カミサマの玩具箱

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主人公

ズガドーン編※
【ハート・アート・バースト】

 カラーン、カラーン、カラーン。
 近くで鐘の音と歓声が上がる。足音を忍ばせ、なんだか賑やかな方へこっそり近づいた。とんがり屋根の建物の前で白い服を着た男の人と女の人が大勢の人たちに囲まれている。みんな、楽しそう。特にまんなかの女の人。ふわふわ、きらきら、お姫さまみたい。

 もっと近くで見てみたくて物陰からそっと足を踏み出した。途端、パキリと乾いた音が鳴る。周りにいた女の人がひとり振り向き、視線がぶつかった。さっきまでにこにこしていた顔を強く歪め、しっしっと手で払う。

「あっちへお行き!このめでたい日にあんたみたいな忌み子が出てくるんじゃないよ!」

 ずきん。胸のまんなかにトゲが刺さったみたいな痛みが走る。他の人たちにも見つかったらもっといろいろ言われるんだろう。きゅっと唇を噛み、すごすごその場から離れた。

 楽しそうな笑い声が聞こえなくなるくらい歩き続け、いつもの森にたどりついた。足元をタマタマが通り過ぎていく。このあたりに住むポケモンはみんな草食だから人間わたしなんて見向きもしない。……肉食の子なら、わたしを見てくれたのかな。

 なんとなく寝床に戻る気になれなくてそのまま森をさまよう。歩いて歩いて――気付けば、目の前に白くてふわふわのお花がたくさん咲いていた。きれい。
 そういえばさっき見た女の人、大きい花束も持ってたっけ。しゃがんで1本摘み取った。ぷち、ぷち、なるべくきれいなものを選んでいく。これでわたしもお姫さまみたいになれるかな。

「こんな所にひとりでどうしたんだい、お嬢さん」

 いきなり後ろで声がして、びっくりした拍子にお花が膝の上に落ちる。振り返るとカラフルで賑やかな格好のお兄さんが立っていた。
 わたしと同じ白い髪はふわふわで、お顔にもカラフルな模様が描いてある。マゴの実みたいなピンクのおめめはわたしを見た途端まんまるに見開かれた。ずいっとお顔が近付いてくる。あ、お兄さんのおめめ、お星さまがいる。きれい。

「これはこれは!お嬢さん、いい色をしてるなあ!」

 お兄さんは嬉しそうに笑いながらわたしの周りをくるくる飛び回った。……あれ?お兄さんの頭、浮いてる?なんで体にくっついてないんだろう?

「ロコンを思わせる豊かな白髪、透き通るような肌、オドリドリの羽よりも鮮やかな赤眼!ああ、なんて綺麗だ……!」
「きれい?……わたしが?」
「そうとも!」

 ふわふわの頭が大きく頷く。帽子の黄色いリボンも弾むように揺れた。……そんなの、うそだ。視線を落とし、膝の上でぎゅっと手を握りしめる。

「……わたし、〝いみご〟なんだって。髪も目の色もみにくい、きもちわるい、だから捨てられたんだって、みんな言ってる」
「ひどいことを言う奴がいたもんだな!キミの色ほど美しいものはないってのに」

 お兄さんは片膝をつき、するり、すべすべの手袋をしたおててでわたしのほっぺを撫でた。きらきら星のおめめがまっすぐ、わたしだけを映して微笑む。

「センスや見る目が微塵もない連中の言葉なんか忘れちまえ。キミは綺麗だ」

 誰かに褒められたのも、触れられたのも、こんなに優しく笑いかけられたのもはじめてで。ふわっと顔が熱くなった。くすぐったくてぽかぽかする。

「なあお嬢さん、オレはずっとキミみたいな子を探してたんだ。よかったらオレと来ないかい?オレがキミをもっと綺麗にしてあげる」
「もっと……?わたしも、お姫さまみたいに、なれる?」
「もちろんさ。キミが望むなら」

 恐る恐る、差し出された手をそっと握る。お兄さんはニッと笑ってわたしを抱き上げた。

「決まりだ!行こうかお嬢さん……いや、マイ・レディ」

 お兄さんの後ろにぽっかり大きな穴が開く。青くてぎらぎら。……こわい。ぎゅっとお兄さんの服を掴む。

「大丈夫。オレがいる。怖かったら目をつぶってな」

 言われた通り目を閉じる。カツン、カツン、軽やかな足音だけが響く。急にまわりが寒くなって、もっとぎゅうっとお兄さんにしがみついた。

 もういいぜ、という言葉にゆっくりまぶたを持ち上げる。知らない場所にぽつんとおうちがひとつ。

「オレの寝床兼アトリエさ。今日からキミの家でもある」
「わたしの、家……」

 わたしの家。もう一度、口の中で呟く。……なんだろう、さっきからずっとぽかぽかする。
 そっと地面に降ろされる。夢でも見てるみたいにふわふわしているわたしを招き入れ、ひとつひとつ案内してくれた。

「ここはリビング。あっちはキッチン、そっちは衣装部屋、向こうが風呂とトイレ。奥の部屋はアトリエだ。アトリエは触ると危ねえもんがたくさんあるから入っちゃだめだぜ」

 どうだい、なかなかイケてるだろ。お兄さんの言葉に大きく頷く。こんなに素敵なところが、わたしの家なんだ。

「そうだろそうだろ。71番目が〝芸術家たるものアトリエを持たなくてどうする〟って用意してくれたんだ。さて、まずは風呂だな。こんなに綺麗な髪や肌を汚れたままにしちゃおけねえ。その後メシにしよう」

 されるがまま大人しくしていれば、あれよあれよという間に全身さっぱりぴかぴかになって、ふわふわのかわいい服を着せてもらっていた。鏡の前で鼻歌まじりにわたしの髪にブラシをかけるお兄さんはとっても楽しそう。なんだかそわそわ落ち着かなくて、背中越しにお兄さんに話しかける。

「……あのね」
「なんだいマイ・レディ」
「どうしてわたしに優しくしてくれるの?」

 わたし、〝いみご〟なのに。
 ブラシの動きが止まる。反対の手が降り上げられて、ぎゅっと目を閉じて身を固くした。
 ――ぽん。……?いたく、ない。

「何故優しくするかって?キミがとびっきりの逸材だからさ!」

 わたしの頭を優しく撫でるお兄さんと鏡越しに目が合った。お星さまのおめめがニッと笑う。

「さっきも言ったが、キミの髪も、肌も、瞳も、すべて美しい。だがまだ原石だ。これからもっともっと綺麗になれる。心の健康は体の美しさに直結する。だからキミには心も体も健やかに過ごして欲しいんだ」

 お兄さんの白い手がだいきらいな白い髪を一房すくいあげ、大事そうに頬を寄せた。
 ……よく、わからない。わからないけど、さっきよりそわそわする。くすぐったいような、あったかいような。
 
「これからキミに似合うドレスやアクセサリーを探そうな。キミがどんな作品になるのか想像するだけでワクワクするぜ!」
「さくひん?」
「そうとも!キミはオレの作品になるのさ!」

 目をぱちぱちして首を傾げる。「お兄さんは何かを作るひとなの?」と聞くと、よくぞ聞いてくれました!とばかりにお星さまのおめめが輝いた。座っていた椅子が勝手にふわりと浮いて、くるりと回転。鏡からお兄さんに向き合う。

「オレの名はズガドーン!最高に美しい花火を作るべく日々を生きる、稀代の天才エンターテイナーさ!以後お見知りおきを、マイ・レディ」

 明るい声で高らかに宣言し、胸に手を当てて軽やかに一礼。はなび。きだい。てんさいえんたーていなー。……やっぱりよくわからない。ひとつだけわかったのは、お兄さんのお名前。

「ねえズガドーン」
「なんだい」
「はなび……ってなあに?」
「なんだって!?花火を知らないのかい!?」

 ズガドーンの頭がびょんっと飛び上がった。おめめも落っこちそうなくらい見開かれている。

「てっきりこっちのニンゲンは皆知ってるもんだと……オレとしたことがうっかりしてたぜ……。早速今夜見せてあげよう。昼の花火もオツなもんだが最初はやっぱり王道でいこうか」
「? うん」
「キミのはじめての花火だ。とびっきり綺麗なのを見せてあげなくちゃあな」

 そう言ってわたしを撫でるズガドーンの笑顔がとっても楽しそうだから、わたしもだんだんワクワクしてくる。

「あのね、もういっこ聞いてもいい?」
「何なりと」
「なんでズガドーンは頭が浮いてるの?」
「なんでって言われてもなあ。元々〝そう〟なんだ」

 いきなりポンッ!と音がして、びっくりして目を閉じる。恐る恐る目を開けると、ピンクと水色で彩られた白いボールを頭に乗せた、すらっとしたなにかがいた。カラフルなそれは楽しそうにゆらゆらクネクネ動いている。

「あなた……もしかしてズガドーン、なの?」

 クネクネしながら白いボールが嬉しそうにぽんぽん跳ねた。お星さま模様のまんなかがニコッと笑う。かわいい。思わず手を伸ばすと、ボールのところがすり抜けてしまう。
 ポンッ!もう一度音が鳴り、ボールの代わりにふわふわの頭が現れる。

「あれがオレの本来の姿さ。びっくりしたかい?」
「うん」
「夜にはもっとびっくりさせてやるから、楽しみにしててくれよな」
「うん!」

 お風呂とお着換えが終わったらズガドーンがごはんを作ってくれた。あったかくて、おいしくて、夢中で食べた。
 はじめてお腹いっぱいになったからか、急に眠くなってくる。こっくりこっくりしているとズガドーンが小さく笑う。抱き上げられて、やわからいものにくるまれた。

「ここには屋根も壁もベッドもある。ゆっくりおやすみ、マイ・レディ」



 次に目を開けた時、窓の外は真っ暗になっていた。
 ジュウジュウ香ばしい音とご機嫌な鼻歌が聞こえる方へ顔を向けると、お星さまと目が合った。

「お、おはようマイ・レディ。よく眠れたかい」
「うん」
「そりゃよかった。もうちょっと待っててな」

 ベッドの横のテーブルにお皿が並べられる。中にはほわほわ湯気を立てるお肉。おいしそう。
 握ったフォークでお肉を突き刺し、ふうふう吹いて口に運ぶ。お昼の時にうまくお箸を使えなかったから、今回ははじめからフォークを出してくれた。

「おいしい!」
「そうかいそうかい。キミはうまそうに食ってくれるから作り甲斐があるなあ。たくさんあるからたんとお食べ」

 にこにこしているズガドーンの前にお皿はない。人間わたしと食べるものが違うんだって。食べないのになんでお料理じょうずなの?って聞いたら、教えてもらったんだって。
 お皿が空っぽになると、勝手にふわっと浮き上がってひとりでキッチンまで飛んで行った。ズガドーンのサイコキネシスだ。何回かやってたけどまだ慣れなくてびっくりする。

「さあて、メシも済んだし、いよいよお披露目といこうか」

 外へ出るとひんやりした風が顔を撫でる。ズガドーンは両腕を広げ、大きく声を張り上げた。

「麗しきリトル・レディ、ようこそおいでくださいました!今宵この空に咲き乱れる炎の花束、すべてあなたに捧げましょう!どうぞ心ゆくまでお楽しみください!――まずは第一弾!」

 ズガドーンの手の上に青くてぎらぎらの穴が開き、鮮やかな赤い鳥ポケモンが出てきた。オドリドリだ。左右の翼を広げたままぴくりともしない。そのままふわりと空へ浮き上がる。

「ワン、ツー、スリー!」

 パチン。ズガドーンが指を鳴らすと――ドパァン!!大きな音と一緒に白い光と赤い羽根が一気に夜空で弾けた。きらきらがわたしの目の前を埋め尽くす。お星さまがすぐ近くまで降りてきたみたいで、息をするのも瞬きも忘れて目に焼き付けた。ぱたた、弾けた赤の一部が頬や服に跳ねる。

「……きれい……」
「そうだろう!キミもいずれこうなるんだぜ!」
「わたしも?このきらきらに?こんなに、こんなにきれいなのになるの?」
「もちろん!稀代の花火師、天才エンターテイナーのこのオレが魂かけて誓おう!キミを何より誰より美しい花火にすると!」

 わたしの両手をぎゅっと握ったズガドーンのピンクのお星さまがきらきら輝いている。そこに映ったわたしの目も、きらきらだ。

「うん……!うん!わたし、ズガドーンの花火になる!なりたい!」
「いい返事だ!さすがマイ・レディ!」

 わたしを抱き上げたズガドーンが笑いながらぐるぐる回る。つられてきゃあきゃあ声を上げた。

「さあ、次の花火はもっとすごいぞ。準備はいいかい?」
「うん!」
「それじゃあ第二弾!ファイアロー、フレアドライブ!」

 不思議な穴から今度はファイアローが次々に飛び出し、ごうごう燃える炎をまとって上へ上へと羽ばたいた。ズガドーンの指が鳴るたびに、赤やオレンジ、白、色とりどりの花が空に咲く。きれい……きれい……!
 光の粒や赤い雫が降り注ぐ中、飛んでは弾ける火の花たちを、わたしは夢中で追いかけた。



 次の日からわたしの衣装選びが始まった。衣装部屋から服を引っ張り出してとっかえひっかえ試着する。どれもこれもかわいくて楽しい。子ども用の服は少ないからサイズが大きいものばかりだけど、「今はイメージを固める段階だから気にしなくていいぜ」って。
 服だけじゃなく、靴、髪型、アクセサリーもいろいろ試す。ぜんぶのバランスが大事なんだって。

 他にも、綺麗なものや素敵なものをたくさん知るといい、って本やテレビもたくさん見せてくれた。その中からわたしが好きだと思ったものを伝えると、ズガドーンは嬉しそうに聞いてくれた。
 おいしいごはん。あったかいお布団。かわいい服。わたしとおしゃべりしてくれて、頭を撫でて、抱きしめて、笑いかけてくれるひと。ぜんぶ、持ってなかったのに。

「どんな衣装がいいかねえ。マイ・レディは〝お姫さまみたい〟なのがいいんだよな」
「うん。白くて、ふわふわで、きらきらなの」
「白が好きか!いいセンスだ、わかってるねえ!」

 わたしの着替えを手伝いながら、ズガドーンは今まで作った作品たちのことを話してくれた。どこがよくて、どこがだめで、どんなのが作りたいか。

「こっちに来たばかりの頃は赤が好きで、赤いのばっかり作ってたんだ。けど、たくさん作ってるうちに〝赤と白のコントラストが一番美しい〟って気付いたのさ。ま、今でも赤い作品はよく作るけどな!キミにはじめて見せた花火もそうだったろ?赤は創作意欲がそそられるんだ」

「32番目は赤毛の女の子でさ。白い肌によく映えてた。衣装も赤いドレスを選んで、夜の闇に咲いた真っ赤な花火はそりゃあ綺麗だったぜ!結構お気に入りなんだが、如何せん初期の作品だから今思うと未熟だよなあ。こっちの生き物は血が赤いから赤一色になっちまった。それはそれでアリだけどちょっと物足りないよな」

「49番目は町ひとつ丸ごと素材にしたんだが、ありゃイマイチだったなあ。デカくしすぎて打ち上げに失敗しちまった。それじゃあただの爆破だ。花火ってのは空に咲くから美しいだろ?」

「記念すべき100番目はロコンの群れを素材にしたんだ。雪の妖精たちを次々打ち上げて、夜空に白い毛並みと赤い血肉をド派手にばらまいてさ!……ただよ、白が映えるかと思って岩場でやったのは失敗だったな。岩肌に散らばる黒ずんだ赤を見た時はがっかりしたっつーか、これじゃねえっつーか。花火としての完成度が花丸だから余計に惜しかった」

「アブソルっていいよなあ!純白の毛並みに赤い瞳がよーく映えてる!初めて見た時は目を奪われたぜ……。お気に入りだから何度も使ってるんだ。今度マイ・レディにも見せてあげよう」

 ズガドーンのお話も毎晩見せてくれる花火も、どれも素敵でとってもワクワクする。だけどズガドーンは満足してなくて、もっともっと上を目指している。
 すごいねって言ったら「天才に生まれたからには高みを目指さなきゃつまらねえからな」って笑ってた。そのためにいろんな素材で花火を作ってるんだって。

「じゃあ、ズガドーンも素材になるの?」
「おっ、いいとこに気付いたなマイ・レディ!」

 右手でわたしの頭を撫で、左手で火花をぱちぱち踊らせながら、口笛を吹くみたいに話してくれた。

「そりゃあ考えたことあるぜ。〝オレ〟はどんな花火になるだろうって。だけど〝オレ〟を花火にしちまったら、どんなに〝オレ〟が傑作になろうともうそこより上には行けねえ。それじゃあダメだ」
「そうなの?」
「そうとも。それに、作品は鑑賞する者がいなきゃ成立しない。オレはクリエイターであり、オーディエンスなのさ」

 よくわからないけど、ズガドーンが言うならそういうものなんだろうな。
 わたしはどんな花火になるんだろう。うんと綺麗な花火になったら、ズガドーンは喜んでくれるかな。……わたしが、ズガドーンの一番になれたらいいな。



「ズガドーンって青が嫌いなの?」

 あれから数年。今日も今日とて衣装選び。本日何着目になるかわからないドレスに袖を通しながら何気なく口にすると、チェリーピンクの目がまあるくなった。

「なんでそう思うんだい?」
「ズガドーン、赤とか白はよく使うけど青はほとんど使わないでしょ。衣装だって青いの全然ないし」
「ハハ、よく見てるなあ。嬉しいぜ」

 おどけたようにへらりと笑ったズガドーンが優雅に両腕を広げた。コツ、コツ、ゆっくり歩き回りながら朗々と語りだす。

「別に嫌いじゃねえんだが、確かにオレは青を使わない。何故か?理由は2つ。1つ、他より見飽きてるから。2つ、……青を見ると思い出すんだ」

 コツン。足を止めてくるりと振り向いたズガドーンは、はじめて見る顔をしていた。いつもみたいに笑ってるけど、どこか遠くを見ているような、暗く渇いた目。ぞわり、正体不明の寒気が背中を走る。

「ご存知の通り、オレの炎は美しい。これで燃やせばもっと美しいものが見れるんじゃないかっていろんなものを燃やした。だが、昔のオレは無粋でねえ。何の趣向も凝らさず、ただただ燃やして爆破するだけだった。ああダセエ、思い出すだけで顔から火が出そうだぜ」

 片手を額に当ててやれやれとかぶりを振る。「あの頃はマジでつまんなかったなあ……」という小さなぼやきがぎゅっと胸を絞めつけた。
 ズガドーン。彼の名前を呼ぶ前に、チェリーピンクがぱっと明るさを取り戻した。

「そんな時、偶然こっちの世界で花火を見て……心臓が震えたね!これだ!これこそオレの見たいものだってな!!」

 両手をいっぱいに広げ、天井を仰ぎながら歌うように言い募る。お星さまの瞳はきらきら、ぎらぎら、強烈な輝きを宿している。彼が作る花火みたいに。……綺麗。やっぱりズガドーンはこうでないと。

「要するに、青はオレにとって退屈と恥の象徴なのさ。ああでも、いい思い出もあるぜ。スランプの時に普段使わねえ色を使おうってことで、128番目に金髪碧眼の子を使ったんだが、」
「ストップ」

 いつもの調子で喋りだそうとするズガドーンを手で制した。口を尖らせて抗議する。

「他の子の話しないでって言ったでしょ。わたしがズガドーンの最高傑作になるんだから」
「おっとそうだった。ごめんなマイ・レディ、気を付けるよ」
「……うん」

 笑顔のズガドーンに頭をぽんぽん撫でられると、ふわっと顔が熱くなる。これだけで不機嫌の種がどこかへ行っちゃうんだから我ながら単純。
 小さい頃はどんな作品の話も楽しく聞いていたのに、大きくなるにつれてズガドーンが他の子のことを楽しそうに話しているとモヤモヤするようになった。……でも、だって、ズガドーンも悪いんだから。わたしがいるのに。わたしのことだけ見ててよ。

 話しているうちに着替え終わったらから椅子に腰を下ろし、髪をセットしてもらう。簡単にメイクもして、鏡の前で一回転。

「どう?」
「似合ってる。かわいい。……けど……なーんかチガウんだよなあ……」

 唸るようなズガドーンの答えにやっぱり、と笑い返す。今まで着せてもらったものはぜんぶ素敵でかわいい。だけど、ズガドーンもわたしも「これだ!」となるものがなかった。
 わたしがだめなのかな、とへこんだ時期もあったけど、ズガドーンは何度も何度でも「キミは綺麗だ」って言ってくれて、お肌や髪のケアもたくさん手伝ってくれたからすぐ気にならなくなった。大嫌いな白い髪と赤い瞳も、好きになったのはズガドーンのおかげ。

「そろそろ疲れたろ。今日の衣装選びはここまでにしよう。おやつにアップルパイがあるぜ」
「ほんと?やったあ!」

 随分前、テレビではじめてアップルパイを見たわたしが食べてみたいと言ったら、ズガドーンが作ってくれた。それ以来わたしの大好物だ。
 うきうきしながら着替え始めた途端、ぐうとお腹の虫が鳴る。慌ててお腹を押さえてももう遅い。

「アッハッハッハ!ほんと、キミは素直でいいなあマイ・レディ!」
「もう!ばかばかばか!!」

 お腹を抱えて大笑いするズガドーンをぽかぽか叩く。全然痛くなさそうで、それどころか楽しそうなのが余計腹立たしい。

「ごめんごめん。ほら、行こう。アップルパイが待ってるぜ」
「うー……」

  わたしのことがかわいくて仕方ないって顔をされると、お腹の虫なんてたちまち大人しくなってしまうのだからずるい。
 差し出された手をぎゅっと握り返す。エスコートするみたいに腕を引かれ、自然と頬が緩んだ。ズガドーンは幼いわたしの「お姫さまみたいになりたい」という言葉を覚えていて、時に恭しく、時に優雅にわたしを扱っている。

 ねえズガドーン。だいすきよ。何より、誰より、あなたがだいすき。
 もっともっと綺麗になって、必ずあなたの最高傑作になるわ。



 とうとう衣装部屋の服をぜんぶ試したけれど、しっくりくるドレスは見つけられなかった。
 最近のズガドーンは付箋つきのファッション雑誌を片手にあちこち飛び回っている。どんなに遅くてもわたしが寝る前には返ってきてくれるけど、一緒にいる時間が減っちゃって少し……ううん、かなり寂しい。
 だけどわたしのためってわかってるから顔には出さない。もう子どもじゃないんだし留守番なんて平気。わたしもわたしに出来ることをやらなくちゃ、とひたすらボディケアやメイクの練習に打ち込んだ。

 ある日の昼下がり。日課のストレッチを終えて、そろそろお昼にしようかと思っていたら、ぎゅわんと壁が歪んで青いぎらぎらの穴が開く。おかえり、と言う前にズガドーンの嬉しそうな大声が響いた。

「マイ・レディ、見てくれ!!ようやく理想のドレスを見つけたんだ!!」

 血の気の薄い頬は紅潮して、チェリーピンクの瞳はいつも以上にきらきらだ。はやくはやく!と急かされるまま衣装部屋へ。
 ドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、純白のドレスだった。シルエットは華やかなプリンセスライン。デコルテが大きく開き、オーガンジー生地の袖は袖口にかけてふんわり広がっている。そして何より――袖、ウエスト、スカート、全身にたくさんの星が散りばめられていた。

 不意に昔の記憶が蘇る。耳の奥で三度鐘が鳴る。ズガドーンと出会った日、とんがり屋根の建物の前で大勢の人に囲まれながら笑っていた、まっしろなふわふわきらきらのお姫さま。

「……綺麗……。わたし、わたし、これがいい……!」
「そう言ってくれると信じてたぜ!オレも絶対これだと思ったんだ!」

 わたしを抱き上げたズガドーンが笑いながらぐるぐる回る。つられてきゃあきゃあ声を上げた。

 さっそく試着してみれば、あの日憧れたお姫さまが鏡に映っていた。……ああ、わたし、綺麗。
 着替えただけでこんなに綺麗なのに、髪やメイクもちゃんとしたら――その状態でズガドーンの花火になったら、どんなに、どんなに綺麗だろう。

 ドレスが決まればあとはとんとん拍子で決まっていった。日時は3日後の新月の夜。場所はラナキアマウンテン。
 いよいよわたしは、ズガドーンの花火さくひんになる。

 ――3日後。ズガドーンが選んでくれたドレスと靴を身にまとう。髪はズガドーンの手でローポニーしてもらい、ネックレスはつけず、ティアラとイヤリングは星モチーフのものを。ここで一旦ズガドーンに退室してもらって、たくさん勉強したメイクを施す。真っ赤なリップを乗せ、仕上げにベールを被れば完成だ。

 ドアの向こうで待っていたズガドーンは、チェリーピンクのお星さまを大きく見開き、恍惚と息を吐いた。

「ああ……本当に綺麗だよ、オレのお姫さま。キミと出会えてよかった」

 愛おしげに微笑む彼が差し出したのは、40本の赤い薔薇のブーケ。思わぬサプライズに目の奥が一気に熱くなる。だめだめ、せっかくのメイクが崩れちゃう。それに、花火に湿り気はご法度なんだから。
 溢れそうな涙を必死に押し留め、震える手で受け取った。ありがとう、という掠れた声はちゃんと彼に届いただろうか。

「行こうか、マイ・レディ」
「うん」

 そっと腕を組み、ロングタイプのベールとトレーンを揺らしながらゆっくりゆっくり歩き出す。はじめて出会った日と同じように不思議な穴を潜り抜ければ――一面の銀世界。誰の足跡もないまっさらな雪原にしんしんと雪が舞い踊る。

「マイ・レディ。今こそキミを、世界一……いや、宇宙一綺麗にしてあげる」

 ふわり、体が宙に浮かび上がる。ズガドーンのサイコキネシスだ。ああ、ああ、やっとこの時が来た!心臓がドキドキ破裂しそうなくらい脈打って、ぎゅっと真紅のブーケを抱きしめた。
 遥か下の銀世界でチェリーピンクの一等星が眩くきらめいている。腕を大きく広げたズガドーンは、よく通る声で朗々と口上を述べた。

「さあさあ皆様お立ち会い!本日お目にかけますは稀代の花火師、天才エンターテイナー、もといわたくしズガドーンの最新作!記念すべき200番目の作品にございます!真紅と純白の奇跡のマリアージュ、とくとご照覧あれ!タイトルは……〝ルビーローズ・スピカ〟!」

 ズガドーンが指を構える。あの綺麗な瞳に今のわたしはどう映っているだろう。この後・・・のわたしはどう映るだろう。
 どうか、笑って。綺麗と言って。一生忘れられないくらい、その目にわたしを焼き付けて。

 ねえズガドーン。
 だいすきよ。

「ワン、ツー、スリー!」

 ――ドパァン!!

***

 雪のようなドレスに身を包んだ少女が弾け飛び、夜空を真紅と純白のきらめきが埋め尽くした。一度たりとも瞬きせず、本来は持たないはずの眼球と脳髄にこの一瞬の輝きを焼き付ける。
 火の粉が、焦げた花びらが、かつて少女の形をしていた欠片がぱらぱらと雪の上に降り注ぐ。ぽたり。ズガドーンの頬に赤い雫が落ち、彼の涙と混ざり合う。ようやく、震える唇を開いた。

「……美しい……!!ああ、ああ、マイ・レディ!キミこそオレの最高傑作だ!!」

 ズガドーンはとめどなく涙を流しながら、けれど興奮と感動が最高潮に達した笑顔で高らかに笑い出す。
 
「アハッ、アハハハハハハハ!!最高だ!オレは今後キミを越える作品を作らなきゃいけねえ!なんて素晴らしいんだろう!嬉しすぎて心臓が爆発しちまいそうだ!!」

 胴体は狂ったように踊り回り、首はそこら中に飛び散った少女だったものに片っ端から頬擦りしていく。顔や帽子が汚れるのも構わず、愛おしむように。慈しむように。

「ありがとうマイ・レディ!!オレはもっともっと高みへ行ける!!」

 真っ赤に染まった雪の上、心底楽しげなズガドーンの笑い声がいつまでも夜の静寂に響き渡った。

Fin.
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