番外編・SS

にはるの天秤と北爪
【ラビット・バランス】

 長い長いバスタイムを満喫したにはるは、ビッグサイズのTシャツだけ身につけて脱衣所を後にする。ふんふん鼻歌を歌いながらリビングへ向かうと、ソファに背を預けた北爪が静かに寝息を立てていた。
 首にタオルがかかったままなので、風呂上がりにちょっと腰を下ろしたらそのまま夢の中へ、といったところだろう。

「おーいほっきー、寝るならベッド行ったらー?」

 つんつん突いてみるが返事はない。よほど疲れがたまっているらしい。最近遅くまでダンスの練習してるもんねー。つるぎのまいとリーフブレード、どんどんキレよくなってるし。ま、にはるのとびはねる+スピードスターだって全然負けてないけど。

 北爪の頬をそっと撫でる。このなめらかさを保つためにどれだけ手間と時間がかかるか、にはるはよく知っている。スキンケアを心から楽しんでいるにはると違い、北爪が元々見た目に頓着しないことも。

 閉じられたまぶたを縁取る長いまつ毛が影を落としている。すっと通った鼻筋、薄い唇、色気のあるほくろ。本人にも常日頃から言ってはうざがられているが、北爪の顔はにはるの好みド真ん中なのだ。
 さらに、にはるは「抱かれる快楽」を知らない相手に快楽を教え込むのも、北爪のように理知的で感情の起伏が薄い者を快楽で溺れさせるのも大好きだった。

 北爪が珍しく無防備に寝こけている。しかも今日はみんなそれぞれ予定があって、北爪とふたりきり。あまりにも据え膳である。

 北爪はどんな風に乱れるだろう。どんな声で啼くだろう。ぐちゃぐちゃどろどろにとろかせて、キモチイイことしか考えられなくしたら、どんな顔を見せてくれるだろう。
 好奇心と加虐心がうずうずする。たべちゃおうかな。

「ま、いーや」

 コンビニで何となく手に取った新商品のお菓子を棚へ戻すように、あっさり北爪から離れた。
 北爪は、オルテウスのみんなは、そういうのじゃない。そういうのになったっていいけれど、ならなくたっていい。
 にはるとみんなの関係はこのままでいいのだ。このままが、いいのだ。

 冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。今日の肴は酒がよく進みそうだから1ダース……は薄菫に叱られるので半分にしておこう。
 リビングにとんぼがえりして北爪の隣へ。端正な寝顔を眺めながらプルタブを開ければプシュッと小気味よい音が鳴り、そのまま一気に流し込んだ。

「ぷはーっ、サイコー!」

 北爪が目を覚ますのが先か、にはるが大量の空き缶でリビングを散らかすのが先か。何でもないふたりの何でもない夜はまだこれから。

 翌日、にはるがSNSに投稿した北爪の寝顔(とウインクしたにはるのツーショット)が盛大にバズり、北爪に締めあげられるのだった。

「こんアホウサギ、まんずばがさすんのやめながほんとふざけるのも大概にしろよ
「やーん、ほっきーこわーい♡かわいいにはるも一緒だから超バズっちゃってごめんね♡」
さすねえうるせえつんぼけこの野郎
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