
「ええっと?違うの?」
「まぁ、違うな。俺は帝国貴族だ。」
王子様でなく貴公子だったか、とアリアは目を丸くした。
確かお姉様方いわく、貴族には階級が存在したはずだがそんなことは覚えてない上に、アリアにとって目の前の貴公子がどんな爵位でも関係がないほどに彼に心惹かれていたのだった。
「帝国の人ってことはクロスベルは初めて?」
「初めてでは…ないが、あまり馴染みはないな」
「じゃあ私が案内してあげる!」
グイと白い手袋をはめた手を引っ張る。驚いた彼の表情にアリアは少し強引すぎたかと不安になるが、予想外にも握り返される手と「よろしく頼む」との言葉にアリアは張り切って自分の知っている限りのクロスベルを紹介するのであった。
繁華街から裏通りを足早に抜け、中央広場に出るとたくさんの人が行き交う喧騒に包まれる。貴公子が「あまり変わらないな」とボソリと溢すのにアリアは首を傾げた。
「来たことあるの?」
「初めてではないからな。」
「ふぅん…あの百貨店も?」
中央広場に聳える百貨店《タイムズ》
交易都市らしく共和国、帝国、リベール王国など様々な国の物品が取り扱われている。クロスベルに旅行に来た人は間違いなく寄るであろう百貨店を指差し、アリアは問いかけると少しだけ間を空けて「ああ」と頷く貴公子。名物とも言えるスポットをもう訪問済みとは。案内の候補から外さざるを得ないが、まあ差したる問題はないだろうと気を取り直し笑いかけた。
「そう…まあ街を一回りしよう?」
「そうだな」
優しい笑みに先ほどまで最悪だった1日がとんでもなく素晴らしい日になったとアリアは足取り軽く貴公子を連れ回したのだった。
中央広場をぐるっと周り、東通りの方に抜け、港湾区まで出る。
人気のレストランにも、異国漂う街並みにも、まるで海のように広がるエルム湖にも特別感動した様子のない貴公子をちゃんと楽しませることができているのかアリアは不安だった。
しかし、ふと気がつく。
一生懸命に見所を説明するアリアを見るアクアマリンの瞳が包み込むような優しさの色をしていることに気がつきアリアはドキリとした。
まさか説明の拙さに、子供が精一杯頑張っていると思われてしまったのか。ただ静かに耳を寄せてくれる貴公子にアリアはだんだんと恥ずかしくなってきてしまい、繁華街まで来たところで話題を逸らすかのようにジェラートの屋台に飛びついた。
「アイス!アイス食べよう?」
「そうだな、歩き疲れたことだしな。待っていてくれ」
ジェラートの屋台に向かう貴公子。
そんなつもりは無かったが買ってくれるようで、アリアはありがたく享受することにしベンチを見つけて腰掛けた。
「待たせたな。ほら」
しばらくするとジェラートを二つ手に持った貴公子が戻ってくる。キラキラにかっこいい男性が愛らしい見た目のジェラートを持っているのはなんだかチグハグで、ましてやそのジェラートが自分に差し出されているものだから、アリアはどぎまぎしながら赤色のそれを受け取った。
「あ、ありがとう…!これは何味なの?」
「…ん?スターベリーだが」
「へえ!初めて食べる!赤色がとっても綺麗ね」
何故か貴公子がしまった、といった表情をするのが不思議だったが、アリアはそれよりも目の前の初めて食べる赤色のジェラートから目が離せなかった。
いつも食べるのは白いバニラか茶色いチョコレートだった。
憧れの貴公子から買ってもらった、ということもあるが鮮やかなルビーのような赤色がとりわけ眩しく見えて、アリアは慎重にスプーンで掬い一口口へと運ぶ
「ん!甘酸っぱくておーしい!」
「ふっ、そうか。」
「うん!」
次からここのジェラートを食べる時はスターベリーにしようと決めながら、アリアは歩き疲れた体を癒す爽やかな甘みを堪能していた。貴公子も自分の分のバニラジェラートを食べ、満足気に頷いていたのでどうやらお気に召したようだった。
「クロスベルはどうだった?お兄さん」
「いい街だな。賑やかで色々なものがあってよく栄えている」
「気に入ってもらえたようでよかった!でもせっかくならミシュラムにも連れて行ってあげたかったなぁ!」
クロスベル最大と言ってもいい見所のテーマパーク《ミシュラム・ワンダーランド》
高級ホテルや高級ショップ、そして心躍るアトラクションに愛らしいマスコット。アリアはミシュラムのことを思い出すだけで心が弾むようだった。しかしチケットが手に入るわけもなく、そんな願望は願望のままに終わってしまうのにアリアは肩を落とした。
「いろいろあるけど私は観覧車が好きかな、デートにもぴったりだよ」
「デート…恋人がいるのか?」
「えっ?いないよ?」
ミシュラムにデートに行く恋人はいないが、デートする“仕事”がなくは無いと言いかけ喉に引っかかり、静かに飲み込む。どこか安堵したような表情の貴公子にアリアも質問を返す。
「そういうお兄さんは恋人いるの?」
「…ああ、いる。」
「へえ!どんな人?」
「…スターベリーが好きなとても…愛らしい女性だ」
その恋人の女性のことを思い出しているのかどこか遠くを見つめる貴公子。その眼差しはあいも変わらず優しさを内包していたが、その色に愛惜という差し色が入り、アリアはそのアクアマリンの色を今まで見た何よりも美しい碧色だと感じたのであった。
また、そんなふうに想われる貴公子の恋人を羨ましく思い、彼の言う女性像を目指せばこんな素敵な男性に愛されることができるのだという気付きも得る。
「……素敵な人なんだね」
アリアが絞り出すようにそう言うと、あの美しい碧色の瞳がこちらを向きアリアを写した。愛惜の色を保ったまま真っ直ぐに見つめられ、ポンと頭に手が置かれると、ゆっくりと撫でられる。
「…ああ、この上なく。」
貴公子が噛み締めるようにそう言うと、ぶわっとアリアの心が掻き乱され、目の前の貴公子が絶対的な憧れの存在として魂に刻み込まれたのであった。
――アリアはそんな過去の記憶を食後のタルトと紅茶を堪能しているユーシスの横顔を見ながら思い返していた。
シャロンの美味なスイーツの前には気が緩んでしまうらしく、普段のあの仏頂面もなりを潜め年相応の食事を楽しむ少年の姿に見えた。
あの日バニラのジェラートを食べる青年の横顔と今隣でタルトを食べる少年の横顔とを比べる。アリアは改めてそのふたつが非常に似ていて、少年が順当に成長すればあの青年のようになるだろうなと思うのであった。
憧れの王子様。
アリアはついその憧憬をユーシスに向けそうになるが、彼と貴公子は違う。当然ユーシスは王子でもないし、正直な話顔以外は似ても似つかない。
「なんだ」
ほら、あの憧れの貴公子は心底不服そうなアクアマリンの視線をアリアに差し向けるはずはないのだ。
それにユーシスの側にいるのはあくまで仕事だ。
余計な感情に現を抜かしていてはいけない。
あの日の貴公子の己の全てを許すかのような優しい眼差しをそっと記憶にしまいこみ、一切の感傷を排除して王子様もどきに笑いかけたのだった。