番外編・SS

ライコウとデンリュウの出会い
【さいたら畑に侍りましょう】

 至極美味であった。
 ライコウは食べ終えた骨を放り、満足気に唇を舐めた。

 小腹が空いたので目に付いた民家の住人にくをつまんでみたが、どれも程よく脂が乗り、味も歯応えも申し分なかった。間食のつもりがついつい手が伸び、気付けば全員平らげていた。
 生のままでこれだけ美味なのだから何匹か持ち帰って調理してもよかったな、とほんのり名残惜しさが芽生える。しかしそれを遥かに上回る満足感だった。

 唯一手をつけなかった金髪のおんな──デンリュウが床に尻を着けたまま控えめに問うた。

わたくしはお召し上がりにならないのですか?」
「図に乗るな。羊肉風情にこの乃公オレの舌に乗る美味さ価値などない」

 デンリュウは「大変失礼致しました」と微笑み、ライコウの前へ恭しく跪いた。

いかずちと雨雲を司る御神、ライコウ様。今のわたくしに仕えるべき家も主もなく、行く宛てもございません。もしも御心に叶うのであれば、どうぞわたくしをあなた様のおそばに置いていただけませんか」

 何の感情も映さない赤い瞳がデンリュウを見下ろす。コレの言葉に耳を傾けてやる義理も興味もない。……ただ。

「ここの肉に餌を与えていたのは貴様か?」
「はい。食材の調達からお食事の支度まで、全てわたくしが担っておりました」

 微笑みを湛えたデンリュウの答えにライコウの口端はゆるりと吊り上がる。

「よかろう。貴様には我が舌に乗る肉の飼育と調理を任ずる。とく励め」
「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます。この身は既にあなた様のもの。全てあなた様のお望みのままに」

 深々と頭を垂れたデンリュウが顔を上げるのを待たず、ライコウは踵を返した。すぐさま静かな足音がついてくる。

 使えなければそれでよい。ヤミカラスどもにくれてやるだけだ。──しかし、使えるならば。
 舌に残る余韻を味わいながら、柘榴石の瞳は上機嫌に孤を描いた。

Fin.



小ネタ
さいたら畑:地獄と極楽との間にある、また、この世とあの世との間にあるとされる畑。
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