番外編・SS

※ザ・ホームウェイ、碧の仮面サザレイベントのネタバレあり
※本文中の「アスーカル」は紫パオリトレ♀ CP要素なし

レチェフVS赫月戦
【千紫万紅デイズ】

 ポケモン探しマシーンの反応を頼りに深い霧で満たされたとこしえの森を進んでいく。周囲はひどく静かで、さくさくと草を揺らす音がやけに響いた。

「アギャ……」
「大丈夫だよロッコ、きっと会えるから」

 不安げに呟くロッコの頭をアスーカルが撫でた。ガーディにも「ぐふん!」と励まされ、しょげていた尻尾が元気を取り戻す。

 ドスン……ドスン……!!
 不意に地鳴りのような足音がして、濃霧の中からぬうっと大きな影が姿を現した。見上げるほどの巨体と鉛色の鎧、額に輝く血のように赤い満月。――赫月だ。

「こいつが赫月!本当に……いた!本当に……会っちゃった!!」

 頬を上気させ、上擦った声で呟くサザレさんに赫月は不思議そうに首を傾げる。慌ててカメラを構えた彼女がシャッターを切った瞬間、眩い光が赫月の隻眼を焼いた。

「ワギャアアアアア!!!!」

 驚いた赫月は鼓膜が痺れるほどの咆哮を轟かせ、にわかに殺気立つ。

「サザレさん下がって!レチェフ、ロッコ、お願い!」

 アスーカルの鋭い声に前へ躍り出る。少し離れた場所で、サザレさんとガーディを守るようにロッコがバトルフォルムへ姿を変えた。あの子がついているなら心配ない。

「トリックフラワー!」

 赫月が動くよりも先に得意技を叩きこむ。サザレさんによると赫月はじめん・ノーマルタイプ。くさタイプの僕は相性有利で、今のわざも効果抜群だ。けれど決定打にはならない。
 振り下ろされた強靭な爪をひらりとかわし、もう一発。確実にダメージを与えているはずなのにまだ立っている。その頑丈さに密かに舌を巻く。
 三度目のトリックフラワーを耐えた赫月がカッ!と目を見開いた。

「ワギアアア!!!!」

 僕のわざと同じ数だけめいそうをした赫月は激しく吼え立て、額の満月にありったけの気迫を漲らせた。咄嗟に飛び退いたところを深紅の光線で正確に撃ち抜かれ、全身に焼けつくような激痛が走る。

「レチェフ!!」
「アギャス!!」

 後ろでアスーカルとロッコが叫ぶ。
 ぐわりと揺れる脳裏を過ぎるのは、大穴の最奥――フトゥーAI・もう1体のミライドンとの最後の戦い。

 ――オレは、オレが、守るんだ!!大好きなみんなを!!
 ――……もう、負けない……!!今度こそオマエに勝って、またみんなでピクニックするんだ!!

 怖がりのあの子が、何度倒れそうになっても歯を食いしばり耐え抜いて、勝利を掴み取った。思い返す度に心の芯から熱くなる。

 ねえロッコ。恐怖も悲しみも乗り越えて立ち上がった君は、本当にかっこよかったよ。
 次は僕がかっこいいところを見せなくちゃね。

『大丈夫。僕は勝つよ』

 ダンッ!!
 両足をしっかり踏みしめて不敵に笑う。僅かでも気を緩めたら意識が吹き飛びそうだ。それでも絶対に倒れない。あの日のロッコきみのように。

 アスーカル。ロッコ。クルフカ。シュゼット。ダズ。ナティ。サヴちゃん。
 退屈な日々にとびっきりのきらめきをくれた、僕の愛しい宝物たち。
 どうか見ていて。君の相棒を。君たちのリーダーを。僕自身のきらめきを。

『アスーカル!』

 肩越しに呼べば、僕の毛並みと同じ新緑の瞳が大きく頷く。高く掲げた右手に銀の粒子が集まり、星のように閃く。

「行くよレチェフ!咲き誇れ!!――テラスタル!!」
『Es hora del espec魅せてあげるtáculo』

 アスーカルが投げたテラスタルオーブを頭上で受け止める。きらきら輝くクリスタルに包み込まれ、凄まじいパワーが全身へ漲った。
 エメラルドグリーンの結晶が舞い散る中、大輪の花々を冠に抱き、大きく雄叫びを上げた。右手をまっすぐ前へ。

「『トリックフラワー!!』」

 パチン!軽やかに指を鳴らし、赫月の真上から花束爆弾を撃ち落とす。鮮やかな花火が弾けて爆煙が辺りを埋め尽くした。
 ぐらりと巨体が傾き、その隙にアスーカルがモンスターボールを投げる。ころん、ころん、ころん……ぱちん。

 草の上に鎮座する紅白のボールを見つめ、ほっと安堵の息を吐く。聞こえるかわからないけれど、僕の意識があるうちにこれだけは言っておかないと。

『楽しかったよ。また遊ぼうね』

 直後、後ろから強烈なたいあたり。ふらついた僕をアスーカルごと紫の大きな腕が受けとめた。

「レチェフ!ありがとう、お疲れ様!さすが私の相棒!!」
「すっごくすっごくかっこよかったよ!!やっぱりレチェフが一番強くてすごくてかっこいい!!」
『ふふ、そう言ってもらえると頑張った甲斐があるな』

 とびっきりの笑顔でぎゅうぎゅう抱きしめてくるアスーカルとロッコを抱きしめ返す。触れた場所から伝わるぬくもりが心地良い。

『ちょっとー、そっちばっかイチャイチャしてズルくなーい?あちしも混ぜろし?』

 おしくらまんじゅうしていると、ボールのひとつが勝手に開いてクルフカが飛びついてきた。それを皮切りにナティ、サヴちゃん、シュゼット、ダズも次々に飛び出す。

『レチェフくん、とっても素敵だったのです!お祝いのパーティーしましょう!』
『いいわね。新しい仲間も増えたことだし。ねえレチェフ、何が食べたい?』
『クッソてめえばっか強え奴とりやがって!おいデカグマ、次は俺だ!とっとと目ぇ覚ませや!!』
『落ち着きなさい貴方たち。まずはレチェフと赫月の回復を。祝杯や再戦はその後です』

 もみくちゃにされてひっくり返り、みんな一緒に地面に転がった。
 いつの間にか霧は晴れていて、濃紺の空に無数の星が瞬いている。顔を見合わせ、誰からともなく声を上げて笑った。

 パシャリ。軽快なシャッター音が響く。視線を向ければカメラを掲げたサザレさんがニッと歯を見せる。

「キミたち、本当にすごかったよ!赫月と戦ってるとこ、夢中で撮っちゃった」
「ぐふーん!」
「さて、ポケモンたちを休ませたいし、写真も現像したいし、スイリョクタウンに戻ろうか」

 サザレさんの言葉に頷いたアスーカルが僕のボールを出そうとするけれど、その手を握って首を振った。今はこのまま外にいたい気分なんだ。みんなも同じようで、誰ひとりボールに戻ろうとしない。

 しょうがないなあ、と笑った相棒は赫月の入ったボールをしっかりボールホルダーにセットして歩き出した。ホワイトアッシュのポニーテールがご機嫌に揺れる。
 原型へ戻ったロッコに促されるまま背に乗ると、隣にナティが飛び乗った。クルフカはサヴちゃんの頭の上に陣取り、ガーディにちょっかいをかけるシュゼットをダズがたしなめている。いつも通り、あたりまえの光景に自然と頬が緩む。

 何度こうして並んで歩いただろう。幾度の夜を越えて、幾度の朝を迎えただろう。そよ風が頬を撫で、仲間たちの笑い声が心をくすぐる。

 ねえみんな、次はどこへ行こうか。何をしようか。どこへでもいい、何だっていい。君たちと一緒なら。
 胸のポケットにつめこんだ宝物を抱きしめて、まだ見ぬ未来へ思いを馳せる。今夜も月が綺麗だ。

Fin.
6/10ページ
    スキ