番外編・SS

※注意※
このお話は「原型ポケモンの軽微な屠殺・解体シーン」が含まれます。問題ない方のみ閲覧推奨です。

ライコウと老いたメイド
【フェンネルを胃で溶かす】

 白いベッドの上で、1匹の老いたデンリュウが横たわっている。かつて稲穂と同じ色だった毛並みは今やすすき色だ。
 
 カツン、カツン、カツン。床を叩くブーツの音に、デンリュウはまぶたをゆっくり持ち上げる。やがて無遠慮に扉が開き、黄金の髪に柘榴石の瞳を持つ雷神──ライコウが現れた。その姿はこの世に生を受けて以来、ずっと同じ形をしている。

 ライコウがデンリュウの部屋を訪れたのは二度目だ。この部屋を与えた日から、実に数百年ぶりであった。
 ヒトの姿を保つことも、起き上がることもできなくなったデンリュウを、ライコウは何の感情も宿っていない赤い瞳で見下ろす。
 ライコウをはじめ、アルセウスの手で創られた神々は寿命を持たない。故に、デンリュウのように神の血を分け与えられ眷属となった者は、本来よりも遥かに長く生きることができた。けれど、神たる主と違い、終わりは必ずやってくる。

「逝くか、デンリュウ」
『はい』
「これまでの献身、大儀であった。冥土の土産も兼ねて褒美をやろう。何を望む」
『身に余る光栄でございます。……それでは。これから口にする御無礼を、どうぞお許しくださいませ』
「よかろう。許す」

 いつものように、ライコウは淡々と告げ、デンリュウは微笑みを湛えながら答えた。この数百年、幾度となく交わされたものだ。
 主の許しを受け、デンリュウは笑みを深めた。霞んだ視界で黄金の輪郭をなぞり、掠れた声でその鼓膜を震わせる。

『ほんの一欠片で構いません。この身を、あなた様の舌へ、乗せていただきたく存じます』

 デンリュウの言葉にライコウは目をすがめた。血の色をした宝石は如何なる感情も映さない。

「この乃公オレに人肉以外を食えときたか。無礼千万も甚だしい」
『申し訳ございません』
「謝罪などいらん。許すと言った」

 平らな声で切り捨てる。やがて雷神はゆるりと口端を吊り上げた。

「貴様の望みは〝無礼を口にすること〟だったな。これまでの働きに免じ、その無礼にも応えてやろう」
『……よろしいのですか?』
「貴様の働きは高く評価している。なればこそだ」

 デンリュウの瞳が微かに見開かれる。ライコウは歯牙にもかけず、鷹揚に腕を組んだ。

「ついでにこれも聞いてやる。どう・・食われたい」
『──では』

 デンリュウはいつものように微笑みを湛えたまま、そっと胸に手を当てた。

『ライコウ様。我が主。最期はどうか、あなた様の手で』



 その晩、ライコウは処置台の上へデンリュウを運びこんだ。慣れた手つきで手足、首、口へと順にエレキネットの枷をつけていく。やわらかな白い毛に覆われた胸の中央にナイフで切り込みを入れ、そこへ手を差し込んで動脈を引き裂いた。デンリュウはカッと目を見開いてばたばた痙攣し、くぐもった唸りを上げ──やがて、息絶えた。
 その体があたたかいうちに、体内に入れた手から電気を流し込む。いつぞや「肉は電気を流すと旨みが増す」と知って以来、下ごしらえの一環として行っていた。己が司るその力を隅々まで行き渡らせていく。

 十分電気が通ったら、ナイフを滑らせ皮を剥ぐ。最後に人肉以外のものを口にしたのはいつだったか。デンリュウを眷属にした頃には既に人間を飼育していたから、少なくともそれ以前だ。けれど、ライコウの手は羊の捌き方を覚えていた。

 続いて血と内臓を抜き、肉を切り分ける。デンリュウの血で手を濡らしながら淡々と作業した。
 解体が済んだら厨房へ移動する。じんつうりきで肉塊、血の入ったボウル、内臓を載せたトレーを運び、調理台へ並べていく。
 肩と背中はステーキに。腿は骨付きのままグリルに。首から上と内臓は煮込みに。骨と筋は出汁に。血とくず肉は腸詰に。串焼き、ソテー、フライ、スープ……それぞれ形を変えていく。

 調理を終えたライコウは、久方ぶりに自らの手で配膳した。白いテーブルクロスの上にかつてデンリュウだったものがずらりと並ぶ。柘榴石の瞳は相も変わらず、何の感情も宿さない。

 席につき、まずはステーキを一口大に切り分けて口へ運んだ。牙で引き裂き、数度の咀嚼後、たくましい喉が上下する。
 次に腿肉のグリルへ手を伸ばす。はじめは肉だけかぶりつき、最後は骨ごと噛み砕いた。
 合間にグラスを傾ける。中身はデンリュウの血を赤ワインで割ったものだ。血液のカクテルはいろいろ試したが、最後は赤ワインに落ち着いた。
 そういえば、ワイン作りに凝っていた時期もあった。ライコウが好むのはあくまで「美味い人間にく」であるため、さほど続きはしなかったが。とはいえ、ぶどうは使い勝手がいいので今も農園の一角を占めている。

 テーブルを埋め尽くす料理を黙々と口へ運ぶ。血の一滴、肉の一欠片、骨の一片も余さず残さず平らげていく。
 食堂はいつものようにしんとして、食器同士のぶつかる音が時折小さく鳴るばかりだ。

 やがて全ての皿が空になり、ナイフとフォークを置いた。濡れた唇をゆっくり舌で拭う。

「美味であったぞ、デンリュウ」

 その一言を舌に乗せ、ライコウは席を立った。

Fin.
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