番外編・SS
SS詰め
「文体の舵をとれ」の練習問題
お題:文はうきうきと/ゴーシュ
ずぐり、ゴーシュの右腕がやわらかい肉を貫く。引き裂かれた肉の悲鳴と肉の持ち主の絶叫がぶつかりあった瞬間、ぞくぞくぞく、と稲妻のような快感が背骨を走り抜けた。目をギラギラ滾らせて、白い歯と歯の間から真っ赤な舌をちろりと覗かせる。もっとちょうだい。ぞぷり、引き抜いた右腕を再度振るった。飛び散った飛沫がゴーシュの頬やシャツに新たな模様を描き加える。もっと、もっと、もっと。ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい。どんどん濁っていく悲鳴に鼓膜と鼓動が跳ね回る。命の熱に触れる度、とろりと脳みそが蕩けだす。月明かりの下で赤く濡れた黒紫の爪が何度も何度も振り下ろされる。爛々と輝くゴーシュの瞳は、彼の右手を濡らす赤よりずっと深く濃い色をしていた。
お題:重ねて重ねて重ねまくる/ライコウ
不味い。ライコウが無言でナイフとフォークを置くと、デンリュウはなめらかな動作で、されど迅速に食器を片付けた。哀れ、不味いの烙印を押された肉は屋敷から放り出されて悪食なヤミカラスたちの餌となる。不味い。ライコウは辟易していた。近頃、不味い肉に当たってばかりだ。飼育環境は以前と変わっていないのにどの肉もやけに不味い。デンリュウの、あるいは己の腕が落ちたのかと訝しんだが、どうやら原因はそれでもないらしい。生で食べても不味かったから。眉間に深い皺を刻む。どんなに手間をかけようと、どれだけ工夫を凝らそうと、肉は不味いままだった。不味い肉を舌へ乗せる度に不快と不愉快が腹に溜まっていく。このまま不味い肉ばかり食べ続ける羽目になれば舌が腐り落ちかねない。どうしたものかとため息を吐く。……嗚呼、美味い肉が食いたい。
お題:長短どちらも/剣パ
眠りについた太陽に代わって星たちが起き出す頃、少女と6匹のポケモンはキャンプの準備を始めた──まずは仕事の分担、テントを張るのはヴェスタとアマランス、薪集めはリーマとグラナート、そして夕食作りはインディゴにカエルラにファルべ──先程行われたじゃんけん大会で今夜のメニューは既に決まっている、ファルべはレシピを片手にカバンから材料をどんどん引っ張り出し、それをカエルラとインディゴが競い合うようにざくざくざくりと刻んでいって、みるみるうちに積み上がったカラフルな山──にんじん、たまねぎ、じゃがいも、お肉、モモンの実、タポルの実、カシブの実、チイラの実──それらをルーと一緒に鍋に放り込んで火にかけ、あおいで、まぜて、まごころこめて、ご飯を炊くのも忘れずに、鍋がボンッと大きく叫べば見守っていたポケモンたちがわあっと歓声を上げ、うきうきしながら自分の皿を持ってくる、つやつや輝くサフラン色のターメリックライスにふわふわ湯気を立てるカレールーをたっぷりかけて、仕上げにカットしたとくせんリンゴを並べたら甘口アップルカレーのできあがり、じゅわりと溢れた唾をごくんと飲み込み、みんな一緒にいただきますの大合唱、スプーンにライスとルーを半分ずつ乗せてぱくりと頬張れば、優しい甘みにほんの少しスパイシーなアクセント、今日もお味は上々──ファルべはおいしいねと向かいのカエルラに笑いかけ、彼も嬉しそうに目を細めて頷く、その隙に横からにゅっとインディゴの手が伸びてきて、カエルラが大事に取っておいたリンゴを1つ奪ってぺろりと平らげた、怒ったカエルラとどこ吹く風のインディゴが小競り合いを始めるが、みんな慣れっこなので気にしない、リーマはグラナートの頬に飛んだ米粒を取ってやり、ヴェスタが何食わぬ顔でインディゴの皿からチイラの実を攫っていく、それを目撃したアマランスは、危うく飲んでいた水を吹き出すところだった。
お題:視点(POV)/学園組
1ー1
マルは正面に立つガブリアス──仁を闘志に燃えた眼差しで見据え、両の爪を研ぎ合わせる。それから、彼の奥に佇む燈子に視線を送った。今日こそ仁に勝ち、燈子とバトルしてもらうのだ。バトルスタート、という主審の声を皮切りに〝あられ〟をくりだせば、フィールドにパラパラと氷の粒が降り注ぎ、白いもやが漂い始める。即座に周囲の冷気を集めて〝ふぶき〟を放とうとするが、いつの間にか仁の姿がない。さっと視線を駆け巡らせると地面に穴が開いている。ならばと〝じしん〟をくりだす動作に切りかえるも、背後で竜の咆哮が如し轟音が響き渡り、思わず振り返った。視線の先では〝りゅうのはどう〟でぶち抜いた穴から飛びした仁が大空を舞っている。藍色のウロコが陽の光を反射してキラリと煌めいた。直後、カッと強い日差しがマルの両目に突き刺さる。〝にほんばれ〟だ。しまったと思った時にはもう遅い、仁の口から〝かえんほうしゃ〟が吐き出され──最も苦手とする炎と熱を至近距離で浴びたマルは、ちくしょうと奥歯を噛みながら意識を手放した。
1ー2
バトルフィールドでアローラサンドパンとガブリアス、もといマルと仁が向かい合っている。いつもの〝決闘〟だ。瞳に強い光を宿しながら爪を研ぐマルを、燈子は仁の背中越しに眺めていた。大抵の男は一度、多くても三度負ければ諦めるのだが、彼は一向に諦める様子がない。何度負けても挑み続け、日に日に強くなっていくマルのひたむきさを仁が評価していることを、彼の主は知っていた。一瞬、アイスブルーの瞳がこちらを向く。バトルスタート、主審がそう叫ぶなりあっという間に空が厚い雲に覆われ、日傘の上で氷の粒がパラパラ跳ねる。マルが〝あられ〟を放つ前に〝あなをほる〟で地中に潜った仁の動きを目で追えたのは燈子を含め僅か数名のみだった。仁がこの次何をするのか、燈子はごく自然に理解していた。何故なら彼が「先手必勝」を得意とする原因は彼女にあったから──散々シャドーボール1発で沈められてきた仁は、相手がわざをくりだすより先に自ら仕掛けるようになったのだ──。仁が掘った穴に気付いたマルが〝じしん〟のモーションに移ろうとした時、竜の雄叫びと共に彼の真後ろで青紫の衝撃波が曇天を貫いた。藍色のヒレをひらめかせ、仁は空中で〝にほんばれ〟をくりだした。咄嗟に爪で両目を覆った隙を逃さず、続けざまに威力の増した〝かえんほうしゃ〟を浴びせる。目を回したマルが背中で、仁が両足で着地するのと同時に、燈子はバトルフィールドに背を向けた。
2ー1
本日のバトルの授業で行なわれるのはダブルバトル。出席番号順にくじを引いていき、同じ数字を引いたもの同士がペアを組むのだ。箱からくじを引き抜いたマルは、自分の番号を確認し、先にくじを引いていたベンジャミンに声をかけた。いつもの眠たげな眼差しで振り向いた彼が持つくじは7番だった。親友とペアではなかったことを少し残念に思いつつ、クラスメイトとくじを見せ合うも、なかなか同じ番号を持つ者と巡り会えない。周りでどんどんペアが決まっていくのに焦り始めた時、ふと、やわらかな紫の髪をなびかせて佇む少女に目が留まった。燈子だ。常に彼女の傍らにいる仁は側にいない。つまり燈子以外の誰かとペアだったのだろう。まだ1人ということは、もしかして。どきどき高鳴る心臓を抑えながらそっと彼女に話しかける。互いのくじを見せ合えば、どちらも10と書かれていた。マルは喜びのあまり叫び出しそうになるのをグッと堪え、けれど盛大にガッツポーズする。燈子の長いまつ毛に縁取られた金の瞳が緩やかに弧を描く。よろしくね、と憧れのマドンナに微笑まれたマルは、全身の熱が顔に集まるのを感じながら頷いた。
2-2
ダブルバトルの授業の日。生徒たちはがやがや、あるいはそわそわしながらくじを引いていく。ペアの相手に一喜一憂する少年少女が多い中、燈子は静かに自分の引いたくじへ視線を落とした。先程から何度かクラスメイトに声をかけられたが、その誰もが彼女と異なる数字を持っていた。周りでどんどんペアが決まっていったが、燈子は自分と同じ番号はまだ引かれていないのだろうと考え、ペアが現れるのをゆったり待つ。ふとこちらへ向かってくる足音がして、顔を上げれば、緊張した面持ちのマルが足を震わせながら話しかけてくる。どうやら彼もまだペアが見つかっていないらしい。互いのくじを見せ合えば、どちらも10と書かれていた。それを見た途端、ガチガチに強ばっていたマルの表情がぱあっと輝き、大きくガッツポーズした。燈子はむくりと芽生えた悪戯心に従い、よろしくねと微笑んでみせる。顔をマトマの実より真っ赤にしながら頷く彼を横目に、くすりと小さな笑みを零した。
「文体の舵をとれ」の練習問題
お題:文はうきうきと/ゴーシュ
ずぐり、ゴーシュの右腕がやわらかい肉を貫く。引き裂かれた肉の悲鳴と肉の持ち主の絶叫がぶつかりあった瞬間、ぞくぞくぞく、と稲妻のような快感が背骨を走り抜けた。目をギラギラ滾らせて、白い歯と歯の間から真っ赤な舌をちろりと覗かせる。もっとちょうだい。ぞぷり、引き抜いた右腕を再度振るった。飛び散った飛沫がゴーシュの頬やシャツに新たな模様を描き加える。もっと、もっと、もっと。ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい。どんどん濁っていく悲鳴に鼓膜と鼓動が跳ね回る。命の熱に触れる度、とろりと脳みそが蕩けだす。月明かりの下で赤く濡れた黒紫の爪が何度も何度も振り下ろされる。爛々と輝くゴーシュの瞳は、彼の右手を濡らす赤よりずっと深く濃い色をしていた。
お題:重ねて重ねて重ねまくる/ライコウ
不味い。ライコウが無言でナイフとフォークを置くと、デンリュウはなめらかな動作で、されど迅速に食器を片付けた。哀れ、不味いの烙印を押された肉は屋敷から放り出されて悪食なヤミカラスたちの餌となる。不味い。ライコウは辟易していた。近頃、不味い肉に当たってばかりだ。飼育環境は以前と変わっていないのにどの肉もやけに不味い。デンリュウの、あるいは己の腕が落ちたのかと訝しんだが、どうやら原因はそれでもないらしい。生で食べても不味かったから。眉間に深い皺を刻む。どんなに手間をかけようと、どれだけ工夫を凝らそうと、肉は不味いままだった。不味い肉を舌へ乗せる度に不快と不愉快が腹に溜まっていく。このまま不味い肉ばかり食べ続ける羽目になれば舌が腐り落ちかねない。どうしたものかとため息を吐く。……嗚呼、美味い肉が食いたい。
お題:長短どちらも/剣パ
眠りについた太陽に代わって星たちが起き出す頃、少女と6匹のポケモンはキャンプの準備を始めた──まずは仕事の分担、テントを張るのはヴェスタとアマランス、薪集めはリーマとグラナート、そして夕食作りはインディゴにカエルラにファルべ──先程行われたじゃんけん大会で今夜のメニューは既に決まっている、ファルべはレシピを片手にカバンから材料をどんどん引っ張り出し、それをカエルラとインディゴが競い合うようにざくざくざくりと刻んでいって、みるみるうちに積み上がったカラフルな山──にんじん、たまねぎ、じゃがいも、お肉、モモンの実、タポルの実、カシブの実、チイラの実──それらをルーと一緒に鍋に放り込んで火にかけ、あおいで、まぜて、まごころこめて、ご飯を炊くのも忘れずに、鍋がボンッと大きく叫べば見守っていたポケモンたちがわあっと歓声を上げ、うきうきしながら自分の皿を持ってくる、つやつや輝くサフラン色のターメリックライスにふわふわ湯気を立てるカレールーをたっぷりかけて、仕上げにカットしたとくせんリンゴを並べたら甘口アップルカレーのできあがり、じゅわりと溢れた唾をごくんと飲み込み、みんな一緒にいただきますの大合唱、スプーンにライスとルーを半分ずつ乗せてぱくりと頬張れば、優しい甘みにほんの少しスパイシーなアクセント、今日もお味は上々──ファルべはおいしいねと向かいのカエルラに笑いかけ、彼も嬉しそうに目を細めて頷く、その隙に横からにゅっとインディゴの手が伸びてきて、カエルラが大事に取っておいたリンゴを1つ奪ってぺろりと平らげた、怒ったカエルラとどこ吹く風のインディゴが小競り合いを始めるが、みんな慣れっこなので気にしない、リーマはグラナートの頬に飛んだ米粒を取ってやり、ヴェスタが何食わぬ顔でインディゴの皿からチイラの実を攫っていく、それを目撃したアマランスは、危うく飲んでいた水を吹き出すところだった。
お題:視点(POV)/学園組
1ー1
マルは正面に立つガブリアス──仁を闘志に燃えた眼差しで見据え、両の爪を研ぎ合わせる。それから、彼の奥に佇む燈子に視線を送った。今日こそ仁に勝ち、燈子とバトルしてもらうのだ。バトルスタート、という主審の声を皮切りに〝あられ〟をくりだせば、フィールドにパラパラと氷の粒が降り注ぎ、白いもやが漂い始める。即座に周囲の冷気を集めて〝ふぶき〟を放とうとするが、いつの間にか仁の姿がない。さっと視線を駆け巡らせると地面に穴が開いている。ならばと〝じしん〟をくりだす動作に切りかえるも、背後で竜の咆哮が如し轟音が響き渡り、思わず振り返った。視線の先では〝りゅうのはどう〟でぶち抜いた穴から飛びした仁が大空を舞っている。藍色のウロコが陽の光を反射してキラリと煌めいた。直後、カッと強い日差しがマルの両目に突き刺さる。〝にほんばれ〟だ。しまったと思った時にはもう遅い、仁の口から〝かえんほうしゃ〟が吐き出され──最も苦手とする炎と熱を至近距離で浴びたマルは、ちくしょうと奥歯を噛みながら意識を手放した。
1ー2
バトルフィールドでアローラサンドパンとガブリアス、もといマルと仁が向かい合っている。いつもの〝決闘〟だ。瞳に強い光を宿しながら爪を研ぐマルを、燈子は仁の背中越しに眺めていた。大抵の男は一度、多くても三度負ければ諦めるのだが、彼は一向に諦める様子がない。何度負けても挑み続け、日に日に強くなっていくマルのひたむきさを仁が評価していることを、彼の主は知っていた。一瞬、アイスブルーの瞳がこちらを向く。バトルスタート、主審がそう叫ぶなりあっという間に空が厚い雲に覆われ、日傘の上で氷の粒がパラパラ跳ねる。マルが〝あられ〟を放つ前に〝あなをほる〟で地中に潜った仁の動きを目で追えたのは燈子を含め僅か数名のみだった。仁がこの次何をするのか、燈子はごく自然に理解していた。何故なら彼が「先手必勝」を得意とする原因は彼女にあったから──散々シャドーボール1発で沈められてきた仁は、相手がわざをくりだすより先に自ら仕掛けるようになったのだ──。仁が掘った穴に気付いたマルが〝じしん〟のモーションに移ろうとした時、竜の雄叫びと共に彼の真後ろで青紫の衝撃波が曇天を貫いた。藍色のヒレをひらめかせ、仁は空中で〝にほんばれ〟をくりだした。咄嗟に爪で両目を覆った隙を逃さず、続けざまに威力の増した〝かえんほうしゃ〟を浴びせる。目を回したマルが背中で、仁が両足で着地するのと同時に、燈子はバトルフィールドに背を向けた。
2ー1
本日のバトルの授業で行なわれるのはダブルバトル。出席番号順にくじを引いていき、同じ数字を引いたもの同士がペアを組むのだ。箱からくじを引き抜いたマルは、自分の番号を確認し、先にくじを引いていたベンジャミンに声をかけた。いつもの眠たげな眼差しで振り向いた彼が持つくじは7番だった。親友とペアではなかったことを少し残念に思いつつ、クラスメイトとくじを見せ合うも、なかなか同じ番号を持つ者と巡り会えない。周りでどんどんペアが決まっていくのに焦り始めた時、ふと、やわらかな紫の髪をなびかせて佇む少女に目が留まった。燈子だ。常に彼女の傍らにいる仁は側にいない。つまり燈子以外の誰かとペアだったのだろう。まだ1人ということは、もしかして。どきどき高鳴る心臓を抑えながらそっと彼女に話しかける。互いのくじを見せ合えば、どちらも10と書かれていた。マルは喜びのあまり叫び出しそうになるのをグッと堪え、けれど盛大にガッツポーズする。燈子の長いまつ毛に縁取られた金の瞳が緩やかに弧を描く。よろしくね、と憧れのマドンナに微笑まれたマルは、全身の熱が顔に集まるのを感じながら頷いた。
2-2
ダブルバトルの授業の日。生徒たちはがやがや、あるいはそわそわしながらくじを引いていく。ペアの相手に一喜一憂する少年少女が多い中、燈子は静かに自分の引いたくじへ視線を落とした。先程から何度かクラスメイトに声をかけられたが、その誰もが彼女と異なる数字を持っていた。周りでどんどんペアが決まっていったが、燈子は自分と同じ番号はまだ引かれていないのだろうと考え、ペアが現れるのをゆったり待つ。ふとこちらへ向かってくる足音がして、顔を上げれば、緊張した面持ちのマルが足を震わせながら話しかけてくる。どうやら彼もまだペアが見つかっていないらしい。互いのくじを見せ合えば、どちらも10と書かれていた。それを見た途端、ガチガチに強ばっていたマルの表情がぱあっと輝き、大きくガッツポーズした。燈子はむくりと芽生えた悪戯心に従い、よろしくねと微笑んでみせる。顔をマトマの実より真っ赤にしながら頷く彼を横目に、くすりと小さな笑みを零した。
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