2 - ルーレ
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ルーレ駅前は騒然としていた。
そりゃ領邦軍と鉄道憲兵隊が一発触発の雰囲気で啀み合っているだけでなく市街に装甲車まで出てきたら、市民は物騒だと思うだろう。
アリアは何故同じ国の軍隊で志は同じはずなのに仲良く出来ないのかと不思議だったが、かつてクロスベルでも警察より遊撃士が頼りにされていたりとしたので、なにかと確執はあるものかと納得する。
この二つの軍隊の対立は貴族と庶民の対立そのものなのだろう。
水色髪の凛とした女性が憲兵隊の優位性を毅然と説いていくのに、領邦軍が圧倒され市民たちも憲兵隊への信頼を厚くしていき、場の空気が憲兵隊有利へとなる。
「ならば複数の場所で何かあったらどうするつもりかな?」
そんな空気を切り裂くようにルーファスの心地よいテノールボイスが悠然と響き、その場の視線が一気に集まった。アリアはなんだか気まずく思い、ルーファスの背中に隠れ小さくなって視線から逃げる。
「こ、これはルーファス様!もう、お帰りでしたか!」
「ああ、侯爵閣下には引き留めていただいたのだが外せない用事があってね。もう一つ野暮用を済ませて失礼させていただく。」
野暮用とは。
きっとアリアの引き渡しのことだが、言い方が引っ掛かるアリア。ルーファスにとっては数多ある仕事の一つでしかないのだろうが、アリアにとっては帝国唯一の知り合いのルーファスとの別れなので、その温度差にマントを掴む力が強くなる。
ルーファスの登場によって鉄道憲兵隊の空気がピリッと張り詰めたものになる。後ろの方から『アルバレアの御曹司…』やらなんやら僅かばかりに動揺したどよめきが聞こえ、水色髪の女性の表情も少し緊張しているように見えた。
そんな憲兵隊にルーファスは相変わらずの美しい笑みを湛えたまま、悠然と近づいていく。アリアの手から離れた質の良いマントが靡き、ただ歩いているだけだというのに場の視線を集めるルーファスはこれでもかと言うほど高貴な貴族というものを体現していた。
「フフ、初めまして、クレア・リーヴェルト大尉。噂はかねがね聞いている。」
「……恐縮です。ルーファス・アルバレア様」
「ルーファスで構わない。」
ただの挨拶のはずなのに重苦しい空気。アリアは当事者ではないのにも関わらず緊張していたが、ルーファスの視線がアリアに投げられ挨拶を促される。ドキリと心臓が跳ね上がり、領邦軍と憲兵隊の両軍からの視線を受けながら前へ進むのは戦場へ赴く道のりよりアリアにとっては険しかった。
「初めまして…アリア・ラプランカでございます。」
「…その制服は……初めまして。鉄道憲兵隊大尉クレア・リーヴェルトです。」
毅然とした物言いにアリアはできる女とはこう言う女性のことを言うのだろうとクレアの立ち居振る舞いを見て学んでいく。
後ろに控える憲兵隊たちの様子からルーファスの登場は予想外の出来事だったようだが、クレアは表情を崩さず狼狽た様子は全く見せない。可憐な顔立ちをしているのに、キリッとした表情がかっこいいとアリアは素直な憧れを抱いたのだった。
「どうやら私が何故、ルーレに来ているのか……いや、どうやって ルーレに来たのかが不思議なようだな?」
「……っ…!」
しかしルーファスの指摘に表情を歪ませるクレア。
「あらゆる鉄道網は君たちの監視下にある。かといってルーレ空港に私達が訪れた気配もない。」
アリアはその話を聞きながら、確かに正規ルートでルーレに来たわけではないなと思った。クレアが怪訝そうな顔をするのに、ルーファスが少しだけ楽しそうに続ける。
「答えは簡単――アルバレア家の専用飛行艇で来ただけさ。もっとも停泊させたのはルーレ郊外の街道外れだがね。」
「あ……」
だからあんな辺鄙なところで降りたのかとアリアは納得した。鉄道憲兵隊の監視から逃れるためだったようだ。しかし、それを聞いたクレアが険しい顔をするのに、ルーファスは裏をかくためにそうしたのではないかと一瞬疑ってしまう。素直に考えれば、公爵家と侯爵家の会合を革新派に知られないためなのだろうが、ルーファスのあの笑みを見ているとアリアはどうにもそれだけではないように感じてしまう。
「死角というものはあらゆる所に存在するもの。君たちも、あまり自分たちの優位性を過信はせぬことだ。取り返しのつかない失敗をしたくなければだが。」
「……ご忠告、ありがたく頂戴いたします。」
憲兵隊には耳の痛い話だろう。
驕りというものは物事を見えにくくする。今回の件はルーファスが一枚上手だったようだが、これが他国の侵攻や件のテロ組織だった可能性も大いにあり得るわけだ。
アリアもルーファスの話を聞きながら気をつけようとぼんやりと思うのだった。
「さあ、両者とも撤収したまえ。」
ルーファスの鶴の一声で領邦軍、憲兵隊共に持ち場へと戻っていく。ルーファスの登場であっという間に事態が収束し、なんなら領邦軍の戦車持ち出しまでスマートに窘めたことから、完全にこの諍いはルーファスの一人勝ちとなったなとアリアは舌を巻く。
帝国におけるルーファス・アルバレアはまさに人格者。アルバレア公爵家の長子だから、という理由だけで無く“ルーファス”という人間があまりに優秀で手腕に長けているという点で、いろんな人から一目置かれているのだろう。アリアは新たなルーファスの一面に本当にこの人が自分の上司なのかと恐れ多くなってしまう。
するとルーファスがある方面へ向かい始めるのを追いかけると、前方に赤い制服の少年少女が居て、アリアはついに来たかと背筋を正した。
「フフ、奇遇だな。」
ルーファスの声に全員の視線がこちらに向く。
奇遇だなんてとんでもない。全て彼らの動きは周知の上ということを知っていたアリアは息をするように嘘を言う目の前の貴公子の背中をこっそり睨みつけた。
「は、はいっ!」
「せ、先日はどうも……」
「フフ、固くなることはない。」
萎縮した様子を見せる生徒達に気さくに話しかけるルーファス。
まあ尤もそんなことじゃ緊張が和らぐはずはないのであるが。
「確かに父の代理で侯爵閣下と話をしに来たのは確かだがね。」
「あ……」
「……なるほど。色々話されたみたいですね。」
「フフ、難しい時期だからね。《カレイジャス》の盛り上がりに乗じてこっそり来たわけだ。」
アリアはなんのこっちゃと不思議だったが、この間のガレリア要塞の件などのことを言っているのだろうと思った。そしてその《カレイジャス》とやらについても何も聞いていないと、新たにルーファスへの恨みを募らせていく。
「さて、もうお気づきかと思うが、諸君らのクラスに新しく加えて欲しい子を連れてきた。」
突然の振りにアリアは全然心の準備をしておらず、思わず声をあげそうになるのをなんとか抑える。少年少女達からはわずかにどよめきが上がり、アリアについて何も聞かされていない様子にさらに驚いてしまう。
しかし、自分が挨拶しないと話が進まないのでアリアは意を決して笑顔を作ると、一歩前へ出てルーファスの横に並んだ。
「皆様、初めまして。アリア・ラプランカでございます。」
公爵家で教えられた通りスカートの裾を持ち、軽く挨拶をするとオレンジ色の髪の少年が「わわぁ」と感嘆の声を漏らし、銀髪のバンダナの青年がひゅうと口笛を鳴らした。
「えっと…それは編入生ということでしょうか?」
「ああ、彼女はユーシスと諸君らの護衛としてⅦ組に編入してもらう」
「ご、護衛ですか?」
金髪の女生徒が驚いたように声を上げる。
確か名はアリサと言った記憶がある。このルーレを本拠地とした帝国きっての大企業ラインフォルト社の一人娘だったはずだ。
大きな赤い瞳が愛らしい少女だとアリアは思った。
「お言葉ですが、私たちその、戦闘訓練を受けています。それなのに護衛とは…」
しかし、疑問に思ったことは臆せず素直に聞く実直さもある。アリアはさすが大企業の子供は育ちが違うのだなと感心しながら、この疑問にルーファスがなんと答えるのか静かに待った。
全員の困惑の視線を受け、ルーファスは少し笑みを漏らすと口を開く。
「諸君らの言い分も尤もだが、知っての通り《帝国解放戦線》というテロ組織は遊びでも訓練でもない、紛れもない大人の集団だ。」
ルーファスの毅然とした言い様に少年少女らがハッとしたように息を呑む。
「これまでは“運良く”それらを退けることができていたようだが、次もそうとは限らない。諸君らが学生らしくしていてさえくれれば良いのだが…」
棘を含んだ言葉に今までどれほどまでに事件に関与してきたのかを思い返したのか、全員がバツの悪そうな表情をする。
アリアはそんな様子を一歩引きながら静観していた。確かにそれぞれ刀や銃、弓など各々の得物を所持しており、戦闘の心得があるようだったが、身体付きなどはまだまだ成長しきっていない子供で、力で大人に敵うことはないだろう。
当然テロ組織となれば、訓練のように正々堂々とした手法を取るはずもなく、経験の浅い彼らではすぐに騙し打たれてしまうことが想像に易い。
それでも、彼らなりの正義感を持って帝国に仇為す敵と対峙した結果なのだろう。
いや、もっと――
もっと彼らにとっては近しい脅威で、手の届く範囲を守ろうとしただけなのかもしれない。帝国を守るだなんて大それた意志ではなく、身近な脅威を退けようとしたのが、結果的に帝国の脅威に触れることになったのだろう。
アリアはそんな彼らの危うさをどこか懐かしくも思うのだった。
かつて自分ら特務支援課もそうであったように。
その証拠にただ1人真っ直ぐな強い意志を宿した眼差しをルーファスに向ける人物がいた。腰に刀身の細い変わった剣を携えた黒髪の青年。纏う雰囲気がこの班のリーダーなのかもと思わせた。
彼の強い眼差しは、自分たちの行動は間違っていなかったと確かに主張しており、アリアはロイドみたいな子がいるなと目を見張った。
そして、それを見越しての護衛なのだろうと腑にも落ちる。
彼らはどんなに諌めようとも、何かを守るためなら危険に自ら進んでいくだろう。それならば危険に直面したとしても、それを緩和したり退けたりできる人間、いわば“身代わり”を立てればよいだけなのだ。それがアリアということになる。
納得のため息を吐くと、ルーファスが視線を投げてくるのに肩をすくめる。
「納得できないという思いもあろう。しかしそういった思いの落ち所を各々の中で見定めるというのもこの先必要になる。」
ルーファスはそう言うと、少し喋りすぎたな、とぽそりと溢しマントを翻しその場を去ろうとする。
「では諸君、幸運を祈る。アリア、抜かりはないように。」
さっぱりとした一瞥だけの別れにアリアはなんだか拍子抜けしたが、左胸のナイフに手を当てると、去るその背中に深々と頭を下げた。
仕事は仕事だ。
アリアも思うところは大いにありすぎるが、ルーファスの言う通り自分の中でいかに折り合いをつけるかである。
泣いたって喚いたってクロスベルに戻れることはないのだ。
ならばうまく立ち回ろう。
そう心に強く決め、アリアは頭を上げると改めてこれからの“仲間”もとい護衛対象に身体を向けた。
「皆様、改めましてこれからよろしくお願いいたします。」
今度は仰々しいお辞儀など省き、ニコリと笑みを見せる。
何人かが緊張感から解放されたかのようにほっと安堵の息を吐くのに、堅苦しいのはやはり合わないし、彼らにも求められていないのだろうと路線を決めていく。
不思議と緊張はしておらず、アリアはなんとか上手くいきそうだと根拠のない自信を持つのだった。
そりゃ領邦軍と鉄道憲兵隊が一発触発の雰囲気で啀み合っているだけでなく市街に装甲車まで出てきたら、市民は物騒だと思うだろう。
アリアは何故同じ国の軍隊で志は同じはずなのに仲良く出来ないのかと不思議だったが、かつてクロスベルでも警察より遊撃士が頼りにされていたりとしたので、なにかと確執はあるものかと納得する。
この二つの軍隊の対立は貴族と庶民の対立そのものなのだろう。
水色髪の凛とした女性が憲兵隊の優位性を毅然と説いていくのに、領邦軍が圧倒され市民たちも憲兵隊への信頼を厚くしていき、場の空気が憲兵隊有利へとなる。
「ならば複数の場所で何かあったらどうするつもりかな?」
そんな空気を切り裂くようにルーファスの心地よいテノールボイスが悠然と響き、その場の視線が一気に集まった。アリアはなんだか気まずく思い、ルーファスの背中に隠れ小さくなって視線から逃げる。
「こ、これはルーファス様!もう、お帰りでしたか!」
「ああ、侯爵閣下には引き留めていただいたのだが外せない用事があってね。もう一つ野暮用を済ませて失礼させていただく。」
野暮用とは。
きっとアリアの引き渡しのことだが、言い方が引っ掛かるアリア。ルーファスにとっては数多ある仕事の一つでしかないのだろうが、アリアにとっては帝国唯一の知り合いのルーファスとの別れなので、その温度差にマントを掴む力が強くなる。
ルーファスの登場によって鉄道憲兵隊の空気がピリッと張り詰めたものになる。後ろの方から『アルバレアの御曹司…』やらなんやら僅かばかりに動揺したどよめきが聞こえ、水色髪の女性の表情も少し緊張しているように見えた。
そんな憲兵隊にルーファスは相変わらずの美しい笑みを湛えたまま、悠然と近づいていく。アリアの手から離れた質の良いマントが靡き、ただ歩いているだけだというのに場の視線を集めるルーファスはこれでもかと言うほど高貴な貴族というものを体現していた。
「フフ、初めまして、クレア・リーヴェルト大尉。噂はかねがね聞いている。」
「……恐縮です。ルーファス・アルバレア様」
「ルーファスで構わない。」
ただの挨拶のはずなのに重苦しい空気。アリアは当事者ではないのにも関わらず緊張していたが、ルーファスの視線がアリアに投げられ挨拶を促される。ドキリと心臓が跳ね上がり、領邦軍と憲兵隊の両軍からの視線を受けながら前へ進むのは戦場へ赴く道のりよりアリアにとっては険しかった。
「初めまして…アリア・ラプランカでございます。」
「…その制服は……初めまして。鉄道憲兵隊大尉クレア・リーヴェルトです。」
毅然とした物言いにアリアはできる女とはこう言う女性のことを言うのだろうとクレアの立ち居振る舞いを見て学んでいく。
後ろに控える憲兵隊たちの様子からルーファスの登場は予想外の出来事だったようだが、クレアは表情を崩さず狼狽た様子は全く見せない。可憐な顔立ちをしているのに、キリッとした表情がかっこいいとアリアは素直な憧れを抱いたのだった。
「どうやら私が何故、ルーレに来ているのか……いや、
「……っ…!」
しかしルーファスの指摘に表情を歪ませるクレア。
「あらゆる鉄道網は君たちの監視下にある。かといってルーレ空港に私達が訪れた気配もない。」
アリアはその話を聞きながら、確かに正規ルートでルーレに来たわけではないなと思った。クレアが怪訝そうな顔をするのに、ルーファスが少しだけ楽しそうに続ける。
「答えは簡単――アルバレア家の専用飛行艇で来ただけさ。もっとも停泊させたのはルーレ郊外の街道外れだがね。」
「あ……」
だからあんな辺鄙なところで降りたのかとアリアは納得した。鉄道憲兵隊の監視から逃れるためだったようだ。しかし、それを聞いたクレアが険しい顔をするのに、ルーファスは裏をかくためにそうしたのではないかと一瞬疑ってしまう。素直に考えれば、公爵家と侯爵家の会合を革新派に知られないためなのだろうが、ルーファスのあの笑みを見ているとアリアはどうにもそれだけではないように感じてしまう。
「死角というものはあらゆる所に存在するもの。君たちも、あまり自分たちの優位性を過信はせぬことだ。取り返しのつかない失敗をしたくなければだが。」
「……ご忠告、ありがたく頂戴いたします。」
憲兵隊には耳の痛い話だろう。
驕りというものは物事を見えにくくする。今回の件はルーファスが一枚上手だったようだが、これが他国の侵攻や件のテロ組織だった可能性も大いにあり得るわけだ。
アリアもルーファスの話を聞きながら気をつけようとぼんやりと思うのだった。
「さあ、両者とも撤収したまえ。」
ルーファスの鶴の一声で領邦軍、憲兵隊共に持ち場へと戻っていく。ルーファスの登場であっという間に事態が収束し、なんなら領邦軍の戦車持ち出しまでスマートに窘めたことから、完全にこの諍いはルーファスの一人勝ちとなったなとアリアは舌を巻く。
帝国におけるルーファス・アルバレアはまさに人格者。アルバレア公爵家の長子だから、という理由だけで無く“ルーファス”という人間があまりに優秀で手腕に長けているという点で、いろんな人から一目置かれているのだろう。アリアは新たなルーファスの一面に本当にこの人が自分の上司なのかと恐れ多くなってしまう。
するとルーファスがある方面へ向かい始めるのを追いかけると、前方に赤い制服の少年少女が居て、アリアはついに来たかと背筋を正した。
「フフ、奇遇だな。」
ルーファスの声に全員の視線がこちらに向く。
奇遇だなんてとんでもない。全て彼らの動きは周知の上ということを知っていたアリアは息をするように嘘を言う目の前の貴公子の背中をこっそり睨みつけた。
「は、はいっ!」
「せ、先日はどうも……」
「フフ、固くなることはない。」
萎縮した様子を見せる生徒達に気さくに話しかけるルーファス。
まあ尤もそんなことじゃ緊張が和らぐはずはないのであるが。
「確かに父の代理で侯爵閣下と話をしに来たのは確かだがね。」
「あ……」
「……なるほど。色々話されたみたいですね。」
「フフ、難しい時期だからね。《カレイジャス》の盛り上がりに乗じてこっそり来たわけだ。」
アリアはなんのこっちゃと不思議だったが、この間のガレリア要塞の件などのことを言っているのだろうと思った。そしてその《カレイジャス》とやらについても何も聞いていないと、新たにルーファスへの恨みを募らせていく。
「さて、もうお気づきかと思うが、諸君らのクラスに新しく加えて欲しい子を連れてきた。」
突然の振りにアリアは全然心の準備をしておらず、思わず声をあげそうになるのをなんとか抑える。少年少女達からはわずかにどよめきが上がり、アリアについて何も聞かされていない様子にさらに驚いてしまう。
しかし、自分が挨拶しないと話が進まないのでアリアは意を決して笑顔を作ると、一歩前へ出てルーファスの横に並んだ。
「皆様、初めまして。アリア・ラプランカでございます。」
公爵家で教えられた通りスカートの裾を持ち、軽く挨拶をするとオレンジ色の髪の少年が「わわぁ」と感嘆の声を漏らし、銀髪のバンダナの青年がひゅうと口笛を鳴らした。
「えっと…それは編入生ということでしょうか?」
「ああ、彼女はユーシスと諸君らの護衛としてⅦ組に編入してもらう」
「ご、護衛ですか?」
金髪の女生徒が驚いたように声を上げる。
確か名はアリサと言った記憶がある。このルーレを本拠地とした帝国きっての大企業ラインフォルト社の一人娘だったはずだ。
大きな赤い瞳が愛らしい少女だとアリアは思った。
「お言葉ですが、私たちその、戦闘訓練を受けています。それなのに護衛とは…」
しかし、疑問に思ったことは臆せず素直に聞く実直さもある。アリアはさすが大企業の子供は育ちが違うのだなと感心しながら、この疑問にルーファスがなんと答えるのか静かに待った。
全員の困惑の視線を受け、ルーファスは少し笑みを漏らすと口を開く。
「諸君らの言い分も尤もだが、知っての通り《帝国解放戦線》というテロ組織は遊びでも訓練でもない、紛れもない大人の集団だ。」
ルーファスの毅然とした言い様に少年少女らがハッとしたように息を呑む。
「これまでは“運良く”それらを退けることができていたようだが、次もそうとは限らない。諸君らが学生らしくしていてさえくれれば良いのだが…」
棘を含んだ言葉に今までどれほどまでに事件に関与してきたのかを思い返したのか、全員がバツの悪そうな表情をする。
アリアはそんな様子を一歩引きながら静観していた。確かにそれぞれ刀や銃、弓など各々の得物を所持しており、戦闘の心得があるようだったが、身体付きなどはまだまだ成長しきっていない子供で、力で大人に敵うことはないだろう。
当然テロ組織となれば、訓練のように正々堂々とした手法を取るはずもなく、経験の浅い彼らではすぐに騙し打たれてしまうことが想像に易い。
それでも、彼らなりの正義感を持って帝国に仇為す敵と対峙した結果なのだろう。
いや、もっと――
もっと彼らにとっては近しい脅威で、手の届く範囲を守ろうとしただけなのかもしれない。帝国を守るだなんて大それた意志ではなく、身近な脅威を退けようとしたのが、結果的に帝国の脅威に触れることになったのだろう。
アリアはそんな彼らの危うさをどこか懐かしくも思うのだった。
かつて自分ら特務支援課もそうであったように。
その証拠にただ1人真っ直ぐな強い意志を宿した眼差しをルーファスに向ける人物がいた。腰に刀身の細い変わった剣を携えた黒髪の青年。纏う雰囲気がこの班のリーダーなのかもと思わせた。
彼の強い眼差しは、自分たちの行動は間違っていなかったと確かに主張しており、アリアはロイドみたいな子がいるなと目を見張った。
そして、それを見越しての護衛なのだろうと腑にも落ちる。
彼らはどんなに諌めようとも、何かを守るためなら危険に自ら進んでいくだろう。それならば危険に直面したとしても、それを緩和したり退けたりできる人間、いわば“身代わり”を立てればよいだけなのだ。それがアリアということになる。
納得のため息を吐くと、ルーファスが視線を投げてくるのに肩をすくめる。
「納得できないという思いもあろう。しかしそういった思いの落ち所を各々の中で見定めるというのもこの先必要になる。」
ルーファスはそう言うと、少し喋りすぎたな、とぽそりと溢しマントを翻しその場を去ろうとする。
「では諸君、幸運を祈る。アリア、抜かりはないように。」
さっぱりとした一瞥だけの別れにアリアはなんだか拍子抜けしたが、左胸のナイフに手を当てると、去るその背中に深々と頭を下げた。
仕事は仕事だ。
アリアも思うところは大いにありすぎるが、ルーファスの言う通り自分の中でいかに折り合いをつけるかである。
泣いたって喚いたってクロスベルに戻れることはないのだ。
ならばうまく立ち回ろう。
そう心に強く決め、アリアは頭を上げると改めてこれからの“仲間”もとい護衛対象に身体を向けた。
「皆様、改めましてこれからよろしくお願いいたします。」
今度は仰々しいお辞儀など省き、ニコリと笑みを見せる。
何人かが緊張感から解放されたかのようにほっと安堵の息を吐くのに、堅苦しいのはやはり合わないし、彼らにも求められていないのだろうと路線を決めていく。
不思議と緊張はしておらず、アリアはなんとか上手くいきそうだと根拠のない自信を持つのだった。