残雪とハデスの兜

【ヨハンVSドロシー】

 ぱちんと1つ、泡が弾ける。

〝ねえあなた、今日この子が動いたの!もうすぐ生まれるかしら……楽しみね!〟

 そこから聞こえてきたのは、今は亡き最愛の妻の声。脳髄を直に殴られたような衝撃が走り抜け、全身の血液と神経が凍りついたように動きを止める。……ああ、君は、とても幸せそうに笑っていたっけ。

 もう1つ、ぱちん。

〝このこがうまれたら、ぼくはおにいちゃんになるんだよね。おとうとかな、いもうとかな。はやくあいたいなあ〟

 今度は幼い息子の声。先程の言葉もこの言葉も、あまりに聞き覚えがある。忘れるはずがあるものか。あの子は誰より弟妹の誕生を待ち望んでいた。

 なぜ、どうして、どうして。
 ぱちん、ぱちん、ぱちん。

 泡が弾ける度、愛しい妻の声が、可愛い息子の声がする。懐かしい会話が耳を溶かし、脳を蝕んでいく。
 目の前にいる敵の種族は、プルリル。……まさか、まさか、まさかまさかまさか。

 ぱちん。

〝この子の名前を考えたんだ。君たちの意見も聞かせて欲しい〟

 穏やかな自分の声が宙を漂う。そんな、うそだ、

〝男の子ならハンス。女の子なら、〟

「ドロシー……なのか……?」
「あうあー」

 少女は、ひどく嬉しそうににっこり笑った。
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