残雪とハデスの兜
【終焉/幕引き】
戦争もいよいよ大詰め 死闘の末バリオスを殺 した満身創痍のヨハンはやっとのことでしろがねの前にたどり着く
数多の犠牲を払い続け、ようやくここまで来た。あとは、彼さえ止めれば。
振り向いた冥府の王は微笑む。
「来てくれたんだね」「そんなに傷だらけになって……可哀想に。痛かったでしょう、つらかったでしょう。でももう大丈夫。彼──君たちの前ではバリオスと名乗っていたっけ、彼の魂でちょうど満杯になったんだ」背後にある巨大な鏡を愛おしげに撫でる
「これでやっと冥界 と現世 を繋げられる。みんなを僕の世界へ連れて行ける。生者 も死者 も、ずーっとずーっと僕と一緒だよ」
お気に入りの玩具に語りかける少年のような、無垢で無邪気な慈愛の眼差し。長きに渡る戦いの発端が〝それ〟であることに気付いた瞬間、ヨハンの背中を絶対零度の怖気が駆け抜けた。
神というのは、こうも無邪気に命を奪っていくのか。
「……させる、ものか。私たちは──」
様々な顔が浮かぶ。懐かしい顔、愛しい顔。守りたかった、守れなかった、散っていった者たち。
妻と息子。両親。祖父母。兄弟たち。ガブリエラ。テディ。スポット。アレクシス。紅風。共に戦う大勢の仲間たち。守るべき市政の人々。ドロシー。──バリオス。
命はいずれ死ぬ。だが。それでも。
「死ぬために生きているのではない!!」
ヨハンの魂の叫びにしろがねは少しだけ寂しげな顔をする
「今はわかってくれなくていい。でも、君だってこっちに来ればきっと──」
カツン。
「御託はもうよい」
突如現れる長身の男 思わず目を背けたくなるほど美しい顔立ちはしろがねと瓜二つだがその瞳は無機質で冷酷 彼から放たれる凄まじい圧にヨハンは指先ひとつ動かせなくなる しろがねの本体・真なる冥府の王の降臨
「マスター……!?な、何故あなたがここにッ、」
「誰が発言を許した」顔中真っ青にしてひどく狼狽し始めるしろがねの腹を無造作に蹴り飛ばす
「何の為に貴様を造ったと思っている。余 が働かない為だ。だというのに、貴様がくだらんことを仕出かしたせいでこの余 自ら出向く羽目に……」大儀そうに深く深くため息
「げほっ、げほっ……。マスター、僕は、ただ、」
「二度は言わん」
しろがねの言葉を遮り、徐に指を構える。少年の表情が恐怖一色に塗り潰された。
「い、いやだ……ッ!!お願いします、どうかそれだけはっ、」
「使えん道具は要らん」
──パチン。
冥王の指が鳴らされた瞬間、しろがねの足元からザラザラと漆黒の塵に変わっていく。神の人形はぼろぼろ大粒の涙を零しながら絶叫する。
「あ、ああッ、いや、いやだいやだいやだあッ!!僕はまだ、何も手に入れて──」
──朔友。
塵に成り果てる寸前、かつてしろがねと呼ばれた少年はさいごに誰かの名を口にした。やがて、塵の山はさらりと溶けて消えていく。そこには始めから何もなかったかのように。最後の一粒が宙へ消えた時、かの者が「存在した」という事実は世界から失われた。
真なる冥府の王は淡々とそれを見届け、次の瞬間にはその場から姿を消していた。早く帰って寝てしまいたい。彼の思いはそれだけだ。
たったひとり残された男は、唐突に迎えた結末を前に、ただただ呆然としていた。
▼
帰宅後の冥王、即座に布団に潜り込んだらディアルガに「働け!」と激怒され、自分が働くよりはよっぽどマシなのでブツクサ言いつつ渋々新しい分霊を生み出す。
しろがねの時はいちいち命令を入力するのが面倒だったので自我を与えたが、そのせいでさらに面倒なことになったため、今度は自我を与えず完全な人形として造った。外見は新しく考えるのが面倒でしろがねの姿をそのまま流用。新たな分霊に一通り仕事 を入力した後、全て丸投げして再び眠りにつく。覚めぬ眠りへの願望と諦念を抱きながら。
Q.なんでこんな奴が冥府の王やってんの?
A.拙宅の神たちは命・肉体・権能・使命がアルセウス産だけどそれ以外は自然の成り行きに任せられている。つまり自我とか人格は後から備わるので「こんな奴が冥府の王をやってる」ではなく「冥府の王がこんな奴になった」。分霊に仕事を丸投げしてることに関しては「余 がされたことをしているだけだが」とのこと。
しろがねは最期に「僕はまだ何も手に入れてない」って言うけど、自分にはずっとずっと友がそばに居てくれた──と気付くのが存在を抹消される直前だったのでいろんな意味で何もかも手遅れ。たったひとりの友といられることに満足できてさえいれば、彼自身が消えることも、数え切れないほどの命が失われることもなかったのにね、というオチ。
とはいえむしろたったひとりの友が出来たからこそ「もっと欲しい」となったので、あのふたりが出会って友情を育んだ時点でこの結末は避けられなかった。ヨハンたちは完全に巻き添えのとばっちり。軍組の物語が別名「神箱アナザーギラティナ編」である所以。たったひとりの神様が全ての元凶で、たったひとりの神様によって何もかもめちゃくちゃにされる。
しろがねの消滅に伴い「しろがねが存在した事実そのもの」が丸ごと消えたため、「また会おう」という約束は果たされないし約束そのものもなかったことになる。
バリオスの「朔友」としての記憶は全て消え、魂の引き継ぎも出来ないので肉体的にも精神的にも完全に死亡。その名前を呼ぶ者も、呼ばれて振り返る者も、もうどこにもいない。
戦争もいよいよ大詰め 死闘の末バリオスを
数多の犠牲を払い続け、ようやくここまで来た。あとは、彼さえ止めれば。
振り向いた冥府の王は微笑む。
「来てくれたんだね」「そんなに傷だらけになって……可哀想に。痛かったでしょう、つらかったでしょう。でももう大丈夫。彼──君たちの前ではバリオスと名乗っていたっけ、彼の魂でちょうど満杯になったんだ」背後にある巨大な鏡を愛おしげに撫でる
「これでやっと
お気に入りの玩具に語りかける少年のような、無垢で無邪気な慈愛の眼差し。長きに渡る戦いの発端が〝それ〟であることに気付いた瞬間、ヨハンの背中を絶対零度の怖気が駆け抜けた。
神というのは、こうも無邪気に命を奪っていくのか。
「……させる、ものか。私たちは──」
様々な顔が浮かぶ。懐かしい顔、愛しい顔。守りたかった、守れなかった、散っていった者たち。
妻と息子。両親。祖父母。兄弟たち。ガブリエラ。テディ。スポット。アレクシス。紅風。共に戦う大勢の仲間たち。守るべき市政の人々。ドロシー。──バリオス。
命はいずれ死ぬ。だが。それでも。
「死ぬために生きているのではない!!」
ヨハンの魂の叫びにしろがねは少しだけ寂しげな顔をする
「今はわかってくれなくていい。でも、君だってこっちに来ればきっと──」
カツン。
「御託はもうよい」
突如現れる長身の男 思わず目を背けたくなるほど美しい顔立ちはしろがねと瓜二つだがその瞳は無機質で冷酷 彼から放たれる凄まじい圧にヨハンは指先ひとつ動かせなくなる しろがねの本体・真なる冥府の王の降臨
「マスター……!?な、何故あなたがここにッ、」
「誰が発言を許した」顔中真っ青にしてひどく狼狽し始めるしろがねの腹を無造作に蹴り飛ばす
「何の為に貴様を造ったと思っている。
「げほっ、げほっ……。マスター、僕は、ただ、」
「二度は言わん」
しろがねの言葉を遮り、徐に指を構える。少年の表情が恐怖一色に塗り潰された。
「い、いやだ……ッ!!お願いします、どうかそれだけはっ、」
「使えん道具は要らん」
──パチン。
冥王の指が鳴らされた瞬間、しろがねの足元からザラザラと漆黒の塵に変わっていく。神の人形はぼろぼろ大粒の涙を零しながら絶叫する。
「あ、ああッ、いや、いやだいやだいやだあッ!!僕はまだ、何も手に入れて──」
──朔友。
塵に成り果てる寸前、かつてしろがねと呼ばれた少年はさいごに誰かの名を口にした。やがて、塵の山はさらりと溶けて消えていく。そこには始めから何もなかったかのように。最後の一粒が宙へ消えた時、かの者が「存在した」という事実は世界から失われた。
真なる冥府の王は淡々とそれを見届け、次の瞬間にはその場から姿を消していた。早く帰って寝てしまいたい。彼の思いはそれだけだ。
たったひとり残された男は、唐突に迎えた結末を前に、ただただ呆然としていた。
▼
帰宅後の冥王、即座に布団に潜り込んだらディアルガに「働け!」と激怒され、自分が働くよりはよっぽどマシなのでブツクサ言いつつ渋々新しい分霊を生み出す。
しろがねの時はいちいち命令を入力するのが面倒だったので自我を与えたが、そのせいでさらに面倒なことになったため、今度は自我を与えず完全な人形として造った。外見は新しく考えるのが面倒でしろがねの姿をそのまま流用。新たな分霊に一通り
Q.なんでこんな奴が冥府の王やってんの?
A.拙宅の神たちは命・肉体・権能・使命がアルセウス産だけどそれ以外は自然の成り行きに任せられている。つまり自我とか人格は後から備わるので「こんな奴が冥府の王をやってる」ではなく「冥府の王がこんな奴になった」。分霊に仕事を丸投げしてることに関しては「
しろがねは最期に「僕はまだ何も手に入れてない」って言うけど、自分にはずっとずっと友がそばに居てくれた──と気付くのが存在を抹消される直前だったのでいろんな意味で何もかも手遅れ。たったひとりの友といられることに満足できてさえいれば、彼自身が消えることも、数え切れないほどの命が失われることもなかったのにね、というオチ。
とはいえむしろたったひとりの友が出来たからこそ「もっと欲しい」となったので、あのふたりが出会って友情を育んだ時点でこの結末は避けられなかった。ヨハンたちは完全に巻き添えのとばっちり。軍組の物語が別名「神箱アナザーギラティナ編」である所以。たったひとりの神様が全ての元凶で、たったひとりの神様によって何もかもめちゃくちゃにされる。
しろがねの消滅に伴い「しろがねが存在した事実そのもの」が丸ごと消えたため、「また会おう」という約束は果たされないし約束そのものもなかったことになる。
バリオスの「朔友」としての記憶は全て消え、魂の引き継ぎも出来ないので肉体的にも精神的にも完全に死亡。その名前を呼ぶ者も、呼ばれて振り返る者も、もうどこにもいない。
11/13ページ