番外編・SS

※本文中の「ファルベ」は剣パオリトレ♀ CP要素なし

剣パの日常/リーマがカエルラに昔話をする
【In this world】

 風の音とアーマーガアの羽ばたきをBGMに、流れていく景色を窓から眺める。隣で同じように外を眺めていたファルベが唐突に「あっ」と叫んだ。

「ねえ見てカエルラ!見えたよ!」

 声を弾ませながら彼女が指差したものは、目的地のナックルシティ。まだもう少し距離があるのにすごく大きい。思わず歓声を上げそうになり、慌てて咳払いする。紳士はいつでも冷静に、スマートに。

 ギリギリまで身を乗り出してはしゃぐファルベの手を引いて席に座らせる。気持ちはわからなくもないが、落ちたらどうするんだ。
 旅に出たばかりの頃は私も小さかったから彼女に世話を焼いてもらったものだけど、インテレオンに進化した今ではすっかり逆転している。まあ、トレーナーに頼られるのも甘えられるのも、手持ちないしパートナーの特権だから悪い気はしない。

 アラベスクタウンからここまで運んでくれたアーマーガアがゆっくり降下していく。ゴトン、とタクシーが着地するなり素早く降りて、麗しの相棒どのに手を差し伸べる。彼女は「ありがと」と笑って私の手を取り、片方ずつ足を降ろした。
 アーマーガアと運転手にお礼を伝え、彼らの姿が見えなくなるまで見送る。

「よし、行こっか!」

 その言葉を合図に、キルクスタウンへ続く7番道路――ではなく、ワイルドエリアに足を向けた。

 ジムチャレンジもいよいよ後半戦。道中出会うトレーナーはどんどん手強くなるし、残り3人のジムリーダーだってとんでもなく強い。私たちも強くなってきているけれど、備えあれば憂いなし。
 ということで、次のジムへ挑戦する前に、ワイルドエリアでレベル上げを特訓することになったのだ。

 ナックル丘陵でトレーナーや野生ポケモンを相手にバトルに明け暮れる。以前は息を潜めて通り過ぎるのを待つだけだった強敵だって、もう怖くない。アーマーガアの急所にねらいうちをぶち当てれば、一撃で戦闘不能になった。
 フッ、さすが私。今日も狙いは完璧だ。駆け寄ってきたファルベとハイタッチ――しようとして、足元の窪みにつまずき、派手にすっ転んだ。……私が。

 すぐさまテッカニンも裸足で逃げ出すスピードで身を起こし、体についた砂を叩き落とす。常にスマートな私は決して転んでなどいない。さっきのは気のせいだ。
 彼女の腰でボールの1つが盛大に揺れている。何笑ってんだバカラス!転んでないって言ってるだろ!



 夢中でバトルするうちにどんどん南下していたらしい。空がオレンジから藍色に塗り替わる頃、いつの間にかストーンズ原野まで来ていた。
 私たちの中でファルべを背に乗せて運べる奴はバカラスしかいないため、彼女の主な移動手段は徒歩か自転車だ。ニンゲンの子どもの中では体力のある方だと思うが、今日はあちこち駆け回ってバトル三昧だったから、ここからナックルシティに戻るのはきついだろう。

 バカラスも同じ考えだったのか、パカンとボールから飛び出した。準備運動のように何度か羽ばたき、ふわりと地面に舞い降りる。濃紺の背中を差し出して「ガア乗れよ」と促した。
 彼女がそれによじ登るより早く、ボールがもう1つパカンと口を開ける。白い光と共に現れたグラナートは出てくるなり擬人化し、シュバッと右手を高く挙げた。

「はいはいはい!せっかくだし、このまま野宿しようぜ!」
『いやいやいや、何を言っているんだ』

 無謀過ぎる提案に即座にツッコミを入れる。確かにワイルドエリアで野営しているトレーナーは時々見かけるが、彼らはジムチャレンジをクリアしたような猛者たちだ。いくら強くなったとはいえ、私たちはミドルランカー。例え野生ポケモンに襲われてもきっちり撃退できるという自負はあるが、それとこれとは話が別だ。
 そうだろう、とファルベに視線を向ければ――彼女の大きな瞳は、それはそれはキラキラと輝いていた。こうなった彼女は梃子でも動かない。思わず眉間を押さえる。バカラスは原型のまま器用に肩をすくめた。

 すったもんだの末、リーマの「ナックルシティの近くならいいんじゃない?」という案が可決された。私は最後まで反対したのだけれど、現在地よりはよっぽどマシだし、何よりアマランスかわいい弟に「……オレも、野宿してみたい」と言われては、兄として叶えてやるほかあるまい。
 別に、本当は私もワクワクしていたとか、バカラスの「弱虫泣き虫のドジルラくんじゃ、ビビっちまうのもしょうがねェよなァ」という挑発にまんまと乗ってしまったとかではない。断じて、ない。

 バカラスの背に乗って巨人の鏡池を飛び越え、ナックル丘陵に降り立った。勿論、赤くそびえる光の柱からは十分距離を取って。
 テントの組み立てをバカラスとヴェスタに、薪集めをグラナートとアマランスに任せ、残ったメンバーで夕食作りに取り掛かる。米を洗う私の横でファルベとリーマが食材をざくざく切っていく。じゃんけんで勝利したヴェスタのリクエストにより、今夜のメニューは辛口マメだくさんカレーだ。

 具を全て鍋に放り込んだ頃、ちょうど年少コンビが戻ってきた。組んだ薪の上に鍋を乗せて準備は万端。
 グラナートが薪にふうっと息を吹きかけたのを合図に、あおいで、まぜて、まごころこめて。鍋がボンッと大きく叫べば、できあがり。スパイシーな香りに食欲を大いに刺激され、思わずごくりと喉が鳴った。

 同時並行で炊いていたほかほかのターメリックライスを山盛りで皿に乗せ、熱々のルーをたっぷりかけていく。うちのパーティはみんな食べる量がバラバラだから、盛り付けは各自で行うことになっている。
 全員に皿が行き渡ったら声を揃えて「いただきます!」と唱えた。普段は談笑しながら食べるのだけど、今日は沢山バトルをしたからみんなヘトヘトの腹ぺこで、無我夢中で眼前のごちそうにがっついた。

 鍋と飯ごうと7つの皿が空っぽになったら「ごちそうさま」の大合唱。腹が膨れれば眠気がやってくるのは自明の理で、早くも我らが主と年少コンビはうつらつらと舟を漕いでいた。顔を見合わせ、小さく笑いを零す。前者は寝袋で包み、後者はボールに入れて、そっとテントの中へ。
 後片付けをテキパキ済ませ、見張り番を決定すべく、本日二度目のじゃんけん大会が幕を開けた。



 誰かにゆさゆさと揺さぶられ、ボールの中で眠っていた私はゆっくり瞼を持ち上げた。……ああ、交代の時間か。
 ぽん、とボールから飛び出し、ヒトの姿をとって大きく伸びをする。外では既に擬人化したリーマと、彼のボールを持っているヴェスタ、それから私のボールを持ったバカラスが焚き火を囲んでいた。ほらよ、と赤いボールを3つ投げ渡される。

「んじゃ、あとヨロ~」
「おやすみぃ」

 バカラスは欠伸をしながら、ヴェスタはほんの少し口角を持ち上げて、それぞれボールの中へ吸い込まれた。3つのうちの1つは縮小して懐へ、残り2つは手にしたまま、こっそりテントに潜り込む。
 中央で寝袋にくるまった少女がすやすや寝息を立てており、その枕元にはモンスターボールとゴージャスボールが1つずつ並んでいる。その隣にバカラスとヴェスタのボールをそっと置き、音を立てないように静かに外へ出た。

 ふわり、華やかな香りが鼻をくすぐる。発生源に視線を送ればリーマがマグカップに紅茶を注いでいた。こちらに気付いた彼はゆるりと目元を和らげ、「カエルラくんもどう?」と囁く。ありがたい申し出に頷きを返し、湯気が立ち上るマグカップを受け取った。

 マグを片手にそれぞれ折り畳み式チェアに腰を下ろす。焚き火を中心とした東西南北で例えるなら、私は北、リーマは南、テントは東だ。ちなみにナックルシティは西にあたる。
 紅茶を啜り、ほうと息を吐く。野外だから完全に無音とはいかないが、夜のワイルドエリアは思いのほか静かだった。まあ、ナックルシティのすぐ側というのも大きいだろうけど。
 ワイルドエリアにはそこで暮らすポケモンたちが滅多に近寄らない場所が2箇所ある。1つはエンジンシティ周辺で、もう1つはここ、ナックルシティ周辺。理由は明白、鬼のように強い連中カブとキバナの縄張りが近いから。

 もう一度紅茶を啜り、何とはなしに上を見上げた。濃紺の空いっぱいに星がきらめいていて、思わず息を飲んだ。それから、じわじわ感慨が湧き上がる。初めてここに足を踏み入れた時は空を気にする余裕なんて全くなかったのに。私も仲間も、みんな弱くて小さくて。

 緩やかにこれまでの旅路を思い返す。ワクワクしながら訪れた初めての場所。心躍る熱いバトル。個性豊かな仲間たちとの出会い。
 パーティメンバーも何度か入れ替わって、現在のメンバーが揃ったのはエンジンジムに挑戦する頃だったっけ。私の次に仲間入りしたバカラスは1番道路で出会ったから、随分長い付き合いになったものだ。ジムチャレンジももう半分を過ぎた。……そろそろ、聞いてもいいだろうか。聞いても、許されるだろうか。
 炎に照らされたリーマの表情はいつものように穏やかだ。まだ熱い紅茶をぐいっと飲み干し、震える唇をそっと開く。

「……リーマ」
「なあに?」

 薄茶色の瞳が私を見上げ、やわらかく微笑んだ。今度こそ声に震えが滲まないよう両手をきつく握りしめ、どうにか本題を口にする。

「今まで、何となく聞けなかったのだけど。……君は何故、子どもの姿に擬人化するんだ?」

 それを聞いた途端、彼の柔和な丸い目が微かに揺れた。畳みかけるように、あるいは言い訳するように言葉を連ねる。

「原型の姿を見れば、君が歳を重ねたワタシラガだとすぐにわかるだろう?だから……敢えてその姿をしている理由が、気になってしまって」

 擬人化時の外見年齢を変えること自体は服装を変えるのと同じ要領だから不可能ではない。しかし、衣装替えよりもずっと肉体への負担が大きいため、進んで行うポケモンはまずいない。余程の理由がない限り。
 リーマが加入してすぐ、擬人化した彼を見てファルベが同じことを尋ねた。その時は「童心を忘れないためだよ」と微笑んでいたけれど。本当に、それだけ?

 暫し沈黙が訪れる。パチパチと火の粉の爆ぜる音がやけに大きく聞こえた。
 これはきっと、聞かないままでも、知らないままでもいいことだ。……でも、もし、君が話してくれるのなら。は。

「……うん。そうだね。今なら……話せそうだ」

 静かな声が鼓膜を揺らす。リーマは一度目を閉じて、ゆっくり瞼を持ち上げた。

「聞いてくれるかい、カエルラくん」

 そう言った彼の微笑みは、見慣れているようで、初めて見るものだった。この表情の真意が何であれ私の答えは変わらない。こくりと頷けば彼の微笑が少しだけ見慣れたものに近づいた。

「前に、僕は結婚したことがあるんだ、って話したよね」
「ああ。あれにはとても驚いた……。いや、年齢的に有り得なくはないんだが、突然だったから……」

 眉間を押さえながらしみじみ呟く。焚き火の向こう側でふふ、と小さな笑いが零れた。

 旅の中、みんなと幾度となく他愛のない話に花を咲かせた。あの日は確かラテラルタウンに向かっている途中で、きっかけは忘れてしまったけれど、各々の恋愛経験が話題になったのだ。
 その流れで、リーマが何気なくさらっと言い出して……。驚愕で固まる者、紅茶を噴き出す者、大声を上げる者。中でも一番リアクションが大きかったのは、リーマを師匠と慕うグラナートだった。

「師匠、キカンシャだったのか!?」

 落っこちそうなほど目を見開いた彼にアマランスが小さく「既婚者だよ」とツッコむ。爆弾発言をした張本人は涼しい顔で頷いた。

「そうだよ。ずっと前だけどね」
「はえー……。マジ百戦連打じゃん!パネェ!!」
「ふふ、ありがとう」

 キラキラと尊敬の眼差しを向けるグラナートの言い間違いは訂正せず、ふんわり微笑むリーマ。それに……何となく、小さな違和感を覚えた。何だか、いつもと違うような。その正体を探る前に、腹立たしいニヤケ面を浮かべたバカラスが絡んでくる。

「さっすがじいさん、どこぞのチェリーボーイとは格が違うぜ。なァ?」
「……何故そこで私を見る」
「おお、怖ェ顔。うかうかしてると魔法使いになっちまうぞーっつう俺の兄心が伝わらないなんて……お兄ちゃん悲しい……」
「うるさいな!余計なお世話だ!」

 睨みつけても効果なし。それどころか、よよよとわざとらしく泣き崩れる始末。何が兄だ、少し歳上ってだけで調子に乗って!ファルべの手持ちとしては私の方が先輩なんだぞ!
 怒りに任せてバカラスに掴みかかろうとした私をアマランスが羽交い締めにする。離せ弟よ!あの忌々しい舌、引っこ抜いてやる!

「お、落ち着いてにぃに……。……オレも、その……同じ、だから……。気にしないで……」
「ぶわははは!最年少にフォローしてもらうとか、見た目通りケツが青いなドジルラくんよォ!」
「だーッ、ほんとムカつく!!表出ろバカラス!!あとドジルラって言うな!!」
「インディ。あんまりほんとのこと言うと、エルが可哀想だよお」
「君はどっちの味方なんだヴェスタ!!」
「なー師匠、さくらんぼと魔法使いって何の関係があるんだ?」
「何だろうねえ。僕もよくわからないや」

 あの後、結局いつものように私とバカラスが取っ組み合いを始めたからあやふやになったんだっけ。思い出したら腹が立ってきたな。バカラスの奴、ことあるごとに私をからかって……って、私のことはさておき。
 そう。あの時のリーマは、今と同じように「結婚したことがある」と言っていた。結婚している・・・・、ではなく。

「僕の、この姿はね。……若い頃に亡くした奥さんと、初めて出会った時のものなんだ」

 そっと胸に手を当てたリーマから静かに告げられた言葉に声を失った。頭が真っ白になり、さあっと全身から血の気が引いていく。そんな私を見て、リーマはどこか寂しげに微笑んだ。
 ……ああ、バカラスあいつはきっと、気付いていたんだ。リーマの触れてほしくない所なのだと。本人には絶対言ってやらないが、いつもふざけてばかりのくせに察しが良くて気を回せる奴だから。誰かが踏み込んでしまわないように、私を怒らせて、みんなの気を逸らして。

 リーマはマグカップに視線を落とし、独り言のようにぽつりぽつりと紡ぎだす。

「彼女を失って……毎日毎日、悲しみと寂しさに押し潰されながらずっと泣いていた。けれど時間は容赦なく過ぎて、僕を置いていく。記憶の中の彼女はあの頃のままなのに、僕だけが老いていく。……それにどうしても耐えられなかった。だから、せめて形だけでも、と姿を変えたんだ」

 最初は慣れなくて疲れるばかりだったけどね、と苦笑する。穏やかな声と表情に滲んだ苦しみを見とめて、ぐっと唇を噛んだ。
 食うか食われるか生きるか死ぬかの野生の世界で、天寿を全うできるポケモンは極僅かだ。……食われる側であれば、尚更。
 私は野生で生きたことがないけれど、ワイルドエリアでその過酷さの片鱗は何度も肌で味わった。彼らは人間と共に街で暮らすポケモンよりもずっと近くに死があるのだと、身をもって思い知らされた。
 ……でも。だからといって、大切なひとを失う痛みが、軽いものであるはずがない。

 俯きそうになるのを必死に堪え、薄茶色をまっすぐ見つめる。踏み込んだのは、僕だ。応えてくれたリーマに僕も応えたい。

「群れの仲間は沢山慰めてくれたけど……ある時、〝彼女のことは忘れてしまえ〟って言われてね。忘れないために、忘れたくないから、この姿になったのに。今ならあれは僕を思っての言葉だったってわかるけど、当時は色々余裕がなくて。……いつの間にか、群れから離れていた。ひとりで風に乗って、あてもなくふらふら彷徨って……何年も、何十年もそうしているうちにふと気付いたんだ。世界が色褪せていることに。思い出ばかりに縋っていたから、どうやって世界を見ていたのかわからなくなってしまった」

 さあ、と少し強い風が吹き、やわらかな白髪を揺らす。ずっと遠くを見るような目をしていたリーマがふとこちらを見上げた。ゆるり、まなじりが下がる。

「でもね、どんなに苦しくても不思議と死にたいとは思わなかった。その理由もわからないまま、長い間色のない世界でぼんやり過ごしていた僕の目に――ある日突然、キラキラした子どもたちが飛び込んできた。種族も歩幅もバラバラだけど同じ速度で歩んでいて。……ああ、この子たちと一緒なら、僕ももう一度あの鮮やかな輝きに手が届くんじゃないか、って」

 あの日、ジムチャレンジの開会式を終えて、みんなで大騒ぎしながら3番道路へ飛び出した。そこに、君がいたんだ。どこか寂しげで、でも優しい雰囲気のワタシラガ。眩しそうに瞬きした君はふわりと浮き上がり、ヒトの姿を取って僕たちに微笑んだ。

〝こんにちは。楽しそうだね、素敵なお嬢さんたち。よかったら、僕も混ぜてはくれないかい〟

 ぽたり、膝の上に雨が降る。覚えてる。覚えてるよ。忘れるわけがないじゃないか。
 痛みを抱えたままでも、世界の見え方がわからなくなっても。笑った顔、困った顔、悲しむ顔、怒った顔、驚いた顔。僕らの目に映るリーマは、いつだって色鮮やかだ。

「君たちと過ごすうちに、彼女のことを思い出しても悲しみより懐かしさが大きくなっていって。それに寂しさを感じないくらい、あの日から本当に毎日が楽しいんだ。……僕と出会って僕を見つけてくれて、ありがとう」

 リーマの手は目指した輝きに届いたのか。――この晴れやかな笑顔が、答えだ。

 ぶわりと込み上がった熱がどんどん溢れ零れていく。リーマは微笑んだまま本来の姿に戻った。マグカップを椅子に置き、ふわっと焚き火を飛び越えて僕の膝の上に着地する。
 僕が泣いているとリーマはいつもそっと綿毛を差し出して涙を隠してくれた。メッソンの頃からインテレオンになった今も。何度も、何度でも。
 リーマの小さな体をそっと抱きしめ、ふわふわの綿毛に勢いよく顔を突っ込む。そのやわらかさと温もりに更に涙が滲んだ。どんどん綿毛を湿らせながらぎゅうっと腕に力を込める。

「さっきの、そう思ってるの、君だけじゃないんだからな。僕だって……僕らだってッ、」 

 ありがとう。だいすきだよ。
 ぐちゃぐちゃに濡れた言葉が涙と一緒に綿毛へ吸い込まれていく。それに答えるように綿毛がふるりと震えた。

『今度、僕の奥さんがどんなひとだったか聞いてくれるかい?ファルべちゃんたちも一緒に。僕のこと、彼女のこと、もっとみんなに知って欲しいな』
「うん」
『彼女にも君たちの話をしたいなあ。いつか彼女の元へ行ったら、大切な仲間が、楽しい思い出が、沢山できたよって』
「いずれ僕らもそっちに行くから、その時は紹介してよ。リーマにはいつも助けられましたって、君のいい所、いくらでも話すから」
『ふふ、ありがとう。お土産いっぱい持って行けるように、みんなで長生きしようね』
「うん。……うん」

 表情は見えないけれど、その声はいつものように……いつも以上に穏やかであたたかい。
 綿毛に顔を埋めたままモゴモゴ彼を呼んだ。

「リーマ」
『なあに?』

 僕は相変わらずドジで泣き虫のままだし、リーマの痛みも完全に癒えたわけじゃないだろう。
 それでも。僕らが共に過ごした日々は、僕らにとって絶対に、無意味なんかじゃないんだ。今までも。そして、これからも。

 やわらかな綿毛からそっと顔を離した。ぐいっと目元を拭ってリーマの薄茶色の瞳に僕の黄色を映す。

「キルクスタウンは寒いけど、温泉があるんだって。楽しみだね」
『そうだね。とっても、楽しみだ』

 どちらともなく笑い合う。みんなと一緒なら、どこへだって、どこまでだって行ける。泣いたり笑ったり、命を揺らしながら。
 この旅路のゴールがどこなのか、まだわからないけれど。例えいつか旅が終わっても、ずっと終わらなくても。

 魂がここがいいと叫ぶ、死ぬまで居たいこの場所で。君たちと一緒に息をしていたい。

Fin.
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