カミサマの玩具箱
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エンテイ編 後編
【薔薇色ハッピーライフ】
あたしは生まれつき、父さん譲りでも母さん譲りでもない、燃えるような赤い髪と瞳をしていた。
小さい頃はそのことを村の男の子たちに散々からかわれたけど、家族はみんな綺麗だって褒めてくれて、何より仲良しのレディアンとお揃いだから全然気にならなかった。
左手にあるアザだって薔薇の花みたいで可愛いし、「お前が神様に愛されてる証だよ」っておばあちゃんが言ってたもの。
勝気で喧嘩っ早いからなかなか彼氏はできないけど、そこはそれ。そのうち素敵なひとに出会える!はず!
なーんて、ジョウトのド田舎村じゃ全員知り合いだから出会いもクソもないんだけど。
日が昇ったら起きて、家の畑仕事を手伝って、それが済んだら友達とお喋りしたりレディアンと遊んだりして、日が沈んだら寝る。似たような日々のくり返し。
時々つまんないなーって思うけど、この生活は嫌いじゃないし、都会に飛び出す度胸もない。あたしは一生こんな風にのんびり暮らすんだろうなって思ってた。……あの日までは。
☆
「レディアン、どこー?もう降参、出て来てー」
よく晴れた日の昼下がり。村の近くの森でレディアンとかくれんぼの真っ最中。いつもはお互いすぐ見つけられるのになかなか見つからない。あの子がよく隠れる所は一通り探したんだけどな。
「レディアーン!降参だってばー!!」
両手をメガホンにして大声で呼んでみるも反応なし。もしかして隠れたまま寝落ちした?友達からデルビル借りてきて探してもらおうかな。
踵を返そうとした時、急に強い風が吹いた。視界が赤一色になり、わさわさと木の揺れる音に包み込まれる。もー、何!?髪ボサボサになるじゃん!
顔にかかった髪を払いのけ、手櫛で整えながらふと顔を上げる。いつの間にか目の前に超美形の男の人が立っていた。ヤバ、めっちゃイケメン。見ない顔だけど旅の人かな。
思わず見惚れていたらその人とばっちり目が合った。燃え盛る炎みたいに真っ赤な色をしている。綺麗だなあ……って、見ず知らずの人をガン見するとか失礼でしょ!
我に返り慌てて逃げようとするあたしの手を、その人が掴んだ。え、と思った時にはその人の腕の中。え、ちょ、え!?何この急展開!?
初対面のイケメンに突然抱きしめられて混乱しまくるあたしをよそに、その人はあたしの頭に頬をすり寄せ、しみじみと呟いた。
「ああ、ローザ……我が愛しき薔薇の花よ。ようやく今代 のお前を見つけた」
……えっと、何言ってんの、この人。誰かと勘違いしてる?もしくは……ヤバい人?
すうっと背中が寒くなる。いろんな意味でドキドキしてた心臓が違う意味でバクバクしだす。今のあたし、結構、いやかなりヤバい状況なんじゃない?
どうしよう、どうしよう。混乱しすぎなのか、なんかグラグラしてきた。直に脳みそをかき混ぜられたみたいできもちわるい。そのうち頭もガンガン痛くなって、意識を保っていられなくなって――ぷつん、と目の前が真っ暗になった。
☆
ゆっくりまぶたを持ち上げるとすぐ近くにさっきのヤバい人の顔があって、思わず悲鳴を上げて突き飛ばした。あたし、あれからどうなったの!?
震える足で後ずさりしながら見渡した部屋は全く知らない場所で、パニックが加速する。
「あ、あ、あんた、一体何なの!?ここどこ!?あたしに何の用!?」
金切り声を思いっきりぶつける。数秒の沈黙の後、そいつはひどく愛おしげな声と表情で「ローザ」と誰かの名を呼んだ。
「案ずるな、我が愛しき薔薇の花よ。まだ器に魂の記憶が馴染んでいないだけだ。じきに慣れる」
目は合ってるのにその目にあたしは映ってなくて、ぞわりと鳥肌が立つ。あたしじゃない誰かを見てるみたい。やだ、こわい、きもちわるい。
「あ……あたしは、ローザなんかじゃ、ない。あんたのことだって、知らない」
がくがく震えながら首を横に振る。だけどそいつはまるで意に介さず、そっとあたしを抱き寄せた。
「何も心配はいらない。このエンテイが、お前の側に居る」
優しい声で囁かれた言葉に口から心臓が飛び出そうになる。エンテイって、あの エンテイ!?妙な威圧感とか存在感的に嘘とは思えないから本物だとして、エンテイってこんなヤバい奴なの!?あと何であたし目をつけられてんの!?意味わかんない、意味わかんない!!
しっちゃかめっちゃかの頭の中におばあちゃんの言葉が蘇る。
〝それは、お前が神様に愛されてる証だよ〟
……冗談じゃない、何が愛よ。こんなの呪いだ。腹の内から沸々と湧き上がった怒りが恐怖と混乱を上書きする。
何であたしを〝ローザ〟とかいう人と勘違いしてるのか知らないけど、絶対あんたの思い通りになんかならない!
それを声に出す前に、あたしの体は糸が切れた操り人形みたいに崩れ落ちた。
☆
それからあたしは意識を取り戻す度にどうにか逃げ出そうと屋敷内を歩き回った。やたら部屋が多くて広いけど、幸いエンテイは留守にしがちで屋敷には誰もいなかったから好きに動けた。
知らないうちに服やら髪型やらが変わっててゾッとするけど、本題はそこじゃないから気にしない、気にしない。
わかったこと。どうやらあたしは攫われて閉じ込められてるらしい。攫われてから何日経ったのかは不明。体感的には1週間くらい。
玄関は開かない。目覚めて速攻玄関からの脱出を試みたけど、カビゴンかってくらいビクともしなかった。内からも外からもエンテイしか開けられないようになってるみたい。厳重すぎ!窓は開くけどこの屋敷は断崖絶壁に建ってるから、下手すると谷底へ真っ逆さま。
エンテイはあたしにめちゃくちゃ甘い。正確には、エンテイの言う〝ローザ〟に。
あいつはマジで会話が通じない。あたしがどんなに罵ろうと歯向かおうと暖簾に腕押し。あたしを一切見てないくせに、延々と甘い言葉を吐いてくる。
神様にこんなこと思うなんて罰当たりかもだけど、心の底から怖いし気持ち悪い。いくら顔がよくてもほんと無理。早く家に帰りたい。
ある時目を覚ましたら、机の上で何やら書き物をしていた。全く身に覚えがなくて血の気が引いたけど、何かヒントがないかペラペラめくってみる。どうやら日記のようだ。一番古い日付は――あたしが攫われた日。あたしの体が書いたはずなのに、あたしとは違う筆跡で、エンテイとの再会を心から喜んでる「誰か」のことが書かれていた。
ああ、これが、このひとが、〝ローザ〟だ。
ぞわぞわぞわ、と全身を恐怖とおぞましさが駆け回る。叫び出したくなる衝動を必死に抑えながら震える指でページをめくった。
○月×日
今日はお庭でエンテイ様の毛並みを整えさせていただいた。ブラッシング後、ふたりでお昼寝をした。エンテイ様の極上の毛並みと温かさに包まれて、天にも昇る心地だった。
○月△日
今日は掃除中にアルバムを見つけたので、エンテイ様の帰宅後、ふたりでそれを眺めながら思い出話に花を咲かせた。
×月☆日
今日はエンテイ様がお土産にいかりまんじゅうを買ってきてくださった。久しぶりに食べたけれど、相変わらずとってもおいしい。
△月□日
今日はエンテイ様が1日中いらっしゃったので、一緒に料理を作った。エンテイ様の横顔と鮮やかな手捌きに思わず見惚れていたら「手が止まっているぞ」と笑われてしまった。
毎日毎日毎日毎日、あたしの知らない出来事が事細かに綴られていた。ほんとに知らないはずなのに、一切身に覚えがないのに、あたしには何故かそれらを体験した記憶がある 。
一番新しいページは書きかけで、タマムシシティがどうとか書いてある。その日付は――攫われた日の2ヶ月後。
……うそ。嘘、嘘、嘘。こんなの、全部嘘だ。あたしはずっと悪い夢を見てるだけで、目が覚めたら自分のベッドの上で、それで、今までみたいに、いつもみたいに、父さん母さんおばあちゃんレディアンにおはようを言って、朝ごはんを食べて、畑仕事を手伝って、それから――――。
☆
ハッと意識が浮上する。あたしは食堂に突っ立っていた。エンテイは……いない。それに一先ずほっとする。
もう悠長なことは言ってられない。これ以上ここにいたらおかしくなる。今すぐ逃げなきゃ、帰らなきゃ、帰りたい。皆に会いたい。
……あれ?
帰るって、どこに?皆って誰?
故郷の村も、家族の顔も、何一つ思い出せない。頭に浮かぶのは、あたしのじゃない故郷の景色と家族の顔。
なんでなんでなんでなんでどうしてどうして違うこんなの違うあたしの村はこんなのじゃない家族だってこんな人たちじゃないだってだってあたしは、
あたしの、なまえは?
あ……あたし、あたしあたしあたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしわたしあたしわたしわたしあたしわたしわたしわたしわたしあたしわたしわたしわたしわたしわたしあたし
……私 、は。
***
帰宅したエンテイの目に真っ先に飛び込んだものは、彼の最愛の女性だった。足早に駆け寄ってくるその姿に愛おしさが込みあがる。
「おかえりなさい、エンテイ様」
「ただいま、ローザ」
笑顔で出迎える彼女にエンテイも微笑みを返す。するりと彼女の頬に触れればくすぐったそうにはにかんだ。
「朝よりも顔色がいいな。何かよいことでもあったか?」
「ええ。先程、完全に同化いたしました」
「そうか。それは重畳だ」
不安定なあまり支離滅裂なことを口走る彼女は痛ましく、胸が締め付けられた。本人もひどく苦しんだことだろう。その苦痛からようやく解放されたのだ。なんと喜ばしいことか。
「明日から1週間、祝賀会を開こう」
「もう、大袈裟ですわ」
エンテイは本気だったが、彼女は冗談と受け取ったようだ。それならそれでサプライズにするかと計画を練り始める。何を送ろう、何を用意しよう。彼女の笑顔を思い描くと、自然と口元が緩んだ。
*
――数十年後。ベッドに横たわる老いた彼女の手を、エンテイはそっと握った。その細さに最初の別れを思い出し、全身を串刺しにされたような痛みが走る。
彼女の豊かな赤髪はすっかり白くなり、瑞々しかった肌には無数の皺が刻まれている。ニンゲンの寿命の何と短いことか。ついこの前、念願の再会を果たしたばかりだというのに。己と彼女の流れる時間は違うのだと改めて突きつけられる。だが。
死よ。何度でも我らを引き裂くがいい。何度でも我輩を苦しめるがいい。ほんの一時でも彼女と共に過ごせるのなら、何度でも何度でもくり返す。何が犠牲になろうと構うものか。
「次のお前 もすぐに迎えに行く。それまでしばし眠れ、我が愛しき薔薇の花よ」
「はい。……愛しています、エンテイ様」
「我輩もだ、ローザ。何度でも愛し合おう。永遠に」
深く深く、口付けを交わす。彼女の温度が完全に失われてしまうまで、エンテイは唇を重ね続けた。
*
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
同日。ジョウト地方のどこかの病院でひとりの赤子が産声を上げる。その子の左手には、薔薇の形のアザがあった。
Fin.
【薔薇色ハッピーライフ】
あたしは生まれつき、父さん譲りでも母さん譲りでもない、燃えるような赤い髪と瞳をしていた。
小さい頃はそのことを村の男の子たちに散々からかわれたけど、家族はみんな綺麗だって褒めてくれて、何より仲良しのレディアンとお揃いだから全然気にならなかった。
左手にあるアザだって薔薇の花みたいで可愛いし、「お前が神様に愛されてる証だよ」っておばあちゃんが言ってたもの。
勝気で喧嘩っ早いからなかなか彼氏はできないけど、そこはそれ。そのうち素敵なひとに出会える!はず!
なーんて、ジョウトのド田舎村じゃ全員知り合いだから出会いもクソもないんだけど。
日が昇ったら起きて、家の畑仕事を手伝って、それが済んだら友達とお喋りしたりレディアンと遊んだりして、日が沈んだら寝る。似たような日々のくり返し。
時々つまんないなーって思うけど、この生活は嫌いじゃないし、都会に飛び出す度胸もない。あたしは一生こんな風にのんびり暮らすんだろうなって思ってた。……あの日までは。
☆
「レディアン、どこー?もう降参、出て来てー」
よく晴れた日の昼下がり。村の近くの森でレディアンとかくれんぼの真っ最中。いつもはお互いすぐ見つけられるのになかなか見つからない。あの子がよく隠れる所は一通り探したんだけどな。
「レディアーン!降参だってばー!!」
両手をメガホンにして大声で呼んでみるも反応なし。もしかして隠れたまま寝落ちした?友達からデルビル借りてきて探してもらおうかな。
踵を返そうとした時、急に強い風が吹いた。視界が赤一色になり、わさわさと木の揺れる音に包み込まれる。もー、何!?髪ボサボサになるじゃん!
顔にかかった髪を払いのけ、手櫛で整えながらふと顔を上げる。いつの間にか目の前に超美形の男の人が立っていた。ヤバ、めっちゃイケメン。見ない顔だけど旅の人かな。
思わず見惚れていたらその人とばっちり目が合った。燃え盛る炎みたいに真っ赤な色をしている。綺麗だなあ……って、見ず知らずの人をガン見するとか失礼でしょ!
我に返り慌てて逃げようとするあたしの手を、その人が掴んだ。え、と思った時にはその人の腕の中。え、ちょ、え!?何この急展開!?
初対面のイケメンに突然抱きしめられて混乱しまくるあたしをよそに、その人はあたしの頭に頬をすり寄せ、しみじみと呟いた。
「ああ、ローザ……我が愛しき薔薇の花よ。ようやく
……えっと、何言ってんの、この人。誰かと勘違いしてる?もしくは……ヤバい人?
すうっと背中が寒くなる。いろんな意味でドキドキしてた心臓が違う意味でバクバクしだす。今のあたし、結構、いやかなりヤバい状況なんじゃない?
どうしよう、どうしよう。混乱しすぎなのか、なんかグラグラしてきた。直に脳みそをかき混ぜられたみたいできもちわるい。そのうち頭もガンガン痛くなって、意識を保っていられなくなって――ぷつん、と目の前が真っ暗になった。
☆
ゆっくりまぶたを持ち上げるとすぐ近くにさっきのヤバい人の顔があって、思わず悲鳴を上げて突き飛ばした。あたし、あれからどうなったの!?
震える足で後ずさりしながら見渡した部屋は全く知らない場所で、パニックが加速する。
「あ、あ、あんた、一体何なの!?ここどこ!?あたしに何の用!?」
金切り声を思いっきりぶつける。数秒の沈黙の後、そいつはひどく愛おしげな声と表情で「ローザ」と誰かの名を呼んだ。
「案ずるな、我が愛しき薔薇の花よ。まだ器に魂の記憶が馴染んでいないだけだ。じきに慣れる」
目は合ってるのにその目にあたしは映ってなくて、ぞわりと鳥肌が立つ。あたしじゃない誰かを見てるみたい。やだ、こわい、きもちわるい。
「あ……あたしは、ローザなんかじゃ、ない。あんたのことだって、知らない」
がくがく震えながら首を横に振る。だけどそいつはまるで意に介さず、そっとあたしを抱き寄せた。
「何も心配はいらない。このエンテイが、お前の側に居る」
優しい声で囁かれた言葉に口から心臓が飛び出そうになる。エンテイって、
しっちゃかめっちゃかの頭の中におばあちゃんの言葉が蘇る。
〝それは、お前が神様に愛されてる証だよ〟
……冗談じゃない、何が愛よ。こんなの呪いだ。腹の内から沸々と湧き上がった怒りが恐怖と混乱を上書きする。
何であたしを〝ローザ〟とかいう人と勘違いしてるのか知らないけど、絶対あんたの思い通りになんかならない!
それを声に出す前に、あたしの体は糸が切れた操り人形みたいに崩れ落ちた。
☆
それからあたしは意識を取り戻す度にどうにか逃げ出そうと屋敷内を歩き回った。やたら部屋が多くて広いけど、幸いエンテイは留守にしがちで屋敷には誰もいなかったから好きに動けた。
知らないうちに服やら髪型やらが変わっててゾッとするけど、本題はそこじゃないから気にしない、気にしない。
わかったこと。どうやらあたしは攫われて閉じ込められてるらしい。攫われてから何日経ったのかは不明。体感的には1週間くらい。
玄関は開かない。目覚めて速攻玄関からの脱出を試みたけど、カビゴンかってくらいビクともしなかった。内からも外からもエンテイしか開けられないようになってるみたい。厳重すぎ!窓は開くけどこの屋敷は断崖絶壁に建ってるから、下手すると谷底へ真っ逆さま。
エンテイはあたしにめちゃくちゃ甘い。正確には、エンテイの言う〝ローザ〟に。
あいつはマジで会話が通じない。あたしがどんなに罵ろうと歯向かおうと暖簾に腕押し。あたしを一切見てないくせに、延々と甘い言葉を吐いてくる。
神様にこんなこと思うなんて罰当たりかもだけど、心の底から怖いし気持ち悪い。いくら顔がよくてもほんと無理。早く家に帰りたい。
ある時目を覚ましたら、机の上で何やら書き物をしていた。全く身に覚えがなくて血の気が引いたけど、何かヒントがないかペラペラめくってみる。どうやら日記のようだ。一番古い日付は――あたしが攫われた日。あたしの体が書いたはずなのに、あたしとは違う筆跡で、エンテイとの再会を心から喜んでる「誰か」のことが書かれていた。
ああ、これが、このひとが、〝ローザ〟だ。
ぞわぞわぞわ、と全身を恐怖とおぞましさが駆け回る。叫び出したくなる衝動を必死に抑えながら震える指でページをめくった。
○月×日
今日はお庭でエンテイ様の毛並みを整えさせていただいた。ブラッシング後、ふたりでお昼寝をした。エンテイ様の極上の毛並みと温かさに包まれて、天にも昇る心地だった。
○月△日
今日は掃除中にアルバムを見つけたので、エンテイ様の帰宅後、ふたりでそれを眺めながら思い出話に花を咲かせた。
×月☆日
今日はエンテイ様がお土産にいかりまんじゅうを買ってきてくださった。久しぶりに食べたけれど、相変わらずとってもおいしい。
△月□日
今日はエンテイ様が1日中いらっしゃったので、一緒に料理を作った。エンテイ様の横顔と鮮やかな手捌きに思わず見惚れていたら「手が止まっているぞ」と笑われてしまった。
毎日毎日毎日毎日、あたしの知らない出来事が事細かに綴られていた。ほんとに知らないはずなのに、一切身に覚えがないのに、あたしには何故かそれらを
一番新しいページは書きかけで、タマムシシティがどうとか書いてある。その日付は――攫われた日の2ヶ月後。
……うそ。嘘、嘘、嘘。こんなの、全部嘘だ。あたしはずっと悪い夢を見てるだけで、目が覚めたら自分のベッドの上で、それで、今までみたいに、いつもみたいに、父さん母さんおばあちゃんレディアンにおはようを言って、朝ごはんを食べて、畑仕事を手伝って、それから――――。
☆
ハッと意識が浮上する。あたしは食堂に突っ立っていた。エンテイは……いない。それに一先ずほっとする。
もう悠長なことは言ってられない。これ以上ここにいたらおかしくなる。今すぐ逃げなきゃ、帰らなきゃ、帰りたい。皆に会いたい。
……あれ?
帰るって、どこに?皆って誰?
故郷の村も、家族の顔も、何一つ思い出せない。頭に浮かぶのは、あたしのじゃない故郷の景色と家族の顔。
なんでなんでなんでなんでどうしてどうして違うこんなの違うあたしの村はこんなのじゃない家族だってこんな人たちじゃないだってだってあたしは、
あたしの、なまえは?
あ……あたし、あたしあたしあたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしあたしわたしあたしあたしわたしあたしわたしわたしあたしわたしわたしわたしわたしあたしわたしわたしわたしわたしわたしあたし
……
***
帰宅したエンテイの目に真っ先に飛び込んだものは、彼の最愛の女性だった。足早に駆け寄ってくるその姿に愛おしさが込みあがる。
「おかえりなさい、エンテイ様」
「ただいま、ローザ」
笑顔で出迎える彼女にエンテイも微笑みを返す。するりと彼女の頬に触れればくすぐったそうにはにかんだ。
「朝よりも顔色がいいな。何かよいことでもあったか?」
「ええ。先程、完全に同化いたしました」
「そうか。それは重畳だ」
不安定なあまり支離滅裂なことを口走る彼女は痛ましく、胸が締め付けられた。本人もひどく苦しんだことだろう。その苦痛からようやく解放されたのだ。なんと喜ばしいことか。
「明日から1週間、祝賀会を開こう」
「もう、大袈裟ですわ」
エンテイは本気だったが、彼女は冗談と受け取ったようだ。それならそれでサプライズにするかと計画を練り始める。何を送ろう、何を用意しよう。彼女の笑顔を思い描くと、自然と口元が緩んだ。
*
――数十年後。ベッドに横たわる老いた彼女の手を、エンテイはそっと握った。その細さに最初の別れを思い出し、全身を串刺しにされたような痛みが走る。
彼女の豊かな赤髪はすっかり白くなり、瑞々しかった肌には無数の皺が刻まれている。ニンゲンの寿命の何と短いことか。ついこの前、念願の再会を果たしたばかりだというのに。己と彼女の流れる時間は違うのだと改めて突きつけられる。だが。
死よ。何度でも我らを引き裂くがいい。何度でも我輩を苦しめるがいい。ほんの一時でも彼女と共に過ごせるのなら、何度でも何度でもくり返す。何が犠牲になろうと構うものか。
「
「はい。……愛しています、エンテイ様」
「我輩もだ、ローザ。何度でも愛し合おう。永遠に」
深く深く、口付けを交わす。彼女の温度が完全に失われてしまうまで、エンテイは唇を重ね続けた。
*
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
同日。ジョウト地方のどこかの病院でひとりの赤子が産声を上げる。その子の左手には、薔薇の形のアザがあった。
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